海上の森・夢見る山から愛・地球博

1970年の大阪万博は、丹下健三や磯崎新や岡本太郎が関わり、今もおりにふれ語られる。
そのとき大阪に行かなかったのをちょっと後悔する思いがあって、愛知の万博には、開会前に割引価格の前売券を買った。
いざ行こうとすると、人混みとか、行列とか、とても苦手なのを思い出して、気持ちが少しひいてしまったのだが、前売券を買ってしまった効果で、行かざるをえなくなり、梅雨前、夏休み前に行ってしまおうとでかけた。


 海上の森 
 夢見る山から愛・地球博 
  2-1  愛・地球博の山 〜夢見る山 スイス館 ネパール館 
  2-2  愛・地球博の建築
     グローバル・ループ スペイン館 フランス館
     ヨタグループ館 三井・東芝館  
  2-3  愛・地球博と環境 〜地球市民村 バイオラング 
  2-4  愛・地球博のみもの
     映像(カナダ館・クロアチア館・オーストラリア館)
     vs実物(イタリア館) 
  2-5  愛・地球博の瀬戸会場−万国博覧会の最後に
     昼食に冷やし中華 海上の森・望楼 瀬戸愛知県館 
  2-6  愛・地球博の夕食 〜長久手日本館 
 愛知県陶磁資料館 
 瀬戸蔵ミュージアム 
 豊田大橋・豊田スタジアム・豊田市美術館 


感想のいくつか:

・ 「海上の森」砂防池は、人工景観だが、上高地の大正池にそっくり。崩れやすい地質で、砂防工事で維持されていた。
・ 超人気の企業パビリオンには入れなかったが、カナダ館、クロアチア館の洗練された映像(の見せ方)に、ワクワクした。
・ 環境に配慮した展覧会ではあったが、そうまでして国際博覧会を開催する意義があるものか、わからなかった。
・ 人気のパビリオンに入場するにはどうすればいいか、といった情報交換がさかんで、博覧会のシステムとあわせて、見えないところでITが影の主役になっている。
・ いかにも「万国博覧会」らしい、異国の珍しいモノとしての存在感があったのは、イタリア館の『踊るサテュロス』だけだった。
・ あわせて寄り道したなかでは、3月に開館したばかりの瀬戸蔵ミュージアムの、静かだがよくできた展示のしかけがすてきだった。
  曲線的な豊田大橋・豊田スタジアム(黒川紀章)と、直線的な豊田市美術館(谷口吉生)の対比もおもしろかった。



*実際の行程はおよそ次のようでした。

2005/6/12(日) 東京−名古屋−豊田市
豊田大橋 豊田スタジアム 豊田市美術館 愛知県陶磁資料館 海上の森 瀬戸蔵ミュージアム (瀬戸市泊)

2005/6/13(月) 愛・地球博 (名古屋市内泊)

2005/6/14(火) 名古屋−犬山市
尾張本宮山・信貴山 博物館明治村 名古屋市街
名古屋−東京



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