大分のポカポカ温泉とザンシン図書館めぐり


ある朝、新聞に大分県長湯温泉の紹介記事があるのを見て、妻が「前からここに行ってみたいと思ってる」と呟いた。
「じゃあ、行こう」と僕がすぐにのる。
気軽にその気になったのにはわけがあって、ANAのマイルが2人分たまっている。
それに、新旧の大分県立図書館はともに磯崎新建築の必見地で、僕もいつか行かなくてはと思っていたところ。
熊本空港から入り、東に移動して、大分空港から帰ることにした。
例によって、また行く前に風邪をひいて不調。大連ほどのひどい事態にはならないだろうけれど、温泉に行くのに風邪気味ではあまりよろしくない。
でもあれこれ手配してしまったので出かける。

*施設名のあとの( )内は、設計者、開業年

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 第1日
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□ 草千里公衆トイレ (塚本由晴+齋藤百樹建築設計事務所 1998)

飛行機から見下ろすと大分上空は雲だったが、阿蘇でせきとめられていて、その先、熊本側は晴れていた。
熊本空港でレンタカーを借りて東に走る。
一面のすすきの原が風に吹かれてうごめいている中を行く。
草千里に着くと、上空から見たとおりに雲の中に入ってしまった。広いはずの草原が霧に隠れて、近いところきり見えない。

トイレに入る。
1988年、当時の細川護煕・熊本県知事が「くまもとアートポリス」事業を開始した。公共建築を後世に残る文化資産ととらえ、優れた建築を蓄積していこうと考えられた。
対象は、都市の団地、港のフェリーターミナル、山中の道にかかる橋など、さまざま。フランスのミッテラン大統領はパリでグラン・プロジェという歴史的改造を企てたが、いわばその熊本県版。
トイレは外観がすっきりして、いかにもトイレらしいだるい感じがない。中は鮮やかな色づかいで、外光をうまくとりいれて明るい。

● 草千里のレストラン
だご汁+たかな飯のランチを食べる。
だご汁というのは、すいとんのこと。野菜とあわせて汁に入っている。霧が流れ、風が強く、寒い日だが、あたたまる。
たかな飯は阿蘇高菜を炊き込んだご飯。どちらも素朴でいい。

■ 北里柴三郎記念館(旧北里文庫)
熊本県阿蘇郡小国町北里3199 tel. 0967-46-5466
http://manabiyanosato.or.jp/kitazatoshibasaburo/shiba.html

医学者・北里柴三郎(1853-1931)は熊本県北里村生まれ。
1916年、郷里の青少年に「北里文庫」という図書館を贈り、終戦時までよく利用されたという。
今もその建物が残っていて、柴三郎の業績や図書館の資料などが展示されている。開館時の記念写真などのほかに、「昭和13年3月 児童閲覧簿」なんてものまで展示してあった。図書館の記録自体が貴重な文化の歴史だと思う。

展示室(閲覧室)は学校の教室よりやや広いくらい。
最盛期には1511冊の蔵書があって、当時、熊本県立図書館につぐ大図書館といわれたという。この広さ、この蔵書で「大図書館」な時代もあったわけだ。

裏から撮った写真。手前が土蔵の書庫、奥が閲覧室。渡り廊下でつながっている。 もと北里文庫

あたり一帯は財団法人学びやの里が管理している。北里柴三郎の「学習と交流」の精神を生かすという趣旨で、北里文庫と同時に建てられた貴賓館、移築された生家の一部、木魂館(研修宿泊施設)、 北里バラン(レストランなど)がある。
貴賓館の2階に上がると、細い川の流れを見通せる。川筋に沿っていい風が吹き渡っていきそうな、すてきな眺めだ。

□ 草地畜産研究所(トム・ヘネガン+インガ・ダグフィンスドッター+桜樹会・古川建築事務所 1992)
http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_1080.html

