道東の図書館


関東地方では梅雨の6月半ば、帯広空港から始めて、旭川、網走、斜里と、時計回りに北海道の東部を旅して、女満別空港から帰った。

1.北海点字図書館−目が見えない人の図書館に展望塔!
2.帯広市図書館−新館は駅のすぐ前
3.旭川市立中央図書館−川のまち
4.旭山動物園・動物図書館−サンショウウオがいる図書館
5.網走市立図書館−リバーサイド・ライブラリー
6.北のアルプ美術館−山の雑誌『アルプ』のために
7.斜里町立図書館−1929年築の元役場
8.大空町女満別図書館−駅ナカ図書館

−−−−−
 帯広
−−−−−

1 北海点字図書館(社会福祉法人ほくてん 北海点字図書館)
帯広市東2条南11丁目3番地 tel. 0155-24-6098
http://www.hokuten.com/frame.htm

目が見えない人のための図書館が作った展望塔がある−という矛盾した建築物にひかれて、はじめにその塔を見に行った。帯広市街の南の郊外の小高い丘にある。(帯広空港から市街に向かう途中になる。)

設計したのは石山修武さんで、完成したのは2001年。
十勝ヘレン・ケラー記念塔という。
残念ながら今は放置状態で、道路から入口に向かう通路がすっかり草で覆われていた。
十勝ヘレン・ケラー記念塔

中は暗く、階段は急で手すりもないらしい。(あとで図書館の理事長にお会いしたが「バリアフリーどころか、思いっきりバリア!」と言われていた。)
コンセプチュアル・アートのようで興味をそそられる。

帯広市街の北海点字図書館の本体へ。
塔を見て来たというと、塔には発案者の理事長に格別の思いがあるからと、2階の理事長室へ案内され、後藤健市さんにお会いできた。
見えないということがどういうものか、健常者が体感するように考えたといわれる。
もちろん見えない人も行く。「思いっきりバリア」な建築だが、「見えない人がひとりで動けるところ、助け合って動くところは区別してあっていい」と。
目が見えない人がアブナゲな階段を上がって展望台に立ち、展望が開ける状態を感覚する−という場に立ち会ってみたい気がする。
理事長は、これから塔を改修し、ミュージアムを作る計画も進めている。目が見えない人にも生きやすいまちづくりという大きな構想を背景にもっている。
本を読むためだけのサービスに限定してしまわないで、広く社会を見通した発想に感銘を受けた。

北海点字図書館 北海点字図書館は後藤寅市が1948年に帯広で始めた。
1935年岩橋武夫による大阪ライトハウス、1940年本間一夫による東京の日本点字図書館と並ぶ歴史がある。

点字図書は情報技術がすすんで劇的に便利になりつつあるが、新しい媒体に移行するには手間がかかるし、さらに変化すればまた対応を迫られる。
点字の印刷原稿を製版する機械はdosで動いている。壊れたとき、今は作られていないものだからオークションで10万円で買ったという。windows版がでているが700万もする。
カセットテープに収めてあった音源はすべてcdに入れ直したが、16倍速でハードディスクに移せる仕様とハードを独自に開発した。点字図書に関することは大きなマーケットではないから、必要なものがなかったり、あっても高価だったり、苦労されているようだ。
2階と3階の書庫にたくさんの点字図書があった。点字図書は通常の本の数倍のボリュームになるから、書庫を拡大することも計画中とのことだった。

       ◇       ◇

帯広市内はホテルのレンタサイクルで回った。旧六花亭ホールなど煉瓦づくりで歴史のある建築もあるが、とくに由緒が語られるようでなくても、いい感じで古びたり、北国特有のスタイルがあったり、街並みがおもしろい。
6月半ばというのに、自転車で走るにはジャケットを着てくるのだったと後悔するほどに空気がひんやりしている。
ホテルに戻る途中、駅のすぐ前にある図書館に寄った。

