7月第1週
高崎でかつ丼を食べ、洪水の話をきく
前橋でつくり酒屋を応援する美術展を見て、怪魚を買う


高崎市歴史民俗資料館で、水害についての企画展が開かれていて、講演会がある。それに、柄澤齋が東京を描いた不気味な版画が、前橋の画廊にありそうだということで、高崎から前橋にかけて、1日走り回った。

■ 群馬音楽センター
(高崎市高松町28 tel. 027-322-4527)
http://www.takasaki-bs.jp/center/index.htm

岩淵水門の完成にあたって作られた碑文が、個人を顕彰するのではなく、工事に関わった人みんなを称える文章なのを見て、ここの碑文を思い出した。([5月第1週]参照)
前庭にあって、「群馬音楽センター」と記してある、別の面に「昭和三十六年ときの高崎市民之を建つ」と記してある。
当時、市の予算の1/3にも達する額を市民が寄付して、この音楽センターが建設されたのだった。
群馬音楽センター

● 栄寿亭
(高崎市新町7-1 tel. 027-322-2740)

高崎にもソースかつ丼があった。
ABCの3種あるうち、いちばんふつうらしいAにした。
僕はうっかり、ただ「かつ丼」といってしまったのだが、他の人は「Aかつ丼」とか注文している。よそ者(または初心者)まるだししてしまったわけだ。
12時前なのに、次々に人が入ってくるし、出前か受け取りかわからないが、電話もかかってくる。
カウンター席のみで、すぐ前の厨房では5人くらいの人が動き回っていて、とても活気がある。12時すぎたらもっとかも。

Aは、1口かつが3枚のっていて、ほかに、たくあんが小さい皿に数枚と、水。
かつは薄くて、たれがご飯のほうにもずいぶんかかっている。
おいしいけれど、やはり地元びいきというか、かつは寄居の今井屋がずっと上。
でも値段的に十分満足できる。370円だから、かつが100円×3枚で、ご飯が70円といったところか。
箸の袋に、「高崎名物」とあった。

外から店の写真をとろうとして、ショーウインドーがおしゃれなのに気づいた。白い枠で広く覆っておいて、黒く、覗き穴みたいに、メニューの模型が置いてある。ウイーンハンス・ホラインという建築家が設計した、名高い店舗デザインがあるのを思い出した。ここのを作った人が、あんなのをやってみようと遊び心を起こしたかもしれない。
(と、店の前では思ったのだけど、こうして写真を並べてみると、どうかな..)

栄寿亭 レッティ蝋燭店・ハンス・ホライン
栄寿亭 もとレッティ蝋燭店。今は高級宝飾店。
( なので中には入れなかった。情けない..)


■ みやま書店
(高崎市新町7-10 tel. 027-324-0253)
数軒おいた近くに古本屋さんがあった。地元の本がたくさん揃っていて、『上州路』のバックナンバーを2冊買った。


■ 高崎哲学堂
(高崎市八島町82 tel. 027-322-3874)
http://www.tg.rim.or.jp/~kanai/philosophy/

高崎に来ると、ほぼ必ず寄るところ。
高崎、群馬の文化振興に尽くした実業家、井上房一郎の旧邸が、井上没後、市民の集まりの場として使われている。
昨日あたり雨だったのか、石畳や草がしっとり濡れ、しみじみと情緒がある。
庭にひとかたまりのあじさいの花。


レーモンドと群馬音楽センターの壁画を制作した石沢久夫さんによる高崎哲学堂のスケッチ。
『井上さんの声がする』 石沢久夫 2006


■ 高崎市歴史民俗資料館 
(高崎市上滝町1058番地 tel. 027-352-1261)
http://www.city.takasaki.gunma.jp/soshiki/rekimin/index.htm

旧群南村役場の建物を利用して、1978年(昭和53年)に開館した博物館。
1935年(昭和10年)の高崎の水害についての企画展「烏川決壊〜71年目の記憶」を開催していた。
「水害と高崎」と題した石原征明さんの講演もきいた。「○○のお寺の階段まで水がきて」とかいう具合の、地元密着の話で、聴衆からもいくつか体験談が話され、楽しかった。