「くまもとアートポリス」の1つ。鳥インフルエンザ防止のため立入禁止になっていた。

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 第1日の宿
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□ レゾネイトクラブくじゅう (Team Zoo 丸山欣也・アトリエ・モビル 1994)
大分県竹田市久住町有氏広内1773
 
http://www.resonate.co.jp/

久住高原のなだらかな草の丘にある。
「レゾネイト」は「共鳴する」こと。
草の墳丘を囲む回廊に沿って、もとの地形の傾斜に応じて小宿泊棟が高低を繰り返しながら連続している。見ても、歩いても、リズミカルで心地よい。

部屋に入ると、窓からはゆるやかに傾斜する草原が眺められる。窓は小さめで、かえって外の広がりを想像させる。

室内に段差があって、階段を3段だけ上がるとベッド、洗面台、トイレなどがある。変化と奥行きを感じさせる。
レゾネイトクラブくじゅうの室内

壁は下が粗い板張りで、それだけだともろに山小屋ふうになってしまいかねないが、上をレンガ色の漆喰で塗り、水色の三角タイルを貼り、控えめな線模様を描き、スタイリッシュな空間になっている。
木や漆喰など、自然に近い素材で作る。地形に沿うように作る。
Team Zooの建築思想がみごとに現実の建築に現れていて、とても心地よい。

■ レゾネイト文庫
レゾネイト文庫と名づけた図書室がある。
星、動物、植物、詩集、小説、郷土-などにおおまかに書棚が区分されている。
でも選書がまっとうすぎて、「お、こんなのがある!」とか「こんなの知らなかった!」とか叫びたくなるような本がない。
レゾネイト全体が、こんな宿は初めて!というわくわく感があったのに比べ、ここにももう1歩先をいくほどのセンスが感じられないのが惜しい。

● 日本料理「和心」
夕飯には洋食レストランと和食処があるが、和食にした。
「黒毛和牛を味わう和懐石」。焼きながら食べる牛がうまい。今日、入荷のおつくり4種。酒を飲みながら味わって、深々と満足する。
ご飯は3種の釜飯から選べて、妻は山菜、僕は鶏にした。
デザートもおいしく、堪能した。

♨ 露天貸切風呂「ねのほしの湯」
外に出て別棟にある露天風呂に行った。「ねのほし」は「こぐま座」の和名。ロマンチックな名前がついているが、残念ながら霧が流れていて、星は見えなかった。

(ZZZZZ.....)

♨ 紅殻之湯(大浴場)
翌朝は大浴場に入る。紅殻色の湯。大きなガラス壁の向こうは大草原。

● 洋食メテオ
朝は洋食堂でバイキング。カリコリと胡瓜が新鮮だったし、パリパリのソーセージもとてもおいしかった。

「いい宿だった。でも、もういいな」という宿は多い。でも「レゾネイトクラブくじゅう」にはもう一度泊まりたいと思った。それほどロケーションもいいし、建築もあってるし、料理もいいし、温泉もいいし、スタッフも好感だった。酒代も含めて支払いは一人あたりにして18,000円ほど。僕としては高額の宿だけれど、満足度からすれば安いくらいだ。

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 第2日
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1日雨になりそう。
「レゾネイトクラブくじゅう」から、次の宿「B・B・C長湯」までは、ほぼ真西、直線距離で10kmほど。晴れていたら自然の中の高原めぐりをしようかと考えていたのだが、南に向かって人工的な見どころを回ることにした。

■ 豊後大野市立緒方中学校図書室
(重村力+Team Zoo いるか設計集団2002)
大分県大野郡緒方町下自在1030


Team Zooが関わった中学校があり、図書室の写真もすてきだったので、事前に案内などお願いしてなかったのだけど訪れた。もし図書室の見学を許されれば短時間拝見する。ダメなら校舎の外観だけでも眺めて失礼しようと思っていた。
校舎の外に、来客はまず職員室に寄るようにと掲示がある。
玄関の中に入ると、なんといきなり図書室があった。
2階まで吹き抜けになっていて、職員室は2階にある。図書室を通り抜けて2階の職員室に上がっていけば、もう「図書室を見る」という目的はほとんど達してしまっている。しかも校長先生と学校司書の方に快く迎えられ、話を伺うこともできた。

大分県では最初に教科教室制をとった中学校。自然科学系、語学系、人文系の教科教室棟と、講堂や職員室がある正面棟とが交差する位置に図書室がある。奥や隅ではなく、ひんぱんに生徒が通るところに図書室をおいてふれやすくする。
そこは来客用の玄関にもあたっていて(生徒用玄関は別にある)、初めて来た人は、いきなり図書室があり、しかも吹き抜けの大空間になっていて、目を見張ることになる。
木の柱が高いところで枝分かれして天井を支えている。とても明るくてのびやか。気持ちがはればれしてくる。

ところが職員室と図書室で話を聞いている間にも、教室で先生が講義する声が聞こえてくる。職員室にも教室にも壁がない。生徒が落ち着かないこともあり、今年から教科教室制を廃止した。教室に壁を作る準備も進めているという。
理科の部屋には理科の図書、というふうに本を置いていたのを、図書室に集中しなくてはならなくなった、置く余地が十分にないので、どう配置を換えるか検討中とのことだった。

職員室を背にして撮っている。写真に写っていない左下に玄関がある。中央やや右に明るく見えるところが教室。壁がないので、中の様子がわかる。
図書室は2層になっている。
緒方中学校の吹き抜け、2層にわたる図書室

問題点はあってもお二人とも口調が明るい。よい中学校にいて、さらによくする過程にいるという前向きの自負を感じた。
ここは統合して新設移転した学校。ここに着くまでに場所がわからなくて、農機具の店で道を尋ねた。「あの丘の上にあるから、この先の角を右に曲がって、あとはまっすぐ、上に上に上がって行けば着くよ」と教えられた。
設計にあたってはコンペがあり、当初の予定地は丘の下とされていた。実施段階になり、建設委員会から学校は高いところにあるべきという意見がでて、丘の上に変更されたという。
地域の人たちが、丘の上の学校に誇りと期待をもち、学校の人たちも、その学校を自分たちが担っているという責任と誇りを感じていられるようだった。

僕が住む埼玉県には、やはりTeam Zooが設計した宮代町立笠原小学校がある。竜宮城のような学校という評判だが、奇をてらったのではなく、子どもたちが集い、学ぶ場として、よく考えられている。
ずいぶん前になるが、そこで校長先生から忘れられないいい話をきかせてもらったことがある。卒業生が婚約者を連れてきて、「ここが僕が卒業した学校だよ」と案内していったという。登校してからはいつも裸足でいるので冬は寒いなど、不都合もあったのだが、そうした思い出も含めて、在校生も卒業生も学校に誇りを持っているあり方を、とてもいいものだと思った。緒方中学校もそんな学校だと感じた。

施設としてはあと2つ印象に残った。
駐車場の下にクールチューブを設置して、図書室に夏涼しく、冬暖かい地熱が送風される。快適のようだ。
正面玄関を入ってすぐに太い円柱があるのは、エレベータ用にとってあるとのことだった。すぐに設置されていなくても、エレベータを設置するには場所と、支えるだけの強度が必要だから、こうして準備しておけばやがて先見の明になるときがくる。

朝いちばんによいものを見ることができた。

□ 原尻の滝-平地の川にいきなり滝がある
□ 岡城址-瀧廉太郎『荒城の月』のイメージの基になった城跡
□ 旧竹田荘・瀧廉太郎記念館
  -瀧記念館(瀧旧宅)には、阿蘇溶岩の崖を掘った厩がある
□ 朝倉文夫記念館 東京谷中の彫塑館の主は大分の人だった
○ 茶房御客屋-岡藩の宿泊所で枯山水の庭園を眺めて昼食をとる

