8月第1週(1) 荒川が置き去りにした庭


寄居から20kmほど下った熊谷には、荒川の氾濫でできた池がもとになって作られた庭園がある。
気楽なランチからスタートして、古い教会、庭園と歩き、自然食の割烹というのが、僕にとって熊谷の最上の散歩道。(ほんとは割烹なんてそう何度も気楽には行けないのだけど。)
庭園の隣のお寺でパフォーマンスの集まりがあり、夏の夕べの楽しみに行ってみた。

● た吾作

都に「お買物は三越」という人がいるように、熊谷では、ある年齢以上になると「八木橋でなくては」という人が多い。その老舗のデパートから近くにある。
八木橋から国道17号を熊谷駅方向に向かって、左側、アルザンという、これも古く親密な雰囲気があるパン屋さんの角を曲がり、小さな個人商店なんかが並ぶ通りにある。

11時30分から2時まできり店を開いていない。
うどん屋さんだが、昼を食べに行くので、うどんの他にご飯とおかずがついた定食をとることが多い。定食につくものは1日に3つ、紙に書いて壁に張り出される。
さんまの塩焼きとか焼肉とかは定食によくあるものだが、鮪(まぐろ)の生姜焼きとか、公魚(わかさぎ)の天ぷらとか、ちょっと珍しいものも混じる。店主が楽しみでいろいろ考えているみたいだ。
うどんは太さが不均一で、やや固め。つゆはあっさりした薄味。ほかに漬け物とか野菜とかがついて、総じて値段と味と量のバランスがよくて、いつも満ち足りた気分で食事を終えられる。
定食のほかには、にぼうとを食べて驚いたことがある。とても太い麺で、つるつるすするのではなく、箸で切って食べるふう。それも、もちろんおいしかった。

宮沢賢治ふうの注文の多い料理店で、注意がたくさんある。席を移動しないように、まずいと思っても決して残さないように、湯呑みは1個だけ(何個も使う人っているのだろうか?)、など。
でも窮屈ではなくて、店主は細い眼をした笑顔をしていて、やさしい。お互いに気持ちよく食事しようねということなのだろうと思う。
器の回収場所が決めてあり、そこまで客が自分で運ぶと30円引いてくれる。それで定食は650円になる。

街の食堂だと、ふつう、店内に入ると、フラットな床があって、4人がけくらいのテーブルが規則正しく並んでいるようなのが多い。
ここはかなり様子が違って、入口からちょっとした段差を上がった床面に、長いテーブルが入口から奥にドーンと置いてあって、椅子が向かい合っている。それを中心にして小テーブルが数個。
器の回収場所は、階段下の斜めの空間。
何回か行ったあと、これはふつうの家を改築したのかと気がついた。段差は玄関の名残りではないか。器の回収場所は押入ではないか。見上げればふすまの溝も残っている。
その日、外に出て振り返ると、店のうしろに瓦屋根の家が隠れていて、正解のようだった。いつも僕はぼんやりしていて、気がつくのが遅い。
た吾作

今あちこちに生まれつつある路地裏民家改装カフェみたいなものだが、とても簡素に作ってある。
壁のラワン材には、品質表示のスタンプが見えたまま。
小さな絵を額に入れてたくさん壁にかけてあるが、1個数十円くらいの部品を自分で買ってきて作ったみたいだ。客を迎える気持ちがこめられていて、でもこりすぎてうっとうしくない。
窓一面が大きなガラスで明るいが、外から中が丸見えになるような落ち着きなさはない。
安くておいしい定食を食べながら、金をかけるのではなく心をこめると、人を居心地よくさせるいい空間ができるということも実際に味わうことができる。

■ 聖パウロ教会
(埼玉県熊谷市宮町1-139 tel. 048-521-1661 )
http://kumagaya.seikoukai.org/

た吾作を左に出て、そのブロックをたどっていくと、同じブロックに教会がある。
聖パウロ教会は、英国国教会が母体の聖公会の教会で、立教学院、聖路加国際病院、清里清泉寮などもある。どこも建築的にも意味があるところなのがおもしろい。
熊谷のこの教会は、1919年(大正8年)にアメリカ人ウイルソンの設計監督によって建設された。木造平屋の小屋組みに、外壁、内壁ともレンガを積み、鐘楼を持つ。
1923年の関東大震災にも、1945年の熊谷空襲にも生き残った。

国の登録有形文化財なのだが、道路標識3本、電柱と電線が前にある。なんとかきれいに整理できないものだろうか。
熊谷聖公会聖パウロ教会


ポーチの扉をあけて中にはいると、ひっそりとして、夏でもひんやりとした、落ち着いた空気が漂っている。
天井が板、梁も木材で、壁は赤いレンガ。洋風だが、心がなじむ。へんにひっかかることがなく、すっと気持ちがひきこまれていく。和風のてりむくりなんかのほうが、かえってちょっと抵抗がある。
僕はクリスチャンではないが、心がザワザワしたときでもこの長いすに腰かけていると心が静まる。

