水戸の○と□の図書館へ


1.水戸市立西部図書館−円形の王冠つき図書館
2.茨城県立図書館−四角い議事堂をリノベーション!

かなり前から関心をもっている群馬を拠点とするアーティスト、白川昌生(しらかわよしお)さんの個展が水戸であるという。水戸芸術館のボイス展とあわせて水戸で開催する企画がたてられたようだ。
それは1日の後半の楽しみとして、前半の楽しみは建築に特徴がある2つの図書館に行った。

■ 水戸市立西部図書館
茨城県水戸市堀町2311-1 tel. 029-255-5651
http://www.library-mito.jp/

外観はヨーロッパの童話のお城のよう。王冠がのっている。
中に入ると王冠の内側は円天井。2階まで吹き抜けの、円を描く壁はぐるりと書棚で、体をくるまれる感覚になる。
2階最上部にはガラス窓があり、人工の空調にたよらなくてすむ春秋には窓を開いて風を入れるという。気持ちよさそうだ。

コンクリートだけだと無機的になるが、内装に緑色をうまく配している。書架、手すり、ワゴンなどに緑色が使われ、材料によって色合いがわずかに異なって、いいハーモニーになっている。
吹き抜け中央に置かれたソファだけ淡い藤いろ。
円形空間の親密な感じのなかに、穏やかな光があり、色づかいもシックで上質。僕の建築の判断基準に「去りがたい思い」というのがあるが、この閲覧室は去りがたい思いになった。

水戸市西部図書館の外観 水戸市西部図書館の吹き抜け

閲覧室を囲む円は3重になっている。
外の円は外壁。
外の円と、間の円の間は通路。
間の円と、内側の円との間は、両側が書架で、ここでかなりの冊数が置ける。

小さい部屋が外側の円からいくつか張り出していて、書庫、児童室、視聴覚室などの機能がわりふられている。
新聞と雑誌も小部屋に独立している。新聞を読むのと、本を読むのでは、ふつうには集中度が違うから、こういう分け方もなるほどいいかもしれないと思う。(面積の都合でやむをえず外に出さざるをえなかったのかもしれないが。)

2階に「佐川文庫」という小部屋があり、故・佐川一信氏から寄贈された蔵書が置かれている。
佐川一信(さがわかずのぶ、1940 - 1995)は、法学者で、1984年から93年まで水戸市長で、図書館の必要性に信念を持っていた。中央図書館のほかに、東西の地区図書館を設け、各小学校区には小図書館を配置して、大型バスで結ぶ図書館ネットワークを構想した。
この西部図書館はその1つの地区図書館にあたる。
「僕は自分を、読書文化に対して、主張が強い方だと思っていますが、その自分の観念を乗り越えた、個性ある図書館にしたかった」と文章を書いている。
図書館への強い思いをもちながら、ただその思いが実現すればいいというのではなく、その思いをも越えるものを期待する創造的で柔軟な精神に感嘆する。
1993年に知事選に立候補して敗れたあと、1995年に55歳で亡くなった。知事といわず、国政でもリードしてほしいような人だった。

図書館本体の3重円の外に、芝生の広場を大きな楕円形の回廊が囲んでいる。土星の輪のようなもの。400mあってジョギングに使われているという。
図書館を設計したのは新居千秋都市建築設計 で、この図書館で「吉田五十八賞」を受賞している。

     ◇     ◇

出かける前に水戸市の図書館のホームページを見ると、図書館自体のデータを掲載してあった。開館年や蔵書冊数などの基礎数字のほかに、「特色ある蔵書」「各館PR事項」もある。
(西部図書館は、1992年開館、蔵書は  年現在で103,000冊)
図書館は地域の文化の担い手であり、それ自体がどのように存在するかも意味がある。
そうした自負・自覚がなく、蔵書検索や、利用方法などばかりで、その図書館固有の情報が記されていない図書館が多い。図書館そのものは透明な存在になろうとしているかのようだ。
実際、所在地(住居表示)や電話番号になかなか行き着けないことも少なからずある。ある種の業態では効率性を考えて意図的に電話をかけさせないようにしているが、図書館にその必要はないだろうし、不親切でしかない。インターネットに接続してホームページを見ているからといって住所や電話番号は不要ということはない。
水戸市には5館の図書館があるが、総括のトーップページに各館の住所、電話番号が表示されていて、それ以上の詳細は各館にリンクでとぶようにしてある。
小さなことのようだが、ときにはまっさきに必要になる情報を最初のページに置く配慮、図書館の位置づけをはっきり示す姿勢など、さすがに歴史ある都市の図書館だと思う。