2 帯広市図書館
帯広市西2条南14丁目3番地1 tel. 0155-22-4700
http://www.lib-obihiro.jp/

このあと十勝川の河口を見にいくつもりだが、さすがに現地の図書館には密な資料があった。
松浦武四郎が『十勝日誌』に十勝川の名の由来を記している。
「トカチ、本名トカプなり。此川口二つに分れ乳房の並び無尽の乳汁を出すに倣て号し也」
十勝川の河口は今の位置に固定したものではないのだった。太平洋の潮の流れや風の影響で自然にも河口の位置が動いていて、釧路側に1km以上も動いたこともあったし、人工的につけ替えられたり、河口の2つの川が名前を交換したりもしている。

この図書館でとくにいい感じだったことが3つ。

帯広市図書館 1つは、駅前の立地に関して。
2006年に新築移転したのだが、前は駅から遠くにあった。図書館を新築するのにあたって、広い土地を確保するために市街地から遠ざかることはしばしばあるが、駅に近づくのは珍しい。もともと土地の所有者は手放す気はなかったが、図書館ができるならと、駅のすぐ前の至便の土地を手放すことに合意されたのだという。

もう1つは、館長室の位置。
入口に近くて、しかもドアが開け放し。責任者がここにいて、こんな人ですということがすぐわかる。

帯広市図書館・円形階段上部 あと円形階段の最上部と、その先の3階の喫茶室が明るくて気持ちよかった。

ページ先頭へ
−−−−−
 旭川
−−−−−


■ 中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館 (旭川偕行社)

北海道旭川市春光4区1条1丁目
中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館  (旭川偕行社)

もとは1902年に建った陸軍の施設で、郷土博物館を経て1994年に彫刻美術館になった。放置されていた時期に解体計画もあったが、保存され、1989年に国の重要文化財に指定されている。
残念ながら改修のため休館中だった。

■ 井上靖記念館
北海道旭川市春光5条7丁目 tel. 0166-51-1188

この時期に北海道に来たのは、斜里町にある北のアルプ美術館で串田孫一の書斎移築完成記念展を見るためだったが、ここでも東京から井上靖の書斎が移され、完成記念展を開催中だった。

       ◇       ◇

このあたりで昼どきになっていたが、昼を食べるような店がない。コンビニで買って、彫刻美術館前の公園で食べ、ちょっと昼寝した。
6月半ばの関東では梅雨のさなかで、雨と蒸し暑さで公園でランチなんてできなそう。木陰で快適にウトウトして、眠気から逃れられた。

3 旭川市立中央図書館
旭川市常磐公園 tel. 0166-22-4174
https://www2.lib.city.asahikawa.hokkaido.jp/
旭川のシンボルの旭橋が近い。
旭橋あたりの川の風景は、おおらかでさわやかでとても気分がいい。

旭川市立中央図書館 旭川市立中央図書館

図書館は常磐公園の中にあって、ロケーションはとてもいい。図書館じたいは今どきよくあるつくりだが、ここにあるならもっとレベルが高くていいはずと惜しい気がする。

4 旭山動物園・動物図書館
http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/

閉園の危機にあった動物園が、画期的な行動展示を初めて一躍注目されるようになったことで知られる。
奇獣珍獣がゾロゾロいるわけではないが、オランウータンやペンギンなど、動物園にふつうにいる動物たちそれぞれの固有なおもしろさを見せてくれる。
動物園でおなじみの動物どころか、日常そこらにいるカラスまでうんちくをこめて見せてしまう。
さすが。
市街からちょっとした距離があるが、バス便が30分ごとにあり(北海道の都市郊外に向かうバスにしては多いだろう)、園内もにぎわっていた。

1階に動物資料展示館がある建物の2階に動物図書館がある。
図書館には靴を脱いであがる。
動物に関わるおとなの本とこどもの本とがある。
椅子席のほかに、ござにテーブルを置いた場所が広い。ここで読み聞かせもする。
図書館なのにほんとの生き物もいて、水槽にエゾサンショウウオがいた。えさをあげるところを見ていると、えさに気がついて飛び上がるしぐさをする。小さなからだがえさを欲しがっている。
サンショウウオは小さいけれど海に発生した生物が陸に上がる過渡期の生物で、3億年を生きて生命の進化の歴史を秘めている。
そんな生き物がさりげなく図書館で生きていることにもさすがと思う。


