7月第3週 夢床屋

なかなか梅雨があけない。
寄居の中心部にあるレトロな床屋さんで髪を刈ってすっきりしてから、和菓子屋さんで夏を味わう菓子を買った。

■ 美髪忍館(びはつおしかん)
(tel.048-581-0365 )
(寄居駅南口から正喜橋に向かって直進。最初の交差点(信号がある)の左手前角。)


初めてこの店を見かけたときには、こんな店が今でも営業しているのだろうかと、とても不思議だった。
昔懐かしいような店先の風情で、しかもたくさんの草花に囲まれている。映画のセットを街なかにしつらえでもしたような、非現実的な、非日常的な、非同時間的な、異臭を漂わせている。
戸をあけて入ると、SFの小編の物語が始まるとか、青春ドラマの出会いが動き出すとか、幻想的、劇的な予感をそそられる。
美髪忍館の入口

もう1年以上前になるが、初めて行ってみたら、ふつうに営業していた。
髪を刈ってくれるのは女性の理髪師さんで、祖父がこの店を作ったという。
町屋づくりで間口が狭く、奥に長い。表の、道に面したほうを理髪店にしている。
不動産の記録から判断すると、母屋全体が1897年(明治30年)、理髪店を今のように作ったのが1921年(大正10年)になる。
楽しんで作ったことがあちこちにうかがわれるが、僕なりに特徴をまとめてみると、大きくいって3つになる。

1 かわった平面構成
奥に細長く続く町屋づくり自体がおもしろいのだが、店部分はほぼふつうに四角い。
写真、向こうの入口を入ると、仕切られた通路を歩いてくることになる。通路は入口では1/2の広さがあるが、斜めに狭くなって、内側の戸(写真の右手前)になると1/4の幅になる。
仕切の上部はガラスの引き戸で、中が見える。
2時間ドラマの撮影にも使われたことがあって、「床屋」を手がかりに人を探しにきた市原悦子が、ここから顔をのぞかせて尋ねた。

美髪忍館の内部

2 光が重なる
椅子が3つあるうちの1つの上はトップライトになっている。高いところから光が降ってくる。
奥の入口のガラス戸。右手の壁のガラス窓。内側の仕切り上部のガラスの引き戸。壁の高いところにある横長のガラス戸。
いくつも光の入口があるうえに、ガラスそのものがそれぞれ、模様が違い、厚さや透明度が違うので、微妙に光の強弱、色合いがことなる。
全体として、柔らかい光にくるまれている、やさしい居心地になる。

3 細部のデザインのこだわり
ガラスのほかにも、細かなところまでデザインの目が配られている。
小さな引き出しの表面につけられた幾何模様。
洗髪台を囲むタイルは青、白、黒でパターンを描いている。
あまり広くない店内だが、鏡は1枚大きなのをはって、全体が広々した印象になるようにしている。大鏡は輸入品だという。

心を尽くして作られた店で、伸びてうっとうしくなっていた髪を刈ってサッパリしてもらう。気持ちが蘇る。とても贅沢なことだ。

     ◇     ◇

博物館明治村には、東京・本郷の床屋がある。また、明治村には新潟県上越市の写真館があり、江戸東京博物館には、床屋はないが、板橋の写真館があった。
かつて個人の店としては、床屋と写真館は時代の先端を行くデザインが多くされたように思う。
床屋なら、おしゃれをしようとか、小さな変身をする、気持ちを更新しようとか、写真館なら、100%の今の自分をとっておこう(場合によっては120%にとれるかもしれないとい期待もこめて)、人生の節目の記録をとっておこうという、人の夢とか憧れとかに関わり、それをうけとめる装置を意識して作られたのだと思う。写真には、また技術的に新しいための先取の意識もはたらいたろう。

今は、写真はあまりに一般的になり、新しく作られるのは大量処理のチェーン店くらい。それは写真をとりまく状況の変化からやむをえないとしても、あいかわらず個人の営業者が個人の客を相手にしている床屋や美容院でデザイン意識が衰退しているようなのは寂しい。
進取の気概なんてなくて、カタログの機材を並べて、あとは手頃な価格の建材で囲っただけではないかという感じの店を、よく見かける。
どの業種が建築に意を用いているかで、時代の気分をはかれそうだ。
かつてリードしていたのは床屋、写真館。
今は業種全体としてデザイン的に突っぱっているのはパチンコ店か。

     ◇     ◇

店の名前も今どきのタダモノではないが、寄居では多くの例があるように、やはり出身地から名づけられている。
」は、「おし」と読んで、行田市の「忍」からきている。
(行田はかつて忍藩で、忍城があった。余計なことだが僕の母親は忍高等女学校卒で、その点でも美髪忍館に親しみがある。)
忍から寄居にきたのは、今より4代以上前で、初めは荒物屋かをしていて、祖父が床屋を始めるときに「忍」を使ったという。

こういう夢みたいな店が続いているのは、街の再開発があるためだという逆説的な事情がある。
広い道を作る計画があるから、とりあえず大きな改修も解体もなく、現状でいる。
ほかにもこのあたりには心をこめて生活を築いてきたことがうかがわれる家々があり、通りがある。部外者の身勝手な言い分かもしれないが、再開発計画が計画のままで氷ったままでいることを祈ってしまう。

● 岸傳(きしでん)
(埼玉県大里郡寄居町寄居816  tel.048-581-0238 )
http://www.yorii.or.jp/~kishiden/index.htm

美髪忍館をでて、玉淀駅に向かう道を行く。
まもなく右側に、4月1週の「上野屋(うわのや)」。
玉淀駅の手前まで行くと、これも右側に、和菓子の店「岸傳」がある。
寄居には茶をたしなむ人が多く、茶席の菓子はこの店のが愛用されているらしい。
和菓子の楽しみの1つは季節を味わうこと。夏の初めにはどんなのがあるかと寄ってみた。
うちわ」と「朝顔」は、残念ながら売り切れ。
むくげ」があるというので2個買った。自家製・手作りにしては1個140円という安さでありがたい。
家に帰って楽しむ。白い花びらの中央がポっと赤い。
10年ほど前、春に病んで、一応回復したあとも気持ちがすっかりヘタったまま暑い夏を迎えたことがあった。そのときは公園の中にある美術館に通っていたが、園内にむくげがあった。朝、出勤のときにはもう真夏の日射しがカンカンしていたが、そのなかでも白い花びらを軽々と開いて咲いている様子に、励まされる思いをしたものだった。
そんなことを思い出したりしながら、和菓子を食べて、今日の夏の1日をシミジミと味わう。

岸傳の和菓子「むくげ」 小さな写真では目立たないかもしれないが、持ち帰るときに白い花びらの微妙なひだがいくらかつぶれてしまった。

参考: