吉野山と東大寺の桜


1. ならまち文庫 古書喫茶「ちちろ」
2. 奈良市立図書館
・  東大寺図書館
・  朝倉文庫 智林堂書店 フジケイ堂

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第1日 吉野山
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日本画家、小泉淳作さんが東大寺の襖絵を描いていたのが完成した。
日本経済新聞社から奉納式への招待状が届き、桜の時期なので、前日に吉野山に向かった。

□ 吉野山

今年は桜の開花が早く、吉野でも低い所の花は終わってそうなので、次々にバスを乗り継いで、奥千本に直行した。
向こうの杉の斜面を背景に、清楚な白い花が咲いている。倒木に腰掛けて、持参の弁当を食べる。
それはそれでいい風情だが、「千本」という豪華さ、華やかさではない。やや拍子抜けした。
吉野山では下の千本から始まって上に向かって順に咲くはずが、今年はほぼ一斉に開いたという。
吉野山の奥千本の桜

奥千本から歩いて下る途中に、吉野水分(みくまり)神社があった。
回廊式のかわった建築もおもしろいが、このところ「水を分ける」施設、しくみのことなど考えていたときに、水を分けることの信仰の神社に出会った偶然がうれしい。

花矢倉に着くと、竹林院からケーブル駅に下る尾根道が一望できる。桜は終わっていても、淡い緑や濃い緑など、変化のある新緑がきれいだった。
竹林院、金峯山寺(きんぷせんじ)蔵王堂、酒屋、葛の店など、前に妻と来て歩いた道をくだる。
ケーブルカーで吉野駅へ下り、単線で遅い電車に乗って、奈良市街に戻った。

● 酒処てら西
近鉄奈良駅の道の向かい側の立ち飲みの店に入る。
カウターの中にあるじがいて料理を作り、外にいる奥さんと若い女性がサーブし、あれこれお話ししてくれる。
皿に硬貨を置いておき、1品ごとに支払う。安くて明朗会計。
どれも注文してからあるじがサッサッと作ってくれる。たいそうではないが、できたてでうまい。
納豆テラてら焼き200円は、納豆にニラを混ぜてフライパンで軽く焼く。
妙な名前のわけをきくと、店名が「てら西」だからという。
その店名のわけまではききそこねた。お寺の西か?

● 国際奈良学セミナーハウス
奈良県奈良市登大路町63 tel. 0742-23-5821

古風な門から入ると、正面に興福寺の子院であった「旧世尊院」があり、左に宿泊棟がある。
東大寺に近い位置もいいし、部屋も落ち着いている。
ツインの部屋に泊まり、簡素な朝食がついて、6,000円ちょっと。◎。

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第2日 東大寺本坊障壁画奉納式
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□ 東大寺本坊障壁画奉納式
小雨の日。
大仏殿に入り、大仏のまわりをぐるっと右に回ってほぼ正面に戻ったあたりで、「靴のままでどうぞ」といわれて、数段の階段を、大仏の基壇に上がる。椅子が並んでいて、やがて招待者で埋まる。
大仏の前に4面の襖絵が置かれている。
拝観者が周囲にいるまま、大仏のひざもとで、奉納式が始まる。

「東大寺本坊障壁画奉納目録」が、横河電気株式会社の内田勲代表取締役会長から、東大寺の上野道善別当に贈呈される。
「奉納金目録」が、日本経済新聞社の喜多恒雄代表取締役社長から贈呈される。
次に「唄・散華」。僧が「唄」いながら、平たい籠に入れた紙製の花びらをハラリ、ハラリとまく。
これは松本幸四郎が大仏殿前で『勧進帳』の1000回公演をしたときにもあった。
次に「読経」は、般若心経。とてもゆっくりなので、かなり長い時間にわたる。
次に「焼香」。焼香というのは通夜や告別式のものかと思っていたが、こういう場合にもするのだった。
まず小泉さん、横河電気、日本経済新聞の3人が正面の焼香台でされた。
そのあと、数人の関係者が脇の焼香台で焼香をしたが、通夜みたいに参列者全員が焼香はしない。
「惣礼」して「退堂」する。
2010年4月20日の奉納式はこんなふうだった。東大寺に襖絵が描かれるのは長い歴史のなかでも初めてのことだから、歴史的な日といえるかもしれない。

