日立市立記念図書館 −何を「記念」してるのか行ってみよう


水戸に行って1泊した翌日、河口ウォッチングをしながら北上して日立に行った。

□ 大串遺跡
那珂川河口の南、「大串ふれあい公園」に「ダイダラボウ」という巨人の像があるというので寄り道した。こういうとんでもないものに、ついひかれる。
大串遺跡は縄文期の貝塚遺跡で、「常陸国風土記」に記載があり、文献に記録された貝塚としては世界で最も古いのだという。
その風土記に、貝殻は「ダイダラボウ」という巨人が食べて捨てたものとも記述があり、それが巨人像にされた。

高さ15mもある。ツルンときれいに仕上げないで、ごつごつと彫り跡を表現してあり、ふつうの彫刻としてみてもなかなか出来映えがいい。
中に入って手のひらの展望台に上がれるらしいが、まだ開く前の時間なのが惜しかった。

□ 那珂川河口
那珂川は那須山系から発して水戸市街を通り、大洗町とひたちなか市を分けて太平洋に注ぐ。

海門橋のたもとに車を置いて、川の先端まで歩いていく。
防波堤に激しい波が押し寄せ、白いしぶきが上がっている。
砂浜にたくさんの車がとまっている。
防波堤を境にして、川の側は釣り人の世界。海の側はサーファーの世界。
キラキラした太陽光が波を輝かせている。

海側の砂浜の内側には、アクアワールド大洗水族館の大きな建造物が長く延びている。
河口ウォッチングに向かうと荒れた天気に迎えられることが多いのだが、今日は珍しい好天に迎えられた。
きのう茨城県立図書館で見た本によれば、かつて那珂川は砂嘴にぶつかって北上していたのを、真っ直ぐ流れこむように付け替えられたという。

□ 久慈川河口
久慈川は八溝山から発して東海村と日立市を分けて太平洋に注ぐ。
那珂川河口から北約16kmにある。

こちらも河口近くに久慈大橋という橋があり、砂嘴に沿って北上していた流れを真っ直ぐに付け替えたという歴史がある。

南方には東海村の原子力発電所が見える。

□ 日鉱記念館
茨城県日立市宮田町3585 tel. 0294-21-8411
http://www.nmm.jx-group.co.jp/museum/

山口県萩の人、久原房之助(くはらふさのすけ)が、1905年に赤沢鉱山を買収して日立鉱山を開業した。工業都市・日立の発展の原点になる。
鉱山は1981年に閉山し、創業85年を記念して1985年に記念館が鉱山跡地に建てられた。
地下で鉱石を掘った様子のジオラマだの、当時の工具だの、とても興味深い。

鉱山の作業はきついし命がけだし、いかにも厳しそうなところだが、意外なことに創業者の久原は理想郷を実現したかったのだという。学校や劇場や病院をそなえ、にぎやかな祭を催したりした。展示物の中でとくに印象深かった1つに、労働者たちの写真があった。そろってヘッドライトつきのヘルメットをかぶった人たちが、横長の構図にずらりと収まっている。そろってさわやかなすてきな笑顔をしている。

もちろん鉱山の経営は楽ではなくて、銅の精錬で発生する亜硫酸ガスによる大気汚染は深刻なもので、農作物に被害を与えた。
久原は「苦心惨憺處(くしんさんたんのところ)」という言葉を認めて邸宅に掲げていた。

当時の煙対策は、低い煙突から排出して空気と混ぜて薄めるのがよいというものだった。久原は発想を転換して、高い煙突で排出して上昇気流に乗せてしまおうと考えた。
1914年に完成した煙突は、当時世界一の高さの500尺、155.7メートル。この煙突のことは新田次郎が小説『ある町の高い煙突』に書いた。
1993年、この大煙突は突然、下部3分の1を残して倒壊した。今はその高さのまま修復され、リサイクル工場の水蒸気の排気に使われている。

かつてはこの3倍の高さがあった。水戸の芸術館のタワーが街のシンボルなように、この煙突もかつて日立のシンボルとして親しまれた。

■ 日立市立記念図書館
日立市幸町1-21-1(日立シビックセンター内)tel. 0294-24-7714
http://www.city.hitachi.lg.jp/lib/htm/kinen.htm

