本や映画や展覧会のこと


■ さいたま芸術劇場「海辺のカフカ」(2012.5.9)
さいたま芸術劇場に「海辺のカフカ」を見に行った。
高松の甲村図書館という架空の図書館は、原作者の村上春樹が若い頃に通った芦屋市立図書館打出分室がモデルといわれる。その図書館が舞台でどんなふうに作られているかも興味があった。
ロビーに蜷川幸雄へのインタビューが掲示されていた。
そこで、ビジュアルはもうできている。ニューヨークの自然史博物館が好きでね。ガラスケースの中に精巧な模型が入ってる。あんなのにしたい。と語っている。
そのとおりに、いくつもの大きなアクリルケースに、図書館の書架も、館長室も、森も、バスも、ホテルも、警察署も、みんな収めてあり、物語の進行にあわせてケースが何度も置き換えられていく。
山梨、東京、四国と、舞台が複数あるから、ケースを動かすことで場面転換も早くできて、なるほどうまい仕掛けになっている。思い出してみれば、蜷川の演出には、こういう仕掛けは、これほど全面的にではなくても、これまでの舞台でもしばしばあった。発想のもとはニューヨークの自然史博物館にあったのか。
原作は長編だが、舞台用に整理されて筋がわかりやすくなっていた。



本 (書名あいうえお順)


生きなおす、ことば/大沢敏郎
いま生きているという冒険/石川直樹
いつか王子駅で/堀江敏幸
エッフェル塔のかけら−建築家の旅/岡部憲明

黄色い本 ジャック・チボーという名の友人/高野文子
巨大建築という欲望 権力者と建築家の20世紀/ディヤン・スジック
県庁おもてなし課/有川浩
木のこころ 木匠回想記/ジョージ・ナカシマ
構造デザイン講義/内藤廣

シオラン対談集/シオラン
昭和ジャズ喫茶伝説/平岡正明
書物の宇宙誌 渋澤龍彦蔵書目録/国書刊行会
ジョン・レノン語録/マイルズ編
ジョン・レノン 魂の軌跡/アンソニー・エリオット
それでも人生にイエスと言う/フランクル

第七官界彷徨・途上にて/尾崎翠
佇むひと/筒井康隆
魂の重さの量り方/レン・フィッシャー
タンタンの冒険・なぞのユニコーン号+レッド・ラッカムの宝/エルジェ
電子書籍奮戦記/萩野正昭
どこかにいってしまったものたち/クラフト・エヴィング商会
「図書館誌」にみる駒大図書館史/駒澤大学禅文化歴史博物館大学資料室

なぜ、はたらくのか 94歳・女性理容師の遺言/加藤寿賀+倉品恵子
謎・死・閾/松浦寿輝

半島へ/稲葉真弓
人質の朗読会/小川洋子
猫城記/老舎
ベンヤミンの黒い鞄 亡命の記録/リーザ・フィトコ
ホームレス歌人のいた冬/三山喬
星の舞台からみてる/木本雅彦

三つの金の鍵 魔法のプラハ/ピーター・シス
水戸発 地方からの改革/佐川一信

遊動亭円木/辻原登
雪あかり日記/谷口吉郎
雪沼とその周辺/堀江敏幸
淀川下り日本百景/樋口覚

らくだこぶ書房21世紀古書目録/クラフト・エヴィング商会

NIWA The Garden/横山裕一
The Most Beautiful Libraries in the World

映画 (あいうえお順)

インビクタス〜負けざる者たち
カールじいさんの空飛ぶ家
タンタンの冒険
劔岳 点の記
トランスフォーマー
ノルウェイの森
ハーブ&ドロシー
ヒアアフター
胡同の理髪師


展覧会 (開催日順)

オブジェの方へ−変貌する「本」の世界/うらわ美術館
マネとモダン・パリ/三菱一号館美術館
ウィリアム・モリス展/うらわ美術館
これは本ではない展/うらわ美術館
幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷展/INAXギャラリー
写楽展/東京国立博物館
「秋谷豊 地球の詩人」展/さいまま文学館
「目利きが語る"私の10冊"」伊東豊雄/ヒルサイドライブラリー


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■ 東京の図書館、志摩半島の森 (2012.4.5)
東京で文章を書く仕事をしている女性の、志摩半島の森の別荘での暮らしが、24節気の進行にあわせて描かれる
『半島へ』(稲葉真弓 講談社 2011)。
はじめ「私」は、半島のいたるところで目にする崖が、末期の脆い地層だと思いこんでいた。ところがそれが間違いであることに気づいたのは「たまたま東京の図書館で見つけた本のおかげだった。」→続きを読む
図書館や書店の効用の1つに、この「たまたま」の本との出会いがある。「たまたま」のくせにしばしば意外に衝撃的でさえある。
でも「私」が別荘で継続的に暮らすようになると、森を歩き回って帰ればすぐとろとろと眠くなる。1年のあいだに読み終えた本は『グレン・グールド 孤独のアリア』(ミシェル・シュネーデル 千葉文夫訳 ちくま学芸文庫)1冊だけ。
作者は、都会で本を読み、森では読まないことに、何か寓意をこめているだろうか?
ホタルの乱舞、赤い藪椿の花が道に落ちる音、星の動き、都会から半島に移って顔が尖った猫など、いくつもの記述が印象に残った。


■ 水槽の図書館 (2012.1.30)
横浜・野毛山の市立中央図書館が重要な場としてでてくると友人から勧められ、『ホームレス歌人のいた冬』(三山喬 東海教育研究所 2011)を読んだ。
ホームレスの歌人、公田耕一は、横浜のドヤ街、寿町あたりに暮らしているらしい。
  雨降れば水槽の底にゐる如く図書館の地下でミステリー読む
横浜市立中央図書館では、閲覧室の中央にある六角形の吹き抜けをガラス壁が囲んでいて、いちばん下、地下1階にある底は中庭になっている。吹き抜けは空に抜けているから雨がガラスを伝って落ちてくる。その湿っぽい気分を水槽に見立てたうえで、植草甚一の『雨降りだからミステリーでも勉強しよう 』を織りこむ知的操作もあって、おもしろい句になっている。

ホームレス歌人の句は、2008年から2009年にかけての9か月間、朝日新聞の歌壇に次々に選ばれ掲載されたが、その後プッツリ投稿されなくなる。
写楽のように鮮やかな出現と、才能のひらめきと、消滅!
ダリの絵の「柔らかい時計」だの、ジュリエット・グレコのシャンソンだのを詠みこんだり、「百均」なんていう現代語を入れたり、知的レベルが高そうでいて、ホームレスでいるというギャップが、どんな人だろうという興味をそそる。
謎めいた歌人を追うルポの中で、寿町で識字教育をした大沢敏郎という人のことを知った。(『生きなおす、ことば』大沢敏郎 太郎次郎社エディタス 2003という著書がある。)
大沢の教育を受けたドヤの経営者へのインタビューで、その経営者が語った「生きるには字が欲しいんだもの。」という言葉が、僕にはこの本の中でいちばん輝いて見えた。
ホームレス歌人にとっても、歌がそのようなものだったかもしれない。
→[神奈川県立図書館・横浜市中央図書館]
→[第13回図書館総合展](寿町に泊まる)


