矢祭もったいない図書館−図書館に心をこめる


夏の終わりに妻と那須に保養にでかけて、ちょっと遠回りして福島県矢祭のもったいない図書館に寄った。
というといかにもついでのようだけど、もったいない図書館に行きたくて、那須を選んだのだった。(はじめは今年は『おひさま』の安曇野に行こうという話しもしてたのだけど...)

1泊2日の経路は以下のようだった。栃木県北端の那須から、福島県南端の矢祭に行くには、茨城県を通過することになった。
矢板ic
−窯業史博物館・いわむらかずお絵本の丘美術館・那珂川町馬頭広重美術館
 (栃木県那須郡那珂川町)
−大子ブルワリー(茨城県久慈郡大子町)
−アート・ビオトープ那須に泊まる(栃木県那須郡那須町)
−石の美術館・那須歴史探訪館(栃木県那須郡那須町)
−ちょっ蔵広場・高根沢町図書館(栃木県塩谷郡高根沢町)


■ 矢祭もったいない図書館
福島県東白川郡矢祭町大字東舘字石田25 tel. 0247-46-4646

矢祭町は、合併をしない宣言(2001年)と、図書館を開館するのに本の寄贈を受けて「もったいない図書館」と命名して始めたこと(2007年)で全国に知られている。
どんな図書館なのだろうと行ってみた。

矢祭もったいない図書館と移動図書館車 図書館はJR水郡線東館(ひがしだて)駅のすぐ前にある。
左が武道館を改築した図書館、右に増築した書庫。
間にとまっているのは講談社から寄贈された移動図書館車。

意外だったことが3つある。
・ 本がきれいなこと
・ 広い図書館であること
・ ディスプレーのセンスがいいこと

       ◇       ◇

どんな図書館かをとくに予想して行ったのではないが、「意外だ」という感じを覚えたのは、開館までの経緯から、何となくそれらの反対の様子を思い浮かべていたのだろうと思う。狭い通路に古びた本が積み上げられた古本屋のような。

でも書架に並ぶ本は、処分に困ったから始末するのにちょうどいいと送られたようなものではなかった。収蔵予算が少ない小規模図書館よりよほどきれいなくらい。町の独立の気概にほれこんで、手持ちの本を送ったあと、さらに本をわざわざ買い増して送ってくれる人もあるという。

町の武道館を改築した閲覧室はじゅうぶんな広さはあるし、天井が高い。
寄せられた大量44万冊の本を収めるために、参考図書の閲覧室と書庫をおさめる棟を増築までしている。
矢祭もったいない図書館の閲覧室は広い

そして中のデザインのセンス。
本館と増築棟を結ぶ渡り廊下があって、両側にあるガラス壁には透明なフィルムが貼ってある。フィルムには本の寄贈者の名前がプリントされている。
寄贈者の好意に報いるやり方として、きっちり名前が記されていて、しかも重くなりすぎない、みごとな表示のしかただと思う。(本の寄贈者は多数だから、壁に黒々とした字で書き連ねたら圧迫されるようだろう。)

図書館は教育委員会の事務室からつながっているのだが、事務室側の入口から入ってくると白い防火壁がある。ふだんは開いていて、そこに柳田国男が直接書きこんだサインがある。「本はこころのふるさと」と大きく記してある。

また、閲覧室の特別展示や、廊下にある本の紹介や催しもの案内の貼り紙の並べ方がすっきりしている。

写真は図書館の入口手前の廊下。大きさや縦横が違うものを上下の線をそろえて配置している。 矢祭もったいない図書館の入口。きれいにポスターが並んでいる。

僕が平面作品の展示でいちばん尊敬しているのは東京都写真美術館。展示のコンセプトを生かすように配置を構成したうえで、正確に間隔を測り、1つ1つの額に水準器を置いて確認しながら水平に置いてある。写真そのものの鑑賞以前に、作品がカキっと並んだ様子に快感を覚えるほど。
それとすっかり同じといったら讃美が過ぎるかもしれないが、実際、廊下の紙の並びを見て「写真美術館みたいだ」と感じた。

