日野市立中央図書館−多摩の水の匂い


■ 日野市立中央図書館
東京都日野市豊田2-49 tel. 042-586-0584
https://www.lib.city.hino.lg.jp/

日野の図書館は、地味な移動図書館の活動から始め、利用が活発になり、ハコが必要とされる機が熟してから図書館建築に着手した。
その設計をしたのが鬼頭梓で、それまでにも図書館建築の実績はあったが、日野の仕事は建築家にとっても重要なものとなった。
(東京経済大学図書館1968 山梨県立図書館1970  東北大学付属図書館1972
山口県立山口図書館1973 日野市図書館1973)


図書館の運営も建築も高く評価されているが、そんな伝説的な図書館があることを僕は知らずにいて、初めて訪れたのは開館後36年も経ってからだった。
中央線豊田(とよだ)駅から南へ、新開発の住宅地域らしいところを歩いて行く。先に川がある予感がする。たとえば橋が見えれば川があることはわかるが、そういう直接の指標物がなくても、川の流れの上の空白の空間が感知されて、先に川が流れているなと予想できることがある。このあたりもそんな感じで、いくらか土地も南に低く傾斜しているようだ。

崖のふちに、予想より小さな図書館があった。
中に入ると、2層吹き抜けの閲覧室の南面が全面、ガラスになっている。伸びやかで明るい。
ガラス面の向こうに多摩川の対岸の丘陵が見える。(川の流れは見えない)。観覧車がのぞいているのはたぶん多摩テックだろう。
僕はかつて立川に暮らした頃、あちら側(多摩川の右岸)を自転車で何度か走ったことがある。義父の墓も右岸の丘陵の高いところにある。
何だ、こういうところにあったのか。
多摩周辺は自転車でずいぶん走ったけれど、盲点のように全く走ったことがない地域に図書館があった。

館内はゆったりとして落ち着いている。
ガラス面の反対側の壁面は書棚だが、天井がトップライトにしてあって、ここも柔らかい外光が降ってくる。
2階は、吹き抜け以外のところは参考資料室になっている。1階は吹き抜けだから天井がとても高いが、2階は通常よりもかなり低い。(意図的に違いを強調していると思う。)親密な感じがあり、手元に置いて読むものに集中していける感じがある。
球形の照明が吊り下げられている。ボルタンスキーの作品のように(比喩が過ぎる気がするが)魂が浮遊している。
机ごとに個別に点灯できる照明がある。上の照明と手元の照明器具がリズミカルに並んでいる眺めが、適度な秩序感、安心感をもたらしてくれる。
全体として明るさは抑えめだが、手元の本を読むところには十分な明るさを確保できる。明るさの設計はこれがいいと思う。

       ◇       ◇

その参考資料室に、日野市立図書館基本計画「くらしの中に図書館を」というものが置かれていた。
人口と利用者数に比して手狭になり、新機能へ対応する必要もあって、新中央館の建設が構想されている。
2006 年の第3次日野市行財政改革大綱において、図書館では「再び日本一といわれるサービスを目指す」とする方針が示さたのに基づいて作成されたという。
「再び日本一に」という言葉にひっかかった。「一流」であることはいいことだが、「一番」という意識は必ずしもいい結果にならないと思う。無理をしたり、妙な数字操作をしたり、かえって志が低くなりかねない。

(あとで図書館のホームページに日野市立図書館協議会の議事録が公開されているのを読んでみた。「再び日本一」をめぐっていろいろな意見があったが、ではどうするというビジョンは見いだせなかったようだ。
「日野の図書館」のブランドは重荷な面もあるかもしれないが、誇りをもって、さすがに日野−というありようを見せてもらいたいと思う。
ただし財政状況が厳しく、新館建設の動きは止まっているらしい。)

施設はバリアフリーなどの今の水準は未達成だし、あれこれいたんでいることも協議会の場で報告されている。
でも1階トイレの前の子ども用の手洗い所、水飲み場がとっても低い位置にあるのに感心した。作った人たちのやさしい心づかいが思われ、ほのぼのしてくる。新館が作られても、この建築は何とか使い続けてほしいと思う。