旭川から網走まで、特急を使わずに移動した。明るい旭川を15:05に出て、網走には日没後の19:33着。1両の電車だけど、ずっとガラガラかと予想していたが、そこそこ人が乗っていて、北見で乗り換えたあとは通学の高校生で満員だった。

ページ先頭へ
−−−−−
 網走
−−−−−

■ モヨロ貝塚
翌朝、網走川の左岸河口のモヨロ貝塚に行く。
大学などに属さない在野の考古学研究者、米村喜男衛が、1913年にここで初めてオホーツク文化の遺跡を発見した。遺跡の価値も重要だが、研究を続けるために網走に理髪店を開いて暮らしたとか、新婚早々の妻が家の中に人骨があるのを怖がって実家に帰ってしまったとか、海軍施設が建つことになり遺跡が破壊されそうになったときの軍とのやりとりとか、ドラマに満ちている。
囲いの中に発掘跡の穴がいくつかあった。
モヨロ貝塚館は新しく建て替え中だった。

モヨロ貝塚

5 網走市立図書館
網走市北2条西3丁目 tel. 0152-43-2426

モヨロ貝塚から500m、河口からだと1kmほど上流の網走川左岸に面して図書館がある。
水産物の加工工場跡の広い敷地に、2000年にオープン。
図書館、大ホールのほかに調理や工芸の実習室や会議室がある複合施設で、オホーツク・文化交流センター、愛称を「エコーセンター2000」という。

図書館に入ってみると期待はずれだった。
入った瞬間にうっとうしい印象を受ける。デザインが無意味に厚ぼったい。複雑に区画を作って狭苦しくしている。一部吹き抜けの2階部分に郷土資料などが置かれているが、広い建築面積を確保できるし、図書館としての総面積は大きくないのだから、一部を2階に上げる必要はないだろう。利用者にとっても使いにくいし、運営者側にとっても目が届きにくいし館員どうしの連絡もとりにくい。吹き抜けを作るためにわざわざ2つの階にまたがるようにしたかのよう。
こんないいロケーションに広い敷地があるのだから、ゆるやかで眺めのいい図書館にできたはず。設計者が今ふうを装ったデザインをつくろったふうだし、発注者の図書館側も、しっかりとした図書館としての理念をもち、それを設計者に伝えたのか、いぶかしくなる。

網走市立図書館 網走市立図書館

ゆっくり見れば施設にも所蔵資料にもおもしろいものがあったかもしれないが、初めの印象を引きずったまま、1階から入って、ほとんど立ち止まらないまま、するすると通り抜けて2階から出てしまった。

■ 網走市立郷土博物館
網走市桂町1-1-3 tel. 0152-43-3090

網走駅から南に向かうと線路の向こうの丘に円い塔が見えた。
フランク・ロイド・ライトに師事した田上義也の設計で1936年に建った。井上房一郎とアントニン・レーモンドなどをたどる僕の関心事による暦では、その年は「タウトが日本を離れた年」にあたる。日本が軍国主義への傾斜を深める中、タウトがトルコに向けて去っていった頃に、北海道ではこういう実りができていたのかと思う。

前身は「北見郷土舘」で、モヨロ貝塚の研究者の米村喜男衛の収集品を基礎に開館した。
中に入ると、まず動物の剥製が並び、その保存のための薬品がかなり匂う。
新しい博物館では、こんなに薬品がはっきり匂うところはないだろうと思う。かえって懐かしいような、いかにも博物館という感じがする。
展示ケースのいくつかも、古い木製のもので、味がある。
展望室から、市街と港の風景が眺められる。

網走市立郷土博物館 網走市立郷土博物館

ただ古いものがいいというのではないが、図書館もこのようにそこにいて和み、愛着を抱くようになれるものならよかったのにと思う。

       ◇       ◇

オホーツク海に沿った道を東に走る。
途中、北浜駅にあるカフェで一休みし、原生花園で花と海を眺める。
北海道の道を車で走るのは気分がいいが、なかでもこのあたりはさわやかだ。

ページ先頭へ
−−−−−
 斜里
−−−−−

6 北のアルプ美術館
北海道斜里郡斜里町朝日町11-2 tel. 0152-23-4000
http://www.alp-museum.org/

2005年に串田孫一が亡くなったあと、東京の小金井からその書斎を北のアルプ美術館に運んで復元していた。
その作業が完成して、2012年6月15日から6月17日までの3日間、北のアルプ美術館開館20周年記念も重なり、関係者向けの内覧会が開催されている。
そもそもこの時期に北海道に来たことの最大の目標は、内覧会を見て、今夕(17日)開催される登山家、田部井淳子さんの講演をきくことだった。

美術館を増築して書斎と居間が復元されていた。
書斎は一面の壁をガラスにして、隣の展示室から眺めるようにしてある。
復元は徹底したもので、串田孫一が亡くなったときの書斎すっかりそのままが移されている。
床材まで剥がしてきて敷き、天井から下がる独特のデザインの照明も運んである。
亡くなったときに床に積み上がっていた本もそのままに積み上げてあるし、棚の隅にはバンドエイドまで置かれている。
隣室から見えるように書架があった一面をガラス張りにするなど、いくらかの変更点はあるが、上下左右前後のほとんど全方位・全面が復元されている。
串田孫一夫人が訪れたときには、主人がそこから声をかけてきそうだと言われていたという。

北のアルプ美術館 北のアルプ美術館


館長の山崎猛さんは、若い頃、斜里の書店に勤め、寒い冬にも配達の仕事をしていた。そのとき心の支えになったのが串田孫一が創刊した山の雑誌『アルプ』だった。
事業を起こして成功してから『アルプ』への感謝をこめて全巻と関連資料をおさめた美術館を創られた。

『アルプ』の創刊に関わった山の詩人、尾崎喜八を慕う人たちが、命日(2月3日)に近い2月の第1土曜日に蝋梅忌を開催している。
僕はその集まりで何度か山崎猛さんにお目にかかっていたが、大勢の人が集まるのでゆっくり話す機会がなかった。
今日は串田孫一の書斎のドアを眺めながら話を伺えた。
山崎さんは写真集をいくつか出版されているが、僕はとくに灯台の写真に惹かれていた。

『日本の灯台』は、全国の灯台を写真におさめている。
まず何よりも、海や空や草原や崖と灯台が作る風景的・造形的美しさがあるが、人が暮らすところから隔絶したところにある孤独な存在が人間的情動もそそる。
本を配達していたときに『アルプ』が支えになったことが、船乗りにとって命の支えである灯台への共感につながっているようだ。
書斎の復元でもそうだが、山崎さんの徹底・完璧・網羅への意志は、灯台の写真集でもそのままで、撮影地点を結べば日本地図を描けるほどだろう。
北海道の東端の斜里を出発点にして各地へ長い距離を行く。着いたときがいつでもすぐに撮影可能な天候とは限らないだろう。ベストショットを求めて、船やセスナ機をチャーターもする。撮影のための距離と時間と費用といったらたいへんなもので、完成まで20年かかっている。
あとがきに、そのような遠大な計画を理解して、時には危険なこともあった撮影行にでることを気遣い、完成を心待ちしていてくれた妻が、写真集の完成前に亡くなったことを悼む文章が記されている。
灯台の写真集が夫婦愛の物語にもみえてきて、僕はここにもジンときてしまった。
(写真集に文章を寄せている石原慎太郎氏は、妻のことにふれることは反対だったという。灯台の写真集に別の物語を入れるべきではないというのが石原慎太郎の美学のようだ。山崎さんは悩んだすえ、やはり妻のことも文章に残した。書斎の復元を見ても、写真集を見ても、山崎さんはとても厳しい人だと感じるが、根にある暖かさ、やさしさも深いもので、山崎さんの美学もすてきだと思う。)