♨ ラムネ温泉館 (藤森照信 2006)
大分県竹田市直入町長湯7676-2
http://www.lamune-onsen.co.jp/index.html

「B・B・C長湯」にチェックインしてから、雨の中を「ラムネ温泉館」に行った。どちらも大丸旅館が運営している。「B・B・C長湯」には温泉はなくて、宿泊客はラムネ温泉館には通常より安い100円、大丸旅館の湯には無料で入れる。

待合棟で料金を払ってから、傘をさして別棟の風呂に行く。靴に水がしみてくるし、雨の日にはなかなかつらい。
脱衣場からは、茶室のにじり口のような小さな入口から、頭を低くして浴室に入る。中はカビよけの特殊なしっくいを塗った不定形な壁で、中央に自然のままのくねった栗の木の柱が1本立っている。洗い場はなくて、暖炉がある。(ほんとに使うのだろうか?)。その周囲の壁にはアコヤ貝が装飾にはめ込んである。いかにも藤森照信らしい、あっけらかんとした味わいのある空間になっている。

ここの湯は炭酸泉で、体にシュワシュワと泡がつくのでラムネ温泉という。でもその効果がはっきりわかるのは外の露天風呂で、湯の温度は30度くらいらしい。
中の湯で温まってから行ってみたが、体を沈めていられたのはわずか1秒か2秒。寒くてラムネどころではなかった。もともと風邪気味なうえに雨の露天風呂はきつい。
妻はこの湯が念願だったので、泡がつくのをしっかり確かめたという。来たかいがあった。

藤森照信のラムネ温泉館と、南しんぼうのイラスト (翌日は晴れ。前日、雨の夜で落ち着いて見られなかった外観を眺めに行った。
黒白ストライプになっているのは、杉を焼いた黒い板と白いしっくいによる。屋根には手捻りの銅板。てっぺんに日本の祝の象徴の松の木が立っている。門松ではなく屋根松。青空を背景にしてとぼけた感じがいい。 
シンボルマークは路上観察学会の仲間の南伸坊。こちらものどかでいい。)

● 天風庵
「B・B・C長湯」では夕食もない。自炊設備があるが、ラムネ温泉の近くで外食にした。
ヤマメのことを方言で「えのは」といい、名物らしいので、注文する。天ぷらは、かなりの大きさのを丸ごと揚げてあって、ほとんどグロテスク。こんなものを頭からかじるのか-とビビったが、さっぱりしていけた。えのはの茶漬けは見た目も上品でおいしかった。

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 第2日の宿
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□ B・B・C長湯
大分県竹田市直入町長湯7788-2  http://daimarubb.com/

独立棟が6つあり、長湯を訪れた文学者の名-大仏、雨情、花袋、山頭火、鉄幹、晶子-がつけられている。
僕らが泊まったのは「雨情」。ふつうの小さな家一軒のようなもので、自炊用に台所もある。階段を上がると屋根裏部屋があって寝具が置かれてある。すぐ頭がぶつかりそうな低さだが、子ども連れなら楽しそう。小さな書斎もあって、ここの図書館から借りてきて本を読むことができる。
風呂はなくて、近くの温泉に入る。
料金は高くないし、可能なら長居したいところだ。
朝になっても雨がやまないと思ったら、川音だった。
テレビでは来日したオバマのニュースがしきりに放送される。

♨ 大丸旅館 テイの湯 (長谷雄聖設計事務所 1988)

朝早くに「B・B・C長湯」の本家である大丸旅館の風呂に入る。こじんまりとした湯船にひとり入ってなごむ。
こちらにも談話室があって、いくらかの本も置いてある。

■ B・B・C長湯 林の中の小さな図書館

風呂から戻って図書館に行くと、こざっぱりとした建物にキラキラした朝日が射していた。
「B・B・C長湯」には、事務所+喫茶棟と、6つの宿泊棟のほかに、図書館棟がある。有料だが、宿泊者は無料で利用できる。
B&Bの宿といえば、BedとBreakefastだが、ここではCultureをつけていて、それが図書館のこと。
一般書のほかに、登山家でもあり、温泉評論家でもある野口冬人さんの蔵書も置かれている。今では手に入れるのが難しそうな茶色く変色した古い山岳誌が多数あり、なかでも貴重なものはさすがに鍵のかかる棚に収めてある。
もともと「B・B・C長湯」は長期滞在の湯治を目的に作られたのだが、確かに読んだり歩いたり湯浴みしたりで数日を過ごせたら楽しいだろうと思う。ひかれる本がいくつもあったのだが、宿の趣旨に反して1泊、サラサラと眺めただけで発つことになる。