       ◇       ◇

庭側の出口を出た。図書館は崖の際に建っていて、階段を下りると湧水があった。
「中央図書館下湧水」は2005年に東京の名湧水57選に選ばれたと説明板に記されている。
多摩川の河岸段丘は「はけ」と呼ばれ、あちこちで水が湧いている。小金井のあたりでは「はけの道」という散歩道があり、僕はかつて中村研一記念美術館に寄り道したりしながら散歩したものだった。そのはけが日野にも続いていることには思い至らなかった。
図書館裏の階段を降りると水が湧いている

図書館協議会の中で、「中央図書館書庫には貴重な本がある反面、ハケ地の影響か本がしめりがちなことがあるので、新築又は移転を望む」という意見がでていた。
そういうこともありそうなことと思う。

多摩川が近そうなので南に歩いていくと、さらに川の流れの上の空白感が確かになってきて、5分もかからずに土手に着いた。草地に挟まれた細い流れが、上流から来て、下流に流れ下っている。
はけに、多摩川。水の近くにある図書館だと立地が見えてきた。
図書館ではかわせみをマスコットの図に使っているのを、なるほどと思い返した。

● 中華料理太陽
豊田駅前の小さな食堂に昼食に入った。注文してから店の名前「太陽」に気がついた。今夜これから月の話を聞きに行こうというときに、たまたま入った店が「太陽」だった!
ま、だからどうということもないのだけど。
他に客は男ひとり。昼間なのに、ぎょうざをとってビールを飲んでいる。中央線の駅は次々に高架化が進行中で、駅には複合ビルが接続し、駅前にはきいたことがある名前の店ばかり並ぶ。
どの駅も区別がつきがたい。
豊田にはまだそういう波が届いていなくて、駅前の店の中にゆったりした時間が流れている。

□ 府中市美術館「多摩川で/多摩川から、アートする」
東京都府中市浅間町1-3 tel. 042-336-3371
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/
多摩川でいろいろな現代美術の制作や展示が行われたことを一望する展覧会だった。
1964年には、日野市の中央線高架下で、中村宏と立石紘一による「第1回観光芸術展」があった。電車から見える川原に、富士山のハリボテを立てたという。
まだ日野に図書館ができる前のことだ。

□ 杉並区立科学館「天文の夕べ 十五夜講座 武蔵野の月」
東京都杉並区清水3-3-13 tel. 03-3396-4391

夜、杉並区立科学館に行った。旧知の茨木孝雄さんが、毎年この時期恒例の十五夜講座で講演する。
今年は「武蔵野図」のこと。広い武蔵野の枯れ草の原に、のぼりかけか、沈むところか、地平線近くに太陽が描かれる。僕も幾度かこの図柄を見て、あやしい魅力にひかれていた。それでも僕はただ前を通り過ぎてきただけだが、講座では、いろんな角度から調べた話をきけて、おもしろかった。

● ROKUJIGEN
東京都杉並区上荻1-10-3-2F tel. 03-3393-3539
http://www.6jigen.com/

終わってから、駅近く、白山神社の前にある店で茨木さんと軽くビールを1杯。
昭和40年代の建物には30年以上「梵天」というジャズバーがあったが、今はギャラリー+古本+カフェの店になっている。
僕は学生時代に吉祥寺に暮らし、その後も一時期、立川に住んだ。中央線の文化的雰囲気は独特のものがあって、僕はかなりその影響を受けた。この店はそういう感性に馴染みやすく、居心地がいい。

武蔵野で多摩川と中央線をたどる1日になった。

(2009.10月 no.15)
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参考:

  • 『建築家の自由 鬼頭梓と図書館建築』 鬼頭梓+鬼頭梓の本をつくる会 建築ジャーナル 2008
  • 『中央線なヒト 沿線文化人類学』 三善里沙子 小学館文庫 2003