詩人・尾崎喜八の第36回蝋梅忌 (2010.2.6)


四ッ谷駅近くで開かれる蝋梅忌の集まりに向かう前に、神保町付近を散歩した。
御茶ノ水駅を起点にして、神田教会で明るく穏やかなステンドグラスの光にひたり、南洋堂で建築書をパラパラ見て、喫茶「さぼうる」でコーヒー・ブレイク。
昼過ぎの2時ころから立食パーティーになるので、「小諸そば」で軽くそばを食べた。店内はこのチェーン店共通のつくりに改装してあるが、外で一歩ひいて建物の全体を眺めれば、昭和前半以前かと思えるいい構えで、さすがに神保町。

今日、散歩の途中で驚いたことが2つあって、1つは、目の前の足下をチラチラ動くものがあって、何かと思えばスズメたち。神保町の舗道をスズメが歩いてるなんて今まで気がついたことがなかった。

□ Village/Vanguard お茶の水店
東京都千代田区神田小川町3-14 ILUSAビルB1
tel. 03-5281-5535
http://www.village-v.co.jp/index.php

もう1つがVillage/Vanguard お茶の水店。「遊べる本屋」を理念にしている本屋さんで、本のほかに雑貨やCD、DVDなど、にぎやかに、はなやかに置いてある。
地下の広いフロアが迷路のようで、異次元、異空間をさまようようなわくわく感を覚える。
地上の入口は、あたりまえのビルにあいたドア1枚分のすきま程度のもので、そこから降ると遊園地みたいな空間が広がっている意外感もすごい。

本やCDには手書きのオススメ文が添えられている。ベストセラーもあるが、そうとうマイナーなのもあって、こういう選択はどうだ!という明確な意志を持って選ばれたものが並んでいる。
本を買うと置き場所に困るからできるだけ自制しているのだけど、雰囲気といい、セレクションといい、のせられた感じがあって、つい2冊買ってしまった。
あとでインターネットでみると、本社は愛知県愛知郡長久手町というから、愛知万博があったあたり。直営のほかにフランチャイズも含めると323店舗もある(2010年2月)。
郊外の大規模ショッピングモールにもあちこち出店している。ただの雑貨屋さんと思って通り過ぎていたが、これからは見かけたら素通りできなくなりそう。

■ 尾崎喜八・蝋梅忌(第36回)
会場:主婦会館プラザエフ

詩人・尾崎喜八(1892 - 1974)は2月4日に亡くなり、没後、2月の第1土曜日に蝋梅忌が開かれている。
尾崎喜八の娘、栄子さんのあいさつと尾崎の詩2編の朗読のあと、何人かのスピーチがあった。


○尾崎喜八の投書とレコード
尾崎喜八が新聞の社説に感動し、著書を添えて新聞社に手紙を出したことがあるが、尾崎喜八研究会のメンバーが、その手紙と著書を入手した。
ことの発端の社説は、1950年2月18日の朝日新聞の社説『暖冬のバラ』。
今年は暖かく12月29日にバラを摘んで食卓を飾っているという内容の記事が、マンチェスター・ガーディアンに掲載された。
社説は、新聞がそういう小さなことに目を向けることを紹介しながら、第二次大戦後の東西の対決が厳しい冷戦状態にあっても、「自然観察は人間性を取り戻す唯一の場所」だと訴えていた。
尾崎喜八にとっては、持論にピッタリのことが朝日新聞の社説にのったわけで、感動してその日のうちに手紙を書き、投函している。
その手紙と、長野県富士見の住所が記された封筒が、会場に展示もされた。
手紙に添えて送った自著『美しき視野』もあって、こんな言葉が記してある。
「社説「暖冬のバラ」へ 深き同感をもって 尾崎喜八 一九五〇年二月十八日 信州富士見高原にて」

別なメンバーからは『LP版 音楽への愛と感謝』を手に入れたことの報告があった。
こうした貴重な資料が埋もれてしまわずに尾崎関係者のところに導かれてきてよかったと思う。

○尾崎喜八訳のベートーベン第9最終楽章の歌
SP盤をCDに復刻したシリーズがでているが、2009年発行された『日本SP名盤復刻選集W』中に、尾崎喜八の訳詞によるベートーベン第9の第4楽章が収録されていたという話もあった。
ベートーベン第9の第4楽章を、日本で最初に訳詞したのが尾崎喜八であり、ここにおさめられている第9は、日本で最初の第9の録音盤でもあるという。
1943年に日本青年館で1日で録音された。

CDの制作は「日本音声保存」で、費用を「財団法人ロームミュージックファンデーション」が援助している。
音楽の友社が選定している「レコードアカデミー賞」の2009年度の特別部門特別賞が、「財団法人ロームミュージックファンデーション」のCD発行助成に対して贈られている。
また『日本SP名盤復刻選集W』は、2009年度文化庁芸術祭優秀賞も受賞している。
貴重な音源の保存活動が評価されている。
この報告をされた天沼澄夫さんがそのCDを持参されていて、会場で曲のごく一部が流された。
(ゆっくり全曲聴きたいものだと思って、あとで検索したら、熊谷図書館にTからVまで寄贈されていて検索画面にでてきた。Wも送られてきていたが、まだ受入処理がすんでいなかった。)

財団法人ロームミュージックファンデーション
  音楽の友社


そんなふうに今年の蝋梅忌ではいろいろ新発見などが伝えられたが、僕も2009年7月刊の『中央評論』を持っていって、会場に展示した。
杉並区立科学館にいる友人の茨木孝雄さんが、尾崎喜八の『井荻日記』に基づき、科学館で尾崎講座を2回開催した。とてもおもしろく意義のある講座だったのだが、そのときの参加者きり知ることがないのが惜しいと思っていた。昨年、ちょうど中央大学で発刊している『中央評論』が「武蔵野の博物誌」という特集を組んだ号に、茨木さんがその講座の記録を中心に『科学の眼、詩人の魂』という尾崎喜八論、武蔵野論を書いた。
できれば茨木さん本人が蝋梅忌に来て報告できればよかったのだが、科学館のイベントが重なって参加できなかった。

尾崎喜八とその妻の實子の評伝を書いた重本恵津子さんも出席されていた。今は評論家としてより、さいたまゴールドシアターの女優として知られるくらいの活躍をされている。
3月に六本木SuperDeluxeで、『Tears 王子を殺した人魚のものがたり』に出演されるときいた。『人魚姫』をモチーフにした話で、重本さんは年老いた人魚姫の役。この公演はさいたまゴールドシアターの企画ではなく、役どころにうってつけということで招待出演になった。楽しみだ。

例年2次会、3次会とあるのだが、僕は今年は他に行きたいところがあって失礼した。

● ジャズ喫茶 いーぐる
第410回連続講演『リマスタリング・サウンドで聴くビートルズの魅力(1962-1964) 選曲安部等
東京都新宿四谷1-8 tel. 03-3357-9857

2009年1月15日の日本経済新聞の書評欄で、井上章一が『ジャズ喫茶リアル・ヒストリー』を紹介しているのを見て、ええーっ!だった。
四ツ谷駅近くにあるジャズ喫茶「いーぐる」の経営者が書いた本。
ここにはかつて幾度か行ったことがあるが、もうしばらく行ってないし、そもそも四ッ谷にジャズ喫茶なんていうものがまだ存在しえているなんて思ってもみなかった。
本にも書かれているが、話とレコード演奏を組み合わせた連続講演を長く開催してきていて、今日はちょうどその開催日だった。
ところがもう一度驚いたことに、ジャズ喫茶なのに、今日のテーマはビートルズ。
席に着いてコーヒーを注文すると、店の人が「灰皿いりますか」と尋ねるのが、今どき珍しいというか、さすがジャズ喫茶というか。
かつての様子を正確に覚えてはいないが、ジャズ喫茶にしては珍しい明るい店内という印象は、前と変わらないように思う。
久しぶりの店で、その頃熱く聴いたビートルズが次々にかかるのを聴いていると、せつなくなってきた。

(2010.2月 no.23)
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参考:

  • 『日本SP名盤復刻選集T〜W』ロームミュージックファンデーション 2004,2006,2007,2009
  • 『科学の眼、詩人の魂』茨木孝雄 「中央評論 特集・武蔵野の博物誌」所収 秋山嘉/編 中央大学出版部 2009.7
  • 『蜷川幸雄と「さいたまゴールド・シアター」の500日 平均年齢67歳の挑戦』 橋田欣典・須賀綾子・強瀬亮子・埼玉新聞取材班 平凡社新書 2007
    『花咲ける孤独』 重本恵津子 潮出版社 1995
    『夏の最後の薔薇』 重本恵津子 レイライン 2004
    『日本人をもっと知ろう 尾崎喜八 高村光太郎 水野實子と長沼智恵子』 季刊アーク 第6号 レイライン 2004
    [荒川ゆらりさいたまゴールド・シアター『95kgと97kgのあいだ』]
  • 『ジャズ喫茶リアル・ヒストリー』 後藤雅洋 河出書房新社 2008