MLA(ミュージアム・図書館・文書館)の連携U(2010.6.24)


恵比寿で写真展を見てから赤坂に移動し、MLA連携をめぐる討議をききに行った。

□ 東京都写真美術館
  古屋誠一 メモワール. 「愛の復讐、共に離れて…」展


オーストリアで知り合って1978年に結婚し、1985年にベルリンの高層住宅から飛び降りた妻を撮った写真が、時系列を逆にして−死から出会いに−並ぶ。
広い額と深い瞳が美しいが、表情はさまざまにかわる。哀しみ、喜び、憂い、不安。
少女のころにはこんな笑顔をして、賢く、将来を開けて感じていたのだろうと想像させる、はつらつとして写っているときもあって、そのほかの沈みがちな表情との対比がいたいたしい。
時間をさかのぼって初期の伊豆の海辺でとった写真は、日を浴び、いかにも旅らしい軽装で、笑顔を浮かべている。でもその手首にはすでに傷があり、終末を予告しているかのよう。妻の姿だけが並んでいるが、このような人と伴走した写真家の存在、生き方についても、思いが漂う。

■ 「日本のMLA連携の方向性を探るラウンドテーブルU」
   鹿島建設(株)KIビル2F 多目的ホール


MLA連携を語る集まりの第2回。(前回は2009年10月19日)
この場で意見交換するだけでなく、実際にMLAそれぞれの窮状を破る動きが始まることをめざしているが、第2回でも、そこまで議論が至らなかった。
連携の具体例をうみだすのか。
連携のための政策を作るのか。
連携のための理念を作るのか。
「語るだけでなく」といっても、具体的に何をしようとしているのか明確でないという意見があり、確かにそこがはっきり見えていないと思った。

「連携の必要性、意味がわからない」という意見もあったが、ミュージアムや図書館に在職したことがあり、いわば「ひとりML連携」の僕には、難しいことをいわなくても、「垣根をなくせばもっと面白くなるのに」と思える。
「それぞれがタコツボにいる」という指摘があったが、ほんとうにその通りで、自分の領域の通念にひたっているのは窮屈でもどかしい。

佐々木秀彦さんの意見が現段階のポイントをついていたと思う。
「MLAは手段であって、目的ではない。『○○のためのMLA連携』のはずで、その○○の言葉が見つかっていない。MLA連携の議論は供給側の話だが、それがふつうの(業界外の)人にとってどんな意味があるのかをうちだせなくてはいけない」
最近聴いた畠山重篤さんの講演を思い出した。気仙沼のカキ漁をしていて、カキが良く育つには川がきれいでなくてはいけない、そのためには山の森がよくなくてはいけないと考え、山に木を植えることを始めた。漁師が山に木を植えることを世間に理解してもらうにはキャッチフレーズが必要だと考え、歌人に相談して「森は海の恋人」という表現を生み、運動は理解され広まった。
MLA連携もそんな言葉を見つけられるか?
次の回は、この言葉を見つけて、実際にどんな動きに結びつけるかにかかってきた。

主催:特定非営利活動法人知的資源イニシアティブ
会場:鹿島建設KIビル多目的ホール
開催日:2010年6月24日
パネリスト:
上山信一(慶應義塾大学総合政策学部教授)
栗原祐司(文化庁文化財部美術学芸課長)
小出いずみ(渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター長)
後藤和子(埼玉大学経済学部教授)
境真良(経済産業省商務情報政策局情報経済課国際戦略情報分析官)
佐々木秀彦(東京都美術館交流担当係長)
常世田良(日本図書館協会理事・事務局次長)
藤原通孝(地方自治確立対策協議会地方分権改革推進本部事務局部長)
保坂裕興(学習院大学大学院アーカイブズ学専攻教授)
水嶋英治(常磐大学コミュニティ振興学部教授)
南学(横浜市立大学エクステンションセンター長)


(2010.6月 no.34)
ページ先頭へ

参考: