越後妻有の図書館


1.十日町情報館−現代美術とひびきあう
2.田中文男文庫−棟梁の難解な蔵書
3.絵本と木の実の美術館−美術館が1冊の絵本
4.中里村図書館−世界でいちばん小さい図書館

新潟県十日町市と津南町の広大な地域を舞台に「大地の芸術祭 越後妻有(えちごつまり)アートトリエンナーレ2009」が開かれている。僕は第1回の2000年に行って魅せられ、しばしば越後妻有郷を訪れている。2009年の夏は第4回が開催されているが、そのなかから図書館と、絵本の美術館に行ったのが以下の記録。
(「大地の芸術祭」のほかの作品については『 8月第1週 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009 』参照)

1.十日町情報館−現代美術とひびきあう
新潟県十日町市西本町2  TEL:025-750-5100

図書、新聞、雑誌などの紙資料だけでなく、映像やインターネットも含めて情報発信するという趣旨で、「情報館」と名づけている。1999年の開館当時は、図書館としては新しい姿勢だったかもしれないが、今ではふつうのことと感じられる。

「なつやすみクイズ しらべてみよう!」という企画がおもしろかった。
10個の質問が用意され、その答えが知りたければこの本を見るとわかるよというふうにセットしてある。
「その5 日本では、歯がぬけると上の歯はえんの下に、下の歯は屋根に投げるよね。イギリスではどうするのでしょうか?
  @日本とおなじ  Aまくらの下にいれる
  B川にながす   Cなにもしない
そして「この本でしらべよう→」という矢印の先に『せかいのこどもたちのはなし はがぬけたらどうするの?』が置かれている。
「その8 お城のかぞえかたで正しいのはどれ?
  @1軒 A1基 B1行 C1城」
そして「この本でしらべよう→」という矢印の先に『数え方と単位の本 1 暮らしと生活』が置かれている。
興味をひく質問を選んであるのでそそられる。
(が、結果を調べてこなかったので、正解がわからない...)

「しらべてみよう」のdisplay 十日町情報館の庭に、光る森のアート作品

館内は、このあたりの棚田を模したというわけでもないだろうが、書架が高低数段のレベルに配置されている。もちろん階段のほかにスロープも作ってあり、吹き抜けの反対側から見ると、スロープがゆるくジグザグに斜線を繰り返すのが、デザイン上のアクセントになっている。

設計は内藤廣建築設計事務所。
同じ設計者による、志摩にある「海の博物館」(1992)の、和船を収蔵する大きな空間を支える骨組みの美しさに見とれたことがある。
ここでも天井にがっしりとした構造があり、「海の博物館」の連想から、逆さになった船がいくつも天井に並んでいるように思えてきた。

外に出て外観を一望すると、水平の大きな屋根がかかっている。庇も長く張り出している。
このあたりは豪雪地帯で、道路の雪を融かすのに地下水を汲み上げ、粘渇してきた。大きな建築を作っても新たに地下水を使わないようにするために、屋根の上に雪を貯める形にしたという。
雪の重さというのはばかにできないもので、それをわざわざ広い水平面に受けとめてしまおうというのだから、安全を保つための構造上の工夫がされている。
2004年には新潟県中越地震があった。M6.8で震源の深さ13kmの直下型地震で、新幹線が脱線するような被害もあったのだが、この建築は無傷だった。

建築に寄り添うようにあるのは、2000年第1回のトリエンナーレのときに作られた、
ジョディ・ピント+モリス/サトウ・スタジオ『光の島』2000
という作品。白、青、緑、黄色の柱はブナの林をイメージしている。夜になると淡く光を帯びて幻想的に美しいようだが、僕はまだ写真できり見たことがない。
ページ先頭へ

2.田中文男文庫−棟梁の難解な蔵書
新潟県十日町市下条1-307

越後妻有では人口が減っている。家には人が住まなくなり、学校は廃校になる。
越後妻有アートトリエンナーレは、第1回では、広い自然のなかに屋外彫刻を置いて鑑賞するという傾向が強かったが、しだいに土地の歴史性、社会性に重点を置くようになり、廃校と空屋を活用する作品が多くなった。
その「空家プロジェクト」を総監修してきたのが棟梁の田中文男さん。
蔵書の一部を寄贈して文庫として公開にすることとなり、木造2階建ての公民館の1階が改修された。

