『生誕100年記念瑛九展』−宮崎県立図書館の壁画


埼玉県立近代美術館とうらわ美術館の2館を使って『生誕100年記念瑛九展』が開かれているのを見に行った。
瑛九は1911年に宮崎で生まれ、1951年からの(早い)晩年を浦和に住み、1960年に亡くなった。
瑛九の作品はこれまでもポツポツ見てきているが、これほど大規模にまとめて見るのは初めて。
広がりと深さに見とれた。
作品は年とともに変化していて、最期のころは大きな画面にたくさんの点で宇宙的なイメージを感じさせる作品をいくつも描いた。
絶筆も点描の大画面で、眺めていると、目の前にあるのが2次元の平面ではなく、空間にまきこまれるようだった。

1951年、瑛九は浦和に移る直前に、宮崎県立図書館の子供室入口の壁画を描いている。
宮崎県では、宮崎、都城、延岡と、県立図書館が3館あったが、後者の2つを市に移管して、1950年に1館体制にした。翌1951年に新館増築と既存館の改装をしているから、このとき描かれたようだ。
ところが1959年に火事になり、壁画と、所蔵されていたフォトデッサンが失われた。

(この火災のとき、「市民や利用者は、本などの運び出しを手伝い、また小中学生が約80メートル離れた県庁玄関まで、二列三列にならび、機転のリレー運搬で本を搬出した。」
宮崎県立図書館のホームページにある。
『バスラの図書館員−イラクで本当にあったはなし』では、戦火が及ぶのを怖れて市民が協力して本を避難させたことが記されている。僕が勤務した図書館でも災害に襲われたとき近くの市民が駆けつけてくれるほど親しまれているだろうか、と思ったものだが、実際にそういうことが日本でもあったわけだ。)

僕は画家・須田剋太のことに関わっているが、瑛九は
・ 浦和に住んだ
・ 須田剋太に抽象画を描くことを勧めた長谷川三郎と親しかった
・ 児童画に関わった
ことから、直接的な接点はなさそうだが、縁がある画家ということになる。

(2011.10月 no.82)
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参考:

  • 『バスラの図書館員−イラクで本当にあったはなし』ジャネット・ウィンター/絵と文 長田弘/訳 晶文社 2006
  • 『生誕100年記念 瑛九展』大久保静雄、梅津元ほか編 埼玉県立近代美術館ほか刊 2011 2400円