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■ もと料理教室・ハーブの庭つき図書館 (2011.12.12)
スキー場近くの町、雪沼にあるレストラン兼料理教室「イラクサの庭」では、庭で育てているハーブを食材に使っていた。店主兼料理の先生が亡くなると、身寄りがない人だったので、そこは町の集会所をかねた図書館の分室として使われることになる。
ハーブ・ガーデンつきの図書館なんてすてきだと思う。
『雪沼とその周辺』(堀江敏幸 新潮社 2003)は短編集で、1話ごとに雪沼に暮らす人それぞれの人生の思いがえがかれる。
最後におさめられている「緩斜面」では、失業中の男が図書館で借りてきた『ABC殺人事件』を持って歩いていたら、知人が見かけて、「そういえばABC消火器を売っている会社で求人がある」と職を紹介される。あちこちの図書館でビジネス支援や起業支援が行われているが、こういう偶然の就活効果もときにはある。
ボーリング場の経営者や、段ボール箱の製造業者など、1編ごとに異なる職業の人が現れ、その専門の世界でのうんちくをこめて、それぞれの人生が描かれる。
7編並ぶときわどく巧すぎる感じがするほどに、どれも文学ならではの深みを堪能した。


■ 少年探偵は犬を連れて図書館へ
(2011.12.8)
『タンタンの冒険』を3Dで見た。
タンタンが骨董市で帆船「ユニコーン号」の模型を買うと、次々にその模型を買いたいという男が現れる。「ユニコーン号」には何か秘密があると感じたタンタンは、「わからないことがあったら図書館へ」と出かける。
シャンデリアが下がるクラシックな閲覧室。テーブルの上の照明スタンドは、ヴォーリズが設計した神戸女学院のと似ている気がする。(→[神戸女学院大学図書館」)
タンタンが何冊もの本を調べている間、愛犬スノーウィは机の間を走り回っている。実際の図書館では見かけない光景だ。→続きを読む
とにかくそのスノーウィが可愛い!!!
短いしっぽを振って画面の右へ左へ走り回り、ほどんど主役といっていいくらい。
スピルバーグ監督のスピード感はさすがに抜群で、宝もののありかを記した鷹(かなあ)をタンタンが追うシーンなんて最高!
クラクラ、ワクワクする。
もう一度見に行こうかな。
帰ってから『タンタンの冒険旅行 なぞのユニコーン号』と続編『レッド・ラッカムの宝』(エルジェ作、川口恵子訳、福音館書店、1983)を、久しぶりに本棚の底のほうから取りだして読み直した。映画的に盛り上がるようにストーリーをうまく組み替えているのにも感心した。
図書館の場面は、原作では、帆船の模型を買ったあとタンタンは船長に会いに行き、その間に模型を盗まれている。
映画では、船長にもっとあとで会う物語にしてあって、船長に会いに行くかわりに図書館に行っている。


■ 都電と図書館 (2011.12.4)
『いつか王子駅で』(堀江敏幸 新潮文庫 2006)を読んでいるとヘンな文章に出会った。
「私」は王子駅近くのリサイクルショップで衝動的に自転車を買った。走ってみると気分がいいので、都電に沿って大塚駅まで走ってしまった。さすがに足が疲れたので、そこから駅前広場に違法駐輪して都電に乗り、豊島区の中央図書館に行った−と書いている。
王子から大塚は都電だと7つ目の駅になる。その頃の中央図書館は向原駅近くにあったはずで、それは大塚の次の駅。都電のひと駅なんて歩いてもたいしたことはない。いくら足が疲れてたからって、違法駐輪するくらいなら走ってしまったほうが簡単そう。
→[早稲田大学旧図書館と豊島区立中央図書館]
その少し前には、
「翻訳の疑問点を調べるついでに図書館で瀧井孝作全集でも読もうと、尾久の碁盤目にでようとした」
という文章がある。
この図書館は荒川区立尾久図書館のことだろう。
地図で確認してみると、なるほど駅の北側はすっきりした碁盤目になっている。
駅の南側は、JRの操車場があって、地図では人体解剖の筋肉図のよう。
ちょっと北には、都電の荒川車庫前駅があり、こちらは地図ではバーコードのようで、おもしろい。

■ ロンドンのブック・フェア(2011.11.26)
『ヒアアフター』は、クリント・イーストウッドが監督して、臨死体験や死者との会話をテーマにしている映画というので、ぜひ見たかった映画。2月に公開されたが、冒頭に津波シーンがあるために3.11の東北大震災のあと上映中止になっていた。
秋になってようやくDVDで見た。
主役は、パリのジャーナリストの女性と、サンフランシスコの死者と話ができる男性と、ロンドンの孤独な少年。
それぞれに苦しみをかかえている。
ロンドンのもと宮殿を使ったイベント施設、ALEXANDRA PALACEで開催されたブック・フェアで3人が出会い、冷たく固まっていた3人の心が暖かく溶けていく。
年をとってますます監督イーストウッドが冴えている。

■ 発泡スチロールの図書館 (2011.8.21)
『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』は、遠くの天体からやってきた機械に変身できる生命体の戦いをえがく映画。
3D効果が抜群。パラシュート部隊が降下していくシーンでは、気がついたらこぶしを握りしめていた。
これは3部作の3作目だが、2作目の
『トランスフォーマー/リベンジ』は前にDVDで見たとき、やや冗長な本編より、おまけの特典映像に驚いた。
2時間半ほどの長い映像をそっくり繰り返しながら、監督マイケル・ベイと2人の脚本家が作品について語っていく。「もう2時間くらいきたかなあ」「長すぎたなあ」みたいなコメントも入るくらい。(これなら3作目は短くなるだろうと思ったが、こりずにやはり2時間半ほどもあった。でも2作目よりストーリーが引き締まっていて、長さを感じさせない。)
大学の図書館での爆破シーンがあるが、特典映像のおしゃべりによると「本棚はバルサ材で作ってある」。柔らかくて加工しやすく、模型などによく使われる材で、現実にバルサ材の書架はありえないだろう。「本は発泡スチロールで作ってカバーをつけた」という。壁に埋め込んだ空気砲から、圧縮された空気がすさまじい勢いで噴出し、本棚や本を吹き飛ばす。
映画を見たあと、妻と車で走っていて、ショベルカーやクレーン車が並ぶ工事現場を通りかかった。そろって「オプティマス!」「センチネル!」と声をあげてしまった。


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■ 都市のなかのメカニズムとしての図書館 (2011.7.24)
1977年に開館したパリのポンピドゥーセンターは複合的な文化情報発信装置の先駆だった。図書館でも美術館でもあり、その他、名前にくくれないさまざまな活動に関わる。レンゾ・ピアノと協働してポンピドゥーセンターの設計に関わっていた
岡部憲明の『エッフェル塔のかけら−建築家の旅』(紀伊国屋書店 1997)で、岡部は「都市のなかに重層する新たな場(フィールド)を作り出したメカニズム」と定義してみたいと書いている。その定義はせんだいメディアテークにもあてはまると思う。
→[東日本大震災後の石巻と仙台の図書館 (3/3)]

