航空図書館−空にそそられる


新橋駅から西に東にウロウロした。
まず新橋から都バスに乗り、六本木に行く。
JRや地下鉄や私鉄の路線図は、およそ頭に入っている。
でも、バスはJRや私鉄の駅を気ままに結んで走り、思いがけない道筋をたどり、意外性があっておもしろい。四谷駅からバスに乗って三宅坂で降りて国立国会図書館へ行こうとすると、最終の行き先が晴海埠頭なものだから「図書館なんてやめて海へ行ってしまおうか」という誘惑にかられたりもする。
新橋から六本木に向かうバスは渋谷行きだから、そういうキケンなユーワクはない。

□ 森美術館『フレンチ・ウィンドウ展−デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線』
デュシャンはレディメイドの男性用便器に『泉』というタイトルをつけて展覧会に出品して、美術史にひんぱんに登場する有名作になっている。
そのアーティストの名を冠した賞に選ばれた作品が並ぶから、固定観念、先入観をクラクラ揺さぶられておもしろかった。

いちばん惹かれたのはフィリップ・ラメットPhilippe Rametteの写真作品。男(作家本人)が、ビルの屋上に浮いていたり、海底で昼寝していたりする。それを合成やCGではなく、実際にそう見えるように何かしらの仕掛けをして実際に撮っている。人類は重力に支配され、空気を呼吸しなくては生きていけない。そういう絶対的な束縛からスルっと抜け出している不思議な感覚と開放感に満ちている。

● マドラウンジSPICE 
六本木ヒルズ52階にある展望室の窓際の椅子に腰かけてランチをとる。
判読できる目標物を探して東京の地図を頭の中で再構成していく。
眼下に実物大・3Dの東京地図が広がっているようなもの。

■ 航空図書館
東京都港区新橋1-18-1 航空会館6階
tel. 03-3502-1205

http://www.aero.or.jp/koku_tosyokan/koku_toshokan.html

新橋駅に戻るバスに乗り、駅から1つ手前の「西新橋1丁目」バス停で降りて、歩いて2分ほど、航空図書館に行った。
財団法人日本航空協会が運営する図書館。
小規模な図書館でも専門の図書館というのはおもしろい。


飛行機に乗ると座席のポケットに置かれている機内誌が、ここでは各航空会社のがそろっていて、一気に見られる。
(ほかに機内誌が見られる図書館として僕が知っているのは、東京駅近くにある日本交通公社が運営する「旅の図書館」。)

目に新鮮だったのは、各誌がきれいなこと。
いつからか機内誌は乗客が乗り降りするたびに交換しないで、基本的に置きっぱなしになった。資源をムダにしないためにはいいことだが、読み古され、こすれて、かなりよれよれになっていることが多い。久しく新刊ピカピカの機内誌に行き当たったことがない。
この図書館ではまだ紙がきっぱりとしたのが置かれていて、気分がいい。

僕はマイルを効率的に貯める都合があるので、ANAに集中して乗っている。それでANAの機内誌『翼の王国』は、よく目にする。
でも、フジドリームエアラインズの『DREAMS 3776』なんて機内誌は初めて見た。そもそも会社名にも覚えがない。静岡と松本を主要拠点にしているということだから僕には縁がない。3776は富士山のことだろうな。

ソラシドエアーの『ソラタネ』というのも、誌名も会社名も初めて。
羽田−宮崎を中心に、九州・沖縄方面に跳んでいるスカイネットアジア航空が7月から「Solaseed Air / ソラシド エア」と名乗ったのだった。これは新しいブランド名で、社名を変えたのではないらしい。
スカイネットアジア航空というのは、羽田行きモノレールで、航空会社ごとの降りる駅を案内する車内放送で聞き覚えがある。

北海道に飛ぶAIR DOの機内誌は『RAPORA』。

業界の専門誌もあって、航空貨物の専門誌には『SPACE』や『Container Age』。
『月刊CARGO』には、保税蔵置場立地場所の地図があった。こういう関係者には保税蔵の位置を基準にした、ふつうの人とは違う地理感覚、交通感覚が意識されているのだろうと思う。

