朝霞市立図書館 −熱いアーティストのまちの


□ 朝霞市博物館『丸沼芸術の森25周年記念展』
埼玉県朝霞市岡2-7-22 tel. 048-469-2285

丸沼芸術の森は、(株)丸沼倉庫の経営者、須崎勝茂氏が1985年に始め、優れた作品の収集と、若いアーティストの育成の手助けをしてきた。

展示作品では、
キスリングの『若い女性のポートレート』が、キスリングにしては淡い色調で、渦を巻く金髪と、うるんだような碧い目がいいなあとか、
藤田嗣治の『雪の中でフードをまとう少女』が、黒い世界に白い少女が浮かび上がるコントラストがいいなあとか、
見とれる作品があるのだが、「25周年記念展」と名乗ってるのに、せいぜい30点ほど。ワイエスの充実したコレクションのうちからもほんのちょっとだけ。集大成が展開されているのを楽しみにしてきたにしては、ものたりない質量だった。

アーティストの育成事業としては、丸沼倉庫の敷地に簡素な住まいとアトリエを用意し、安い賃料でアーティストに貸している。若いアーティストが制作を続けるにはアトリエの確保が第1の課題なので、大きな援助になる。でも、それに安住してしまわないよう、安価にしても賃料をとり、居住の年限を定めている。
ここから、世界に知られ、オークションで億単位の値がつく、村上隆という並外れた成功者がでた。記念展で村上作品は『Colors』と『Rose』の2点だけ展示してあったが、一見して村上作品とは気がつきにくいほどのミニマルな作品だった。でも、見ていると、なるほど村上隆だと納得する。

博物館の展示では、銅を伸ばす「伸銅」の産業の展示に特徴があり、おもしろかった。

図書室があり、3000冊ほどの蔵書が公開されていている。庭を眺められる静かな部屋で、近くに暮らす人にはいい図書室だ。
棚には歴史系の博物館らしいオーソドックスな蔵書が並んでいる。市内に若い芸術家たちが生活しているし、丸沼芸術の森の作品展をするほどの関係があることだから、いきのいい現代美術関連書も置いて、「博物館行き」などという表現に象徴されるようなのではない、未来志向の、活気のある場所でもあるといいと思う。

丸沼芸術の森:
埼玉県朝霞市上内間木493-1 tel. 048-456-2533
http://marunuma-artpark.co.jp/
村上隆:
GEISAIホームページ
 http://www.geisai.net/
カイカイキキホームページ  http://www.kaikaikiki.co.jp/

■ 朝霞市立図書館
埼玉県朝霞市青葉台1-7-26 tel. 048-466-8686
http://www.lib.city.asaka.saitama.jp/index.html

米軍基地が返還されて広い土地が使えることになり、図書館もその跡地に建った。充分な面積があるので、2階に機械室、地下に書庫が一部とびだしているだけで、利用者のための場所は1階にゆったりとおさまっている。

四角い建物に入ると、閲覧室はほぼ1室空間で、広い範囲が見通せる。
その中央に大きな八角形(だから円形に近い)天井があり、その下は書架がなく、雑誌や新聞を閲覧する席になっている。
まるで巨大な蜘蛛の巣がかけられた下で読書するふう。
外からの明るい日射しを、やや内側に作られたさがり壁の障子を透して閲覧室に入れている。中央の八角天井からも半透明の素材を透した光が降りてくるので、内部全体は柔らかな光に満たされる。
のびやかで穏やかで上品。心安らぐ。

また村上隆のことになるが、作品が評価されているほか、アートフェアを組織するなどして、日本の現代美術界をリードする存在でもある。著書も多数あるが、図書館にどんなものがあるか見ると、ほんの数冊だけ。これでは村上隆の魅力、存在意義が十分に伝わらない。

郷土資料の棚を眺めていたら、尾崎豊(1965-1992)と本田美奈子(1967-2005)があった。2人とも朝霞に住んだことがある。
村上隆も含めて、今を生きる若者が熱い思いを寄せる人の著書、関連書がもっと集めてあったらいいと思う。
「自殺したくなったら図書館へ行こう」という名コピーがあるが、そこまでおちこむ前に、この人たちからは強い励ましが受け取れるはず。静かに、ニュートラルに、数冊ずつの本が置かれているが、このアーティストたちの関連書をそれぞれ集中的に置く場を作るなりして、図書館が人を元気に、熱くさせるしかけをしてもいいと思う。

     ◇     ◇

余談だが、尾崎豊の本は、尾崎豊と互いに生死に関わるほどの厳しいつきあいがあった見城徹という編集者が作っていた。
見城徹は、尾崎豊に限らず、編集者として徹底した生き方をしていて、僕はこの人の言葉にショックを受けたことがある。
2007年7月放送のNHKテレビ「知るを楽しむ 人生の歩き方」に登場した見城は、70歳で人生を終えることに決めたと語っていた。70年といったら、今の日本の平均より短い人生になる。正確な言葉を覚えていないので、今のような激しい生き方をするのがそこまでなのか、文字通り人生を70年で終わりにするのか、定かではない。後者とすれば尋常ではないが、並外れた人だから、あるいはそんな思いもありそうでもある。
「あんなタフな人が70年か」ということがショックであり、終わりの意味がどちらにしても「自分の意志で人生の長さを決める」ということも驚かされた。
僕はたびたび壊れかけながら生きてきたが、どん底の状態にいないときには、何となしまだ人生は続くように思っていた。
でも見城徹の言葉を契機に考え直した。僕の場合は何とか今のようにひとり旅ができるくらいに動けるのは、よくて70年。それより短いこともおおいにありうる。
年とともに年月が過ぎるのが早く感じられる。「もう1年たってしまった」と思うこと、あと数回かもしれない。僕も最大値を70年に思い定め、日々をムダにしないように、心して生きようとなどと思ったことがある。

朝霞駅からほんの3分のところに、こんな水たまりの道があった。たったこれだけのことに、なんだかホッとする。

(2010.3月 no.26)
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参考:

  • 『図書館建築22選』 図書館計画施設研究所/編著 東海大学出版会 1995
  • 『編集者という病い』 見城徹 太田出版 2007
  • 『NHK知るを楽しむ 人生の歩き方 見城徹−常識との闘い』NHK出版 2007.10-11テキスト