B・B・C長湯の図書館 すがすがしい林の中の朝の図書館。
チェンバロを置いてあって、ときにはコンサートも開かれるようだ。

● B・B・C長湯のカフェ

朝食だけつく。2卓だけの狭い喫茶で、2組ずつ30分間隔に食事になる。
僕らは8:30の回。
温泉の水で炊いたお粥と味噌汁。よい香りで、ふんわかと体にいい感じ。

「B・B・C長湯」で僕らが泊まった棟は1棟8000円ほどで、ひとりぶんにすると約4000円。ラムネ温泉館が割引で100円。天風庵の膳が1700円。(ラムネ温泉館で生ビール1杯無料券をもらっていたので食事代だけですんでしまった)。あわせて6000円弱。
図書館つきの広い宿に泊まり、憧れのラムネ温泉に入り、藤森建築を楽しみ、名物料理も味わい、この額!すばらしいコストパフォーマンスだ。


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 第3日
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♨ 温泉療養文化館 御前湯 
(Team Zoo象設計集団+アトリエ140 1998)
大分県竹田市直入町長湯7962-1

http://www.gozenyu.com/index.html

B・B・C長湯の対岸にある立ち寄り湯に入る。
こちらに来てTeam Zooの建築によく出会う。どれも自然に寄り添って作られていて、中にいることが心地よく、安心していられる。
川の流れを眺めながら湯につかる。

■ アートプラザ(旧大分県立図書館)
(磯崎新アトリエ 1966)
(磯崎新アトリエ+山本靖彦建築設計事務所 1997改修)
大分市荷揚町3-31
 http://www.art-plaza.jp/

大分市に移動して、磯崎新の設計による新旧の「大分県立図書館」を見た。
(以後、1966年版を旧館、1996年版を新館という。)
まず旧館。大分市の中心部に堀に囲まれた城跡があり、県庁や市役所が集中している一画にあった。
新館ができたときに解体されかけたが、保存を求める動きがあり、大分市が県から土地・建物を譲り受け、磯崎新の建築に関する展示室と市民ギャラリーとして再生した。

外観は途中で切断されたようなコンクリートの筒がいくつもあって、ゴツゴツと堅く強い印象を受ける。この少しあとの群馬県立近代美術館でもそうだが、この頃の磯崎建築は正方形や立方体を多用していた。 もと大分県立図書館。今はアートプラザ

斜路を上がると2階中央に60'sホールがある。旧館ができたころの、1960年代の前衛美術「ネオ・ダダ」のグループの作品を展示している。
あとの2階の一部と1階が市民ギャラリー。
3階が磯崎新建築展示室になっている。

図書館のころ、どんなふうに使われていたのか、3階の展示室の案内の方に尋ねると、ロサンゼルスの美術館で開催されたArata Isozaki展の図録の写真を見せてもらった。
2階の、今、60'sホールになっているあたりが写っている。中央に円形の書架を置いて、その内側は赤いじゅうたん。写真では、はっきりしないが、宮殿にでも敷きそうな厚い重いじゅうたんに見える。(あとで新館で聞いた話では、当初、じゅうたん部は立入禁止だったという。)
両脇の壁に高い書架。突き当たりに貸出カウンター。今ギャラリーになっているところが閲覧室だった。