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■ 茨城県立図書館
茨城県水戸市三の丸1-5-38 tel. 029-221-5569
https://www.lib.pref.ibaraki.jp/

県議会を改造した県立図書館で、議場が閲覧室になった。建築関係の雑誌でその大きな写真を見たときには、とても驚いた。建築誌を眺めていると、しばしばオ!と目が驚くことがあるけれど、インパクトの強さといったらここはオオオオオ!だった。

元・議場では、扇状に机が並んでいる。椅子には布のカバーがついていて、それも県会議員が腰かけていた時期を偲ばせる。後方には階段状に傍聴席があり、そこも閲覧席になっている。議場の両脇に開架書架が並ぶ部屋があるが、やや隔絶した感じがあり、議場の閲覧室は学生の学習室として使われることが多いようだ。
それにしても、かつて議会があったところにいると、このようにして時間・歴史が推移していく中に自分もいる−という感覚がひとりでに利用者に備わるのではないか。
その感覚は図書館にとても大事なもので、このリノベーションはとてもいいと思う。

この図書館には前にも見に来たのだけれど、「誰が議会を図書館に転用する」なんてことを考えついたのかが気になっていた。
ちょうど郷土資料室の隣にレファレンスカウンターがあるのできいてみた。
図書館も県庁も狭くて限界になり、同じ頃に検討課題になったので、とんでもない感じではなく、おおかたの自然の流れのようにして「県庁は市街南部に移転−図書館は市街地に残る」という方向性がでてきたのだとことだった。

隣に古典的つくりのレンガ色の旧県庁があり、図書館になった旧議会は戦災後の建築で、白い近代建築で、対照的な眺めになっている。
図書館の入口を入ると大きな吹き抜けがあり、中央の階段を上がって閲覧室に入って行くことになる。この演出的つくりは、新大分県立図書館と似た構成になっている。

閲覧室はもともと図書館用に作られたのではないから苦心のあとがうかがえる。
太い柱がかなりの密度で並んでいるのが、ほかの図書館ではあまり見ることがない眺めだが、柱をはさんで向こう側とこちら側に検索機を置いている。
書庫は地下。一部を開架利用にしている。
リノベーションにあたっては、ヒトゴトの感想としては、機能をはめこんでいくパズルを解く楽しさがあったのではないかと思う。

この日は、旧・議場の閲覧室では、午後は閉鎖になり、理科系の講演会が開催されていた。
別の小さな会議室では、茨城大学のオチケン(落語研究会)による「三の丸寄席」があり、「県立図書館で,初笑いをして,不景気な世の中を笑い飛ばしましょう。」と案内されていた。
元気がいい。

     ◇     ◇

郷土資料の書棚で、これから行ってみるつもりの那珂川の本を探してみた。
予想外だったのは、水戸市街を流れる那珂川の本はごくわずかきりで、茨城県南部をかすめているだけの利根川の本はいくつもあった。
検索してみても、那珂川180件ほど、利根川340件ほどと、2倍近い。
那珂川の存在感が希薄なのは僕も前から感じていた。県立図書館からほんの数分北に行けば那珂川にでるのだが、市の中心部近くを大きな川が流れていることを、水戸に数回来て、初めて気がついたほど。
南方に千波湖があり、そちらは偕楽園や梅林と一体の関係になるから、水戸市民の水への親しみはそちらの方に偏っているのかもしれない。

那珂川は那須山系から発して水戸市街を流れ、大洗町とひたちなか市を分けて太平洋に注ぐ。
北に久慈川があり、八溝山から発して、東海村と日立市を分けて太平洋に注ぐ。
明日は河口を見に行く。

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● てんまさ
茨城県水戸市宮町2-2-31(川又書店地下) tel. 0066-9678-4868
駅近くの本屋さんの地下の店で昼食にした。
ねばり丼は、水戸名物の納豆に加えて、おくら、なめこ、とろろなど、ねばねばした食材をのせたオールスター丼。

● 菓子を買う
・ 「吉原殿中」あさ川 (水戸)
http://www.kashi.co.jp/index.html
埼玉県熊谷市の名物の五家宝(ごかぼう)という菓子のルーツには諸説あるが、水戸起源説のもとが「吉原殿中」。
「エクセル」という駅直結のビルの水戸名産品売り場にあった。
買って帰って食べてみると、大きさが熊谷産の標準よりやや大きいほか、味にはほとんど違いがなかった。

