山梨県立図書館 -引っ越し前に見に行く


山梨に用事があって出かけたのにあわせて、道筋にある2つの図書館に寄った。たまたまどちらの図書館も、駅の真ん前への移転を控えていた。

■ 山梨県立図書館
-引っ越し前に見に行く
山梨県甲府市丸の内2-33-1 tel. 055-226-2586
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/

位置:
駅から近い。甲府駅の南に7分くらいだったか。中心駅からこんなに近い県立図書館というのは、ほかにあまりないのではと思う。しかも手狭になったので新館の建築準備中で、駅の北口のすぐ前、さらに近くなる。今はフェンスで囲われて工事が行われている。隣に丹下健三の山梨文化会館があり、図書館はどんなのになるか楽しみだ。

正面:
現図書館は正面に太い4本の柱が並んでいる。堂々と構えている。
鬼頭梓(きとうあずさ1926-2008)という建築家は、こんな図書館も作っていたのかと驚く。鬼頭梓設計の図書館は、都内中央線沿線と、滋賀県東岸にあるいくつかを見たことがある。いずれも内部にどんな空間を形成するかを重視していて、外部の形を際立たせていないという印象を受けていた。
ところが、この柱!

山梨県立図書館の正面には大きな4本の柱

正面の外観がドンと自己主張していてビックリという点で、隈研吾のM2という建築を連想した。東京都世田谷区の環八沿いに建てられたマツダのショールームで、古代の大建築ふうの、芝居のセットが立っているかのような奇抜な形をしている。今は素材に最大の関心を寄せて建築を作る人が、初期にはこんな大胆な造形をしていた。
(M2はのちに東京メモリードホールという葬祭場に転用されている。葬祭場としてこういうところに目をつける人はすごいと思う。)
絵の世界で「若書き」ということがいわれる。文字どおりには画家の若いころの作品というだけの意味だが、大成した画家でも若いころの作品には、のちの特長や美点が見出せはするが、未熟だったり、過剰だったり、不足だったり、はずれたりしているところもあるというニュアンスがある。
山梨県立図書館は、鬼頭梓のいわば若書きといえそう。建築家はこのとき44歳で、図書館建築としては1968年の東京経済大学に次ぐ2館目になる。

館内:
内部にも線の造形が目立つところがあった。2階閲覧室から見上げたトップライトの折れ線。2階から3階に上がる階段の下は、実用的にはのっぺりした平面ですむところだが、手を加えて斜線が現れるようにしてある。美術の用語では構成主義とでもいうだろうか。こういう際立たせ方は、のちの鬼頭建築の図書館では見られなくなるものだと思う。
でも2階の閲覧室は北側が一面大きなガラス窓で、明るくすがすがしい空間になって、これは東京・日野図書館や、滋賀・信楽図書館に通じる、鬼頭梓らしいすぐれた特徴だと思う。


鬼頭梓は「図書館とは一体何をする所なのかということさえまだ定かではなかった時期に、この図書館はつくられました。」という。まだ図書館をつかうということが普通にはなじみがなかったから、「自由に利用できる開架閲覧室をつくる」ことを中心の課題としたともいう。
ただし、1階には、ブックモービルの車庫と作業室で半ばを占めてしまうので、あとはロビーとこども室にした。(ロビーとして十分な広さがあるのでギャラリーになっていて、この期間は、拡大写本や展示図書など、視覚障害者のための資料を展示してあった。)
2階が中心の閲覧室。一部は3階まで吹き抜けにし、一部は一段床が高くなって書架が並び、1階に降りる階段部分が広くとってあってふきぬけ的で、最上階まで抜けるトップライトもある。空間が重層的、複合的で、しかも北側はすっきりと全面ガラスでおさめている。みごとな構成だと思う。
3階は、休憩室。机と椅子が並び、ドアの先は(2階の屋上にあたる)ベランダに出られる。こういう部屋がしっかり用意されていると利用者には使いやすい。早めの弁当を食べている人を見かけた。
4階が、郷土資料などが揃った一画があるほかは、広い学習室になっている。

現代の県立図書館としては開架の書架が少なく、手狭になっているが、中規模の図書館としてみればとてもいい構成になっている。新館ができたあとも、インテリアを現代的に手直しなどして、何かの専門図書館としてでも使えたら魅力的な場所であり続けると思う。