3階はかつて館長室や事務室や研究室があったところで、小さな部屋が9つ並ぶ。各室にテーマを設定しながら、磯崎新の建築の軌跡をたどるようになっている。
1階では2つの市民グループが平面の作品展を開いていた。

図書館としての旧館がどんなだったか、なかなか想像しにくい。
外観の厚いコンクリートの壁の予想に反して、内部では上からの自然光を入れていて暗くはなかったようだ。でも僕には図書館としては居心地がよくなかったように思える。とくに閲覧室では、天井の箱型の梁が圧迫感があったのではないか。
建築家の文章では、この図書館にとても感動したというのをいくつか読んだ。実際にここを利用していた人、この図書館のあたりをよく通りかかって眺めていた人などの感想や思い出をきいてみたい気がする。僕は磯崎新の思考も実作もファンだが、この図書館については外から眺めても中を歩いも、どうもなじめなかった。磯崎新が世に出るきっかけになった初期の設計で、若く、とがって、つっぱっていて、余裕がないように感じた。

(あとで伺った新館の地域情報担当・後藤さんの話:
1階に書庫と児童閲覧室もあった。児童閲覧室には外から直接に入れたが、2階からも行けた。でも階段は急だし、とてもこわかった。その近くにトイレもあったが、これもとても怖くて、あまり使ったことがない。
2階の閲覧室に入るには、今の60'sホールとギャラリーの間の狭い通路を通って行くようになっていた。日常空間から非日常空間へ気持ちを切り替えていく緩衝地帯という設計者の考えだった。
磯崎新は中空の渡り廊下が好き。旧館にも新館にもある。)

● 大分県立図書館 椿カフェ
西へ車を走らせて新館に行った。新旧は直線距離で2キロほど。別府方面に向かって大分市のにぎやかな中心部から出はずれて、住宅街にかわるあたりになる。
昼どきになったので、図書館内で食事をした
店の名前もインテリアもおしゃれふう。ところが、メニューを見ると意外に高カロリーなものが並んでいる。(僕はチキンカツオムライスを注文した)。
座って読書する図書館なのに、こんなにエネルギーはいらないなあ...。
もうひとつ意外なのは、小さな子どもを連れたおとうさん、おかあさんが多い。
近くに食事をする店がなさそうだったので、ここに食事にだけ来ているのだろうか。

■ 大分県立図書館
大分市大字駄原587-1 http://library.pref.oita.jp/

旧館と違って外観は素直な白い箱。
ところがエントランス・ホールに入ると、広く、天井が高い。それもとんでもない広さと高さで、見上げると天井には大きなコンクリートの円盤。まるでSF映画にでてくる宇宙船のよう。
旧館では日常と非日常の緩衝地帯を狭い通路にしたのに、新館は大空間にした。
ただ広いというのではなく、日常のスケール感がとまどうほどのけたはずれの大きさ。
これはいい。これはすごい。

大分県立図書館の入り口ホールの大円盤

その1方向に開かれた階段をスターのように上がって閲覧室に入る。
閲覧室は基本的に大きな1室空間。1辺が68mの正方形に、7.5m間隔で100本の柱が立ち、「百柱の間」と名づけられている。
円形の窓とトップライトから適度な量の光を導いている。人工照明も梁の上に隠して間接照明にしているので、大きな空間が穏やかな柔らかい光にひたされている。あらためて図書館でいかに光の制御が大切かを思わされる。
席ごとに手元を照らす照明があって、ベースの光で足りなければ手元を明るくするようにも配慮してある。
快適に本を読めるという機能性と、思いを高く遠く馳せるという精神性を、ともにみたしている。
児童室にはたくさんの親子がいた。レストランに親子連れが多かったことを納得した。

「地域情報室」というところがあって、後藤さんに話をうかがった。
旧館の配置図があるかどうか尋ねると、『大分県立図書館100年史』を取り出してきて見せていただいた。旧館のころの利用案内のパンフレットもあり、そこにも配置図と、閲覧室の写真がのっていた。
市街地の中心からははずれたが、利用者は増えているという。

■ 大分県立先哲史料館
http://kyouiku.oita-ed.jp/sentetusiryokan-b/
■ 大分公文書館
http://www.pref.oita.jp/site/346/

「豊の国情報ライブラリー」と総称して、図書館と、先哲資料館、公文書館の3館で構成している。
「先哲」という言葉そのものを、僕はこの史料館があることで初めて知った。
そして僕でも知っている大分の先哲は、田能村竹田、瀧廉太郎、福沢諭吉くらい。
福沢諭吉は1886年『西洋事情』で近代日本に最初の図書館の概念を紹介したとされる人だから、もちろん欠かせない。
先哲を網羅的に紹介する常設展は春だけで、あとは2ヶ月くらいずつの企画展示で、この時期は山本五十六展だった。

□ 別府タワー
http://bepputower.junglekouen.com/

海岸沿いの快適な道を走って別府に着く。
温泉より先にまず別府タワーへ。
(高い所へ行きたがる...)
近づくと、90mの塔は低くて愛嬌がある。横に「Asahi」、たてに「アサヒビール」の広告文字が飾られている。
別府タワー

下層部はふつうのビルふうに四角くて、ふつうのビルふうのエレベータがある。脇に自販機があるのが観光施設らしいところで、200円の券を買って上がる。
降りるとすぐ前におばちゃん2人がいて、券を差し出す。
青い海に面して市街が丘につづいている。そんな高い塔ではないのに意外な好展望が広がって、「おお」とうれしかった。

*内藤多仲早大名誉教授が設計した6つの塔(「タワー6兄弟」って、初めてきいた)
名古屋テレビ塔(1954年・180m)
大阪市・通天閣(1956年・103m)
別府タワー(1957年・90m)
さっぽろテレビ塔(1957年・147m)
東京タワー(1958年・333m)
博多ポートタワー(1964年・103m)


♨ 竹瓦温泉 (村上利作・池田三比古 1938)
温泉街というより歓楽街のような通りを抜けて、竹瓦温泉という共同浴場に行った。
広い吹き抜けになっていて、脱衣場が上、階段を下りて風呂がある。その間に仕切りがない。
街で韓国の観光者をよく見かけたが、ここでは白人のペアが砂湯の予約交渉をしていた。

● とよ常駅前店

駅に近いホテルにチェックインしたあと、フロントの若い女性が「関アジが安いし、天丼がうまい」とすすめる店に行った。ホテルから3分ほど。
関アジの刺身に、ふぐ刺しに、いくつかつまみをとる。
飲みながら見ていると、向こうの家族連れも、隣のカップルも、天丼を注文している。お城のシャチホコみたいにピンと立った天ぷらがのっている。
僕らも最後にその天丼を注文する。揚がり具合も味もよかった。
郷土の名物を味わったうえに、飲みながら好きなだけの量をとれるから、高額な旅館であふれるほどの皿数にヘキエキするよりよほど満足感があり、しかも安い。こういう泊まり方も悪くないと思う。

□ ホテルシーウェーブ別府
http://www.beppuonsen.com/
8階の部屋に入るとすぐ眼下に別府駅がある。高架のホームに2両編成の電車が着き、出ていく。人が乗り降りし、駅前広場にはバスが着き、また出て行く。ごみごみしていなくて、ちょっとシュールレアリストが描く街の風景を連想する。
帰りの飛行機が午後早いので、旅館に泊まって遅い朝食をしていては午前中ムダにしかねない。街にはおいしい店もありそうだし、共同浴場もあるから、ホテルにした。

3泊目のホテルは、朝食つき8,400円で、とよ常の支払いも同じ8400円ほどだった。1泊2食に換算すると、ひとり8,400円。
1泊目の「レゾネイトクラブくじゅう」が18,000円。
2泊目の「B・B・C長湯」が1泊2食に換算してひとり6,000円。
合計32,400円だから、1泊あたり11,000円ほど。酒代も含めてこの額だから、十分な満足を得たのに高くなかった。
しかも飛行機はマイルを使ってタダで来たから、遠くに旅行したわりには全般に低い経費でとても満ち足りた旅ができた。


