6月第4週 「水に浮かぶ島」展を見て、隅田川を下り、
       歌舞伎座で「荒川の佐吉」を見る


吾妻橋近くのギャラリーで水に関わる美術展を見てから、隅田川に沿って遊歩道を下り、歌舞伎座でまさに荒川をタイトルにした「荒川の佐吉」を見た。

■ すみだリバーサイドホール・ギャラリー 
  アサヒ・アート・コラボレーション「照屋勇賢−水に浮かぶ島」展
  (墨田区吾妻橋1−23−20 tel.03−5608−6430)

浅草から隅田川の対岸には、金色のビールの泡が乗った有名なアサヒビールのビルがある。すぐ並んで墨田区役所のビルもあって、その中のギャラリーで「照屋勇賢−水に浮かぶ島」展が開かれていた。


(右の写真の赤い橋は吾妻橋)
吾妻橋からアサヒビール

照屋勇賢は1973年沖縄生まれ。多摩美術大学油絵科卒業。今はニューヨークを拠点に活動している。
「アサヒ・アート・コラボレーション」は、今年で7年目。主催者のアサヒビール芸術文化財団が、毎回、アーティストにテーマを出して実施しているもので、今回は「ビール」。
照屋勇賢は、ビールが水・麦・ホップ・酵母から作られることから、水へ、森へ、大地へと発想を展開させていった。

おもしろい発想だと思ったのは、「Notice Forest 告知‐森」という、紙袋やトイレットペーパーの芯から樹木を切り出す作品。樹木を描き、その線に沿って切っていく。根元のところだけつないだままにしておいて、樹木の部分を折り立ち上がらせる。
繊細で美しい形が現れて、しかも紙がもとは樹木であることを想い起こさせる。

「デザート・プロジェクト」は、菓子や砂糖で立体地形を作る、神話でいえば国生みを経験してみるもので、これは子ども対象のワークショップも開かれたようだ。

「きこえますか?」という作品では、階段を2つ上がって、壁に耳をつけると、水音が聞こえてくる。

透明なビニール壁の小屋の中には、自転車があり、蝶がとんでいる。透けて見える向こうの戸外を、人や車が過ぎていき、詩を感じさせる。



● アサヒビールアネックス
  酒肆吾妻橋

(墨田区吾妻橋1−23−26
http://www.asahi-annex.com

アサヒビールアネックス


このあたりに来ると、浅草で食事することが多いのだけれど、今日はすぐ隣にあるアサヒビールアネックスに行ってみた。ここは酒を飲む店だと思っていたが、ランチがある看板がでていたので、2階の酒肆吾妻橋に寄ってみた。

アサヒビールアネックスは、ビールの金色の泡(あるいは○○○のようといわれることも多い)が乗ったビルの設計をフィリップ・スタルクと共同した野沢誠/GETTがデザインしている。同じ敷地にあって、違和感がなくつながっているし、店内のセンスもいい。
泡のビルを見上げる窓際の席で、落ち着けたし、ウエイトレスさんも感じがいい。
選んだランチは、白身魚のポワレに香草バターソース添え。カボチャのスープ、パン、コーヒーがついて900円。
+50円でパンナコッタのデザートがつくので、これも当然つけてもらう。
味も量も十分で、たっぷり満ち足りた。


■ 歩いて隅田川下り

隅田川の河岸の遊歩道を、吾妻橋から歩いて下ってみた。
吾妻橋(1931年)、駒形橋(1927年)、厩橋(1929年)、蔵前橋(1927年)、両国橋(1931年)と歩き、新大橋(1977年)の手前で、次に歌舞伎を見に行く都合があるので、川から離れて地下鉄に乗った。
隅田川の橋を、あちこちで渡ることはよくあるが、川に沿って歩いて、いくつもの橋を一度に見たのは初めてだった。
水は濁っていて、ゆったり流れ下っている。
そこに石や鉄の橋がかかっている。
これらの橋が造られた1930年頃だと、街並みがもっと低く、木造が主だったろうから、鉄や石を使った建造物は、今見るより、もっとがっしりした、特別なものに見えたろうと思う。
セーヌの川岸を歩いていて、ノートルダムが見えてきて、ああ、ノートルダム−と感慨したことを思い出しもした。
両岸の建物がありきたりのオフィスビルや倉庫がほとんどなのが惜しい。
その点、アサヒビールの金色の泡のビルは、ただ奇抜な形を作ったのではなく、浅草の対岸、隅田川のほとりに明確なランドマークを作る意志が感じられる。「美しい景観を創る会」というのがあって、「悪い景観 100景」を選んだ中に堂々と入っているのだが、僕は「良い景観100景」に入れたい。

