図書館と県民のつどい埼玉2010+かぐやのダンス


『図書館と県民のつどい埼玉2010』が、さいたま市文化センターで、2010年10月2日(土)に開催された。
埼玉県図書館協会と埼玉県教育委員会の共催。
図書館への関心を高めようというイベントで、午前中は全体会で講演、午後は分科会で、子どもの読書支援のシンポジウムや、大学図書館のお宝展示などがある。

■ 記念講演 落合恵子「本と出会う楽しみ 再会する喜び 知り合う深さ」

落合恵子さんが子どものための本の店「クレヨンハウス」を始めたきっかけは、テレビ番組の取材でアメリカに行ったときのこと、町の小さな本屋で子どもが話しかけてきて、小さな発見を話してくれた−
「僕が座ったこの椅子にパパも子どものとき座ったことがあるんだよ」そしてもう1つ、だから「僕のパパも前は子どもだったんだよ」
そんな子供のための本屋があり、ずっと続いていくことは、とてもすてきなことだと考え、自治体に声をかけても動かないので、のちに自分で店を開いた。

でも子どもには本だけあればいいのではないことが見えてくる。
平和でなくては、安全な食べ物を食べさせなくては、老いても安心して暮らせなくては。
そんなふうに考えて、戦い続けてきた。

戦闘的だが、教条的だったり、批評家的だったり、いたずらに攻撃的だったりしない。
20代で石垣りんと初めて会ったとき、こう言われたことに感銘したという。
「言葉には2つある。
ズタズタになった心をやさしく包む包帯に役目をするもの。
心をズタズタにするものに小さい刃(やいば)を突きつける役目をするもの」
そういう両様の言葉への思いがあるから、やわらかな感性で戦えるのかと思う。

話のなかで仲間として名前があがったのが、石垣りんのほかに、井上ひさし、柳田邦男、ガブリエル・バンサンなど。
藤沢周平や池波正太郎の名がでてきたのは意外だったが、武家社会を描いていても、そこに登場する女性は品性のある描かれ方をしていて、作家のまっとうな怒りや清潔さがとてもいいという。

本に学び、言葉を支えにして生きてきたし、とても大切なものだけれど、「本の中にしか理想の人生がないのは間違い、本に淫するのはよくない」ともいう。
話の途中では音楽も2つ流された。
Mothers Daughters WivesとYou've got a friend.
どちらも曲を流しながら、日本語の訳詞を語っていく。
1つは、戦争で父と夫と息子を失った女性のこと。
1つは、あなたが落ち込んでもわたしが必ずすぐに行くからね、友だちなんだから、という歌。
本とは別なところにも豊かな表現がある。

弱い者、弱った心にベースを置いた話は、いちいちこちらの心の底にも響いてきて、講演の最初から最後まで、目がうるみがちになった。
しかもしんみりするだけでなく、元気づけてもくれる。
素晴らしい講演だった。

それだけに、あらためて本だけを偏重しているわけにはいかないと感じた。
今日の話は、文章に記されていても共感したろうが、こうして本人の息づかいとともに聞いたこと、笑顔に近くで接したことは、かえがたい記憶になる。
幸田文の『崩れ』の、「人に会って話しを聞くと、ふに落ちるということがある」という文章にふれて以来、これはと思う人に直接会う機会があるなら、可能な限りその機会を逃すまいとしてきた。
(NHKの大河ドラマの坂本龍馬も、そんな人物に描かれている。今年、坂本龍馬にほれた理由の1つはそこにもある。)
今日もその言葉にあとおしされて、休みの日なのに出かけて行って聴いたのだった。
図書館に親しみましょう、本に親しみましょうという企画で、本だけでなく、実際に人と触れることの意義の大きさに思い至るというのも、ちょっと妙なものだが、あれもこれもあって人生は豊かになるものだと思う。

今日の講演でふれられた本(のうち、僕がききとれたもの。直接書名をあげられたのではないものも含む):
『独り居の日記』 メイ・サートン 武田尚子/訳 みすず書房 1991
『砂漠でみつけた一冊の絵本』 柳田邦男 岩波書店 2004
『現代の詩人5 石垣りん』 佐木隆三/肖像 鈴木志郎康/鑑賞 中央公論社 1983
『ブンとフン』井上ひさし 朝日ソノラマ 1972
『下駄の上の卵』 井上ひさし 岩波書店 1980
『ちいさいおうち』 バージニア・リー・バートン/文絵 石井桃子/訳 岩波書店 1962
『ノンちゃん雲にのる』 石井桃子 大地書房 1949
『長くつしたのピッピ』 リンドグレーン 木村由利子/文 上野紀子/絵 ポプラ社 1989
『アンジュール ある犬の物語』 ガブリエル・バンサン ブックローン出版 1986
『詩ふたつ 花を持って、会いにゆく 人生は森のなかの一日』 長田弘 グスタフ・クリムト/画 クレヨンハウス 2010


□ 古民家ギャラリーかぐや
  ・『香春ソロ・ダンス「古代形象の花」序章』
  ・『野口春美 陶展』

http://g-kaguya.com/

その夕方、滑川町の竹林にある(それで「かぐや」という)ギャラリーに、陶の個展+ダンスの公演を見に行った。
野口春美さんは、陶の作家。おもに神話や伝説から想を得ている。小さい作品だが、作品の周囲に異質な闇と異質な時間を漂わせる。
香春(かわら)さんは、舞踏家で庭師。野口さんの「イソラ」という作品に感動して、今夜の踊りが生まれた。
イソラ=磯良は海の神らしい。
アジア的な音と舞いが、古民家の板座敷で展開する。
音がわずかなあいだ、やむことがあると、外から虫の声。

終わったあと、香春さんが短いあいさつをされて、
「絵を見ても、風景を見ても、音楽を聴いても、本を読んでも、自分にとって感動するということは、踊りになるかどうか」なのだという。
今日は昼間、人にじかに会って話しを聞くことで感動した。言葉でメッセージを聴くのだが。直接会うことには言葉以外に伝わってくる強い何かがある。
夜にもまた、非言語の豊かさ、広がりにふれることになった。

僕も野口さんの陶の作品にひかれて、『木霊』と『ゆりの人』の2点を買った。
『木霊』は、この世から飛び出したような孤独を帯びている。
『ゆりの人』は、ゆりの花の形をした女性像で、やさしい。このところよく行く奈良で見る慈悲深い仏像も連想させる。
会場の遠く離れた対角線上に置かれていたのだが、僕にはこの2つで陰陽1対に感じられた。

公演終了後、交流会が開かれた。
野口さん、香春さん、ギャラリーを主宰する井上正さん、それぞれの仲間や観客などが混じって、和気藹々。
今日の文脈にそっていえば、これもじかに人にふれることの楽しさ。
今日はよい出会いがあり、気に入った作品も買えて、収穫の多い、特別な1日になった。

     ◇     ◇

□ 長田弘『詩ふたつ』

落合恵子さんの講演では、最後に長田弘の詩の本の話があった。
長田弘は妻に先立たれた心を詩に詠んだ。落合恵子さんが、それにクリムトの風景画を添えた体裁の、『詩ふたつ』という本にして、出版した。
講演の翌日、その本を手に入れ、読み、眺めて、僕にもいろんな思いが広がった。

長田弘本人にも、亡くなった妻にも、僕は直接の面識はないが、遠い人に思えない。
ずいぶん前に長田弘は『猫に未来はない』という本を出した。初め猫を好きじゃなかった「ぼく」が、猫と暮らし、可愛がるようになる話だ。
結婚して最初の朝、「ぼく」は「さあ、ぼくたち、いっしょうけんめいやろうねえ」と言おうと心構えしていた。
ところが、
目玉やき2つとつめたいミルクとやきたてのバタつきパンのおいしそうな匂いをまえにして(中略)ういういしげにほほえみながら彼女は、ほんとうにうれしそうな声で、こうぼくにいったのです、「ねえ、わたしたち、なによりもまず、ねこを飼いましょうね」
その先制攻撃で、若い夫婦は猫のいる暮らしを始めることになる。
あのかわいらしく、ういういしく、茶目っ気たっぷりの女性が亡くなったのかと寂しい気持ちになった。
(僕はその本を女性から贈られた。何かのほのめかしか、誘いだったろうか。僕は結局猫を飼うことにはならなかったけれど、この本とその夫婦にひそかな親しみがある。)
長田弘が妻に先立たれて書いた詩は、こんなふうに始まる。

春の日、あなたに会いにゆく。
あなたは、なくなった人である。
どこにもいない人である。

どこにもいない人に会いにゆく。
きれいな水と、
きれいな花を手に持って。

もうひとつ喚起されたのは、詩の言葉と並行するクリムトの風景画のこと。
シーレとクリムトもまた、僕には特別な思い入れのある画家で、数年前にウィーンに行ったときには、たっぷりと2人の作品をたんのうした。
クリムトの風景画を見たのは、ベルヴェデーレ宮殿オーストリア・ギャラリーだった。正方形で、かなり大きい画面が、花や草で埋め尽くされている。遠くまで見晴らすような情景ではないのが、かえって、世界が花で満たされいるかのような、濃密な印象があった。
立ち去りがたい思いで、長い時間ひたった。
『詩ふたつ』にはニューヨークの近代美術館のクレジットが記されているが、僕がウィーンで見たのとひとつながりになる作品だろうと思う。
講演を聴かなければ、こんなに思いをひろげてくれる本に気づかずに過ぎてしまったかもしれない。こうしたことも人に会って話を聞くことのありがたいところだと思う。

『詩ふたつ 花を持って、会いにゆく 人生は森のなかの一日』 長田弘 グスタフ・クリムト/画 クレヨンハウス 2010
『猫に未来はない』 長田弘 晶文社 1971

『イメージの狩人−絵画の眼と想像力』 坂崎乙郎  新潮社 1972
[ 山を歩いて美術館へ カーレンベルク山からウィーンのミュージアムと建築]

(2010.10月 no.45)
ページ先頭へ