この時のことを、たまたまナチスのドイツから逃れてきて、井上房一郎の世話で高崎郊外の少林山達磨寺に滞在していたブルーノ・タウトが、日記に記している。

9月25日
(前略)いつかは晴れるに違いない、どんな災禍だって永遠に続くものではないのだから。雲がほんの一寸のあいだ切れて、ひとかけの青空が現れ、真白な雲の山が聳え立った、まるで冗談みたいだ−いや、本当に冗談だったのだ、それからすぐにまた雷鳴を伴ったどしゃ降りが始まったのである。

9月26日
 昨晩から今暁へかけての一夜は、私達が日本で出会った最も異常な経験であった。これはもう尋常の雨ではない、天の水盆を傾けるというものだ。加うるに電光は閃き雷鳴は轟き、更にまた蒸暑い。それでも虫共は生き、蚊は人の膚をさすのである
(中略)夜が明け放たれると、朝日は何事も無かったように空に上った、ところが太陽の照らし出したものは、世にも悲惨な荒廃の様であった。

ところで、都内、麻布に暮らしていた永井荷風の『断腸亭日乗』を見ると、様子が違う。

9月24日
篠(しの)つく雨の中に日は暮れたり。雨一時やみたれば銀座に往かむとするに雷鳴りひびきて雨また車軸を流すが如し。遂に家にとどまる。三更に及び雨やみしが雲低く物凄き空模様なり。

9月25日
南風吹出で暗雲散じて青空現る。

高崎では、ひどい嵐がきたあと26日には晴れた。
麻布では、25日に晴れている。
高崎と麻布でこんなに天気の時間差があるだろうか。
どちらかが日付を1日間違えただろうか。


● 大川屋本店
(前橋市千代田町3-6-11 tel. 027-231-5644)

前橋に移動して、前橋文学館近くの駐車場に車を置く。
商店街の中心に向かう途中に、前橋名物という「絹おろしそば」の店に寄った。
初代店主が製糸業の女工へのサービスにと、そばに大根おろしをのせたのが始まりで、2山のせた大根おろしがまゆの形に似ていて「絹おろし」と呼ばれたという。

梅・きのこ・たぬきの3種があり、大根おろしと海苔はどれにものっている。
きのこを食べたが、さっぱりして、おいしかった。
メニューを見ると、この店でもかつ丼690円、ソースかつ丼690円が別にあった。
絹おろしそばは570円だった。
絹おろしそば

かなりのお年らしい女性店主に麻屋デパートへの道をたずねた。
「もうだいぶ前になくなって」と一瞬いたましいような表情をされてから、ていねいに教えてくれた。麻屋がなくなったことをいたんでいられるようだった。


■ 旧麻屋デパート
(前橋市千代田町2-8-22)
展覧会:サバイバルアート展[TOWN]
     −島岡酒造の再建にエールを送る展覧会
主催:「場所、群馬」 http://www.basho-gunma.com/index.html
参加アーティスト:白川昌生 柳健司 伊東孝志 木暮伸也


群馬県太田市の造り酒屋、島岡酒造は、銘酒「群馬泉」をもち、雁屋哲『美味しんぼ』52巻にも登場した。
2006年2月に起きた火災で、酒をつくるのが厳しい状況になった。惜しむ声におされて再生をはかっていて、支援するアーティストたちによって支援の展覧会が開かれた。
群馬泉のラベル

参加作家のひとり、白川昌生さんはこういう。

文化とは生活、くらしから生まれてくるものである。美術も酒作りも同じ目線のなかで、またこの群馬の中で交わるものだと、私は考えている。

会場となった旧「麻屋」は、前橋初の本格的な百貨店として1934年(昭和9年)に創業した。烏川、碓氷川の大洪水の前年のこと。
鉄筋コンクリート造り3階建て、当時としては大きなビルで、近隣に住む人たちにとって憧れのデパートだったという。
1945年8月5日に前橋大空襲があったが、麻屋は無事で、当時の写真を見ると、一面の瓦礫のなかに、いくつかの蔵の建物と麻屋とが、ポツリポツリと壊れ残っている。