根津嘉一郎の寄付:
1階の壁に東武鉄道の経営者、根津嘉一郎(ねづ かいちろう 初代 1860-1940)のレリーフがあった。
根津は山梨県立図書館と縁が深い。
山梨教育会付属図書館が1900に開設されていたが、根津の寄付により館舎を新築し、1930年に山梨教育会付属図書館として開館した。(その後の増築にあたっても資金援助している。)
翌1931年には、山梨教育会付属図書館が山梨県に寄付され、山梨県立図書館として発足した。
鬼頭梓の設計による現在の図書館は、1970年に開館した。
1971年には、根津嘉一郎(2代)の図書購入資金寄付により、根津文庫が設置された。

市民の寄付:
一方で、県内に図書館が少なかったので、1973年から「一坪図書館」の設置が開始された。公民館などの小さな場所を生かして書架を置き、県立図書館から年に数回、配本する。そのための車は1円玉募金で購入したという。
資金のある人がドンと寄付をし、また、市民からの小さな寄付が寄せられもする。図書館の充実のために、公的な支出のほかに、大小両方向からの支援があって、理想的だと思う。
最大600館にあった一坪図書館は徐々に市町村に移管され、1985年に移管を完了し、県の事業としての一坪図書館は終わっている。

● 米廼舎(こめのや)
甲府市丸の内1-7-3(JR甲府駅前) tel. 055-222-1080
http://www.kikyouya.co.jp/cafe/komenoya/index.htm

甲府駅近くで昼食場所を探したが、名物ほうとうは時間がかかるのでパス。
「おむすびランチ」というのがある店に入った。いろんなおむすびを売っていて、中にも食べる席がある。

おむすびランチ ランチは530円で、おむすび2個、稲荷、大学芋、ちくわ天、漬け物に味噌汁。気恥ずかしいようなことだけど、こんなおいしいおむすびは初めてだった。お米は武川村コシヒカリで、有名ブランドだという。

■ 韮崎市立図書館
山梨県韮崎市中央町11-52 tel. 0551-22-1121
https://www.nirasaki-library.jp/

韮崎駅を降りると西の丘の上に白い平和観音がスッと立っている。
丘は七里岩(しちりいわ)という断崖の南端で、観音の足元に5階建ての韮崎市民会館があり、その2階に図書館がある。
駅から見る平和観音と、韮崎市立図書館

市立図書館にしてはやや狭く、本が密集しているが、県立図書館と同じく駅近に移転準備中。
移転先は、駅のすぐ北にある大規模店舗の跡の建物で、全体は韮崎市民交流センターとして生涯学習や市民交流や子育て支援の機能を備え、図書館は2階に入る。
図書館が他の施設と連携しておもしろいことができるようになるかもしれない。
阪急の小林一三(こばやしいちぞう 1873- 1957)や、宮沢賢治の親友の保阪嘉内(1896-1937)が韮崎の出身で、その人たちの資料を展示する場もできるらしい。

□ 根津美術館『胸中の山水・魂の書』展
東京都港区南青山6-5-1 tel. 03-3400-2536
http://www.nezu-muse.or.jp/

山梨から帰ってまもない日、根津美術館に行った。
東武鉄道の経営者、初代根津嘉一郎の日本・東洋の古美術品コレクションをもつ美術館で、国宝7件、重要文化財87件、重要美術品96件という華麗さ。
2009年に隈研吾が設計した新館が開館し、収蔵品のみで8回にも及ぶ記念展を連続して開催している。
今回の圧巻は、国宝、牧𧮾の『漁村夕照図』。水に船が浮いているのがすぐ目につくが、よくよく眺めていると、霧にまかれているようなもやもやした岸辺に9軒の家(の屋根)がひそんでいる。
新館は、巨大な屋根に多数の瓦をのせている。木々が豊かな庭に、どっしりした物量感がありながら、調和して存在している。

(2010.3月 no.27)
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参考: 

  • 『山梨県立図書館50年のあゆみ』 山梨県立図書館 1980
  • 『根津文庫図書目録』 山梨県立図書館 1980
  • 『山梨県立図書館所蔵甲州文庫目録 上・下』 山梨県立図書館 1964
  • 『梅村紫声文庫目録』 山梨県立図書館 1987