■ 星渓園
(埼玉県熊谷市鎌倉町32 tel. 048-522-9389 )

1623年、荒川の洪水により土手が切れて池が生じ、その池には清らかな水が湧き出るので「玉の池」と呼ばれたという。洪水であふれた水が池になることと、そこから泉のように水が湧くこととの因果関係がよくわからないのだが、星渓園の池の成立はそのように定説になっている。

今は水が湧かなくなっていて、荒川の六堰から水を導いている。
星渓園からは、熊谷の中心部を横断する星川として流れ、鴻巣市で元荒川に合流する。元荒川は中川に注ぎ、中川は、やがて河口付近でふたたび荒川に合流する。

星川は熊谷市街地の景観を特徴づけている。これがなかったら、熊谷はただのべったりした、全国一律月並み都市になってしまう。
数年前、駅前通りを境に、東半分にふたをして道路にする計画を市が立てた。市民の反対で変更され、逆に星川をいかした街を作っていく計画に変更された。
計画を立案する側が、いい都市を作ろうとリードするどころか、街の特徴をなくすような自滅的な計画を立ててしまう例は、意外にあちこちにある。

明治初年、竹井澹如(1839-1912)という人が「玉の池」を中心に回遊式庭園をつくり、別邸を設けた。竹井は、群馬県甘楽郡南牧村の豪族の生まれで、初代の県議会議長をしたり、旧熊谷堤を修築し桜を植樹するなど、熊谷の偉人とされる人。
1950年(昭和25年)熊谷市が譲り受け、星渓園と名づけ、市の名勝として指定。建物が老朽化したので、1990年代に古い建物を壊し、茶室を整備した。

すぐ近くを国道や高架の道路が走っている。建設中のマンションも見える。
それでも庭の中は、木々の葉が薄暗い翳りを作って、別世界のようだ。
池をめぐると、池の水に木々の葉の影がうつる。
水の上まで伸びた枝に繁る葉に、水から反射した光がゆらゆらうつる。

星渓園

● 田べい
(埼玉県熊谷市星川1-87 tel. 048-526-9011 )

店は星川に沿ってある。
寄居に住む柴崎さんが、あえて熊谷にある店をすすめているので、妻といってみた。
自然食・家庭料理処とあり、農薬や添加物を使わない食材が調理される。

2階の座敷に案内された。床の間つきの部屋で、簡素で落ち着く。
暑い日なので、まず生ビールを各1杯。
田べい

しっとりした料理だから、次は日本酒にしようよ。熊谷だから、「直実」(なおざね。熊谷直実は鎌倉時代の武士。)なんてありかな?ありそうだね。
なんていいながら、お酒を注文したら、お店の人が「直実がございます。」って。


料理はおまかせで、金額により品数がかわる。
この日食べたの(で思い出せるの)は、たけのこの煮物、ジャコとトマトの酢の物、鱧(はも)と鯛の天ぷら、刺身。最後にとろろご飯。
酒も料理も上質でおいしかった。

■ 第11回ニパフ・アジア・パフォーマンス・アート連続展06
アジアと、中南米! 百倍の、勇気!
主催:ニパフ http://nipaf.web.fc2.com/ 会場:石上寺

星渓園と背中あわせに石上寺(せきじょうじ)があり、そこでニパフのイベントが2日間開催された。
ニパフは、日本国際パフォーマンス・アート・フェスティバルの略。1993年から国の内外のパフォーマンス・アートの交流事業を実施している。今回は東京、名古屋、長野と巡回してきたが、お寺が会場になるのは熊谷だけ。お寺でパフォーマンスというと場違いみたいだが、もともと寺や神社と芸能は縁が深い。

ニパフ熊谷公演

寺の塀に沿って2本の木が植えられているところがあって、特別な場所に仕立ててある。
この日は、9人のアーティストが出演した。海外からはメキシコ、フィリピン、香港、ベトナムから来ていて、あと5人が日本人。
地面に置いた紙コップにめがけて、上からもう1個を落とす、とか。
2本の木の、一方の後ろに隠れていて、不意に駆けだしてもう1本の木の後ろに隠れる。また逆に駆ける、ということを繰り返す、とか。
パフォーマンスというものが何をしようとしているのか、僕はいまだにつかめない。
ところで、主催者の霜田誠二さん自身がこういうことをweb上で書いていた。

行為に魂を込めて行くということはどういうことなのだろう。(中略)「物に魂を込めようとするアーティスト」達がアーティストであるのならば、「行為に魂を込めようとするアーティスト」である私たちは、それ以前のことに拘泥しているだけかもしれない。あるいは既にそのことを最初からしないと決心しているのかもしれない。だからアーティストと呼ばれることさえもはばかれるのかもしれない。

*ニパフの熊谷公演は、2006年7月31日と8月1日で、僕が行ったのは8月1日。他の項目はその日に行ったのでないのも含めています。