熊本市の図書館 (2/2)


3.熊本市現代美術館ホームギャラリー
4.熊本県立図書館
5.九州ルーテル学院大学図書館
6.NTT西日本九州病院図書室
7.合志市西合志図書館
8.熊本市立図書館
9.長崎次郎書店

熊本の旅の後半は、熊本市街と、熊本市の北部の玉名市、合志市に行く。
(前半は→[ 八代海の図書館 (1/2) ])

--------------------
 第3日 熊本市内をめぐる
--------------------

□ 河口ウォッチング 白川・坪井川 

朝、早めに出て、レンタカーで白川と坪井川の河口に向かった。
加藤清正が熊本城を築城したとき、坪井川を内堀、白川を外堀に組みこんだ。
白川は阿蘇山を水源としている。上流から運ばれた火山灰が堆積して川底が浅くなり、洪水を起こしやすい。加藤清正は、合流していた2つの川を、石塘(せきとう)を築いて別に流れるようにした。
どちらの河も西に流れて島原湾に注ぐ・

白川にかかる小島橋から先は土手の上の道を行く。河川敷は広く、ゆったりした眺めになる。
北のほうを坪井川が並行して流れていて、このあたりは中州状になっている。地図でみると田畑がきれいな碁盤目状で、干拓地らしい。
行く手にコブのような突起が見えていて、河口の先に小さな島でもあるのかと思う。でも、しだいに近づくと、上のほうが白く、雪を被っているかのよう。
迫力をもって近づいてくる。
ようやく、もしかするとと思い当たってカーナビの画面で白川の先を見ると、海を隔てて雲仙普賢岳があった。

先端部に着くと、防波堤は長く延びている。こちら側は芦の原。対岸は石油タンク。海の先には異様で偉容な普賢岳。

雲仙普賢岳 富士山が優美な形の貴族とすれば、こちらは削いだような険しさがあって山中の聖のようとでもいうか。ほかに似たような山を思い浮かばない独特な姿をしている。

2キロほど北の坪井川河口に行く。
こちらは小さな港になっていて、軽トラックが数台止まっていた。

□ 熊本城

市街に戻って熊本城に行く。
黒い姿、石垣、太い柱など、みごと。
建設当時のものが唯一残る宇土櫓に上がったときに、ちょうど雪が降ってきた。日射しがあるところに雪が舞うから、映画にでも使えそうな景色になった。
三十数年前に復元した天守閣は、内部は近代建築。
すれ違う観光客の声はハングルが多い。

雪はすぐやんで青空が広がる中を市街に戻った。

■ 熊本市現代美術館ホームギャラリー
熊本市上通町2-3 tel. 096-278-7500
http://www.camk.or.jp/

熊本市現代美術館に行くと『舟越桂2010』展を開催中だった。
舟越桂の作品は静かな木彫の人物だが、近年、奇形の度を増している。動物のような長い耳があったり、両肩に小さな山がのっていたり。でも「ここに人が存在している」という強烈な感覚があり、生半可な写実彫刻より、あるいは希薄な生身の人物より、よほど強く迫ってくる。

『光の絵画』展というのも同時開催中。
合志市(こうしし)と熊本市のハンセン病施設の人たちの絵画を展示している。
熊本はハンセン病と縁が深い土地柄なことをこちらに来て知った。
舟越桂の父・舟越保武のダミアン神父像も展示してあった。

ダミアン神父はベルギー出身の神父で、ハワイのハンセン病患者を献身的に世話した。
僕がいた埼玉県立近代美術館でも舟越保武のダミアン神父像を所蔵していた。自身もハンセン病にかかった神父の像は、顔や手にぶつぶつのコブ状の斑点があり、口をうっすら開いて、ハンセン病の特徴をとく表現しているといわれた。その頃は奥まった応接室に置いてあり、とくに見たいという申し出しがあれば応接室に案内して見せるという扱いだった。今ではなぜそんなことが必要だったか、かえって怪訝に思えるほどだが、当時はまだハンセン病に対する偏見が強くあり、デリケートな配慮があって不思議でない状況だった。

その美術館に僕がいた頃の館長は2代目の田中幸人(たなかゆきと)さんだった。もともとが九州の人で、浦和に単身赴任していた。2002年の熊本市現代美術館の開館時に初代館長として移られた。
いつか現代美術館に伺ってみようと思っていて実行しないうちに、2004年に亡くなられ、それからでもまた年月が経ってしまった。
その後、僕は埼玉県立川の博物館にいたが、博物館のある寄居町にお住まいの岩田明さんに親しくしていただくようになった。もと電通の人で、大きな仕事をされていて、話しをきくと関わることのスケールが違う。
博多にも数年いらしたことがある。当時、田中幸人さんは毎日新聞に在職して博多にいて、深い飲み友だちだったという。「コージン(幸人)さんがボーナスを貰った日に飲んだことがある。あいつはボーナスの袋を背広に入れたまま川にとびんこんだ。無茶をしたものだった。」と懐かしそうに言われる。
いろんな縁がつながるものだと思う。

田中幸人さんはもとは毎日新聞の記者で、三井三池の争議の荒れた現場の取材なども経験している。
『漂民の文化誌』という本をだしているが、大量の文献を読み、実際に現場を歩くこともしてまとめた民俗学の著作で、視野が広い。
2002年の熊本市現代美術館の開館記念展では、堕胎を強制された女性のハンセン病患者が、わが子のかわりとして30年間ともに暮らしてきた抱き人形が展示されたという。
今も舟越桂展にあわせてハンセン病施設の人の作品を展示し、舟越保武でつなぐという複眼的企画をしている。初代・田中館長の志が受け継がれているといっていい。
僕は熊本に「現代美術」の「館」ができたのだと思っていた。
ときに「現代美術」はひとりよがりで、じぶんの世界より外に開いていないように思えるところがある。
でもこの美術館は「現代」という社会につながる「美術館」なのだと考えをあらためた。
「現代美術(の)館」ではなく、「現代(の)美術館」。
すてきな美術館だと思うが、それにつけても田中幸人さんが生きていられる間に来るのだったと悔やまれる。独特の九州弁のイントネーションの話しぶりが懐かしい。

       ◇       ◇

美術館の有料の展示室より手前、だれでもタダで気楽に寄れる位置に図書室がある。
「ホームギャラリー」という名称になっているが、壁面いっぱいに本が並んで、図書室といっていいだろう。
美術書だけでなく、ここにも「現代」の感性に通じるフィクションやマンガも選ばれて並んでいる。貸出はしない。

内装のデザインをしたのは、壁に大きな絵を展示してもあるアブラモヴィッチ。
天井中央にはジェームズ・タレルの光の作品をしこんである。四角な面が青くボーと光りを帯びている。何か実体があるのか、空間が光っているだけなのか、(仮に手を伸ばせばモノにあたるのか、宙を舞うのか)判じがたい。
真下には、十字にクロスする台があり、陶製の枕が4個置いてある。
寝そべって青い光りを眺めていてもいいし、本を読んでもいいし、ちょっと眠ってしまうこともあるだろう。
書架の一部にすき間があり、そこにも陶製の枕があるのは、そこにも寝そべっていいというサインになっている。
美術的しかけがしかけられているが、色調も照明も落ち着いたもので、心を静めて本にひたれる。
美しい図書館だと思う。 
こんな図書館の近くに住めたらいい。

● 紅蘭亭上通パビリオン
熊本市上通町1-15 http://www.kourantei.com/

熊本名物に太平燕(たいぴーえん)というものがあるのを知った。
美術館からすぐ近くの上通町(かみとおりちょう)の商店街に「太平燕」ののぼりがあったので入った。
通りから少し奥まったところにあり、中庭ふうに開けている。
中国服の女性が迎えてくれる。
入口あたりに中国の骨董が並ぶ一画がしつらえてある。

ひとくち食べて「うまい!」。
春雨を麺に見立てたような中華スープで、エビ、豚肉、白菜、タケノコなどがのるが、欠かせないのが揚げ卵。
ほかほかと和む味で、食べていて気持ちまで豊かになってくるようだ。