『日本の灯台』を僕は図書館で見たのだが、手元に置きたいと思ってamazonなどで検索しても在庫切れになっていた。
北のアルプ美術館に来てみたらまだ在庫があって、とても重い本なので送ってもらうことにした。サインまで入れていただいて、結果としてはamazonになくてよかった。

7 斜里町立図書館
北海道斜里郡斜里町本町42番地  tel. 0152-23-3311
http://www.town.shari.hokkaido.jp/05institution/10kyouiku_bunka/catetemp3_institution/main.html

夕方にある田部井淳子さんの講演の前に、町の図書館に行った。
この図書館のことを最初にきいたのは、2008年に神戸で開催された全国図書館大会での池内紀さんの講演だった。
北のアルプ美術館に講演に行ったとき、通りかかった図書館の建物にひかれ、塔に名前をつけたという。

もとは1929年に建った役場庁舎で、1968年まで使われていた。
1970年から図書館として使われている。

斜里町立図書館 正面の姿はいい風情をしている。
門がちょっと傾いている。
靴を脱いで中に入る。木の床で書架が高い。

長い時間が経っていることを感じさせる、これももちろん木でできた階段を上がって2階の閲覧室にいく。

斜里町立図書館 風の道 星の部屋  さらに上に塔に向かう階段がある。そばの雲の形の板に「風の道 星の部屋」と書いてあって、これが池内紀さんが名づけた塔の名前だった。

池内紀さんの講演を聴いてきたというと、司書の方が塔まで案内していただいた。
もとは役場の庁舎だから、火の見櫓の役割があり、近くに港がある高台に建っているから、天候や波の様子を見る日和山の役割もあったかもしれない。
(僕は斜里駅前のホテルに泊まった。部屋からは丘の上に赤い屋根の図書館が遠く望めて、絵のようだった。)

外では雨と風が強い。
講演会まで時間があるので2階の閲覧室でしばらく読書。
山崎さんの写真集を眺めたり、池内さんが『アルプ』からの文章を集めて『小さな桃源郷』と名づけて出版した本から拾い読みしたりした。
2階の閲覧席には、僕のほかには、参考図書を広げて熱心にメモをとっている女性と、女子高生の、3人だけ。それぞれが大きな閲覧机1つずつを占有している。
天気がよければ、斜里のことだからどこか歩き回ってもいいだろうが、こうして図書館で雨に降り籠められているのも悪くない。

とはいえ、ひごろ使っている町の人や図書館職員にとっては、古くて狭くて寒くてたいへんなようだ。
斜里町のwebサイトを見ると、新図書館の建設計画が進行中で、再来年(2014年)春には竣工というスケジュールが示されているが、建設地もまだ決まらないらしく、遅れるかもしれない。
初めて来て、もう一度来るかどうかわからない旅行者としては、こんなすてきな図書館がなくなっていいのか、寂しい気がする。
新図書館ができても、この2階でコーヒーなんか飲める場として残してくれたらいいと思う。

       ◇       ◇

斜里町公民館ゆめホール知床で、夕方、田部井淳子さんの講演があった。
1975年にエベレストに女性初登頂をしたのだが、70歳を越えた今もパイオニアの輝きがキラキラしていた。年のわりに若いとか元気だとかいう人はしばしば見かけるが、感性そのものが自然に若くてさわやかというふうだった。それも山の恩恵かもしれない。

ページ先頭へ
−−−−−
 女満別
−−−−−

8 大空町女満別図書館
北海道網走郡大空町女満別本通1-1-3 tel. 0152-74-4650
http://www.library.town.ozora.hokkaido.jp/library/opac/

最終日、女満別空港に向かう途中にある図書館に寄った。
JR北海道石北本線女満別駅と共用の建物で、ほかに喫茶店も入っている。

町のwebサイトでは「北欧風のメルヘンチックなデザイン」と紹介されている。個人営業のペンションくらいならいいとして、公共施設でこんなデザインにすると軽薄になってしまう。 大空町女満別図書館

斜里町立図書館も、欧風の意匠で作られ、今はいい印象を受ける。
この図書館も時間が経てばいい感じに変わっていくだろうか?
どうもそうは思えない。この違いは何によるのだろう?

