4月第4週 露伴の家はカタツムリハウス


■ 葛西臨海公園 西なぎさ
ヘリコプターで、荒川を中流から東京湾まで下ったことがある。
葛西の海岸に、ひげのような、くらげのような形をした、妙な地形が2つ並んでいて、不思議に思った。あとで地図で見ると、人工のなぎさで、1つは公園になっていて、葛西臨海公園から、橋を渡っていけるのだった。

西なぎさ 葛西臨海公園展望台

これはきっと気持ちよさそうなところだと見当をつけて、別な日、妻を伴って、でかけてみた。東京駅で駅弁を買い、葛西臨海公園駅下のコンビニで発泡酒を買った。
公園を抜けて、橋を渡り、陸側に向いた草原に座った。
正面には、東京国立博物館法隆寺宝物館館や、ニューヨークの近代美術館(MOMA)の増築なども手がけた建築家、谷口吉生が設計した、透明で涼しげな展望台。
(実は入ってみると、温室みたいでちょっと暑い..)
右手にはディズニーランド
左には都心方面のビル群が並び、角度によっては六本木ヒルズが見えたりする。(近くで見るとものものしいくらいなのに、このあたりからは、あれが六本木ヒルズ?というくらい小さい。)
水辺では、水上バイクのグループがいた。男の子を連れた父親ライダーもいた。
眺めも気持ちものびやかで、いい時間になった。
このあと、「葛西臨海公園」港(というと大げさだけど)から船に乗って、隅田川をさかのぼり、「桜橋」港まで行こうと企てていたのだが、便は多くなくて、だいぶ待たなくてはなので、電車で移動した。

● 志満ん草餅
東武線の曳舟駅でおりて、地蔵坂通りを北西に向かう。
墨田川高校の脇を通り、広い墨堤通りにでると、向こう側に和菓子屋さんがある。
名物の草餅には、餡入りと、餡なしがあり、ないほうにはきなこがつき、さらに2個以上買うと蜜もつくというので、餡入り1つと餡なし2つを買った。
1個125円。

■ 墨田区立露伴児童遊園=幸田露伴旧居(蝸牛庵)跡
墨堤通りを少し南に下って、高速道路の向島入口あたりで、左に細い道に入る。
「鳩の街」という、かつては遊郭街だった通りになる。
露伴の旧居跡付近が公園になっているらしいのだが、細い道が入り組んでいて、道に迷う。
古い家を改造して、新しくインテリアの店として開業したらしいところで、道をきいた。店の人らしい若い女性は、たぶんあっちの方..くらいで不確かだったのだが、たまたま店を訪れていたらしい高齢の男性が教えてくれた。
「たばこやを右へ、数軒行って、左に米屋がある。その隣が公園。露伴の旧居は、米屋の裏の、今は駐車場になっているところ。」
そのとおりに行って、ようやく見つけられた。

露伴が生まれたところを訪ねてきたのだが、ポッカリ、空間になっている。
それはそれで、かえって思いを誘うところがある。

去年、愛知万博に行ったついでに博物館明治村にも寄った。博物館明治村は、葛西臨海公園の展望台を設計した谷口吉生の父、やはり建築家であった谷口吉郎が、歴史的建造物の保存の意義をといて1965年に実現した。
明治の文豪では、夏目漱石と露伴の旧居が移築、保存されていた。
その頃、僕はまだ幸田露伴を読んではいなくて、娘の幸田文を読んでいたものだから、「幸田文が生まれた家」として意識した。
露伴は、移動ばかりしていて確かな家がないという意味で蝸牛庵と名づけたという。
詩人・建築家の立原道造(たちはら みちぞう)が、友人が住む浦和の別所沼畔に小さな家を建てようと設計図をかき、ヒアシンスハウスと名づけていた。(2004年に実際に建てられた。)
露伴から100年ほど後の1990年代に、藤森照信という建築家はタンポポハウスやニラハウスを設計した(実際に屋根にそういう植物を植えてある)。
そこで露伴の家はカタツムリハウス
とはいっても当時の住まいとして、かなり大きいほうではなかったかと思う。
玄関から先には上がれないのだったが、幸田文はここで暮らし、この玄関から外に出て、この玄関を帰ってきたのだな、と感慨があった。

明治村蝸牛庵 蝸牛庵の玄関
明治村に移築されている蝸牛庵 その玄関

隣の児童遊園で、さっき買った草もちを食べた。
餡なしは形も柔らかさも耳みたいだった。窪みにきなこと蜜をいれて食べる。
もちそのものもおいしいし、きなこもおいしかった。

墨田区立露伴児童遊園 志満ん草餅
この左手に空き地があり、もと露伴の住まいがあった 志満ん草餅−餡なし

鳩の街の通りに戻るところで、さっき道を教えてくれたの男性が自転車で走ってくるのに出会った。快適にとばしてきて、僕らの姿を認めて、自転車から降り、たばこを取り出して、世間話みたいになる。
「もう70歳をこえていて、竹細工を作っていて、さっきの店に出品している。
おじいさんが、幸田文と同級だった。東京の下町は大空襲にあったが、このあたりとか、鳩の街とかは、空襲には焼けなかった。(それで蝸牛庵も残って明治村に生き延びたわけだ。)
志満んの草餅はうまい。地元の人も買いに行くよ。」