アプローチも室内のデザインもすてきで、サーブする人も上質、看板料理の太平燕は申し分なくおいしい。さりげないがパーフェクト!だと思った。
あとでインターネットで店の情報を見ると、ほかに下通本店があり、こちらはいわば支店らしい。支店でこれほどなら、本店はどんなか、気になってしまった。次の機会にはぜひ行ってみよう。
(しかもその1階と2階で雰囲気を変えているようなのだが、1階の店は馬馬虎虎(マーマーフーフー)という。開高健の作品にこの言葉をめぐる1編があったのを思い出す。)

■ 熊本県立図書館・ 熊本近代文学館
熊本市出水2-5-1 tel. 096-384-5000
http://www.library.pref.kumamoto.jp/

水前寺公園に近い県立図書館に向かった。

体育館と共用の駐車場から歩いて行くと、どっしりした、落ち着いた構えの図書館があった。近代文学館とあわせて1988年に竣工している。 熊本県立図書館全景

中も、外見から予想されるとおり、オーソドックスできっかりつくられている。

司馬遼太郎+須田剋太の『街道をゆく』には、徳島県立図書館長だった蒲池正夫(1907-1975)のことが書かれている。徳島新聞社論説委員から、1940年に徳島県立図書館長となり、1962年には郷里の熊本県立図書館長に移った。
郷土資料の棚に数冊の著書があった。「図書館の自由宣言」成立に関わりがあったり、司馬遼太郎の文章にでてくるほどの人でもあるから、あれこれと資料などがあるかと思ったのだが、意外にさっぱりしていた。

■ 九州ルーテル学院大学図書館
熊本市黒髪3-12-16 tel. 096-343-2494(図書館)
http://www.klc.ac.jp/

北に向かって、白川を越える。
大学には通りから曲がって坂を上がって入る。なぜかキリスト教系の女子大学は坂の上が多い気がする。神戸女学院とか、横浜のフェリスとか、長崎にもあったと思う。(ここはもと九州女学院で、1996年から校名をかえて男子も入るようになった)

大学は少人数の教育を方針にしている。
図書館も規模は大きくないが、心がこもっているという印象を受けた。
ブックレターというのがおもしろい。学生直筆の「本の紹介」を図書館のwebサイトで公開している。

司書の水谷江美子さんに学内を案内していただいた。

本館はヴォーリズの設計による。一見した印象では、僕が思い描いているヴォーリズらしい感じが薄い。最近改修したそうなので、基本の意匠は元のとおりだけれど、建材を新しくしていくらか印象が変わったかもしれない。 九州ルーテル学院の本館

中に礼拝堂がある。プロポーションがいいし、やさしくくるまれる感じで、こちらはいかにもヴォーリズという雰囲気を漂わせている。ずらりと並んでいる長椅子はとても重いという。
2階に上がると開館当初の机やオルガンなどが保存されている。
学内を回っていると、すれ違う学生に声をかけたり、かけられたりしている。お互いに顔と名前がわかっている関係っていいものだと思う。

水谷さんとは、昨年(2010年)暮れにあった武蔵野美術大学の図書館の見学会で知り合った。
見学会の終了後、図書館とは別の建物で懇親会があった。途中で会場を出て、エレベータで一緒になった。武蔵野美術大学から国分寺駅に向かうバスは本数が少ない。目当てのバスの時刻が迫っていて、大学構内をほとんど走ってバス停に向かった。
きわどく間に合ってふーふーと乗り込み、まるで『卒業』という映画のラストシーンみたいだった(というにはシチュエーションが違いすぎるが...)
→[武蔵野美術大学 美術館・図書館-書架の森]

熊本に出かける前に、水谷さんから、大学に行ってコンタクトするまでどのようにしたらいいか案内するメールが届いた。必要十分明快な内容で、行くまでに何度か読み返してしまった。
わかりにくいので読み返したのではなくて、頭の中が整然とクリアされる気がして気持ちがいい。
門衛さんの予想質問、それにどう答えればいいか、車をどこに置いて、そのあと水谷さんにどう連絡すればいいか、初めて行く人がとまどいそうなこと、困りそうなことを網羅してあって、しかも簡潔明瞭。
そして実際まったくストレスなしに行き着けた。
よい文書を書けるかどうかは、自分の頭の中がどれだけ豊かであるかということとあわせて、読む者の欲求、予備知識、理解力などをどれだけ想像できるかにかかっている-と、僕の座右の書『理科系の作文技術』に書いてある。
まさにそのサンプルにしたいほどの文章で、こういう司書がいる図書館は利用者にとってとてもたよりになることだろうと思った。

□ 熊本県立劇場
熊本県熊本市大江2-7-1 tel. 096-363-2233

有料駐車場に車を置いて見学する。
前川國男の1988年の建築。
近くには1978年の熊本県立美術館がある。重いが、閉じて威圧的ではなく、志の高さを感じる。
表と裏の出入り口を結ぶ長い通路の壁にマナブ間部の絵画『くまもと』がかかっている。

■ NTT西日本九州病院図書室 (元・熊本逓信病院)
熊本市新屋敷1-17-27  tel. 096-364-6000

熊本県立劇場から細い道をたどって歩いて行った。
元・熊本逓信病院で、山田守が設計し1956年に竣工した。
未来に伝えるべき日本を代表する現存する近代建築docomomo100に選ばれている。

広い通りに面して長い病棟が横たわっている。前を小さな川が流れていて、先の方では病棟が川をまたいでもいる。

マジックミラーのような窓ガラスを使っていて、独特な輝きで光を反射している。
夕暮れが近い時間だが、西の地方では関東より日没が遅く、まだ明るい。
nttの病院は川をまたいでいる

中に入ると吹き抜けがあり、スロープがその吹き抜けを取り囲みんでらせん状に上がっている。
図書室は栄養指導室と共用らしい。今日はもう閉じた時間で、中を見ることはできなかった。

● 和数奇 司館
熊本市上通町7-35 http://www.wasuki.jp/

もとは割烹旅館だったのをリノベーションしたホテル。
部屋に行くには、建物内の廊下を通ってというより、路地を散歩して到るふう。

和数奇 司館の室内 室内はゆったりしている。たたみ部分もあって和風だが、家具はおしゃれだし、新鮮な感覚にあふれている。
ベッドも、エアコンの効き具合も快適。

しかも食事なしの場合で5500円という安さ。
いい宿を見つけられてよかった。

● くまむら
熊本市上通町7−35 tel. 096-324-6467

和数寄司館の中のレストランもおいしそうなのだが、すぐ隣の路地を入ったところにある「大皿料理」の店に夕食に行った。
カウンターに腰かける。目の前に、肉じゃがや焼きそばや魚の料理が大きな皿に盛ってある。焼酎を飲みながら、好みの皿から盛ってもらう。
名物の馬肉には、刺身もあるが、焼いたのにする。
最後に五島うどん。
カウンターの中のおかみによれば、熊本は元気だという。
宮崎では口蹄疫や鳥インフルがあり、新燃岳が噴火している。(人吉に行ったとき、その先は交通規制になっていた。)
たしかに、市内をレンタカーで走った印象でも、熊本は地方の県庁所在地のなかでも大都市だと実感的に感じる。市街地が広いし、道路も広いし、にもかかわらず車があふれるほど走っている。
でも、3月に全線がつながる予定の九州新幹線については、福岡に人が流れてしまうということで反対だったという。

 熊本市現代美術館ホームギャラリー 2

ほろ酔いになったところで、夜まで開いている美術館に再度行く。
カフェの窓際に腰かけると、通りの向こうは鶴屋。「くまむら」のおかみによれば、熊本では鶴屋がブランド。贈りものには-中身が同じでも-鶴屋の包装紙が欠かせない。東京なら三越とか、熊谷なら八木橋とか、こういうしきたりのようなものは各地にあるらしい。

美術館のホームギャラリーに行って、中央の十字架に寝そべる。(しらふだった昼間はちょっとためらってしまった。)
真上にタレルの四角い空。
生きているうちに間に合わなかった田中館長のことをまた思い出し、せつなくなる。失った時間は取り戻せない。