図書館は休館日だった。
駅舎は立派だが、切符を売る窓口もないし、販売機もなく、駅としては無人駅なのだった。
2階からは線路を横断する歩道橋につながっている。電車は1時間に1往復くらい。歩道橋を渡るには、ぐるぐる長い坂道を上がり降りしなくてはならない。歩道橋を利用する人がいるのかどうか。
しかも車が通れるほどに幅が広い。これだけの経費をかけるなら図書購入にでもあてたらいいのにと思う。

       ◇       ◇

いくつか見たいところがあり、それらを結んで道東をひとまわりしたのだが、旅から帰ってふりかえってみれば、ライトハウス=灯台を基底のテーマにした旅になっていたかのように思えてきた。
目の見えない人のライトハウスとしての図書館。
本を生きる支えにした人が作った灯台の写真集。
ヘレンケラー記念塔も、斜里町図書館の塔も、形態としては灯台だった。
人が生き延びるように導くための灯台(とそのイメージ)を、あらためていいものだと思った。

(2012.6月 no.97)
ページ先頭へ

参考:

  • 『モヨロ貝塚 古代北方文化の発見』 米村喜男衛 講談社 1969
  • 『北のアルプ美術館20周年記念 串田孫一の小宇宙−復元された仕事部屋−』北のアルプ美術館 2012
    『アルプの精神つなぐ館−山を思った芸術家らしのぶ美術館、知床で運営』山崎猛 日本経済新聞 2007.9.5
    『小さな桃源郷』池内紀編 幻戯書房 2003
    『日本の灯台 流氷の海から珊瑚礁の海へ』山崎猛 ぎょうせい 2000
  • この旅の7泊8日の行程(2012.6.11-18)
    (→電車 =バス −レンタカー 〜自転車 …徒歩)
    第1日 羽田空港(ANA)帯広空港−小泉淳作美術館・北の大地美術館・相原求一郎美術館−エゾリス君の宿カンタベリー泊
    第2日 −十勝川河口−十勝ヘレン・ケラー記念塔−北海道ホテル〜六花亭本店〜六花亭ホール〜十勝ビール〜双葉幼稚園〜北海点字図書館〜エルミナ〜帯広市立図書館〜北海道ホテル泊
    第3日−新星館−中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館・井上靖記念館−石狩川・忠別川合流点−旭川駅・ステーションギャラリー…北海道立旭川美術館…旧旭川天文台…旭川市立図書館…旭川ターミナルホテル泊
    第4日 …氷点橋=旭山動物園=兵村記念館=旭橋…石狩川・牛朱別川合流点…川のおもしろ館…旭川駅→網走駅…北海ホテル泊
    第5日 …網走川河口…モヨロ貝塚…網走市立図書館…網走市立郷土博物館…網走市立美術館−北浜駅−原生花園−オシンコシンの滝−オロンコ岩−国民宿舎桂田泊
    第6日 知床峠−羅臼川河口−羅臼国後展望塔−野付半島−標津町ポー川史跡自然公園−ポー川河口−朱円周庭墓−斜里町立知床博物館−斜里町立図書館−ホテルグランティア知床斜里駅前泊
    第7日 …斜里川河口…知床斜里駅−北のアルプ美術館−斜里町立図書館−公民館−ホテルグランティア知床斜里駅前泊
    第8日−能取岬灯台−網走刑務所−博物館網走監獄−オホーツク流氷館−女満別駅・図書館−女満別空港(ANA)羽田空港