蔵書に混じって光る本のアートが置かれているのは、
羹愛蘭(カン・アイラン)『天の光、知の光−U』2007
書棚にある本のいくつかを、LED(発光ダイオード)による映像として映し出している。

地域の人たちに使ってもらう文庫とするのにあたり、手始めに蔵書のうちからわかりやすいハウツー的なものを選んだというようなことを雑誌で読んでいた。
実際に行ってみて、棚に並ぶ本を見ると、建築関係の本だけでなく、フーコーだの柄谷行人だの、気軽に読めそうではない本が多い。
手始めがこんなだと、この先に追加になる蔵書はとどんな本なのかおそろしい。

蔵書に混じって、光る本のアートが置かれている

(中は相当に暗くて、本を読むにはつらい。確かめなかったが、トリエンナーレ期間が終えたら明るくするのだろうと思う。)

● うぶすなの家
十日町からほぼ飯山線に沿って北上してきたのを下条(げじょう)駅あたりで東に折れると、「うぶすなの家」という廃屋再生の展示場がある。
数人の作家の陶の作品が置かれているが、食事もあるので、昼食にした。
「山ごっつぉ−夏野菜と妻有ポークのサラダ」を注文した。1000円。
白く厚い妻有ポークはやわらかく弾力があり、とてもおいしい。
野菜もいきいきしている。
いい昼になった。
ページ先頭へ

3.鉢&田島征三『絵本と木の実の美術館』
   −美術館が1冊の絵本
新潟県十日町市大字真田甲2310-1

2005年に廃校になった旧・真田小学校を、絵本作家の田島征三さんが美術館にした。

学校=美術館全体が、1冊の絵本になっている。主役は、閉校したときの最後の在校生3人。ほかに、「ろうかをあるいているとかげがおいかけてくる」のや、「おんがくしつのオバケたち」が、拾ってきた流木などに鮮やかに着色して造形されている。
「鉢」というのはこあたりの集落の名で、茶碗のような地形から名づけられている。ちょうど茶碗の底にあたるところに小学校があった。
教室には元気なこどもを表現したカラフルなアート作品

僕らが行った日、ちょうど田島征三さんのギャラリートークがあった。
やさしい語り口に、ここに暮らす人への思いがこめられているのが伝わってくる。

田島さんの制作の本拠は東京都日の出町にある。
そこに多摩地域のごみの処分場がつくられる計画に対して、自然と健康を破壊することを心配する人たちが反対運動を起こし、田島さんも加わっていた。
美術家・若林奮さんは「緑の森の一角獣座」という庭を建設予定地に造っていた。
工事が始まっている間近に小屋を建てて工事の進捗を監視している人もいた。
僕も庭を歩き、小屋を訪れもしたが、庭も小屋も破壊され、若林さんも亡くなった。

日の出町では、1990年第後半に、芸術家を招いて制作の機縁にするアーティスト・イン・レジデンスという事業を実施していたことがある。
少し遅れて、僕がいた埼玉県立近代美術館でも同様の事業を始め、参考に日の出町のレジデンスに何度か行った。
−というようなことも思い出し、懐かしい気分になった。

美術館の一室にある、「Hachi Cafe」で一休み。
「紫キャベツの酢ジュース」を注文したら、予想どおり妙な味の飲み物だった。健康にはよさそうだけど。
ページ先頭へ

4.オル・オギュイベ『いちばん長い川』2000
4.小嶋一浩『中里村図書館ファーストステージ』2000
   − 世界でいちばん小さい図書館
新潟県十日町市貝野巳

2000年の第1回越後妻有アートトリエンナーレのとき、旧・中里村、宮中ダム近くの信濃川の土手に、ナイジェリアのアーティスト、オル・オギュイベが『いちばん長い川』という作品を設置した。
宮中ダムからJR東日本が発電のために取水しているので、十日町あたりでは信濃川にほとんど水が流れない。そうして発電された電力が山手線や京浜東北線を動かす。
それで、「川の記憶」をテーマに、信濃川流域の高校生から詩・短歌・俳句を公募し、大岡信が選んだものを18本の使い古しの電柱に刻んだ。

この川をはさんだ向こうに好きな人

地図も標識もないけど大丈夫
この川が僕たちを導いてくれる

     ◇     ◇

さらにオル・オギュイベは、この村に図書館がないことにも衝撃を受け、図書館を作ることを発案した。
図書館づくりについては、トリエンナーレの総合ディレクターの北川フラムが東京理科大学の小嶋一浩に制作を委嘱した。
「世界でいちばん小さい図書館」を作ってほしいと依頼された小嶋は、予算50万円の図書館を、設計から含めて50日間で完成させた。
屋根を架けることは断念し、「図書館は本を保存する場所ではなく、本に接する場所」と考え、屋外に本を置くことにした。

その結果は「100メートルのカウンターに1,000冊の本を置く図書館」になった。
ベイマツ集成材の板は折れ曲がって長く続いてカウンター兼椅子兼書棚になる。
雨が降ったら養生シートをかぶせて閉館してしまう。

(右の写真は2000年第1回のトリエンナーレで撮影。今はカウンターの図書館はない。詩の電柱の向こうに見えているのが宮中ダム。)

本は、出版社、大使館、個人から寄贈を受けた。
オル・オギュイベは、「水がない川 図書館がないまち」を見て、「いちばん長い川 いちばん小さい図書館」を想像/創造した。
水のない川から本当の川を思い起こすこと、電柱を通して都市と地方の構造を知ること、本を通して世界とつながること。
批評的であると同時に、批評で終わらせずに創造的でもあって、感銘を受けた。

2009年に同じ作品の場所を訪れると、詩の柱の先に宮中ダムが見える。2008年に、JRが取水にあたり不正操作をしていたことが発覚し、水利権が剥奪された。すごい勢いで水がダムの水門から信濃川本流に流れだしているのは、発電用に取水されなくなったからだろう。
不祥事のおかげで川の流れがよみがえる...。

作品としての「中里村図書館」のほうは、もうなかった。
小嶋一浩は屋外図書館を『中里村図書館ファーストステージ』と名づけていた。屋外に設置した、折り曲げた板だけで作った図書館だから、当然一時的でしかない。でも図書館設立の機縁にしたいという思いが「ファーストステージ」という言葉にこめられていた。
ところが中里村は2005年に十日町市と合併した。十日町市には十日町情報館があるから、結果として「図書館がないまち」ではなくなった。
オル・オギュイベは「水がない川 図書館がないまち」ととらえたが、皮肉な成り行きで「水がある川 図書館があるまち」が実現したかのようだ。

それだけでは状況が根本的にあらためられたといえるものではない。でも妻有郷の全体を見渡せば、図書館は1館だけとしても、「大地の芸術祭」を契機として、田中文男文庫が開設された。まつだい農舞台や越後松之山「森の学校」キョロロのような知的・文化的拠点がすでに作られてきてもいる。とくに過疎地域という条件を考えあわせれば、「大地の芸術祭」が果たしている役割は大きい。

(2009.8月 no.4)
ページ先頭へ

参考:

  • 『はがぬけたらどうするの? せかいのこどもたちのはなし』 セルビー・ビーラー/文 ブライアン・カラス/絵 こだまともこ/訳 石川烈/監修 フレーベル館 1999
  • 『数え方と単位の本 1 暮らしと生活』飯田朝子/監修 学習研究社 2006
  • 『学校はカラッポにならない』 田島征三 えほんの杜 2009
  • 内藤廣建築設計事務所 http://www.naitoaa.co.jp/
    『構造デザイン講義』内藤廣 王国社2008
  • KOJIMA LABORATORY http://www.rs.noda.tus.ac.jp/~koji_lab/
  • まつだい農舞台 http://www.noubutai.com/
  • 越後松之山「森の学校」キョロロ http://www.matsunoyama.com/kyororo/
  • 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ
    http://www.echigo-tsumari.jp/2009/index.html