それにしても、雲仙普賢岳から始まり、ルーテル学院を経て、現代美術館で閉じるまで、いい1日だった。

--------------------
 第4日 玉名市-合志市-熊本市
--------------------

□ 玉名市立歴史博物館こころピア
熊本県玉名市岩崎117 tel. 0968-74-3986

熊本市の北、玉名市の歴史博物館に行った。
毛綱毅曠(もづなきこう)の宇宙論的建築は、ここでは円筒形と立方体を組み合わせている。立方体の屋根の上には4×4=16本の柱が立っている。(近づいて見ると、それぞれが展示ケースになっていた。)
菊池川に沿って発展した歴史をふりかえって、常設展示は「河と玉名の歴史」を基調にしていて、展示室中央には神秘的な船が置かれている。
いい博物館だが、衝立や使わない備品類が来館者の目にふれるところに置かれ、かなりのスペースをふさいでいた。こういう無神経でだれたやり方が、引き締まった建築とよく考えられた展示の印象を、大きく損ねてしまう。

円と方形を組み合わせた建築の全体の姿は、周囲を歩き回っただけでは把握しにくい。隣に玉名合同庁舎という高いビルがあるので、上の階まで行ってみおろした。
反対の方角には、九州新幹線の新玉名駅が見えた。街の中心部からは離れて、田んぼの中にあった。あと2か月ほどで開業する。(2011.3.12で、東北大震災の翌日になった。)

□ 植木町田原坂資料館
熊本県熊本市植木町豊岡862 tel. 096-272-4982

『街道をゆく』で司馬遼太郎と須田剋太が訪れたあたりを通ってみた。
田原坂(たばるざか)という、西郷隆盛が起こした西南の役の激戦地だった峠道を越えるのだが、途中で数人ずつの自衛隊員のグループをいくつも見かけた。
田原坂資料館の近くの茶店で菓子と缶コーヒーを買って一休みしながら店の人と話をした。
自衛隊は西南の役の両軍の戦いをいわば教材にして、模擬戦闘をしているのだと教えられた。兵器も輸送も通信も変わったろうに、まだ130年も前の戦闘が参考になることがあるのかと驚いた。

■ 合志市西合志図書館
熊本県合志市御代志1661-265  tel. 096-242-5555
http://www.koshi-lib.jp/

内陸部にそれて合志市(こうしし)の図書館に寄った。
天文台がある図書館というので興味があったが、開くのは土曜だけだった。
天文台のドームがみえる図書館

『街道をゆく』に、熊本市内の酒本鍛冶屋のことが書かれている。
熊本に来る前に所在を調べたがわからなかった。
この図書館で電話帳とゼンリンの住宅地図を見ても、やはりでてこない。

図書館を出て、熊本電鉄菊池線が走る道に出かかると、菊池恵楓園が突き当たりにあった。現代美術館に作品が並んでいたハンセン病施設はここにあった。

□ 酒本鍛冶屋
熊本電鉄菊池線に沿って南下して熊本市内に戻る。
池田駅近くに酒本鍛冶屋があるはずだが見つからない。
熊本京町台郵便局という小さな郵便局があったので入る。ここまでにたまった資料を送るためにレターパック500を買う。
酒本鍛冶屋のことを尋ねると「数年前に閉めた。信号のそばの、今はバイクに店になっているところ。」と教えられた。
司馬遼太郎は、400年15代も続くというこの鍛冶屋のことを相当の文字数を費やして『街道をゆく』に書いたが、鍛冶屋の歴史も司馬の文章も無になってしまっていた。

■ 熊本市立図書館
「消防用設備改修工事」のため、3週間ほどの休館中だった。

熊本市立図書館 緑亭はちゃんぽんが名物

● 緑亭(りょくてい)
熊本市大江5-12-12 tel. 096-363-4820

図書館のすぐ近くの店に食事に入った。
他に飲食店はあまりなさそうだし、図書館利用者に便利そうだが、今日は図書館が休館していても満員。僕が入ったのは午後1時頃だったが、その後も席があいてしまわない程度に次々に客が入ってくる。
客層はいろいろで、ひとりだけの人もいれば、母と娘、中年夫婦もいる。
巾着を持ったおばあちゃんがいて、生姜焼き定食を注文して、「生姜をきかせて」と念を押したりしている。なんだか大阪のノリのような気がするが、熊本もこういうところなのだろうか。
Uの字のカウンター。
店員さんが明るくて気持ちがいい。
料理もいきいき。