■ 図書館と動物園 (2011.7.14)
去年高知に旅して、近距離にある県立と市立の図書館を1つに合体する構想が動いているのを知った。県と市の図書館の役割をどう位置づけるかという根本的な考え方に関わるから、高知県外の者にも関心がある。
『県庁おもてなし課』(有川浩 角川書店 2011)を読んで驚いたのは、高知では20年ほど前に動物園で同じようなことが起きていたのだった。市の中心部にある動物園の移転と、県立動物園の新設が同じ時期に計画され、それなら県市の動物園を一体にして作ろうという構想があったという。高知県庁のおもてなし課(実在する!)にきいてみたら、「それぞれが考える動物園の基本コンセプトが違うため」別々に作られたという。県立のいち動物公園は高知市の東の香南市に1991年に開園、高知城にあった高知市立動物公園は1993年に市街南方に移転した。
この本を読んでいて、「顎を煽る」という言葉がでてきて、意味がわからなかった。
ひとりが「顎を煽る」と、相手も「『さっさと泣きやませて家に入れ』と顎を煽り返して引っ込んだ。」という文章なのだが、脈絡から判断してもどいういう意味なのか釈然としない。図書館にレファレンスを依頼したが、国語辞典の類にもなく、軍隊のハンドサインの資料まであたっても、該当がないという結果だった。他にただ1つ見つかった用例は、同じ作家の別の作品『海の底』だけ。こうなると作家本人にきかないと正解はわからなそう。
→[土佐に坂本龍馬と司馬遼太郎の足跡をたどる]

■ いつも磨いた靴を履いた詩人 (2011.6.12)
さいたま文学館に行き
『秋谷豊 地球の詩人』展を見て、かつて仲間だった詩人たちの講演と展示解説を聴いた。3人の詩人からそろって、秋谷豊はおしゃれな人で、いつもキッチリ磨いた、いい靴をはいていたという話があった。
松浦寿輝が1970年代後半にパリ国立図書館でミシェル・フーコーを何度か見かけたことを書いている。恐ろしく派手な緑色のシャツ、毛皮のコート、そしてつるつるに剃り上げた禿頭が、何かしら聖なるしるしのようだったという。
秋谷さんの靴と赤いセーターも強い印象を残していて、なにごとか成し遂げる人は外見でもきわ立ったところがあるようだ。
→[さいたま文学館『秋谷豊 地球の詩人』展]

■ 閲覧室の風変わりなファッションの人
(2011.6.2)
1970年代後半にパリ国立図書館でミシェル・フーコー(1926 - 1984)を何度か見かけたと松浦寿輝が書いている。(
『謎・死・閾−フランス文学論集成』松浦寿輝 筑摩書房 1997)。
恐ろしく派手な緑色のシャツ、毛皮のコート、つるつるに剃り上げた禿頭が、何かしら聖なるしるしのようだったという。
僕が通っている図書館にも、かわった雰囲気をかもしている常連の人たちがいる。いつかフーコーのような著作が世に出てくるかもしれないと思うと楽しい。
松浦は「生涯を賭してのフーコーの実践とは、ひとことで言えば、図書館という名の装置の新たな使用法を示すことにあった。」とフーコーを要約する。「狂気の可視化としての精神病院という空間、犯罪の可視化としての監獄という制度」といった個々の事例をこえて、それらを集約的に見通す高次の隠喩として図書館という装置における可視化の主題を想定できるという。(むずかしい...)
→フランスのことについて僕がとてもたよりにしている松浦寿輝については[国立自然史博物館]


■ 雨の日は図書館からジャズ喫茶へ (2011.5.25)
2005年3月のある日、平岡正明が図書館を出ると雨が降っていた。原付バイクで買い物をしたあと、「ダウンビート」に寄る。店の人がタオルをだしてくれた。ガスストーブが今季最後の仕事をしていた。
『昭和ジャズ喫茶伝説』(平岡正明 平凡社 2005)には,最後の章にそんなことが書かれていた。
「ダウンビート」は横浜、野毛にあるジャズ喫茶。学生時代を横浜で過ごした僕は「ダウンビート」や、今はない「ちぐさ」というジャズ喫茶とか、「塾」というロックの店にしばしば道草していた。店の名前を思い出すだけでも懐かしい。
あとで野毛に寄る図書館といったら、まず横浜市立中央図書館だが、神奈川県立図書館も近い。どちらかだろうと思う。→[神奈川県立図書館・横浜市中央図書館]


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■ 人生にイエス (2011.5.20)
朝日新聞の夕刊『ニッポン人脈記』に「生きること」というタイトルの14回にわたる連載があった。(2011.4.14-5.11)
ナチスによる収容所体験を経て、人が生きることの意味を説いたV・E・フランクル『それでも人生にイエスと言う』(山田邦男・松田美佳訳 春秋社 1983)という本が主題になっている。
そのフランクルの思考をめぐりながら、苦しいこと、つらいことをかかえる人が、死か生か迷ったときに、どのようにして生きるほうを選んだかが書かれている。
各回に心にしみるような言葉が現れ、印象に残った。
『それでも人生にイエスと言う』は、フランクルの講演をまとめたものだが、翻訳に使われた原著が京都大学にあったいきさつについては、教育学部図書室で調べてもらったことが記されていた。

連載の第2回では、『夜と霧』の訳者、霜山徳爾が、苦しむ人に「人間は、宗教で自殺を禁じなけらばならないほど死に魅せられる、弱い存在である」と語ったことが書かれている。
死がこわいというより、魅せられる感じが僕にもある。そういう感じ方は偏向した、特異な心性かと思っていたが、そうとうに広くありそうなものだと教えられた。
哲学者シオランは「自殺という可能性がなかったら、私はとうに自らの命を絶っていただろう」という。キアロスタミの映画『桜桃の味』をDVDで見たとき、背景にその言葉があると解説にあったので、埼玉県立熊谷図書館にレファレンスの依頼をして、出典を調べてもらったことがある。
『シオラン対談集(叢書・ウニベルシタス586)』シオラン/述 金井裕/訳 法政大学出版局 1998

連載第12回では、苦悩を一生背負ってきたが、それでも意味を見いだすことはできるとフランクルが考えてきたことにふれ、「『それでも』がとても重要」という文章があった。
個人的におちこむことなんかあっても、原発が放射線を拡散させていても、「それでも」といえるかどうか。現実にどんなときにも「それでも」と思えるかどうか、僕には心許ない。
ナチスから逃れるベンヤミンがフランスからスペインに逃れるのを手引きをした女性が記録を残している。1940年9月、ベンヤミンはピレネー山脈を越えてポルトポウというスペインの町に着いた。これで生き延びられたはずなのに、スペインの方針がかわって、ユダヤ人亡命者は送還することになったと告げられる。
ベンヤミンは持っていたモルヒネを飲んで自殺した。
「それでも」といえない状況もありそうに僕には思える。
『ベンヤミンの黒い鞄 亡命の記録』リーザ・フィトコ 野村美紀子訳 晶文社 1993

「イエス」という言葉については、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの出会いのことを思い出す。
1966年11月9日、ロンドンでのヨーコの展覧会にジョンが行った。
天井に文字が書いてある。梯子をのぼる。ジョンは「意地悪なことが書いてあったら、帰ってしまおう」と思っていた。でも上がってみると「YES」と書いてあり、2人の深い物語が始まる。
さいたま市にあったジョン・レノン・ミュージアムはすてきなミュージアムだったが、僕はそのロンドンの再現の展示がいちばん好きだった。
僕の世代の若い頃には、NO!という時代の空気があった。体制に、権力に、きのうまでの自分に、NO!という意志をもつ。
ジョンとヨーコの出会いにYESの大切さを教えられた。
『ジョン・レノン語録』マイルズ編 小林宏明訳 シンコーミュージック 2002
『ジョン・レノン 魂の軌跡』アンソニー・エリオット 前田眞理子訳 青土社 2000


連載第13回には、フランクルはエゴン・シーレの絵が好きで、自宅に何枚もあったとサラリと書かれていた。シーレは僕にもずっと心の中にかかえこんで生きてきたといえるほど愛着のある画家で、フランクルがさらに親しく感じられた。

■ 鎌倉の散歩
 (2011.5.11)
連休中に鎌倉に行き、詩人・尾崎喜八(1892-1974)の孫、石黒敦彦さんにお会いした。
北鎌倉の駅までいっしょに歩いたおり、明月院の近くで、小高い森の中の家を指さして、渋澤龍彦(1928-1987)が住んでいた家だと教えられた。渋沢の蔵書を記録する企画があり、石黒さんも参加されて、何日も渋澤邸に通って蔵書の記録に関わったという。
後日、埼玉県立熊谷図書館所蔵の『書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録』(国書刊行会編集部/編・刊 2006)を見た。部屋と、書棚と、書棚の端からの位置によりコードがふられ、渋澤邸のどこにどんな本があったか、わかるように作ってある。
まるで渋澤龍彦の脳の中を3次元的に眺めているようだ。

絵のコレクションを見ても、そのコレクターがどんな人かわかる気がするが、本の場合はもっと直接にその所有者の思考が見える。
これまでにも本の集積を見て、脳内を覗く気分になったことがある。
大阪の司馬遼太郎記念館は、司馬遼太郎が使っていた状態ではないが、安藤忠雄の設計で司馬の蔵書が(正確には同じものをそっくり集めて)高い壁面を埋め尽くしている。司馬遼太郎の思考に立ち会っているかのようだった。
(でものちに安藤忠雄の事務所の写真を見ると、やはりものすごい物量の本が書物の壁を作っていて、何だ、自分の事務所と同じに作ったのかと思ったことがある。もちろん安藤忠雄の事務所に立てば安藤忠雄の脳内を覗けるだろうと、行きたい気がする。)
和歌山市民図書館では、2階の区切られた一角に「有吉佐和子文庫」があり、蔵書の一部が収められている。意外に思える本もあったりして、背文字を眺めて飽きなかった。
→[荒川ゆらり 2008年9月第3週 生駒山へ]
→[和歌山県立図書館・和歌山市民図書館]

       ◇       ◇
『書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録』には、渋澤龍彦の妻、渋沢龍子(りゅうこ)さんへのインタビューがある。
龍彦が入院しているとき、必要な本を妻が探せるように地図にしていたという。
それほど、たくさんの本があるが、位置を正確に把握していた。
(僕の場合、たいした蔵書ではないのに、しばしば本が見つからなくなる。しかたなく図書館で借りてしまうことさえある。)

「図書館は使われなかったのですか?」という質問に対しては、
「まったく使わない。一回も行ってないです。」ときっぱり答えている。
おやおやと思ったのは、渋澤龍彦の蔵書の記録に関わった石黒敦彦さんは東京の大橋図書館の初代館長石黒忠悳氏の血筋の人。
大橋図書館(現・三康図書館)は、日比谷図書館より先にできた由緒ある私立図書館で、そんな図書館の初代館長からつながる人が「図書館には行きません」という人の蔵書の記録に関わったことになる。ちょっとした歴史の皮肉というか。
→[荒川ゆらり 2008年4月第4週 元祖『春の小川』をたどる]
       ◇       ◇
多摩美術大学と武蔵野美術大学が、そろって近年新しい図書館を建てた。
多摩美は伊東豊雄、武蔵美は藤本荘介が設計した。
僕は多摩美の図書館を見に行き、武蔵美の図書館は見学会が開かれた機会に見た。
その見学会で、両校は対抗意識があるのだときいた。
石黒敦彦さんは、その両校で講義されている。
多摩美の図書館は画集などよく揃っている。つっこんだ深い内容の資料を探すには武蔵美がいいとのこと。
2つの図書館を十分に使える恵まれた立場にあるが、美術書は重い。借りて自宅まで持ち帰るのがたいへんだといわれる。距離が長いし、最後には鎌倉の急坂をあがらなくてはならない。
→[多摩美の図書館から「星と天文の夕べ」]
→[新しい時代の図書館研究会(武蔵野美術大学)]


 生きるよりどころとしての物語 (2011.5.3)
鎌倉に往復する電車で『人質の朗読会』(小川洋子 中央公論社 2011)を読んだ。
遠い国でテロリストに拉致された人質たちが、それぞれの物語を書いて、1日1話、朗読していく。小説の冒頭に、人質たちは軍隊が突入したときに全員死亡したことがあらかじめ示される。ハッピーエンドのお話ではなく、酷なようだが、やがて必ず死ぬというのは人間一般の条件でもある。
生きるよりどころとして、どのような物語を持っているか?
夏目漱石は1914年に『こころ』に「記憶してください。私はこんな風にして生きて来たのです。」と書いた。およそ100年後の人たちの「こんな風」がいくつも示され、それぞれに味わい深い。
そのうちの「やまびこビスケット」では、市立図書館から借りてきた本をつい靴箱の上に置き忘れただけで「整理整頓を乱す!」と入居者を叱る大家がえがかれる。大家の孤独と、大家に寄せる話者の共感がせつない。

■ 地震をめぐる論争(2011.4.20)
『淀川下り日本百景』(樋口覚 朝日新聞社 2004)は、大阪の淀川が主題なのだが、1755年のリスボン大地震のことがでてくる。ヨーロッパでは地震は滅多にないことで、聖書にある終末の到来と考えられたという。フランスの僧侶が、この地震はリスボン市民の罪に対する罰だと言ったとあり、都知事のような発想の人はその頃にもいたわけだ。
ヨーロッパに起きた地震の衝撃は、ルソーとヴォルテールが論争し、カントも地震に関する著作を残すなど、哲学上の議論を引き起こした。日本でも、エネルギーのこと、科学技術のこと、生き方のことなど、さまざまなレベルでの議論が起きている。
→[TSUTAYA TOKYO ROPPONGI]

■ 小さなもののためのメディア(2011.4.5)
『電子書籍奮戦記』(萩野正昭 新潮社 2010)を読んだ。電子書籍というと、アマゾンだのグーグルだの、出版社や書店がどうのと、大きな枠のことが思い浮かぶ。でも著者の萩野正昭は、「小さなもののためのメディア」としての電子書籍を進めようとしている。(仲間のブルースター・ケールは「ノー・アマゾン ノー・グーグル ノー・アップル」という)。本来「パブリッシング」という語は、多種多様な考えを広く人に伝えるという意味だという指摘は、目からウロコだった。
巨大なものでなく、小さなものに砕く方向性にひかれた。
→[TSUTAYA TOKYO ROPPONGI−地震・津波・原発事故のあとで]

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■ 電子書籍、原子力(2011.3.15)
建築家・内藤廣の『構造デザイン講義』(王国社 2008)を読んだ。鉄やコンクリートや木などの材料に応じた構造について、歴史と現在と将来を論じている。根本を見据えた視点から建築を見ることを教えられる。
その書にこういう一文がある。
技術は、謂わば感情を持たない「零度のエクリチュール」であるはずです。感情やモラルはいつも後追いです。歴史を見れば分かるように、人間社会は常に追認し続けてきたのです。鉄道、自動車、航空機、原子力、電話、ラジオやテレビ、コンピューター、バイオテクノロジー、新しい技術の侵入にもたらされる様々な変化、それをどのように感情やモラルの側から受け止められるか、それが文化だったのです。
こう大きく文化史的にくくられると、議論がある電子書籍についても、技術的、社会的、経済的にメリットがある以上、ひとの感覚的な違和感などをこえて浸透していくだろうと方向が見えてきた気がした。
とはいえ、その先を読み進んでいるうちに、2011年3月11日、大きな地震と津波があり、原発を制御できなくなっている。原理的に危険をはらむ原子力のように、アブナイという感覚を鈍らせてはいけないこともあるとも思った。

■ 僕が死んだらこのホームページはどうなるだろう?(2011.3.1)
旅の記録などをこうしてホームページに記しているが、ある日突然死ぬようなことがあったら、どうなるだろう?
維持に関わる料金が支払われないので、たぶん削除されてしまう。死んでしまえばあとはどうなってもいいようなものだけど、生前に想像すると、ちょっと寂しい気がする。
死ねば、これまで久しく葬式のときしか会わないような親戚にも連絡はいくだろうけれど、ふだんのやりとりをネットでしている親しい友人のところには連絡のいきようがない。葬式に来てもらわなくてもいいが、亡くなったことは知らせておきたい。いきなり音信不通になって不義理なヤツだと思われてるのも、やっぱり寂しい。ほかにも、あれこれの会員登録やら、パスワードやら、いろんなものが宙ぶらりんで放置されることになる。
そうしたweb上の遺産を整理する会社で働く女性が主人公の『星の舞台からみてる』(木本雅彦 ハヤカワ文庫 2010)を読んだ。意識と肉体と魂のことが関わって哲学的でもあり、スリリングな冒険もあって、今、読み応えのあるフィクションだった。
それにしても、web関連の死後のあと始末をしてくれる処理機関ができたらすぐにでも契約したい、ここのところはノンフィクションであってほしいと思う。

■ 私設図書館「南葵文庫」に保存された建築(2011.2.12)
INAXギャラリー1で『幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷展』を見た。
松浦武四郎(1818-1888)は、幕末に蝦夷地を探検・測量するなど、一生を旅した人。
晩年、神田の住まいに一畳の書斎を加えた。旅で知り合った人たちとの縁をたよりに集めた由緒ある木材を部材として使っている。法隆寺や、平等院や、かわったところでは渡月橋の橋桁など。極小の空間だが、松浦個人の思い出と、日本建築の歴史が凝縮されている。
松浦の没後20年して、徳川頼倫が営む私設の図書館、南葵文庫に移築され、そこが財政難に陥ると、三鷹に建てられる別荘の一部として譲られていった。やがてその地は国際基督教大学となり、今も大学構内に現存しているという。
→[『幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷展』]

■ チボー家と五家宝(2011.2.5)
『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』(高野文子 講談社 2002)という短篇集を読んだ。
黄色い本:女子高生が図書館から『チボー家の人々』を借りて読んでいる。5巻もあるから読み進むのに日を要する。日々の暮らしと、本の中の時間が並行していく。家族や友人と食べたり話したりというナマの生活をしているのに、頭の中のいくぶんかはフィクションに占められている。よくあることだけど、ちょっと不思議でもある奇妙な感覚を表現するには、マンガという形式がふさわしいようだ。
マヨネーズ:「イノウエさんが熊谷からおもどりです 今からおくばりします みなさん いただきましょう」というシーンがある。主人公の女性が受け取った箱には’五家宝’(ごかぼう)とかいてある。
僕が通っている熊谷図書館の近くに「たねに」という店がある。熊谷には五家宝の店がいくつかあるが、僕はここのがお気に入り。注文すると、障子の向こうで注文量だけ切って包んでくれる。サクッと噛むと、緑色のきなこの上品な香りがスッと鼻にたちあがってくる。

■ 本の見開きページの家具(2011.1.25)
高松のジョージ・ナカシマ記念館に行ったとき、テーブルの天板などにブック・マッチbook matchという作り方があるのを教えられた。木目が引き立って見えるように、同じ丸太から続けて切り出した2枚の板材を、本の見開きページのように並べあわせる。
あとで、ジョージ・ナカシマの自伝『木のこころ 木匠回想記』(ジョージ・ナカシマ 神代雄一郎、佐藤由巳子訳 鹿島出版会 1983)を読んでいると、さまざまな木を使って家具を作る自分の仕事を、こう総括していた。
「仕事の対象は、人間の力の限りを尽して、すばらしい1つの家具を作り上げることである。目的は使いやすさであるが、叙情的な性質も合わせ備えている。これが私のデザインの基本である。」
アメリカで生まれ、パリや日本やインドを巡り、アメリカに戻ると強制収容所に入れられるような波乱も経て、木を生かす家具づくりに賭けてきて生涯を、このように簡潔に定義する。
これだけの短い文章から、ものをつくるということ、人生の経験ということ、ことばの力ということを思う。
→[瀬戸内の図書館とアート]


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■ 世界でもっとも美しい図書館(2011.1.15)
『『The Most Beautiful Libraries in the World』
という写真集に触発されて、僕にとっての図書館ベスト3を選んでみました。
→[図書館ベスト3]

■ 『ノルウェイの森』を図書館で(2011.1.10)
建築雑誌なのに異様にグルメ情報が多く、建築の前でファッション撮影までする(のでおもしろい)『CASA BRUTUS』2011年1月号に、映画『ノルウェイの森』の記事があった。
物語の時代の60年代にモダンであった近代建築を求めてロケハンした候補地のリストが掲載され、図書館も3つ含まれていた。
  千葉県立中央図書館 1968 大高正人
  旧帝国図書館(国際子ども図書館) 1908久保正道/2002安藤忠雄
  神奈川県立図書館 1954 前川國男
どれかの図書館も使われたろうか、見つけられるだろうか、と、不純な目的で映画を見に行った。
まず、再会のシーンに
  神奈川県立近代美術館 1951 坂倉準三
がでてきた。蓮の池の前で出会い、本館の大谷石の壁や、増築部の壁面が映る。
次にコンサートを聴きにいくシーンで
  群馬音楽センター 1961 アントニン・レーモンド
これはコンサートを聴きに行く場面なので、すぐわかった。
次はどこかの図書館かと期待したが、現れずに終わってしまった。再会のシーンの候補としてあがっていたが、美術館が選ばれたということだろうか。
惜しいことをした。
映画は、ヒロインと準ヒロインのキャスティングがはずれたように感じたが、撮影のみごとさに見とれた。

