墨田区立緑図書館とヒルサイドライブラリー
「目利きが語る"私の10冊"」 伊東豊雄


1.墨田区立緑図書館
2.ヒルサイドライブラリー

幕末の狩野派の絵師の長く公開されなかった大作群を見てから、日本の建築界のトップランナーが東北大震災を受けて話す講演を聴きに行った。

□ 江戸東京博物館『五百羅漢 幕末の絵師 狩野一信 増上寺秘蔵の仏画100幅一挙公開』
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/

狩野一信(1816-1863)が描いた羅漢図100幅が今の世に初めて公開された。こんな大作群が埋もれていたことに驚く。
縦長の画面の1幅が人の身長を越える大きさ。羅漢は、濃く、アクがつよく、ほとんどグロテスク。どの絵も画面の端まで奔放なイメージで埋め尽くされ、しかも着物の模様や、羅漢の胸毛の1本1本まで、濃密に描きこまれている。
一信は96面まで突っ走っるように描いて病没した。残り4面は妻と弟子が継いで100面までを完成したのだが、力のない、ふぬけた絵になっている。
一信のすさまじい表現に圧倒された。
才能がある人とない人の違いが歴然と見えることも衝撃的な展覧会だった。

■ 墨田区立緑図書館
墨田区緑2-24-5 tel. 03-3631-4621
http://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/library/index.html

江戸東京博物館とは総武線の反対側にある図書館に寄る。線路のすぐ脇の通りにあり、図書館2階の閲覧室からは高架を走る電車が眺められる。
墨田ゆかりの作家を並べた書架がある。幸田露伴、幸田文、永井荷風あたりはすぐわかるが、芥川龍之介、堀辰雄となると僕にはすぐには関係が思い浮かばない。
小さいが展示スペースがあり、1階では「すみだの変遷-地図資料展」、2階では「すみだ出身の版画家:宮下登喜雄展」を開催中だった。
墨田区の図書館のホームページを見ると、8館それぞれの概要が紹介されている。この館はこういうところですということをキチンと記して、地域の中での図書館の位置づけを明確にしている。文化水準が高い。

■ ヒルサイドライブラリー
セミナーシリーズ「目利きが語る"私の10冊"」 伊東豊雄

東京都渋谷区猿楽町18-8 ヒルサイドテラスF棟1F
tel. 03-5489-1267

http://www.hillsideterrace.com/index2.html

ヒルサイドライブラリーに行って、多摩美術大学の図書館やせんだいメディアテークの設計者である伊東豊雄さんの話を聴く。
ヒルサイドライブラリーの創設時に選んだ10冊の本のリストが配られたのだが、伊東さんは、3.11の地震あとでは、自分にとって大事な本は数冊変わったという。リストの10冊を順にとりあげるのではなく、震災の話が主になり、その文脈で、選んだ本がどう関連しているかが語られた。

伊東豊雄さんが設計したせんだいメディアテーク(以下「SMT」)では、構造に及ぶような事故はなかったが、天井が落ちる被害があった。(テーブルの下に隠れた人が撮った映像がYouTubeで流れて、リアルに現場の感じが伝わってきた。)
翌日には、SMT開館10周年のイベントが予定されている日だった。
幾度も仙台に通って復旧にムキになったのは、設計者だからというだけではない。
たとえば仙台の学生からこんな話をきいていたことがあるから−。
「必要な本は大学のほうがある。それでも毎日SMTの図書館に行き、カフェでコーヒーを飲む。老人がいてこどもがいる。仙台で何が起きているかわかる。」
こういう使われ方をしたら建築家冥利に尽きるというものだろう。ほかにもこんな事例があって、SMTは伊東さんにとって初めて建築家になってよかったと思える建築になった。

それでSMTを早く復旧したいと思うのとあわせて、被災地の各地に小さなメディアテークを作れないかとも考えた。「本を読め、コーヒーを飲め、心がやすらぐ」場を作る。
遠い九州の熊本県では、伊東豊雄が総合ディレクターになり、県内の公共施設をすぐれた建築で作っていくアートポリスという事業があるが、その縁で熊本県知事に相談すると、熊本県が経費を負担して1つプレゼントしてくれることになった。このところ予定地に通って被災者と意見交換などしている。