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 第4日
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□ 別府地獄めぐり

別府の定番観光。ボコボコ湯気を噴き出してる眺めを見て回るのかと思ったら、それだけではなくて、動物園でもあり、植物園でもあり、庭園でもあり、見応えあるようにいろいろ仕掛けられていた。

別府では、2009年の春に「混浴温泉世界」という街を舞台にした屋外現代美術展が開催された。前に熱海でも屋外展があった。ふつうに観光したら行きそうもない見知らぬ裏通りまで入りこんだりして、とても楽しかった。
温泉に現代美術はあう!と思う。別府のも来たかった。

□ 大分農業文化公園 (伊東豊雄建築設計事務所 2001)
大分県杵築市山香町日指1-1
http://www.oita-agri-park.or.jp/

周囲5kmのダム湖を囲んでできた農業のテーマパークのようなところ。平松・元知事が欧州視察に行き、田園地帯にパンの博物館があったのに感心して、大分にも作ろうと場所を探して、2001年にできた。ダムはずっと前の1970年に完成したもの。

農業の研修、農産物の物販、植物温室、放蝶温室などの施設が、直線上に1列に並んでいる。
設計にあたってはコンペがあり、棚田のような高低差のある地形に施設を分散する案が選ばれた。ところがその後に設置者側に状況の変化があり、1列に整列することになった。(コンペは何だったろう?)
航空写真を見ると空港のようで、前にある広い駐車場を滑走路にすれば、本当に飛行場に転用できそうなほど。
不便な場所にあり、建設費と維持費にみあう利用があるかどうか、事業仕分けの対象になりそうなところだ。

物販施設は地場の野菜や地ビールもあり、空港の売店より魅力的なほど。かぼすがたくさん入って200円とか、みやげなど買った。

● 大分空港・スカイライン 
大分県国東市安岐町下原 http://www.oita-airport.jp/

空港で簡単に昼をすませればいいと思っていたのだが、空港のレストランの1つに、地場の魚や鶏料理とお酒を組み合わせた「ほろ酔いセット」1000円というのがあった。しかも海と滑走路を眺める席。
豊後の牡蠣フライまで追加注文して、旅の最後にまた思いがけず盛り上がってしまった。
くらくら、ほろほろ、いい気分になってくるうちに、JALが2機離陸した。ANAが1機着陸したのが、折り返しに僕らが乗って帰る飛行機だった。
途中、雲が多かったが、海に延びる中部空港が見えた。
伊豆半島、三浦半島、房総半島を順に見下ろして、羽田に降りた。

松岡正剛にならって、旅の組み立ても編集というなら、この旅はよい編集をして魅惑的な本に仕上がったと思う。

(2009.11月 no.12)
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参考:

  • 『御前湯日記-大分・長湯温泉』 首藤勝次 西日本新聞社 2001
      ラムネ温泉をゆっくり滞在する湯治場にしようと仕掛けている人。
  • 『小さな建築』 富田玲子 みすず書房 2007
      Team Zooのこと、御前湯のこと。
  • 『大分県立図書館百年史』 大分県立図書館/編 大分県立図書館 2005
      帰ってから僕がいる埼玉県立熊谷図書館で検索したら所蔵していた。
      でも旅は事前準備なしに行った先でとまどい探すのも楽しみのうち。(ただし、大事なものを見落としてきてしまった、と後悔することも。)
  • 『建物が残った-近代建築の保存と転生』 磯崎新/編著 岩波書店 1998
      旧大分県立図書館の写真、図面、配置図など、多数あった。
  • ateliermobile http://www.ateliermobile-teamzoo.com/index.htm
  • いるか設計集団 http://www009.upp.so-net.ne.jp/iruka/
  • 磯崎新アトリエ http://www.isozaki.co.jp/