全国からの厚意でたくさんの本が集まったとき、整理の作業に多くの協力者が加わった。その中から開館後も10人ほどの人が残って今も運営のボランティアとして関わっていられる。
ディスプレーのセンスがいいことの理由として僕が思い当たったのは、そうした人たちの「心をこめる」姿勢によるのではないかということだった。

心のこもったディスプレーということでは、僕はウィーンのホテルで見かけた光景をよく思い出す。
こぢんまりしたホテルに数日泊まった。朝食はあまり広くない食堂でバイキング形式でとる。ある朝ポツンとひとりで食べていると、若い男女ひとりずつの従業員が現れて、壁の装飾をとりかえる作業を始めた。男性が脚立に上がり、女性に「これはここでどうかな?」という感じで相談しながら進めている。指示されたことをただこなしているというふうではなく、遠くの後ろ姿からでも、なんとなし楽しんでしているふうがうかがえた。私的な生活の場面でもクリスマスとかイースターとかでなじんでいるのだろうかと思った。
もったいない図書館でもボランティアの人たちが楽しそうに展示している風景を想像した。

もっと人も予算もつけられた公立図書館でさえ、注意書きやポスターが無神経に貼られているのをよく見かける。ただたくさん貼るのがいいこととばかりに重なっていたり、水平ではなく傾いていたりする。
そうした図書館の職員が怠慢だったりするということはなく、一生懸命図書館としてのサービスに勤めていることは間違いない。でも図書館としての専門知識に通じて仕事熱心であることと、心をこめるということとは、別な精神の働きのような気がする。

本を選ばないでただ寄贈にたよるということで、もったいない図書館の方法には批判があったという。(その批判には、ベストセラー的な本に集中するだろうという見込みがあったようだが、寄贈された本は図書館としての蔵書を十分に構成する多様なものだった。)でも実際に見てみると、ほかの図書館のほうに我が身を振り返らせるところさえあるように思った。

       ◇       ◇

矢祭町には、図書館はなかったし、本屋もない。
その町で 総合計画を策定したとき、町民から図書館の設置が大きな要望としてあって、図書の寄贈を求めることになった。
このあと町役場を通りかかったので寄ってみたら、ひと昔かふた昔前の村役場のようだった。
木造2階建て。
今なら映画の中くらいでした見られなそうな質素な風情をしている。
図書館を計画したころの根本良一町長は、町民のために福祉施設や学校の整備が優先した結果であり、古びた庁舎が「勲章」だといった。財政力はなくても、状況を切り開いていく気概がある。
(とはいえ、総合計画を策定したころの人口はおよそ7000人、今はそれから1割ほども減っている。簡単に明るい見通しは開けないのだろうと思う。)

ひとつのことでのパイオニアは、どういう力学によるのか、ほかのことでもパイオニアになるということがしばしばある。
この図書館でも、小学生が図書館の仕事を学ぶ「子ども司書」認定制度を始め、この世に1冊きりの「手作り絵本コンクール」を催している。
あるいはそれらはこの図書館がまったく初めてしたことばかりではないかもしれないが、少なくとも多くの図書館でしていることではない。ましてボランティアが中心に担っている図書館としては、並の図書館以上に感じられるエネルギーが必要だろうと思う。

この日、図書館の前に行ったいわむらかずお絵本の丘美術館は、いいところだった。
そのあとすばらしい図書館にふれられた。
旅の前半でもう十分というほどにたっぷりと満ち足りた感じがあった。

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第1日 栃木・那珂川−茨城・大子−福島・矢祭−栃木・那須
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□ 窯業史博物館
栃木県那須郡那珂川町小砂3112

窯業史博物館 矢板i.c.から東に行き、那珂川を越えて丘の上の博物館(らしきところ)に着く。
建物の中はがらんどうで、作業員が2人、天井をはがしている。
今年3.11の大震災で被害を受けて、閉館したようだ。

1995年の開館第1回の企画展は「汽車土瓶展」だった。かつて駅弁と一緒に売られた陶器製の茶瓶などを集めたユニークなもので、ゴミとして土中に埋もれていたのを発掘してきたという。
ほかに世界各地の陶器と、1万冊を越す図書があったはず。
インターネットで検索しても、この博物館の被災状況は見つからなかった。寂しい終わり方だ。
いつか来たいと思ったまま月日が経ってしまって、地震で壊れた直後になってしまった。遅かった。