・ 「五家宝」西倉製菓 (熊谷)
水戸京成デパートの地下に、いろいろな袋菓子を多種並べてある一角があり、熊谷の製菓会社の五家宝が置いてあった。熊谷では「ごかぼ」といっているが、こちらの店員さんは「ごかほう」と発音していた。菓子の袋には「五家宝」とだけあって、ふりがななどないから、素直に読めば「ごかほう」になる。

・ 「天満月」(あまみつき)亀印本舗 (水戸)
http://www.kamejirushi.co.jp/
チョコを混ぜた黒い皮で黄身餡を包み、満月に見立てた饅頭。
箱がおもしろい。2重になっていて、中の箱には円形がかかれている。外の箱では円形に穴がくりぬかれている。中の箱を出し入れすると月の満ち欠けになる。

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□ 水戸芸術館現代美術センター 『ボイスがいた8日間』展
茨城県水戸市五軒町1-6-8 tel. 029-227-8120
http://www.arttowermito.or.jp/art/

ヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys、1921−1986)が生涯に一度だけ1984年に来日した。そのときの記録映像が今回の展覧会の見どころ。

東京芸術大学での学生との討議がおもしろかった。
いつもながらの帽子とベストで、足の長さに比べて小さく見える机を前にして精力的に話す。時折り後ろの黒板にチョークで絵や文字をかく。
何度か過去に作った作品の意図の説明を求められる。それは生産的でないとやや苛立ちながらも答えている。
セゾン美術館の運営母体とはいえ、大資本・西武の招きに応じて来日したことに批判的質問がでると、この質問は予想していたもの、答えなくてはいけないものと力が入った。
西武はボイスが進める「7000本の樫の木」を植える運動に500本を寄付するというので、その交換条件として来日に応じたという。とらえようによってはかなりキワドイことだが、ボイスの主張は「芸術が社会と無関係に存在するのではない」ということにある。
「あらゆる人が芸術家である」が、それは絵をかく、彫刻する、詩をかく、という意味ではない。すべての人が社会的存在だから、芸術家になりうる、人が生きている生き方が芸術である。
大資本と交換するのがよくないという考え方は、それ自体が古い芸術観念によるもの。、社会に背を向けて大学の中で作品を作っている学生より、西武の人のほうが芸術家に近い、とまで言う。
とても挑発的だ。

     ◇     ◇

水戸芸術館を構想したのも西部図書館と同じ佐川一信だった。
水戸は古い都市なのに、戦災で焼かれ、都市の魅力に欠けていた。
(県立図書館も焼けて、戦前の蔵書を失っている。)
佐川市長の時期に、ちょうど水戸中心部の五軒小学校の移転による空き地をどうするかという検討段階にあり、水戸を文化都市として再生するために、美術と音楽と演劇を総合した芸術館という構想を組み立てていった。

設計をまかされたのが磯崎新で、ここでまた僕のライフワーク「井上房一郎をめぐる建築家」に関わりがでてくる。
井上房一郎は美術の美術館、音楽のコンサートホール、歴史の博物館を実現したあと、最後の夢として、人がよく生きるうえで欠かせないものとして哲学を想定し、哲学堂を建てたいと考えていた。
旧知のアントニン・レーモンドに設計案を作らせていたが、なかなか実現しないまま時間がたってしまい、1986年ころ、井上房一郎は群馬県立近代美術館の設計者、磯崎新に新しい案の作成を要請している。

このときの井上房一郎の提案は、20世紀の哲学を決定づけているのは古い宇宙論ではなく、DNAだから、それを建築的に表現できないものだろうかということであった。磯崎は、二重螺旋は、すでにルネッサンス以来の建築で階段に使われているから、トリプル螺旋にしようと考えて、スケッチを描いている。結局それも高崎に建つことはなかったが、そのアイデアは1990年に水戸芸術館で実現することとなった。 水戸芸術館の三重螺旋の塔

今では都市が写された写真にクネクネした螺旋塔があれば、ああ水戸だとわかるほどのランドマークになっている。
水戸芸術館が開催する先端的、現代的、世界的水準の催しは、水戸の都市としての印象をずいぶん高めてもいる。