では小さなメディアテークをどのように作るかというところで、ハタと迷うことがあると、根本的な話になる。
建築家としては、オリジナリティを発揮したい。自分らしい建築を作りたい。
でも簡単な切妻でいいのではないか?
でもそれなら自分(伊東豊雄)でなくてもいいのではないか。
−と、考えが分裂する。

建築家はそこに住む人の家を作ることはできないのか?
建築家は建築家のために家を作っているのか?
批評や抽象化を基にした建築ではなく、住む人のために建築を作れないか?

ここでようやく本の話になり、その観点で取りあげられたのは次の2冊。
・ 『生きられた家−経験と象徴』多木浩二 青土社 1984
・ 『建築の解体−一九六八年の建築状況』磯崎新 鹿島出版会 1996

また、「計画」には傲慢さがあるという。
たとえば図書館のコンペがあるとして、20万冊、こどもの区画、集会施設−というような条件が示される。それを受けて作らないとコンペに勝てない。
でも、機能を考えて空間を割り当てていって最適解を提案すればいい図書館になるか?

具体的な建築の手がかりとしてあげられたのは次の3冊。
・ 『雪片曲線論』中沢新一 青土社 1985
・ 『音、沈黙と測りあえるほどに』武満徹 新潮社 1971
・ 『informal(インフォーマル)』セシル・バルモンド/著 金田充弘/監修 山形浩生/訳 TOTO出版 2005

伊東さんは最近「伊東豊雄建築塾」を立ち上げ、被災地にもその塾生を連れて行っている。
建築科の学生の卒業制作を見て、批評・抽象化によって作られ、「誰のために建築を作っているのか考えられていない」ことを悲惨に感じる。
被災地では、地震の3日目から大手の土木コンサルタント会社が入り、役所が壊滅して動けないうちに復興の図面をかいてしまっている。住まいは高台に移転し、旧街路を無視した広い直線道路が貫く。
こういう現状をあらためたいと「建築塾」を始めた。

地震の前からそうした伊東さんの考えは文章にあったが、地震はさらにその思いを強めているようだ。
独創的で先端的な建築で、世界的な評価をえていて、年齢は70歳。
午前中に寄った江戸博の羅漢図でいえば、はじめの90点ほどを描く側の人。
そういう人が、謙虚に率直に根源的に考えて話す姿に、じんと深い感動を覚えた。いい講演に立ち会えた。

       ◇       ◇

1967年からオーナー・朝倉徳道と建築家・槇文彦が代官山の街の核となる代官山ヒルサイドテラスを形成してきた。
代官山を愛する人々が集い、ゆるやかにつながる会員組織として「クラブヒルサイド」がある。
「ヒルサイドライブラリー」は、その会員のための私設図書室という位置づけで、一般に公開されている図書館とは性格が違う。

有料で、会費は入会金2万円、年会費1万円。これは 「クラブヒルサイド」の会費であって、単に図書館の利用料ではない。
(比べてみると、六本木ヒルズの六本木ライブラリーは、入会金10,500円、月会費9,450円(年一括だと105,000円)。こちらも図書利用だけでなく、サロン的性格をもつ。)

蔵書は、各界の“目利き”100人が選んだ「ヒルサイドライブラリー・コレクション」。
建築・美術・まちづくりなどの資料や、書籍。
ヒルサイドテラスでのイベントの関連書籍など。
目利きの100冊については、それぞれになぜ選んだかの簡単なコメントを書いた紙がはさみこんである。あの人がこの本をこんな理由で選んでいるということがわかって、グリコみたいに1冊で2度おいしい。

(2011.6月 no.71)
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参考:

  • 『風の変容体』伊東豊雄 青土社 2000
    『透層する建築』伊東豊雄 青土社 2000
    『伊東豊雄読本-2010』伊東豊雄 二川由夫/インタビュー エーディーエー・エディタ・トーキョー 2010