日立市街に戻ると成人式の日で、図書館が入る日立シビックセンターの駐車場に近づけなくて、イトーヨカドーに車を置いた。

日立シビックセンターは日立駅のすぐ近くにあり、音楽ホール、科学館、プラネタリウム、ギャラリー、図書館などが入った大きな施設。

(写真に写っている球はプラネタリウム。)

前の広場で成人式が始まるところで、はなやかな着物を着た女性と黒服の男性が大勢集まっている。

記念図書館は巨大施設のうちの1階と2階の一角にあり、ほかに地下に閉架書架があるようだ。
2階の参考図書室のカウンターで、気になっていた「記念」のいわれを尋ねた。
「記念図書館て、何の記念ですか?」
「日立市制20周年記念事業で図書館ができたんです」
「その20周年て、いつですか?」
「今、70周年だから、もう50年前...」
では「記念図書館」を名乗って半世紀にもなる。なるほど、日立市民なら今さら何の記念と説明するまでもないか。
でも、
「よく聞かれます」
って、ならホームページとか、図書館の案内資料とか、ひとこと書いておけばいいのにとも思う。
まあ、すぐ理由がわからなかったおかげで、「やはり日立関係の何かだろうかなあ」などど考えながら、ひととき楽しみにして来られたともいえるけれど。

あとで日立市のホームページで確かめたところでは、
1939年9月1日 多賀郡の日立町と助川町が合併し、日立市となった
1959年20周年
2009年70周年
ということだ。

同じ参考図書室に、日立市制70周年記念として「郷土人コーナー」が作られていた。郷土出身者と、郷土に縁がある人の、簡単な紹介と著作が並んでいる。
企業としての日立関係者のほかには、難しいことを書いた本が多い。
僕が知っているのは建築家、妹島和世(せじまかずよ)くらいで、その妹島和世設計によるパチンコ屋さんが市内にあるので行ってみた。

□ 金馬車日立銀座店
茨城県日立市鹿島町1-13-3  tel. 0294-23-4122
http://www.kinbasha.net/index.html

金馬車は茨城県内を主にパチンコ店をいくつも経営していて、図書館からすぐ近くにも「駅前店」があるが、目指すのは「日立銀座店」。
途中で道をきいたら、気のいいおにいさんで、笑顔で「負けるなよ」と見送ってくれた。わざわざパチンコ店の場所をきいて行くヤツも珍しいかもしれない。
10分ほど歩いて、商店と住宅が混在する一帯にあった。
ガラスの壁が街の風景を鏡のように映して、パチンコ店じたいは存在がわからなくなってしまう。
女性が入りやすいようにパチンコ店らしくないパチンコ店を意図したというのだけど、中に入ってみるとそれほどかわったものではなかった。
しばらくパチンコなんてしてないから、ついでにちょっとやってこうかと思ってたが、ジャラジャラという音のすさまじさに負けてすぐ出てしまった。

       ◇       ◇

今日、前半はせわしく動き回った。後半は日立シビックセンターの音楽ホールで「ニューイヤーオペラコンサート」、天球劇場(プラネタリウム)で「星月夜」というプログラムをのんびり鑑賞して帰った。

(2010.1月 no.20)
ページ先頭へ

参考:

  • 『常陸風土記とその社会』 志田諄一 雄山閣 1974
  • 『いばらきの川紀行』 いばらきの川紀行編集委員会編 2005
    『環境百科那珂川』 国土交通省関東地方整備局常陸河川国道事務所編 2006
  • 『日本の近代遺産50選 12 日立鉱山大煙突」 2008.7.24 日本経済新聞
    『久原房之助』 久原房之助翁伝記編纂会/編 日本鉱業株式会社 1970
    『ある町の高い煙突』 新田次郎 文藝春秋 1969
  • 『キーワードで読む現代建築ガイド』 飯島洋一 平凡社新書 2003
    『GA JAPAN 020』 Tokyo Book Center 1996.5月