       ◇       ◇

熊本城の駐車場にレンタカーを置いて、空港に向かうまでの時間、近くを回る。

□ 熊本県立美術館
http://www.museum.pref.kumamoto.jp/

熊本のお殿様、細川家が持つ美術品や歴史資料を保存する永青文庫が都内にある。県立美術館にはその所蔵品を熊本で公開するための「永青文庫展示室」があり、「ガラシャと細川家の女性たち」というテーマ展示を開催していた。
前川国男の建築は鉄骨とレンガとガラスとう前川建築になじみのものだが、格調が高く、落ち着いてひたれる。
そういう中に、装飾古墳室とか、野田英夫の大きな壁画を仕組んで、ちょっと破調しているのがおもしろい。

□ 熊本市立熊本博物館
http://webkoukai-server.kumamoto-kmm.ed.jp/web/index.shtml

プラネタリウムを改修中で、かわりに「星たまご」という臨時・仮設用のとても小さいプラネタリウムがあった。

テントのようなプラネタリウム 直径4mのテントみたいなもので、定員20名となっている。でも、ほんとに20人入ったら息苦しくなりそう。
(写真の目と目の間みたいなところから、背をかがめて中に入る。茶室のにじり口みたい。)

時間が惜しいが、こんなの初めてなので見ていくことにする。
説明する人もテント内にいっしょに入る。
左手に懐中電灯のような器具を持っている。こいぬ座だとか、ふたご座だとかの星座の配置に穴をあけた黒い紙をいくつか用意してある。懐中電灯ふう器具の先端にさしこんでドームに向けると、星座の並びに星が映し出される。
右手には矢印を映す懐中電灯を持っていて、それでドームの星空を指し示しながら解説する。
解説員さんがすぐそこにいる親密感と、ローテク感が楽しい。

黒川紀章設計の建築は正面の列柱が太く、やや強引すぎる印象を受けた。

■ 長崎次郎書店
熊本県熊本市新町4-1-19 tel. 096-352-0021

熊本城公園を出て、南に熊本駅方向に向かい、新町電停そばの本屋さんに行ってみる。
通りの反対側で信号を待つ。
青になり、タバコくわえてゆったり歩いていく中年の男性を追い抜く。
僕が店に入って眺めていると、「いらっしゃい」だったか言って、その人が階段を上がって行った。店主だろうか。

国登録文化財という書店で、「官報販売所」という看板がかかっている。
スクラッチタイルの壁、2階の窓のアーチ、その付近の手すりのデザインや装飾など、いい味わいをしている。外から見た表情は古い上海あたりにでもありそうに思える。
長崎次郎書店

● 熊本空港 ヴェルデ

レンタカーにガソリンをいれなくてはならないが、空港内のガソリンスタンドが妙な位置にあって、見つけるのにやや手間取った。
車を借りるときには粉雪が舞ってチェーンを積んでもらった。雪道は慣れないから不安だったが、あとは青空が広がるほどの天気で気持ちよい旅になった。
待ち時間にレストランに入り、ビールと太平燕をとった。
メニューにパスタなんかまである店だが、太平燕がけっこううまい。
野菜が大量にのっていて、食べるのに時間がかかった。
レストランは窓際に腰かけても、展望デッキのスロープや手すりが目についてしまい、滑走路がよく見えないのが惜しい。

飛行機から夜景は見えたが、どこかはほとんど判別できなかった。


(2011.1月 no.78)
ページ先頭へ

参考:

  • 『寄居日和』渡辺恭伸 2010
  • 『漂民の文化誌』田中幸人 葦書房 1981
  • 『感性の祖形―田中幸人美術評論集』田中幸人 弦書房 2005
  • 『掌(て)のなかの海』開高健 「珠玉」所収 文藝春秋 1990
  • 『理科系の作文技術』木下是雄 中央公論社中公新書 1981