■ 日中の老理髪師(2011.1.1)
暮れに、見逃していた映画『胡同(ふーとん)の理髪師』をTSUTAYAの宅配レンタルで借りて見た。
93歳の実際の理髪師が主演して、人も家並みも、じつにいい味わいだった。
舞台は北京の小さな路地で、再開発で強制的に取り壊されそうになっている。
もうずいぶん前に中国旅行をして、天安門や故宮にほど近いところに、背の低い、小さな家が寄り添っている風景に驚いたことがあった。中国の変わりようはダイナミックで、その後すっかり街の様子は変わってしまっているだろうと思っていた。映画を見ると、まだどこかにいくらかは残ってもいそうだが、いつまでのことかと惜しい気持ちになった。
その前に『なぜ、はたらくのか 94歳・女性理容師の遺言』(加藤寿賀+倉品恵子 主婦の友社 2010)を読んでいた。銀座の高架線路下で15歳から94歳まで働いた人の記録で、北京のチンさんと姉弟のように思えた。

■ 大高正人氏の死去(10.12.27)
朝日新聞12/27の記事で知った。亡くなったのが8/20とあるから間違いかと思ったら、他の報道でも同じで、来年1月に偲ぶ会が開催されるので発表されたようだ。
大高正人(おおたかまさと1923-2010)は福島県三春町出身で、旧制浦和高等学校を経て、東京大学工学部建築学科卒。同大学院修了後に前川國男建築事務所に入所。
その設計による千葉県立中央図書館(1970)は、 日本を代表する現存する近代建築として選定されたDOCOMOMO100選に入っている。
行ってみると今の図書館には不十分なようだし、館員から使いにくいと聞いたこともある。
でも、「不十分即建て替え」ではなく、新しい要素を取りこみながら使い続けてほしいと思う。

■ 電子書籍元年のブックアート
(2010.12.1)
うらわ美術館「これは本ではない」展を見に行った。
ブック・アートの展示で、本を焼いて白い灰や黒い炭にしたり、水に漬けたり、また土や鉄で本を作ったり、さまざま。
うらわ美術館は本をコレクションと展示の核にしていて、しばしばブック・アートの企画展がある。やや見慣れてしまった感じもあったのだが、最近またすごくおもしろく見えるようになった。電子書籍が現れて、モノとしての本について考えることが多くなったからかと思う。(2011.1.23まで開催中)
先日行ったばかりの東北芸術工科大学でも、同名の展覧会が開催された。学生の授業成果展だが、やはり本への関心が高まっていることを思わせる。
→[東北芸術工科大学図書館・山形大学図書館]


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■ 図書館司書のアート・コレクション (2010.11.13)
シアター・イメージフォーラムで、映画『ハーブ&ドロシー』を見た。
郵便局の集配係だった夫と、ブルックリン公立図書館の司書だった妻が、美術作品の大コレクターになった。(2人の過去を紹介するシーンで、REFERRENCE DESKに座るドロシーの写真が一瞬映る)。
妻ドロシーの給料で生活し、夫ハーブの給料でミニマルアートとコンセプチュアルアートを買い続ける。
ニューヨークの狭いアパートは作品で溢れ、美術館に寄贈した。情報を届ける公務についていた夫婦が、美術作品を後世に届ける役割も果たしたことになる。
1000点の寄贈を受けたナショナルギャラリーの壁の寄贈者リスト最上段に夫妻の名が刻まれている。公のために尽くして名を残すアメリカン・ドリームの物語でもある。
日本の劇場での一般公開の初日、佐々木芽生(ささきめぐみ)監督の挨拶があった。初めは自分が撮影していたが、この歴史的人物はきっちりと記録しなくてはいけないと考え直し、映画に取り直した。(のどかに見える夫妻の、美術を楽しむ日常が淡々と撮られているふうだが)4年がかりのたいへんな制作だったという。
夫妻からは、大きな歴史の流れのなかで、個人がこのように生きる生き方もあるのかと感銘を受けた。
監督からは、そういう人物を発見し、格闘して映画に残す意志に感銘を受けた。


■ イギリスの日
(2010.9.20)
さいたま新都心の
ジョン・レノン・ミュージアムを見納めに行った。ジョンには、その歌詞からとって子どもの名前にするくらいに信奉していたから、亡くなったときはショックだった。ミュージアムが閉じるのは2度目の別れで、あらためて寂しい。
ミュージアムの展示もよくできていて、リバプールの煉瓦壁の濃密そうなクラブ。ヨーコとの出会いはアート感覚。ニューヨークの頃は、摩天楼と苦しい精神状況を映して細く背の高いパネルを林のように立てる。そして最後に、空くの雲の中に舞い上がったような白い部屋。まさにジョンの人生をたどるようだった。
あとで浦和駅から歩いてうらわ美術館に行くと
「ウィリアム・モリス展」を開催中。植物をモチーフにしたセンスのいいデザインは、中宇宙としての建築に向かい、小宇宙としての本にも向かう。
イギリスの日になった。


 関東大震災のあとの図書館建設
今、駒沢大学の禅文化歴史博物館に転用されている旧図書館は、さらにその前身の図書館が関東大震災で壊れたので建設された。
当時の司書が残した日誌が、
『「図書館誌」にみる駒大図書館史』として、2006年から2009年にかけて編集・刊行されている。
建築の準備と並行して、原簿の複製を手作業で作ったり、「山口県立図書館、石川県立図書館、帝国図書館、慶応義塾図書館などの分類表を参考に十進分類法の作成に着手」したり、丸善で本を求め、三越で制服を買い、とても忙しい。おかげで完成間近の1927年9月5日には「我等は本年暑中も遂に無休に終る」と記している。
苦労が偲ばれる。

→[駒澤大学図書館/禅文化歴史博物館(旧図書館) ]

■ プラハの図書館
(2010.6.7)

『三つの金の鍵 魔法のプラハ』(ピーター・シス/作 柴田元幸/訳 BL出版 2005)という絵本を読んだ。
少年が乗る熱気球は嵐にあってプラハに降りる。3つの鍵を受け取って懐かしい家に帰るのだが、最初の鍵は図書館にあった。図書館員は本でできていて、まるでアルチンボルドのようだと思ったら、次に現れる皇帝は花と果物でできていて、アルチンボルドそのもの。少年は鍵を受け取るたびに都市の物語を1つずつ聞いて、3つそろうと我が家の扉が開く。

 美術展に図書館から出品 (2010.5.30)
三菱一号館美術館の開館記念展『マネとモダン・パリ』に行った。
『すみれの花束をつけたベルト・モリゾ』(1872)の黒い瞳、黒い服にひとめぼれ。
『死せる闘牛士』(1863-65)とか、『自殺』(1881)とか、マネのこういう関心の寄せ方にもひかれる。
オルセー美術館の所蔵品が中心だが、フランス国立図書館からも借りてきている。図面や資料などなら図書館にありそうな気もするが、『オランピア』の別バージョンや習作などもある。その図書館の書庫(あるいは収蔵庫)はどんなになっているのか見てみたいくらいだ。→[フランスの香をかぎに]