『風船』を見ると、気球総合保険の課題が大きな特集に組まれている。そんなのがあるんだ。

一般書は航空に関する書を集めてあって、サン・テグジュペリの『星の王子さま』もある。
文学関係のタイトルを見ていくと、航空機事故が絡むものが多い気がする。

       ◇       ◇

資料の中に『航空重大インシデント調査報告書』というのがあった。
1冊につき数件が記録された分厚いファイルが何冊も何段も並んでいる。
航空機の墜落などの事故があると航空・鉄道事故調査委員会が調査するが、事故にならなくても、あぶなく大事故になりそうだった事態があると「重大インシデント」として調査対象になり、報告書にまとめられる。
間一髪の事態がこんなに起きているのかと、空旅が好きな身にはちょっと怖い。

パラパラ見ていて、副操縦士が急病であぶなかったという事例がでていた。
着陸1時間ほど前に副操縦士が腹や背が激しく痛むと訴える。
機長は食あたりだろうと見当をつけ、胃腸薬を飲ませてそのまま飛行を続ける。
規定では操縦者の1人が操縦不能になったときは緊急事態と認定してそれなりの体制に入らなければいけないらしい。機長は事態の把握を誤り、通常の飛行体制を続けたことで重大な危機を招きかねなかったとして、委員会の調査対象となった。

副操縦士の痛みは降りてからの診断では急性膵炎だった。僕は急性ではなくそのあたりに病巣を抱えているので、その痛いというより、ひどく苦しい感じは推察できる。上を向いてもダメ、下を向いてもダメ、身のおきどころがないような、痛みの原因のところをえぐりだしてしまいたくなるくらい。
副操縦士も、回復するどころか、激しい動きをして操縦に影響しないように、他の乗務員が座席に固定したという。

調査では、関係者それぞれの証言が記録されている。
(1)機長 (2)副操縦士 (3)CP(チーフパーサー) (4)CA(キャビンアテンダント)
争点があるようなケースではないから、互いに矛盾するような発言はないのだが、案件によっては互いが変わった見方をする芥川龍之介の『藪の中』的展開もあるのかもしれない。

結論としては、機長が緊急事態と認定し、対応すべきだったとされる。
危機管理のことで連想するのは韓国の地下鉄火災で、地下にある電車の中に煙が迫ってきているのに何人もの乗客が避難しないで亡くなったことがある。重大な事態、最悪の事態を想定しないで、軽くみたがる傾向があって、取り返しのつかない事態に陥る。
隣の国の過ちとヒトゴトのように見ているわけにはいかなくて、日本ではより大規模な原発事故による被害を生んでいる。
飛行機では食中毒を避けるために(今どきではテロで毒を盛られることを避ける意味もあるかもしれない)機長と副操縦士は別に作られた食事をとるときいたことがある。こういう注意をしているからかえって食中毒くらい大丈夫という油断が機長にあったかもしれない。

空や飛行機に関わる本を見ていると旅心をそそられる。
ととめどなくなってしまうので、思い切って出る。

□ パナソニック電工汐留ミュージアム『濱田庄司スタイル展』
東京都港区東新橋1丁目5?1 パナソニック電工東京本社ビル
tel. 03-6218-0078
http://panasonic.co.jp/es/museum/

高架の新橋駅くぐって汐留のミュージアムに行く。
陶芸家・濱田庄司は、すぐれた作品を作るには日々の落ち着いた良い生活が必要だと考えていた。展示は、イギリスでの経験から出発した濱田が、陶芸や民藝の世界にいながらモダニストであったという面に焦点をあてている。濱田が日常生活もすぐれたデザインで満たしていたことを紹介するおもしろい展示を見られた。

       ◇       ◇

8月下旬の1日。
とくにテーマを決めて歩くなんて企てたわけではないのに、今日は単眼から複眼へ、固定から気ままへ、閉塞から開放へという共通テーマに貫かれているようなことになった。

青空には立体感のあるくっきりとした雲の塊がいくつも浮かんでいた。
それであちこちのビルに映る雲の姿が素敵だった。
暑いけれど、都会の道を歩いていて、記憶の中の特別の日にいるような、陰影の深い、いい日だった。

● たちばな
中央区銀座8-7-19
新橋から銀座方向に向かってまもなく、銀座8丁目のたちばなに寄る。
小料理屋のような店構えで、売っているのは2種のかりんとうだけという店。
近いうちに広島に行く。数人の友人が久しぶりに集まる。
そのとき持っていく手みやげに、軽くて、夏でも日持ちがして、あちこちのデパートなんかで売っていない−という条件にかなうかなと考えてかりんとうを買って帰った。

(2011.8月 no.79)
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