6月第3週 初夏、はすが咲く

朝、秩父線の寄居駅から自転車で博物館に出勤する途中、よく遠回りする。(帰り道は疲れていて、最短距離を最小時間で帰るのだけれど..)
6月半ばに、宗像神社を通ると、隣の家の池に黄色い蓮が咲いていた。
とくに半ば開きかけの花だと、外側の、白に近い黄色から、中心のオレンジがかった濃い色まで、いろあいの変化がみごとだ。手のひらに包み込んで、感触と色と香りを愛でてみたい気がする。

宗像神社は、701年、福岡県の宗像大社の末社として始まるが、明治の神仏分離までは「聖天宮」として親しまれてきた。
聖天宮は、819年に弘法大師が寄居を訪れ、象ヶ鼻の奇岩を見て、そこを霊地としたことに始まったと伝わる。男体を祀る上宮が象ヶ鼻に、女体を祀る下宮が宗像神社に配祀された。鉢形城主の北条氏邦も、聖天宮を城の鎮守とした。
4月第3週に書いた幸田露伴の『知々夫紀行』でも、こう記されている。
ところの名を問えば象が鼻という。まことにその名空(むな)しからで、流れの下にあたりて長々と川中へ突き出でたる巌のさま、彼の普賢菩薩(ふげんぼさつ)の乗りもののおもかげに似たるが、その上には美わしき赤松ばらばらと簇立(むらだ)ち生いて、中に聖天尊の宮居神さびて見えさせ給える、絵を見るごとくおもしろし。

宗像神社のはす 浅草寺の天井画・堂本印象
宗像神社近く 浅草寺

はすの花で思い出す荒川下流のことといえば、浅草寺の本堂。
賽銭箱に硬貨を投げ込み、拝んで、天井を見上げると、中央にある川端龍子(りゅうし1885〜1966)の「龍の図」を、左右からはさむ形に2枚、堂本印象(どうもといんしょう1891〜1975)による「天人散華の図」がある。
天の人が、蓮の花をまきながら飛び舞っている。大きな本堂の高い天井だから光が届かなくて暗くなりそうだが、見上げると意外に明るく華やかで軽やか。首を真上にして見上げて、そこに飛ぶ人がいるので、頭の中がクラっとする。

もう1つは隅田川や荒川放水路を散策し続けた永井荷風のこと。
本名は永井壮吉で、ペンネームの「荷」はハスの意味で、15歳のとき帝国大学第2病院で見かけた看護婦お蓮をしのんでのことという。諧謔の作家に意外な感じがする。

参考:

『蝸牛庵訪問記』小林勇 岩波書店 1956
『米久の晩餐』 高村光太郎 『土地の記憶 浅草』山田太一編 岩波現代文庫所収 2000