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■ 迷宮の庭に図書館 (2010.4.24)
横山裕一の漫画『NIWA The Garden』(イースト・プレス 2007)は、表紙をめくるといきなり「今日は庭を開放してねえんですよ」と断る庭主が現れ、でも断られた人たちは柵が壊れているところからはいりこみ、えんえん319ページに及ぶ不可解で不条理で不思議な庭迷宮が展開していく。
そのうち15ページにわたって図書館らしいところが描かれる。書棚は巨大で上のほうは暗くて見えないほど。横に長い本を開くと列車の本で、背の高い本は樹木の本。
本の階段を上がると次の空間に出て、ドドドドド、ゴオオオオ、ヒュウウウウ、グイーン、バキーンという硬い太い文字に飾られて、迷路の彷徨が続いていく。
→[ 川崎市立高津図書館 ]

 尾崎翠1933年のシュール (2010.4.15)
ギャラリー冊の「Wundergarten der Natur 五感の庭の驚き1933-2010」展を見に行き、尾崎翠(1896-1971)という作家を知った。
1933年に代表作『第七官界彷徨』を発表している。(今手に入るのは
『第七官界彷徨』 尾崎翠 創樹社 1980)
この時期、絵画では北脇昇、大沢昌助、福沢一郎などが旺盛にシュールな作品を描いている。共通する時代の空気が反映しているようだ。
尾崎には1931年に
『途上にて』という短編がある。
閉館のベルがなって図書館を出る。にぎやかな夜店が集中しているパラダイスロストの横町にさしかかる。手には「図書館下の広場、名代きんつばの包み」を持っている。
図書館下の名物菓子屋ということで、三田の慶応大学の図書館から階段を下ったところにある文銭堂のことを思い出した。でもここの名物は最中だし、埼玉県久喜市出身の創業者が都内に店を開いたのは、戦後の1940年代のこと。図書館−きんつばは、慶応大学−文銭堂ではなかった。
(そもそもシュールな小説のモデルはどこか−なんて考えるのがナンセンスか...)
→[皇居の堀の西岸をめぐる]

 本を売り尽くした図書館 (2010.3.30)
老舎が書いたSF
『猫城記』(稲葉昭二訳 サンリオSF文庫 1980)を読んでいると、火星には猫の社会があって、その図書館では本を売り尽くしてしまっていた。しかもそれから15年前もたつのに、まだ図書館が存在していて、壁には「図書館革命」と記してあるという。すごいイメージだ。
→[精華大学図書館]


 夏の図書館/冬の図書館 (2010.3.20)
今年も春を迎えられて、桜の花が開き始めた。
こんなときにクラフト・エヴィング商会『どこかにいってしまったものたち』(筑摩書房 1997)を読んでいると、「夏の本/冬の本」というのがあった。すべての書物は「夏の本」か「冬の本」に大別されてきたとある。フランス語なんかの男性名詞と女性名詞みたいなものか。それで、書物に対応して、図書館も「夏の図書館」と「冬の図書館」に分けられている。では桜の春にはどちらに行けばいいだろう?
(その
クラフト・エヴィング商会『らくだこぶ書房21世紀古書目録』(筑摩書房 2000)も魅力的な本だが、その目録に「魂の剥製に関する手稿」という(架空の)本がのっている。前に読んだ『魂の重さの量り方』(レン・フィッシャー著 林一訳 新潮社 2006)は、真剣に魂の実在を証明しようとする人たちの記録で、死に瀕する人をはかりに乗せ、死んだ瞬間の体重の減少を測ろうという実験までする。クラフト・エヴィング商会になると計測だけではすまなくて、剥製まで作ろうとする!)

 ナチスの蔵書印 (2010.2.21)
金沢生まれの建築家、谷口吉郎は、1938年にベルリンの日本大使館改築の仕事でドイツに行き、そのときのことを
『雪あかり日記』(谷口吉郎 中央公論美術出版 1974)に記している。
ドイツの建築家、シンケルの博物館に行き、『無名戦士の廟』の設計図を見ると、表紙の古い蔵書票には消印が打たれ、「鷲とハーケン・クロイツ」の新しい紋章が捺してあった。数年前にナチスのドイツは大学や図書館の蔵書を検査し、ナチス精神に反する書物を焚書にした、そのときの検印だった。
翌1939年、ドイツ軍はチェコの反乱に乗じて進駐し、チェコを併合する。ヒトラーがベルリンに帰ってきて、凱旋のパレードがブランデンブルグ門に向かうのを、谷口吉郎は見に行く。
 今、その門に向かって、総統は凱旋将軍として進みつつある。彼の目は一たい何をにらんでいるのか。
 神は、英雄ナポレオンにセントヘレナの最期を与えられた。ヒトラーに、神は、一たい何を与えようとしているのだろう。
熱狂の中での冷静な観察に感嘆したが、また、この本が最初に出版されたのは終戦前の1943年のことで、よくこんな表現がとおったものだと思う。
混乱の時期のことで日本大使館の改築は実現しないまま、谷口は欧州から日本へ向かう最後の船にかろうじて間に合って乗船し、帰国した。
(僕のライフワークの「井上房一郎とブルーノ・タウト」に引きつけていえば、ナチスが台頭するベルリンを逃れて来日し、さらにトルコに渡ったタウトが亡くなった年に、谷口吉郎はベルリンに行ったことになる。)
→[ 金沢市立玉川図書館−親子で建てた図書館]


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 『インビクタス〜負けざる者たち』(2010.2.5)
『インビクタス〜負けざる者たち』を、日本公開初日に見に行った。クリント・イーストウッドが監督した、南アフリカのラグビーチームの映画というので、これはきっとはまるはずと期待してかけつけて、期待以上に感動した。
収容所から解放され、大統領に就任したマンデラは、白人と黒人の対立をこえて国を1つにしたいと望む。チームの主将はそれに応えて1995年のワールドカップで優勝に導く。
いろんな読み取りをそそるが、何より、27年間も独房に収容されて、なおくじけずにいる、しかも自分を閉じ込めた者たちを赦せるという精神のあり方にひかれる。
大統領が襲われるかもしれないという緊迫感の演出はイーストウッドのおてのものだし、決勝戦の開始前に、なぜか空を飛ぶ航空機のショットが現れるなんて映画的楽しさもある。とてもひかれて、1週間ほどしてまた見に行ってしまった。
原作は
『インビクタス〜負けざる者たち』ジョン カーリン著 八坂ありさ訳 NHK出版 2009

あたりまえに図書館へ (2010.2.1)
2009年前期の直木賞受賞作家の北村薫さんが、暮れに日本経済新聞に短い自伝を連載されていた。
本が多い家庭に育ったが、図書館にもよく通い、学校図書館では児童文学全集に親しんだと書いていて、作品中の登場人物も、あたりまえのように図書館に行く場面がよく描かれている。
(→ 北村薫・大野隆司対談「猫と文学」/さいたま文学館 )


 言葉の旅から現実の旅へ (2010.1.20)
東京都写真美術館の展覧会で石川直樹の写真を見て、あらためて著書のいくつかを読んでみた。石川直樹は、北極から南極へ人力で踏破したり、2001年に当時最年少で七大陸最高峰登頂を達成したり、山に海に空に、困難だが実り多い旅をしてきた人。
その子ども向け著書、
『いま生きているという冒険』(石川直樹 理論社 2006)の冒頭に「言葉の旅から現実の旅へ」という一節があり、初めての一人旅は、坂本龍馬についての小説を読み、青春18きっぷを使って、生まれ故郷の高知に行ったことだと書かれている。
いくつもの旅のことを記したあと、最後にこういう。
「現実の世界とは別の世界を探すプロセスは、そのまま精神の冒険であり、心を揺さぶる何かへと向かう想像力の旅へとつながっていきます。」
簡単にいってしまえば、人は、現実の旅と言葉の旅を往復しながら生きている、それはそれぞれの人にとっての冒険だと要約していいかと思った。
( → 国立公文書館 )


 もっと先にある図書館へ (2010.1.20)
水戸市立西部図書館に行くと、佐川文庫という一室があり、佐川一信氏から寄贈された蔵書が置かれていた。
佐川一信(さがわかずのぶ)氏は、元・水戸市長。あとで
『水戸発 地方からの改革』(佐川一信 日本評論社 1994)を読んでみると、創造的・自立的な個人を育てるには図書館は必須であるという強い信念を持った人だった。
西部図書館の建設も佐川市長が進めたのだったが、自分でも強い信念を持っているのに、「その自分の観念を乗り越えた、個性ある図書館にしたかった」と考えて個性的な建築家を選んで設計を委嘱している。
1995年に、まだ55歳で亡くなった。惜しい人を失ったと思う。
( → 水戸の○と□の図書館へ )

 地図をつくる仕事 (2010.1.15)
DVDを借りて
映画『劔岳 点の記』を見た。
1907年、陸軍参謀本部陸地測量部の柴崎芳太郎らが測量のために剣岳を目指し、困難を越えて、登山家に先駆けて初登頂を成し遂げる。
「地図に残る仕事」という大成建設のキャッチコピーがあり、ただの広告文句ではなく、社会的使命、自負が感じられていいなと思っていたが、映画でも、厳しい条件の中で地図を作る使命に生きる人の凜とした美しさが鮮やかで、ジンと涙ぐんでしまった。
(山の映像が素晴らしいもので、これは映画館の大画面で見るのだった!)
浅野忠信が演じる柴崎芳太郎の先輩役の役所広司がこういうセリフを言う。
「地図を作るというのがどういうことか考えてみました。人は誰もが生まれた場所、生きている場所が日本の中で、あるいは世界の中で、どんなところに位置しているのか、知りたいのではないでしょうか。それは自分自身が何者であるかを知ることにつながるからです」
図書館に行く目的は人さまざまだが、大きく一般論としていえば、人が自分も歴史の中に生きていることを感知するところ、「歴史感覚をえるところ」と、僕は勝手に定義している。映画を見て、「歴史感覚と空間感覚をえるところ」と定義し直そうと思った。
それにしても、僕はできあがった地図の上を、不確実で曖昧にフワフワ、ウロウロ、漂うばかり。


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■ 大統領の図書館 (2010.1.8)
『巨大建築という欲望 権力者と建築家の20世紀』(ディヤン・スジック 五十嵐太郎監修 東郷えりか訳 紀伊国屋書店 2007)の第10章は大統領の図書館についてだった。
富と権力をもつ者の巨大建築志向を扱った著作で、鋭い皮肉がたっぷり。
アメリカの歴代大統領は退任後、それぞれの図書館を建てるのだが、業績を回顧する映画から始まり、執務室のレプリカがあり、外国の賓客からの贈りものが飾られる。図書館を名乗ってるけど、ホワイトハウスのテーマパークのようらしい。
ケネディの図書館には、「ヘルシンキからアルヴァ・アアルトが飛んできたし、東京からは丹下健三が」来たけれど、ジャクリーンが選んだのはI.M.ペイ。これにより「海賊まがいのNYの不動産デベロッパーお抱えデザイナーから、ルーブルのミッテランやベルリンのドイツ歴史博物館のヘルムート・コールなど、尊大な野心を持った大統領たちのお気に入りの建築家への変身を確固たるものにした」のだという。
日本にはそのI.M.ペイが設計したミュージアムがある。

(→[琵琶湖東岸に鬼頭梓とヴォーリズの図書館を訪ねる]

 新年のごあいさつ (2010.1.1)
昨年印象深かったベスト3−。
1 6月に中国・大連に行き、高熱をだした。新型インフルエンザの検査でシロとわかるまでに時間がかかり、予定の飛行機に乗れず、次の日に帰った。(ワーストか...)
2 11月に、いつか1点ほしいと思っていた同郷の大先輩、須田剋太の絵を買った。1985年に描かれた牛の絵で、すさまじい書体の文字も書かれている。
3 12月に家の近くの元荒川にカワセミがいて、前を飛んでいくのを眺めながら、しばらく一緒に散歩した。かつて埼玉県立川の博物館にいた頃、しばしば荒川の川原で気をつけていたのに、ほんの一瞬しか見たことがなかった。近所の散歩が楽しみになった。
今年がよい年になりますように。


 筒井康隆『佇むひと』(209.12.25)
筒井康隆の『佇むひと』という短編を読んだことがある。(今読むなら
『佇むひと−リリカル短篇集』筒井康隆 角川文庫 2006)
体制に批判的な人間は道ばたに植えて木にされる社会を描いて、静かな諦め、悲しみが漂っていた。
先日、
うらわ図書館で『オブジェの方へ−変貌する「本」の世界』という展覧会を見た。福田尚代『佇む人』(2003)という作品は、文庫本の小口を彫刻刀で削って羅漢像にしていて、筒井康隆の小説を思い出した。
(→[古典的「本の挿絵」展+現代的「本のアート」展]

 落語家の図書館 (2009.12.20)
『遊動亭円木』(辻原登 文藝春秋 1999)を読んだ。
盲人の落語家の話。リアルなのにときたま非現実がスルっとはいりこむところは、マルケスの『百年の孤独』のよう。
主人公は、図書館から借りてきたデュマの「鉄仮面」の朗読テープを聴く。愛する女性は秋田県立図書館からチェーホフ全集を借りて読んでいる。エピソード的に図書館がでてくるなあ、と思ってたら、落語家は全落語を覚えて「落語の図書館」になることを決意して、図書館が中心テーマになるのだった。
舞台は僕がしばしばウロついている荒川下流域で、なじみのところ。
光と闇と生と死が錯綜して、フィクションを読む醍醐味を堪能した。


『カールじいさんの空飛ぶ家』(2009.12.5)
『カールじいさんの空飛ぶ家』3-D版を見た。日本公開初日の第1回!おくてでスローな僕には珍しいことだった。
空高くを3-Dで飛ぶのだから、ワクワク!
ところで、主人公の妻がかつて冒険好きの少女だった頃のこと。憧れの地、パラダイス・フォールの写真を図書館の本から破ってきて自分の本に貼りつけた、というせりふがでてくる。(吹替版で見たので、もとの英語や字幕表示はわからない)。元気いっぱいな少女だったことを表現したかったのだろうが、そんな言い方しなくても...と思った。


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