前橋でも地方都市に多くあるように中心市街地は衰退し、麻屋も閉店して数年たつらしい。
市街地再興の取り組みはいろいろされていて、1階には市役所の商工部にぎわい観光課のオフィスが入っているし、にぎわいステーションというアンテナショップみたいのもある。
ここではアート関係者が積極的に関与していて、さまざまなイベントを実施し、2005年には、第3回全国アートNPOフォーラムを前橋で開催している。

展覧会は2階と3階が会場。
内装がすっかり取り除かれ、コンクリートの床や、壁や、配管跡が露出しているが、かえってツルツルして清潔そうな展示室よりナマな迫力がある。
酒蔵を模した骨組みだけの構造の中心に明かりを灯した作品。
焼け跡に残った瓦に苔が厚くついているのを1枚だけ、高い位置に設置して、酒づくりの店の古い歴史を感じさせる作品など、祈るような気持ちが伝わるいい展覧会だった。

麻屋の外観 島岡酒造の再建にエールを送る展覧会・会場風景


■ 前橋文学館・広瀬川
(前橋市千代田町3-12-10 tel. 027-235-8011)
http://www15.wind.ne.jp/~mae-bun/

今日は寄らなかったのだが、車を置いた駐車場に戻るのに、前橋文学館の前を通る。展示の中心は萩原朔太郎だが、かつて朔太郎と前橋は相反する関係にあった。
前を流れる広瀬川は、市街地を流れる川には珍しい、水量が多く、流れが速く激しい川で、竜がうねっているよう。
県庁所在地ではあっても何かと高崎に遅れをとる前橋だが、萩原朔太郎と広瀬川がイメージ向上にずいぶん貢献している。都市には文化的にも正統性の根拠があるといい。

 広瀬川   萩原朔太郎

広瀬川白く流れたり
時さればみな幻想は消えゆかん。
われの生涯(らいふ)を釣らんとして
過去の日川辺に糸をたれしが
ああかの幸福は遠きにすぎさり
ちひさき魚は眼(め)にもとまらず。


■ アートギャラリーミューズ
(前橋市天川大島町3-7-9 tel. 027-243-3888)
http://www.agmuse.co.jp/

この日はオークションを開催中だった。
前橋の中心からはやや離れたところにあるのだが、なじみの客が多いらしく、にぎわっていた。
目当ての柄澤齋『怪魚図』を見せてもらう。
東京全体を1匹の山椒魚に見立てて輪郭を描いている。縮尺は25万分の1。和綴じの博物誌の1標本であるかのようにおさめている。
左下には風刺のきいた説明文が記してある。

此図江戸湾内奥ニテ捕獲セシ怪魚也 面貌醜怪ニシテエンエント吼狂フ様浅マシ 脳髄眼球共ニ退化シテ用ヲ為サスト雖モ悪食限リ無シ(後略)

作品の写真を印刷物で見たのより、線がヌメヌメしてナマナマしく、水に住む怪しい生物らしい。
柄澤齋の版画は、肖像画シリーズのものを1点もっていて、それは知的な、クールな印象なのだが、これも異質でおもしろいので、買うことにした。

柄澤齋『怪魚図』 柄澤齋『怪魚図』・拡大
柄澤齋『怪魚図』1990 木口木版・カーボンコピー 27.3×40.8cm 拡大図(部分)。歯がボロボロしているあたりが荒川・隅田川河口

参考:


  • 『私の美と哲学』 井上房一郎 あさを社 1985
  • 『パトロンと芸術家−井上房一郎の世界−』 群馬県立近代美術館・高崎市美術館 1998
  • 『日本 タウトの日記』 ブルーノ・タウト 篠田英雄訳 岩波書店 1975
  • 『断腸亭日乗』 永井荷風 岩波文庫 1987
  • 『美味しんぼ』 第54巻 雁屋哲 画・花咲アキラ 小学館 1996
  • 『萩原朔太郎詩集』 現代詩文庫1009 思潮社 1975