古典的「本の挿絵」展 + 現代的「本のアート」展


■ 埼玉県立近代美術館『小村雪岱とその時代』
http://www.momas.jp/

川越生まれの画家、小村雪岱(こむらせったい 1887-1940)の展覧会。
雪岱は泉鏡花の小説『日本橋』の装幀を手がけたことから、挿絵や舞台装置の世界に入った。
絵には空白が多いなかにモノやヒトが配され、ひっそりと静かな叙情をたたえている。その中を役者が歩けば、そのまま舞台になりそうでもある。

● 梨の実(ありのみ)
tel. 048-831-8898

美術館に行くと、館内の洋食レストラン「ペペロネ」もおいしいが、和食なら北浦和駅方向に向かって国道の信号を渡った先の「梨の実」(ありのみ)。さかな系の料理が何をとってもうまい。
今日は和食にすることにして、かきフライを食べた。揚げ具合が絶妙で、早すぎず、長すぎず、コロモの中にふっくらと豊かなかきがひそんでいる。
(前は北浦和駅のホームから見える位置に店があり、看板に「酒をのむは時間の無駄、のまぬは人生の無駄」という名文句が書いてあった。)

■ うらわ美術館『オブジェの方へ−変貌する「本」の世界』
http://www.uam.urawa.saitama.jp/

浦和に移動して、「本」に関わるアートを展示した展覧会を見た。キーファー『イヌサフラン』(1997)や、若林奮『SULPHUR DRAWING』(1993)などの重い、おなじみの作品の他に、いくつも初見で興味深い作品があった。

アートの世界の「本」では、ほとんど文章を読めない。
イー・ジヒョンの『聖書』(2007)は、針で紙(の繊維)を丹念にほぐしている。文字を印刷された紙が、スーラの点描の絵画のような具合になってしまっている。
ハングルがわからないから定かではないが、いくらか判読可能なようだ。
荒木高子『砂の聖書』(1996)は、砂で本の形を造形して、開いたページだけ、文字が読める。
西村陽平『新修漢和大辞典』(2002)は、高熱で焼いて白い灰になっている。
遠藤利克『敷物−焼かれた言葉』(1993)は、2000冊の本を焼いて黒い長方形の物体にして、およそ5×3mの大きさに床に並べてある。
淤見一秀『TEXT』連作(1997)は、銅や真鍮の細い線を編んで−つまりtextileにひっかけて−55×41cmの大きな本にしている。

それぞれが造形的にも魅力があるし、文章の意味は伝わらないが、本をこのように表現していることの謎ときも誘う。
概念芸術、コンセプチュアル・アートという領域があるが、「本」に関わる作品はひとりでに概念芸術になってしまう。

福田尚代『佇む人』(2003)『佇む人たち』(2004)は、文庫本の小口を彫刻刀で削って、木喰の羅漢像のようにしてしまった。『佇む人たち』は82冊を密着させてあり、裏に回ってタイトルを見れば、大江健三郎の『万延元年のフットボール』や『徒然草』など。
筒井康隆に『佇むひと』という短編があって、体制に批判的な人間は道ばたに植えて木にされる社会を描いて、静かな諦め、悲しみが漂う。そう連想すると、福田の作品も、言葉、意味、思想を伝えられないことの悲しみを現しているかのようだ。

同じ福田尚代『言葉−「戯れに恋はすまじ」』(2007)は、岩波文庫についていたカバーだけが作品。2007とあるのは、福田が作品とした年のことで、もとの本は30年も前に出版されてもの。その年月の間に、透明でチャリチャリしたグラシン紙に、タイトルや植物の模様が写って(移って?)いる。それをはずして、V字型に開いて置いてある。ほとんど発見し選んだだけの作品だが、アーティストの目のはたらきように思い至る。

安部典子『Through the Edges』(2003)は、本の内部をくりぬいて等高線模型のようになっている。基本は同じ形をしている本に、それぞれの精神の深層が埋まっていることの比喩のようだ。そういっては作品が単純な絵解きになってしまうが、複雑に彫りこまれた地形に、飽かずに目と思いがひきこまれる。

うらわ美術館は2000年に開館して本を中心テーマにしてきて、この展覧会は10周年記念展になる。
僕が埼玉県立近代美術館に在職していたころの田中幸人館長が、この美術館の設立前のコンセプト作りに関わっていた。県立美術館を1つの核にして、特定のテーマをもった美術館が衛星のようにあるネットワークを形成することをしばしば語っていて、浦和に新しくできる美術館は本をテーマにすることを提言されていた。
うらわ美術館の、本に関わる所蔵作品は、2008年度末で1180タイトル。これはタイトル数で、点数といったらもっと多い。
所蔵品だけでこれほど思いを誘う豊かな展覧会ができてしまうほどになった。展覧会をひとわたり見終えて、田中こうじんさん(と親しい人たちは呼んでいた)のことを思い出した。ときおり九州弁の抑揚が混じる話しぶりが懐かしいが、数年前、熊本市現代美術館の立ち上げにあたって移ったあと、亡くなられた。

■ 柳沢画廊『ART POSTER BAZAR』
http://www.yanagisawagallery.com/

うらわ美術館を出て旧中山道を日本橋方向に歩くとまもなく柳沢画廊がある。
珍しくポスター展をしていて、2004開催のDr.J.J.Clarkeの『 Dubliners 』という写真展のポスターを買った。会場はNational Photographic Archiveで、National Library of Ireland の中にあるらしい。
こんなことがささやかな運命のつながりの端緒になって、いつかアイルランドの図書館に行くことがあるかどうか。

(2009.12月 no.17)
ページ先頭へ