● 長命寺さくら餅
長命寺で、これも有名なさくら餅をみやげに買う。1個180円。
ソフトバンクの王貞治監督が少年のころ練習をしていたという、隅田公園少年野球場がある。
隅田川の土手にでる。
空が広がる。

■ 桜橋
かわった形の桜橋を渡る。
橋の下を水上バイクが何台も潜っていく。
さっき葛西の海岸でみかけた親子が、ちょうど通りかかって、驚いた。
自転車おじいさんとか、水上バイクおとうさんとか、よくこんなことがある日だ。

● 米久本店
浅草で夕食にした。
蝸牛庵が移築されている明治村には神戸から移築した牛鍋屋があった。建物を移築・保存してあるだけではなくて、実際にそこで牛鍋に店を営業中しているのだったが、このときは1人で、かなり高価な牛鍋をひとりで食べるのはわびしいので諦めたのだった。で、蝸牛庵からの連想で、木造のつくりの長い軒先にずらりと提灯がさがった、そそる構えに魅せられて、いつか行きたいと思っていた牛鍋の米久に行くことにした。

浅草米久

中に入ると、迎えにでてきた店員さんが、大きな音でドラ(ん?太鼓だったかもしれない..)を鳴らして迎えてくれる。畳の部屋に、小テーブルがいくつも並んでいて、ざぶとんに座る。
鍋は小ぶりで、円柱形(つまり底が平たい)。
四角い塊の油を塗って、豆腐、葱、しらたきなどを入れ、牛肉を入れ、たっぷりと割下をかける。
生ビールを飲みながら、とてもおいしかった。
でもちょっと足りない。さらっと食べ終えてしまった。

高村光太郎(1883〜1956)が『米久の晩餐』という詩をかいて、混み合った店内の熱気を伝えている。

わたしと友とは有頂天(うちょうてん)になって、
いかにも身になる米久の山盛牛肉をほめたたえ、
(中略)
不思議な溌剌の力を心に育(はぐく)みながら静かに座を起(た)った。

八月の夜は今米久にもうもうと煮え立つ

この詩は1922年(大正11年)に書かれたが、当時のほうが牛肉を手軽な値段で食べられたとは考えられないので、こんな勢いで鍋を囲んでいたら、たいした出費ではなかったろうか。
質素な暮らしを好む(というのは見栄で、実はそうせざるをえない)僕と妻とは、なんとなしはぐらかされたような気分で座を起ったのだった。

牛鍋でもう1つ思い出すのは木村荘八(1893-1958)のこと。
木村荘八は牛鍋屋の息子で、その店先の様子を描いた作品『牛肉店帳場』がある。
なぜか妙に記憶に残っているが、米久の店に雰囲気が似ている。
その木村荘八は、隅田川の近く、玉ノ井を舞台にした永井荷風『?東奇譚』の挿絵をかいている。

東京湾と隅田川の眺めを楽しんだ。
荒川をさかのぼってきた旅してきた幸田露伴が、日常を暮らしていた街を歩いた。
それに浅草の雑踏。それぞれにおいしい名物の食べ物。
いい1日だった。



参考:


  • 葛西臨海公園:(葛西臨海水族園がある、陸側)
    江戸川区臨海町六丁目
    tel.03−5696−1331 葛西臨海公園サービスセンター
    http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index026.html
    葛西海浜公園(2つの人工なぎさ)
    江戸川区臨海町六丁目地先
    tel.03−5696−4741

    http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index027.html
  • 露伴児童遊園:
    墨田区東向島1−7−11
    東武伊勢崎線曳舟駅から10分 バス停東向島1丁目、隅田堤
  • 志満ん草餅:(じまんくさもち)
    墨田区堤通1−5−9
    tel.03−3611−6831
    東武伊勢崎線曳舟駅から10分
  • 長命寺:(ちょうめいじ)
    墨田区向島5−4−4
    tel.03−3622−7771
    東武伊勢崎線曳舟駅から10分、バス停・向島2丁目
  • 米久本店:(よねきゅうほんてん)
    東京都台東区浅草2−17−10
    tel.03−3841−6416
  • 博物館明治村:
    愛知県犬山市内山1番地
    tel.0568−67−0314
    http://www.meijimura.com/
  • 北野美術館:
    長野県長野市若穂綿内7963−2
    tel.026−282−3450
    http://www.kitano-museum.or.jp/index2.html
    *木村荘八『牛肉店帳場』1932を所蔵している
  • 『父 その死』幸田文 新潮社 2004
    『蝸牛庵訪問記』小林勇 岩波書店 1956
    『米久の晩餐』高村光太郎 『土地の記憶 浅草』山田太一編 岩波現代文庫所収 2000