蔵前橋 隅田川・相撲の絵の柵
蔵前橋の下を抜ける。 国技館の近く。


■ 歌舞伎座「荒川の佐吉」
(中央区銀座4−12−15  http://www.kabuki-za.co.jp/index.html

最近、歌舞伎に関心を持ち始めたばかりで、歌舞伎の広がりにも深みにもまるで届かないのだけれど、荒川を舞台にした歌舞伎ってどんな話だろうと興味をもってでかけてみた。
一幕見(ひとまくみ)席に、ほとんど開幕直前に着いて入る。日時を決めて指定席を予約などしないで、思いついたときに行って、わずかな額(この回は900円だった)、豪華な配役のナマの舞台が見られるこのシステムはありがたい。
パリの劇場の天井桟敷は、高所恐怖症の人だと耐えられないのではないかと思えるほど、舞台から遠く高かった覚えがあるが、歌舞伎座では、それほど遠くない。

この写真は別の日に撮影したもの。右奥、最上部の2列が一幕見席。 歌舞伎座

「江戸絵両国八景 荒川の佐吉」は、真山青果(まやませいか 1878- 1948)が1932年(昭和7年)に書いた新歌舞伎。仁左衛門の当たり役という。

腕のいい大工だったのに、やくざの世界に憧れ、両国を縄張りにする親分のところで下っ端でいる男が主役。いろんな試練を経て、親分の跡を継ぐほどまでになるが、なぜかそこでやくざの世界を離れ、大工にも戻らず、旅がらすになって東北に旅立つという。シェーンみたい。
それまで気持ちの余裕がなく生きてきたので、有名な向島の桜をみおさめに眺めて、明日朝、発つという。
見送る人たちと長命寺で別れの杯をする。
花盛りの荒川河畔。
さすがちょっと無理して用意しただけあって、きれいな旅立ちの場が用意される。
そこでへんに引っかかってしまったのだが、向こうに筑波山みたいな2こぶの山が、うすい水色のシルエットで見えている。でも向島、長命寺にいて、先に隅田川が流れているなら、向こうに見えるとしたら富士山あたりではないだろうか。
まあこういう芝居の世界だから、リアルであるよりも、美しいことのほうが大事でいい。
筋立てはいかにも作り話な感じもあったが、それだけに芝居が決まった!という見どころがいくつもあって、楽しめた。

歌舞伎座は1945年に東京大空襲で全焼したが、前の岡田信一郎設計の姿を生かして吉田五十八が設計し、1951年に興業を再開した。
2002年には国の登録有形文化財(建築物)に指定されたが、バリアフリーへの対応などのために解体、新築の方針がでている。
便利な一幕見席や、レトロで居心地がいい雰囲気など、とてもよかったので、今の風情が残るか心配になる。


● ぎんざ田中屋
(中央区銀座6−6−19 http://www.soba-tanakaya.com/
ぎんざ田中屋

作家・開高健(1930-1989)がお気に入りだったという店の1つ。
開高健は、幸田露伴の釣りの文章にいれこんで、分厚い1冊に編集したほど。
ここでは鱧(はも)を好んだというので、鱧の天せいろそばを注文した。
ほかに天ぷらは、オクラ、かぼちゃなどがついて、からっとおいしく揚がっていた。
つゆは少なめ。そば湯は錫みたいな急須型のいれもので、だされる。

でも、このあたりの名の通った店では、どうやらどこもそうらしいのだけど、そばの量が圧倒的に少ない。
デザートまでついたランチ950円と、豪華な役者がナマの舞台を見せる歌舞伎が900円、あわせて1850円で、たっぷり満足してきた。
帰り道、ここのそばは天ぷらつきとはいえ1890円。そういうこともあるのかと感慨だった。

参考:

  •  『露伴の釣り』 幸田露伴・開高健編 アテネ書房 1985