北区立中央図書館−戦争/兵器工場から、平和/図書館に


● がらんす
東京都北区田端1-15-16 tel.03-5814-8615

日本橋三越で三輪休雪展を見てから、田端に移動して昼食にした。

ハンバーグシチューというもので、まるまる1個のじゃがいも、半分のピーマン、にんじんは厚切り1切れ、それにハンバーグ。4つの塊が、シチューにひたってごろっとある。じつに明快で鮮やか。
赤ワインもとる。
がらんすの、レトロで落ち着く店内

平日の昼間、人が働いているときにワインを飲みながら食事をするのは、ちょっとうしろめたいような快感がある。図書館勤めをしていると、たいていの人が休んで遊んでいるときに働いていることがしばしばあるから、たまにはこういう日があってもいいだろう。
レトロな雰囲気が気持ちをゆったりさせてくれる。

僕にとっては、田端は両親が新婚生活を始めた土地で、楕円形の山手線の最上部のカーブのわずかに右にあった。母親は、戦争で行員が出征して人手が足りなくなっている日本橋の日本銀行に通った。
田端には、かつては作家、芸術家が多く暮らしていて、田端文士村といわれた。田端文学館作成の案内図によれば、わが家は室生犀星が暮らしていたあたりになる。僕には崖から線路を見下ろした断片的な記憶きりないが、母がこのあたりの商店で買い物していたろうかとのぞいてみたり、文士の面影をたどったり、古い時代には海を見下ろす岬の先端だったことなど思いながら、ときたま散歩する。
今日は、赤不動、神社、ポプラ坂あたりを回って田端駅に戻り、王子駅から図書館に行った。

■ 北区立中央図書館
東京都北区十条台1-2-5 tel. 03-5993-1125
http://www.library.city.kita.tokyo.jp/


三角屋根の煉瓦積み近代的建築と、水平の屋根で透明と半透明の素材を多用した現代的建築が組み合わさっている。中庭もあるので、内部には外からの光がよく入る。蛍光灯のような人工照明が際だちすぎない効果があって、しっとり落ち着いた明るさになっている。床や書棚の色も穏やかなので、読書をするには全体にシックで感じがいい。

ガラス+煉瓦の図書館

煉瓦の建物は、もとは陸軍の兵器工場だった。戦後、アメリカ軍に接収され、ベトナム戦争時にはキャンプ内に野戦病院も置かれていた。1971年に返還され、1976年に北区立中央公園として開園した。兵器工場は順次解体されてきて、最後の1棟が図書館に再生され、新しく北区立中央図書館が2008年6月に開館した。

郷土資料のなかに、兵器工場が図書館に再生する過程を記録したDVDがあったので、館内で見たが、北区の外に住む者には、不思議ないきさつに感じられた。
次々に工場棟が解体されていくのを惜しむ人たちが保存運動を起こし、自治会単位で請願書を提出もしている。もともと市民にとって親しい建築なら素直にわかることだが、戦争のための兵器や弾薬を作っていた工場跡の建物に市民から保存を求める動きが起きたことが不可解だ。そこで市民が働きもし、戦前であれば工場は大きくランドマークでもあって目に親しんでいたからだろうか。
また、保存運動が起きたあと、戦争のための施設を平和のための(と考えていいだろう)図書館に再生することを、誰が考えついたろうか。

芝居の開始時間が近づき(平日なのに午後4時から始まる)、それ以上調べる時間はなくて、謎をかかえたまま図書館を出た。

□ 北トピア つつじホール
  「或る晴れた日に・・1946.3.21三浦環コンサート」

東京歌劇座 http://fine.ap.teacup.com/tokyokagekiza/

王子駅方向に戻り、線路をくぐって、北トピアに入る。
偶然ご縁ができた清島利典さんの脚本による芝居を見た。
清島さんは、日本に洋楽が広まる初期の担い手をテーマにしていて、今回は国際的なオペラ歌手として活躍した三浦環のこと。

去年、東大寺で松本幸四郎が『勧進帳』1000回目を演じるのを見たが、三浦環は海外での公演を続けて、1935年にイタリアのパレルモで『蝶々夫人』出演2000回を達成した。それほど海外で高く評価されたのに、国内ではあまり受け入れられなかったようだ。女性が社会に出ていきにくい時代だったし、戦争に向かう時期に外国産のオペラが上演しにくくもなっていた。第二次世界大戦末期には、山中湖で母親とひっそり暮らした。
芝居は、明るいたくましさで困難を越えて活躍してきた人生を振り返りながら、戦後、日比谷公会堂で開いた最後のコンサートに至る。クライマックスに歌われるのは「或る晴れた日に」。
劇の流れとしては、そのコンサートが最後に演じられることが冒頭に予告されるシーンがある。その予告どおりの展開が、狙いどおりに「遂にここにきた!」という感じに盛り上がっていて、初めのフレーズが高いきれいな声で歌いだされたとき、ちょっと涙ぐんでしまった。

三浦環はひとりの女優(安奈ゆかり)が演じるが、歌う場面は3人のソプラノ歌手(宇佐美瑠璃、関真理子、飯島香織)が交互に現れる。いろんな歌声を楽しめるということもあり、ひとりの歌手の声に三浦環の印象を固定しない意味でもおもしろい配役だった。

たまたまだけれど、戦争の影を感じながら見歩いた1日になった。

(2009.9月 no.6)
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参考:

  • 『新中央図書館紹介:赤レンガ物語・歴史編』(DVD) 北区立中央図書館/企画・制作 北区教育委員会 2006
  • 『お蝶夫人』 瀬戸内晴美 講談社 1969
    『三浦環の片鱗』宇野千代 「或る男の断面」所収 講談社 1984
    『考証 三浦環』 田辺久之 近代文藝社 1995
  • 『日本ミュージカル事始め 佐々紅華と浅草オペレッタ』 清島利典 刊行社 1982
    『恋はやさしい野辺の花よ』 清島利典 大月書店 1993
  • 荒川ゆらり 佐々紅華のオペレッタ−寄居、トルコ、生駒山
    荒川ゆらり 京亭−東大寺−勧進帳