終了後、小泉淳作さんと上野道善別当が、報道陣の撮影のために並んで握手をかわす。 大仏殿で東大寺本坊障壁画奉納式

■ 東大寺図書館

東大寺図書館 東大寺の奉納式のあと、新公会堂のレセプションまでに少し時間があり、南大門近くにある図書館に寄ってみたが、今日は休館していた。

→[荒川ゆらり 生駒山へ]

□ 奈良県新公会堂 レセプション
東大寺の上野道善別当があいさつされ、完成までの経過報告があった。
小泉淳作さんは、あいさつをうながされると、「え、また?」とでもいうような苦笑いをうかべる。堅苦しいことは苦手な、いかにも小泉さんらしい。

ゆっくりと登壇する。40面もの襖絵を集中して、窮屈な姿勢で描くので腰をいためていらしたが、かなり回復された。

大きな仕事をしたわりには淡々としたあいさつをされた。達成感、充実感を表にだしてふりかぶったような言葉を使わずに、小泉さんらしく、はにかんだ言い方になる。 小泉淳作さんのあいさつ

日本経済新聞社の会長が乾杯のあいさつ。たまたま日経の社長が東大寺学園卒で、当時の教頭が隣の席に座っているとのこと。偶然なのか必然なのか判然としないような不思議な縁というのはあるものだと思う。
(前にそんなことをお伺いした北河原公敬さんも出席されていて、このあとまもなく5月には北河原さんが220世別当に就任された。)

簡単に襖絵といっても、紙も絵の具も超がつくほどの一級品を使うことだし、制作のための経費は多額になる。日本経済新聞社と横河電気の貢献は大きく、レセプションの中でもその功績はしばしば語られた。でも、これだけのことが達成されるには、ほかにも力を尽くした方たちがいられる。どなたかのあいさつに一言でもそんなことがふれられるといいと思っていたが、なかったのが、やや寂しい気がした。

1階の別室に、4枚1組の襖絵が2組展示したあった。
蓮の絵は、緑の葉の形がさまざまで、リズム感がとてもいい。白い花と、ほんのり紅色の花とが、数輪咲いている。

桜は、1本の木が枝を伸ばし、盛大に花をつけている。とても華やか。
大変な数の花びらが、ひとひらひとひら、丁寧に描かれている。これを屈み込んで描いたのかと、膨大な時間と忍耐に圧倒される。
小泉淳作東大寺奉納障壁画の桜の図

まだ襖絵の制作にかかる前、一番星画廊の星忠伸さんに、小泉さんの鎌倉郊外にあるアトリエに案内していただいたことがある。
小町通りまでの夜の散歩にご一緒したが、そのときの道々での話の中で、小泉さんは「富士と桜は描かない」と言われた。どんな画家でもかきたがるありきたりの対象を自分は選ばないという、反骨の画家らしい自負だ。しかもそれをとくに他の画家と違うと自己主張するふうではなく、小泉さん独特の小さな呟くような声で淡々と言う。とにかく人は人、自分は自分の絵を描く−という静かで強い意志を感じた。
今回の襖絵に関しては、東大寺の教義の華厳経にあわせて、明るい世界を描くことを希望され、考えを整理したうえ、桜も画材に選んだ。
僕が鎌倉の散歩にご一緒したのは、やはり寺に寄進する作品にかかっていた時期のことで、写実の画家なのに、目の前にない題材を描くことに苦労されていた。
東大寺の襖絵の制作が終わり、まず何を描くのか、楽しみ。

(レセプションが終わったあと、紙袋に入ったお土産をいただいた。
東大寺湯呑み、東大寺薬湯、東大寺葛菓子の3つが入っていた。
二月堂に秘伝の「行法味噌」という名物があるのは知っていたが、他にも東大寺ブランドはいろいろあるのだった。)

