5月第4週 甲武信岳はかつ丼発祥の地


箱根の金時山には金時娘がいて氷金時が名物であるように、甲武信岳の山小屋ではかつ丼が名物である−わけではない。
取り立ててグルメの趣味があるとか、かつ丼がとくべつ好きというのでもない。
でも近くにちょっとした有名なかつ丼の店があったり、永井荷風が晩年好んで食べていたというかつ丼を食べにいったりしたもので、かつ丼が気になる。
卵でとじないソースかつ丼というのは、北関東にはよくあるらしいが、山梨でも、かつ丼は、卵でとじてなくて、しかもちょっと変種があるときいた。

甲府に行く機会があり、昼食に駅の近くの食堂に行ってみた。表のガラスケースの見本を見ると、「かつ丼」と「煮かつ丼」がある。あとのが玉子いり。
入って「かつ丼」を注文した。ソースで味つけしてないかつが、キャベツもいっしょにどんぶりのご飯にのっている。ここにソースをかけるので、ご飯にもソースがかかり、好きな人には、それがまたいいということらしい。
結局、「かつライス」とか「とんかつ定食」みたいなもので、それをどんぶり1個ですませているようなもの。肝心のかつ(の肉)が薄くて、しっかり厚みがあるのが好みの僕にはものたりなかった。
よく地元で食べている、あの寄居の今井屋のがいいなあ、と、また地元びいきの感想になった。


甲府のかつ丼


秩父山地のなかに甲武信岳(2475m)がある。
名前のとおり、甲州、武州、信州の境だが、また、甲州へは笛吹川(富士川)(54.2km)武州へは荒川(173km)、信州へは千曲川(信濃川)(214km)が流れ出す分水嶺でもある。
ソースかつ丼は、埼玉、山梨のほかに長野にもあるから、甲武信岳の山中で暮らす人が、かつ丼の簡略化した食べ方を考え出し、川に沿って3方向に広まったという説が・・・なさそうだな。
まだ長野では実際に見食べしたことがないので、機会があったら試してみよう。


■ 山梨県立博物館
(山梨県笛吹市御坂町成田1501−1  tel.055−261−2631 )
http://www.museum.pref.yamanashi.jp/

甲府で他にも寄るところがあったのだが、主目的はこの博物館。行政的には甲府市ではなくて、東隣の笛吹市にある。
久しぶりに山梨県に行くので、地図をみて驚いた。もともと県庁所在地の甲府市のほかに、県名と同じ山梨市があって、何か由来とか経緯とかあるのだろうと思っていた。
今、あらてめて見ると、合併が進んで、甲州市、甲斐市、中央市なんてできている。ひとごとながら気恥ずかしいくらい。県内での中央指向、一番指向があるのだろうか。武田信玄が天下をとれなかったことの、恨みのDNAがいきてるとか。

山梨県立博物館は2005年10月15日に開館した、新しい博物館。
時系列でない、テーマ別展示に特徴がある。
それはいいが、テーマごとの境界がはっきりしなくて、なんどかとまどった。
それと、今どきの博物館のことで、映像や、コンピュータを使った展示が多い。
映像では、所要時間の表示がないので、何分(立ったまま)見ることになるのか、わからない。途中から見たときにも、今、全体のどのへんにあるのかわからないので、ややストレスになる。
コンピュータも操作がわかりにくい。
結局、ものそのものの魅力が薄まってしまって、素晴らしいものを見た、というより、展示装置の中を歩いてきた−という印象になってしまった。
近ごろ作りすぎる博物館が多い気がする。
もっと、ものがゴロっとあるように展示してもらえるといいのに。
実物があっての博物館だと思う。映像やパソコンの画面で見るなら、そこまで行く必要がなくなる。

いちばん魅力があったのは、ミュージアム・ショップにあった「まちミューガイドブック」。 開館前から「つなぐNPO」が博物館の準備室と共同して、博物館の収蔵品ゆかりの地を訪ねるツアーを実施してきた。
そのために用意されたテキスト+地図で、狭い範囲を歩いて回るのはとても便利にできている。
近いうちに行ってみたいと思うところを選んで、4冊買った。

・甲府市編 武田信玄ゆかりの地をひとめぐりして、武田神社宝物館のお宝拝見
・市川大門町編 碑林公園で書道の歴史を学び、レトロな蔵のある和紙のまち、市川大門を歩く旅
・北杜市白州町編 名水のさと白州で、甲州街道 台ケ原宿ウォーク
・甲府城下名物尽(づくし) あの広重も大満足 道祖神幕絵に亀屋座見物

軽薄ナ合併ニモマケズ、電子展示ニモマケズ、地道ニ自分デ歩イテ見ルのに、こういう地図つきガイドはとてもいいと思う。


山梨県立博物館の外観 恩賜林謝恩碑
山梨県立博物館 恩賜林謝恩碑


■ 舞鶴公園(甲府城趾)の恩賜林謝恩碑

時間がさかのぼるが、電車が甲府駅に近づいたときに、高台にとがったオベリスクが見えて、とても目立っていた。
行ってみると、甲府・舞鶴城の跡が公園になっている中にあった。

オベリスクは、1907年(明治40年)の大水害への援助の意味で164,000haの御料地が恩賜県有財産として無償払い下げとなったことへの感謝の意を表すためにつくられたものだった。
建ったのは1920年(大正9年)。設計は伊東忠太。

伊東忠太(1867-1954)は、外国の様式建築に、非現実的な動物の装飾をすることで知られる建築家で、こういう単純な形は意外な感じがする。
ただ、日本の城とは、まったく雰囲気が違う。こういう場所に、こういう形を立てるところが、さすがという感じもする。
今、甲府市街には高いビルがいくつもあるが、昭和初期だったかの甲府の鳥瞰図というのを見たら、瓦屋根の小さな家が並んで、ちょっと大きいのはお寺くらいという街のなかで、オベリスクが天を突いている。
高さ18mあり、東山梨郡神金村(現・甲州市)の御影石をコロなどを使って甲府まで運んだという。
完成後、1923年(大正12年)の関東大震災、1945年(昭和20年)の甲府空襲にも無事だった。

山梨県立博物館はテーマ別の展示をしていたが、その1つに「自然と人との共生―明治40年の大水害」があった。
山梨でも、明治40年と43年に大水害があった。
この水害の結果、甲府では、御料地の無償払い下げがあって、伊東忠太の恩賜林謝恩碑が立ち、東京では荒川放水路が作られ、青山士の「我等ノ仲間ヲ記憶センカ為ニ」の碑が作られたことになる。


■ 桜座
(山梨県甲府市中央1−1−7   tel.055−233−2031 )
http://www.sakuraza.jp/

桜座は1930年まで甲府にあった芝居小屋。
芸術を核にした民間主導の町おこしをしようと、NPO法人「街づくり文化フォーラム」が空き倉庫を改装して、桜座と名づけ、アートの拠点にした。
場所はコリド桜町という、今あちこちの都市にあるシャッターが降りた商店街にある。
音楽や演劇や講演会が開催されるのだが、あいにく僕が行った日には催しがなかった。前を通ったら、多国籍料理の飲食店が開いていたので、夕飯にはいった。
生ビールにハンバーグを注文して、あと、ご飯かナンがあるという。ナンというところが、多国籍料理っぽい。それにすると、皿に大きなナンが2枚のってきて、かじるというか、むしるというか、して食べた。

倉庫跡は、あまり手を加えない程度に改装されている。かえってさっぱりして、使いやすく、なごめる空間になっている。


奥がステージ。中央からステージ上にかけては吹き抜け。 桜座の内部


参考:


『甲武信源流物語』 さいたま川の博物館 1999
『甲府市史調査報告書4 甲府の石造物』 甲府市史編纂室 1993