北村薫・大野隆司対談「猫と文学」/さいたま文学館


■ さいたま文学館『文学館に猫大集合』
  +北村薫と大野隆司の対談「猫と文学」

   http://www.saitama-bungakukan.org/

さいたま文学館で『文学館に猫大集合』という収蔵品展とあわせて、北村薫と大野隆司の「猫と文学」と題された対談があるのを、友人と聴きにいった。
ほわほわとあたたかく楽しい話だった。
北村さんは、飼い主の弱みにつけこむ猫に困らせられている。でもやっぱり可愛くてしかたがないという気持ちが笑顔にこぼれる。ねこ本人の前でお墓の話をすると、ねこが気を悪くするだろうなんていう心づかいもみせる。

北村薫は直木賞作家だが、これまで僕は読んだことがなかった。
たまたま最近、なんの話でそういうことがでてきたのだったか、「北村薫の作品をほとんど読んでいる」と書いたメールをよこした人がいた。
それで、対談を聴きに行く前に読んでみようかと、北村薫の本で猫がでてくるのは何か、やはりメールで尋ねたが、とくに猫が主役というほどのものはないとのことだった。

でもいくつか読んでみると、そのとおり話の中心にはなくても、「猫」がよくでてきて、ついでにいえば「図書館」もそうとうな頻度で登場していた。
『月の沙漠をさばさばと』は、もの書きのおかあさんと娘のさきちゃんの話。2人はよく自転車で隣町の図書館に行くのだが、ある日さきちゃんが捨て猫を見つけた。可愛くて置き去りにしがたくて、さきちゃんがなんとか自転車に乗せようとするのを見ていて、おかあさんが涙ぐんでしまう。
『語り女たち』では、男に「海鳴り」と謎をかけたら、「なでると(海鳴りのように)ゴロゴロ音がする」と猫を贈られる女が登場する。

       ◇       ◇

「猫と文学」で僕が真っ先に思いつくのは、詩人・長田弘が書いた自伝的小説『猫に未来はない』。
話は、あまり猫が好きではない「ぼく」が結婚するときから始まる。
「結婚していっとう最初の朝のいっとう最初の食事の前に」ぼくはこう言おう、と心構えしていた言葉があったのに、彼女に先を越されてしまう。
 とてもういういしげにほほえみながら彼女は、ほんとうにうれしそうな声で、こうぼくにいったのです、「ねえ、わたしたち、なによりもまず、ねこを飼いましょうね」
(中略)
 彼女は、ねこぎらいのおとうさんとおかあさんのあいだで育ったので、結婚したらまっさきに猫を飼いたいとずっとずっとおもいつめていて、いつそれをいおうかと、もうせんからじっくり作戦をねっていたのだそうです。しかし、結婚するまえには、そんな話を、ぼくは角ざとうのかけらほどもきいたことはなかったのでした。ねこっかぶりの奥さんめ!
僕はとても若かったころに、とてもすてきで、とても猫が好きな女性から、この本をプレゼントされた。こういう本を贈られるということは、もしかして−と、僕も楽しい猫つき生活が始まることを思い描いたのだけれど、紆余曲折して、以後も猫とは無縁のままの人生を過ごしてきた。紆余曲折が違う方向にいっていれば、僕も猫好きな詩人になっていたかもしれない。

       ◇       ◇

もうひとつ猫で忘れがたいのは、NHKテレビ『プレミアム10 わたしの旅』の撮影で伊勢神宮に行ったときのこと。
伊勢神宮内での撮影を終えたあと、おかげ横丁を散策するところをロケした。
店先で牡蠣を焼いているのを食べたり、赤福の店では撮影を断られたりしながら歩いて行くうちに、店先の椅子に猫が座っている店があった。
いわば生きた招き猫。
店の人からもらったかつお節を、いわれるとおりに僕が親指と人差し指でつまんで、猫からちょっと離れた高い位置に持つ。猫は椅子からすっと伸びあがって僕の手につかまって、かつお節をくわえてふんふんと食べる。ふわっとした体重が一瞬かかってきたときの足裏の肉球の、ふにゅっとした触感がとても新鮮だった。
同行の畠山アナウンサーが「やわらかいでしょ、肉球が。ふわ〜とさわってくれて」と声をかけてくれる。本当にそうだ。
おおげさだけれど、こんな身近に、こんな未知の感覚があったのかと、ちょっとしたショックだった。だれでも知ってるような簡単なことを知らなかったり、勘違いしてたりすることは、僕には珍しくないのだが、まだこんな神秘もあった!!

おかげ横丁では、伊勢うどんの店に入って撮影したりもしたのだが、放送ではその猫のシーンが使われた。

       ◇       ◇

猫のことだけをたよりに、とりとめもないことを書いてしまったが、もう1つ、「対談を一緒に聴きに行った友人」と、「北村薫の作品の猫のことを尋ねた人」と、「『猫に未来はない』を贈ってくれた女性」は同一人物であるという程度の脈絡はある。

(2010.1月 no.22)
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参考:

  • 『ふしぎな笛ふき猫』 北村薫 山口マオ・絵 教育画劇 2005
    『月の沙漠をさばさばと』北村薫 新潮文庫 2002
    『語り女たち』北村薫 新潮文庫 2007
    『ターン』 北村薫 新潮文庫 2000
    『自分だけの一冊』北村薫 新潮新書 2010
    『人間発見 小説は時を超える』北村薫 日本経済新聞 2009.12.7-11
  • 『猫に未来はない』長田弘 晶文社 1971
  • 『 プレミアム10 ザ・ロード わたしの旅』2007.6.29 NHK総合テレビ
    [ 荒川ゆらり 五十鈴川を渡る ]