■ ならまち文庫 古書喫茶「ちちろ」
奈良市南半田西町18-2 tel. 0742-27-3130

ならまち文庫 古書喫茶「ちちろ」 午後、奈良女子大学に近い古書と喫茶の店に行った。
町家のリノベーションで、1階には古本とケーキ。2階に奈良の本があり、これは非売品。 裏に別棟があり、渡り廊下でつながっている。
いい風情のインテリアで、作り過ぎない、ゆったり感がいい。

店主の宇多滋樹さんと話していたら、河瀬直美の映画『殯の森』に主演されたというのでビックリ。
奈良のタウン誌『ぶらり奈良町』の編集人のひとりでもある。
コーヒーを味わい、奈良の本を眺めながら、奈良の話をきく。

タウン誌や絵本を買って、通りに出ると、黒猫が1匹、見送って?くれる。

■ 奈良市立図書館・中央図書館
http://library.city.nara.nara.jp/toshow/index.asp

奈良市立図書館 市民ホールや会議室がある「ならまちセンター」の3階と4階が図書館になっている。

きのう存在を知った「水分神社」のことを調べて、いくつかの資料にあたり、コピーをとった。

閲覧机に「お願い 消しゴムのゴムかすは ゴミ箱へすててください」と書いた紙が置いてあった。
図書館にこういう注意書きがあるのは初めて見た。

● 蔵
奈良市光明院町16

ならまち文庫の宇多さんに勧められた店。ならまちの一角にある。
古い構えの店で、Uの字のカウンターに座る。
生ビールと、次に冷酒を飲みながら、おでん数個と焼き鳥を注文する。
焼き鳥は思ったのとは全く違って、串に刺してない。焼き肉盛りとでもいう感じに、皿に山盛りになっている。色は福神漬けのような色。
これきりの注文だが、たっぷりの量があり、満腹した。

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第3日
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□ 国際奈良学セミナーハウス


「旧世尊院」で開催中の「春日藤まつり盆藤展」を見た。毎年恒例の催しらしい。(写真の右が旧世尊院。左は宿泊棟。)
盆に活けた藤を、和室や庭に配置している。花はみごと。香りもよい。大胆なディスプレーも、置く位置と花の大きさ、形がよく考えられていて、たんのうした。
国際奈良学セミナーハウス

□ 奈良国立博物館『大遣唐使展』
http://www.narahaku.go.jp/

玄宗の書、楊貴妃と暮らした宮殿の図、最古のトルコ文字など、珍しいものを見せてもらった。
法起寺の菩薩立像もよかった。はかなげで、横から見たときのなよやかな線が脳を刺激する。

● とうへんぼく
奈良県奈良市下御門町28-1  tel. 0742-24-2020

夕べ飲んだ「蔵」の近くのおでんの店。
ランチは野菜が主で、雑穀のご飯に小ぶりなコロッケもついて、ヘルシーでおいしかった。

■ 朝倉文庫 智林堂書店 フジケイ堂

もいちどの商店街を歩くと、気づいただけで古本屋が3軒。さすが古い街。
重くなって後悔しないように1冊だけ買って、JR奈良駅から帰る。

(2010.4月 no.40)
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参考:

  • 『奈良古社寺辞典』吉川弘文館編・刊 2009
    『大和の神祭祀』田中昭三編著 近代文芸社 2001
    『大和の水分の神』宮坂敏和 「歴史手帖」12巻6号 1984
  • 『ならまち大冒険 まんとくんと小さな陰陽師』 寮美千子/作 クロガネジンザ/絵 毎日新聞社 2010
    『ぶらり奈良町』2004春・夏号
    2009
    『密月』2010初春第5号
    『同朋』真宗大谷派宗務所 2009.11月号
  • 『ナラヲヨム』 奈良県立図書情報館/企画編集 ナラヲヨム実行委員会/発行 
    『読み歩き奈良の本』 奈良県立図書情報館/編 2010
    * 奈良県立図書情報館は、情報を発信することを重点方針にしていて、「他の誰か」が書いた本を集めるだけでなく、自分のところでも本を作っている。刺激を受けてあとに続く図書館が続々と現れるといいと思う。