■ いわむらかずお絵本の丘美術館
栃木県那須郡那珂川町小砂3097 tel. 0287-92-5514
http://ehonnooka.com/

窯業史博物館から南に下ると、那珂川を見下ろす眺めのいい丘に美術館がある。
この美術館を設計した野沢正光さんは、エネルギーの消費を抑えるパッシブデザインに早くから取り組んできた建築家で、ここでも空気の流れをいかした冷暖房設計をしている。

来週、古い友人達と広島で会うことにしている。
1人の友人、池亀芳彦はずいぶん前に亡くなっていて、奥様が集まりに出てこられる。
生前、その友人と同じ絵本を読んだことがある。
友人はその中の「いる、いる、みんないる。」という短い文に感嘆していた。
僕はそこをただ当たり前に読み進んだだけだった。
友人のきらきらした感性には前からふれていたが、このときも「こういうところにひっかかるんだ...」と感心した覚えがあって、記憶に残った。

その後、その友人が先に「いなく」なってしまった。
ソ連が崩壊したり、ベルリンの壁がなくなったり、大きな歴史的事件が起きると、「ああ、池亀はこういう移り変わりを見ないうちに行ってしまった」と思いながら、世界がこんなふうに動いているとひっそり報告してきた。
そして今年2011年3月11日の大震災。
大勢の命がなくなった。
あらためて「いる、いる、みんないる。」ということの価値を思い、そういう一節に注目した池亀の感性を見直す思いになった。

ところで、その絵本が、誰が書いた、何という本か、思い出せない。図書館のレファレンスにすがったが、絵本の1つの文章だけから本を探り当てるのは難しく、まだ見つかっていない。
この美術館でいわむらかずおの絵本を見ているうち、たまたま手にした中に『14ひきのおつきみ』という本があった。
14匹のねずみたちが月見をするために次々に大きな木にのぼっていく。そして「みんな、いる、いる」という文章が現れる。
ここにも「みんながいる」ことの価値を記した作家がいた。
東北大震災のあと、池亀夫人に会う直前に、こういう絵本に出会えたのがうれしかった。

友人がなくなってまもなく、その子どもが生まれた。母子は「いる、いる、みんないる。」の対極の不在感をずっと懐き続けてきたことだろうと思う。人それぞれに生きようはあるだろうから余計なおせっかいかとは思うけれど、いつかその子が家庭をもって、「いる、いる、みんないる。」という充足感を覚えるようなことがあることを願わずにいられない。

水平方向にゆったりと開放部をとって那珂川を広く見はるかす部屋でコーヒー・ブレイク。
窯業史博物館が閉まっていたので、この美術館には開館前に着いてしまった。その間に散策した庭もすてきだったし、開館を待ったかいがあった。

□ 那珂川町馬頭広重美術館
栃木県那須郡那珂川町馬頭116-9 tel. 0287-92-1199
http://www.hiroshige.bato.tochigi.jp/batou/hp/index.htm
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さらに南下して、旧・馬頭町の中心部にある美術館に寄る。(今は合併して那珂川町になっている。)
栃木県出身の実業家、故青木藤作氏が寄贈した、広重の肉筆画を中心にしたコレクションをおさめる。
設計者は隈研吾さん。
先月(2011.7月)高崎シティギャラリーで開催された『群馬音楽センター開館50周年記念連続シンポジウム』に隈さんが参加され、この美術館についてふれていた。群馬音楽センターは、高崎にある建設業の経営者、井上房一郎が推進して作られた。井上房一郎はアントニン・レーモンドとブルーノ・タウトを関係があり、隈さんはその3者に大きな影響を受けたという。
今、高崎哲学堂になっている井上房一郎の旧邸は、アントニン・レーモンドの自邸を模して建てられたが、広重美術館はそのデザインを取り入れたと語っていた。

実際に見れば、たしかにそのとおりで、低層で横に長い建物で、中央からずらした位置に裂け目があって、出入り口になっている。
細い木材の格子とガラスの組み合わせは、いかにも隈研吾!という端正で清澄な印象になっている。

馬頭広重美術館 高崎哲学堂
馬頭広重美術館 高崎哲学堂

● 大子ブルワリー
茨城県久慈郡大子町大字上金沢1653

栃木県から福島県に向かう途中で、茨城県を通りかかる。ちょうどそこでランチに手頃な店にとおりかかって寄る。
地ビールがあるが、残念ながら車で先に行かなくてはならない。

■ 矢祭もったいない図書館

上記

● アート・ビオトープ那須
栃木県那須郡那須町高久乙道上2294-3 tel. 0287-78-7833

矢祭から那須までは直線距離では約45kmだが、八溝山が遮っている。山の北側を反時計回りに白河を経由してぐるりと半周して那須の宿に着いた。70km以上あった。

アート・ビオトープ那須は二期倶楽部の関連施設で、ガラスと陶芸の工房と宿泊施設がある。(二期倶楽部のほうは値が高くて僕らにはちょっと泊まれない。)


二期倶楽部の川 7つ石舞台

敷地内を散歩すると素晴らしいところだった。
自然のままではないが、庭のように作り過ぎていない。
でもここというところは人の手でしっかり作ってあり、ぴったり決まっている。
造園というのか、アートというのか。
千鳥ヶ淵のギャラリー冊と同様に松岡正剛と内藤廣の共同による舞台も作られている。7つの石をステンレスで結んでいる。
二期倶楽部には初めて来たが、囲い込んだ中にこんな深々となごめる空間があったのかと感じ入った。

夕食は二期倶楽部東館でとる。
温泉も東館のに入る。
翌朝も、ゆったり散歩。
朝食はアート・ビオトープ那須のロビーでとり、軽く、おいしい。
ぜいたくな時間だった。

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第2日 栃木・那須〜栃木・高根沢
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□ 石の美術館
栃木県那須郡那須町芦野仲町2717-5  tel. 0287-74-0228
http://www.stone-plaza.com/pc/

那須高原を降り、東北道とJR東北本線を越えて、那須町に入る。
美術館はごくふつうに街の通り沿いにあって、車なら気をつけなければすっと通り過ぎてしまいそう。
30年以上放置されていた石蔵を隈研吾さんが再生のデザインをした。
こちらは石のピースを積み上げている。べったり積まずに一部を抜いているので、蔵の中に光りがいい具合に射している。石に閉じこめられて重くならないで、外と通じている感覚がある。

石の美術館。隈研吾設計。

□ 那須歴史探訪館
栃木県那須郡那須町大字芦野2893 tel. 0287-74-7007

歩いて数分のところに、もうひとつ隈建築の博物館がある。
こちらは鉄とガラスと和紙の組み合わせ。
砂漠の野営所のように感じた。

● 道の駅

街を出外れる位置にある道の駅で食事をした。
大きな水車が回っている。
その水車でひいた粉から作るそばを食べた。

□ 宝積寺駅・ちょっ蔵広場
南に走って、東北線と烏山線の分岐駅の宝積寺駅に着く。
街の活性化のために選ばれた隈研吾設計の駅舎と、駅前の複合施設・ちょっ蔵広場がある。
駅舎では、横断通路や階段の天井が、板を菱形の開口部がのぞくように組み合わせてある。頭上に異様な形態が垂れ下がって、ちょっと重苦しい。
ちょっ蔵広場は、小物を売る店やレストランが入っている。
店には他に客がいないし、レストランは昼の営業時間が終わっていた。
電車が着くと数人の客が降りたが、あとは閑散としていた。

■ 高根沢町図書館
高根沢町大字宝積寺1220-2 Tel:028-675-6531
http://www.library.takanezawa.tochigi.jp/index.html

宝積寺駅から徒歩でも10分もかからないあたりにある。
近くに二十三夜通りというのがあった。通りの名前に残るほど二十三夜の習俗が盛んだったろうか。
図書館で尋ねてみたが、知る人がなかった。
きれいな図書館で、2010年から株式会社図書館流通センターが運営している。

国道4号を南に走って帰った。

(2011.8月 no.80)
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参考:

  • 『「内省不疚」の心でまちをつくる 「合併しない宣言の町」の自立推進計画』根本良一・保母武彦 自治体研究社 2003
  • 『14ひきのおつきみ』いわむらかずお 童心社 1988