『パトロンと芸術家−井上房一郎の世界』群馬県立近代美術館・高崎市美術館/編・刊 1998 参照
ここに収められた山口昌男との対談で、螺旋のアイデアが井上房一郎によるものであることを磯崎新が語っている。高崎哲学堂のためのドローイングも掲載されていて、水戸芸術館の塔の原型がすでにできている。高崎哲学堂の建設が順調にいっていれば、今、水戸芸術館にあるような塔が高崎にあり、水戸芸術館は違うスタイルになっていたことになる。

* 哲学堂については、井上房一郎の没後、その邸宅を使って高崎哲学堂が創設された。 →[山を歩いて美術館へ]

□ 遊戯室 『「どこまでも道草、どうしても道草」 白川昌生 61年の道草アート』展
茨城県水戸市北見町5-16キワマリ荘内

白川昌生さんの個展会場は、水戸芸術館から数分のところにあるギャラリー。
白川さんは福岡県北九州市戸畑出身。デュッセルドルフの美術大学に留学したから、その頃ボイスの思想・制作に身近にふれたようだ。
帰国後、群馬に移り住み、「場所・群馬」というグループをつくって、地域のアーティストと共同して地域に関わる制作活動をしてきた。
「61年」というのは、白川さんの年齢そのまま。まさか赤ん坊のときからアートしていたのではあるまい。
「道草」というのも、どういう意味なのか。
夕刻に始まる「道草アート“トーク編”」で謎が解けるかと楽しみに行ったのだが、暗い中をようやく行き着いてみると、民家を改装したギャラリーで、展示は8畳ほどの1室。トーク会場も8畳ほどの1室で、かなりの人が集まっている。相当に窮屈になりそうで、展示だけ見てあとは遠慮してしまった。

→[荒川ゆらり 高崎でかつ丼を食べ、洪水の話をきく 前橋でつくり酒屋を応援する美術展を見て、怪魚を買う]

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● 小料理・漁火
茨城県水戸市泉町3-3-40 tel. 029-226-3472

遊戯室から水戸芸術館の前を通って広い国道50号線に面したホテルに向かう。
水戸芸術館には何度か来ているが、水戸に泊まるのは初めて。夜は3重らせんの塔がライトアップされ、夜空に向かっている。生命というのか、エネルギーというのか、宇宙とつながっているみたい。

「泉町仲通り」という看板がかかった飲み屋街があった。両側に小さな店が並んでいる。「磯料理 漁火」というのれんがかかった店を選んで入ってみた。 泉町仲通りの案内板

水戸の酒「一品」と、あんこう鍋を注文。夫婦2人でやっていて、ご主人がカウンターの向こうでしばらくかかって用意したあんこうを、奥さんが手際よく鍋に入れてくれる。皿に骨つきの肉やらイブクロやらコブクロやらに混じって肝もあるが、ぐつぐつ煮たってきた汁自体にも肝が入っている。濃厚で熱と滋養をたっぷり含んでいる。
本場から離れたところでアンコウを食べると、単に「アンコウの味がするもの」を食べているだけのよう気がすることがあるが、activeなアンコウを食べている、という満足感がヒタヒタ。
最後に雑炊にしてもらう。鍋に残った味わいをすべてすくいとるように食べる。
添えられたお新香がとても色どりがきれいで、あっさりとしたおいしさ。上質なデザートといっていいほど。「お新香までおいしかったです」というと、奥さんがさりげなく「ぜんぶ手作りで」と言われる。
いい店を選べて、僕にしては上出来だった。

● スーパーホテル水戸
茨城県水戸市泉町3-7-24 tel. 029-231-9000
http://www.superhotel.co.jp/

部屋の設計といい、システムといい、ぎりぎりに効率化してある。ムダがなく、それでいて1晩過ごすうえの快適さを確保するようによく考えられてある。
ベッドはセミダブルの広さがあり、細いシングルベッドとはゆったり感が全然ちがう。
温泉浴場があり、朝食もついて、3,980円。
あえていえば外観の色がやや品格がない。豪華ホテルのふりをすることはないが、これだけが惜しい。

(2010.1月 no.19))
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参考:

  • 『水戸発 地方からの改革』佐川一信 日本評論社 1994
  • 『パトロンと芸術家−井上房一郎の世界』群馬県立近代美術館・高崎市美術館/編・刊 1998
  • 『新建築』2002年2月
  • 『いばらきの川紀行』いばらきの川紀行編集委員会編 2005
    『環境百科那珂川』国土交通省関東地方整備局常陸河川国道事務所編 2006
  • 『美術・マイノリティ・実践 もうひとつの公共圏を求めて』白川昌生 水声社 2005