8月第3週 幸田文に導かれて信濃川へ
       −越後妻有アートトリエンナーレ


越後妻有アートトリエンナーレを1泊2日で見に行った。
新潟県十日町市と津南町の広大な自然のなかに、国内外から招いた芸術家が作品を作り、点在させる。観客はオリエンテーリングみたいに作品を探して移動する。作品を見ると同時に、美しい自然やそこに住む人の暮らしも見ることになる。
トリエンナーレという、3年に1回の開催で、2000年、2003年に続いて、今回が3回目。中越地震と豪雪の困難を乗り越えて開催されている。

4月第4週に、幸田露伴より先に幸田文を読んでいたことを記したが、その、先に読んでいた本が『崩れ』だった。70歳をこえていた作家が、大地が崩壊する現場を、自分の目で見、感じなくてはすまないと思い立ち、国内の数カ所を歩いて文章に残した。
そのなかに、1962年から63年にかけて、妻有地域の一部の松之山で起きた地すべりがでてきて、僕には他の崩壊地にもまして印象に残っていた。
豪雨や噴火による突発的な崖くずれや土石流や火砕流とは、様子が違う。人がふつうに暮らしている間に、ゆるりゆるりと地面が滑って、道が曲がり、電柱が傾いて電線が切れる。家が歪んで襖も障子も動かなくなるので外してしまう。

男たちはみな働きにでる。共同作業でしなければならない修復だらけで、誰も休むことができない。家には奥さんひとり、これも手が足りず、繕いものがたまって、仕様ことなしに針をもったという。一っ時の静かさである。そのとき、わきのほうでコトリと音がした。見まわしたら炉ぶちに置いてあった湯呑みが倒れていて、また更に床下へひずみができたことを察し、ぞっとしたという。

マルケスの『百年の孤独』みたいだと思った。リアルな語り口なのに、ふっと超リアルな時間が紛れこむ。

4年11カ月と2日、雨は降り続いた。(中略)水気などあるはずのない機械までが、3日ごとに油をくれないと歯車のあいだから黴(かび)を吹いた。金銀糸が錆びつき、濡れた衣類にサフラン色の苔が生えた。魚がドアから中へはいり込んで部屋じゅうを泳ぎ回り、窓から外へ抜け出せるくらい、空気は水を含んでいた。

しかもマルケスの文章はあくまでフィクションなのに、松之山のは本当に人が暮らしている現実のなかで起きていた。

幸田文が老年になって崩壊地に強くひかれ、ときには背負われてでも「そこ」まで行こうとしたのには、幼い頃、若い頃の隅田川体験が反映しているように思う。
かつての隅田川は、秋にはよくあふれて人の暮らしをおびやかしたという。その後、荒川放水路という別な川が加えられ、景色も生活も大きく変わった。
自然は変わらないものと、ふつうには思われている。人間が大きな自然破壊をしているけれど、そういうことがなければ、人情は移ろうけれど自然は変わらないふうにいわれることが多い。
ところが自然は変わるもので、とくに川の近くに住んでいると身近に感じることになる。それは近代に限らず、人が暮らすには水がなければならず、また水は人を襲いもする。地震や氾濫で自然は形を変えるし、また人が利水や治水のために自然を改造しもした。
父の幸田露伴にしても、代表作『五重の塔』では、クライマックスはえんえんと嵐の描写が続いて主役は嵐といえるほどだし、他の作品でも天変地異を書いている。
          ◇          ◇
甲武信岳から流れてきた信濃川が、越後妻有地域を南から北に縦断している。またその信濃川にいくつもの支流が流れ込んでいる。
トリエンナーレでは、川や水に関わる作品もあり、荒川の近くに住むアーティストが参加してもいる。

第1日

■ 春日部幹〈瀬替えをテーマにしている〉

渋海川(しぶみがわ)という、何か思いを誘う名の川が妻有地域を北に向かって、信濃川と並行して流れている。地すべり地帯の松之山に源流点があり、長岡市で信濃川に合流する。
蛇行して洪水が起きやすいことと、農地が足りないことから、曲がって流れているところをまっすぐに通し、水が流れなくなったU字型の部分を田にかえた。これを瀬替えといって、渋海川では全長82kmに47箇所もあるという。
春日部幹が2003年のときに作った作品は「瀬替えの郷せんだ」という道の駅の近くにある。作品というより、ほとんど瀬替えの説明板のようだったが、おかげでこの地域の特徴がよくわかる。

春日部幹「瀬替え」

■ 磯辺行久〈信濃川・渋海川の地形をテーマにしている〉

磯辺行久はこのトリエンナーレに第1回から参加している。
近年、環境をテーマにしていて、トリエンナーレでは川を考えている。
第1回では、かつての信濃川が流れていた跡を、今は田になっているところに黄色い旗を連ねることで示した。
第2回は、かつての信濃川が流れていた高さに足場を組んだ。今より25m高い位置だったと数字で説明されても、そうかと思うだけだが、実際にその高さまで組まれた足場に上がってみおろすと、足下に田が広がり、遠くまで見渡せて、ずいぶん高いということを体で感じる。
今回は渋海川に移って、瀬替えの前の川の流れを示す黄色い旗を並べた。U字型に囲まれた地形を生かして舞台に仕立て、踊りのイベントも開催されたらしい。

U字型の川の流れ跡がよくわかる。 磯辺行久〈渋海川の瀬替えに設置した作品〉

■ 古郡弘〈荒川に沿った埼玉県深谷市に住むアーティスト〉

古郡弘もトリエンナーレに第1回から参加しているが、1回ごとに迫力をましている。
2003年と同様、泥をつかい、多くの人の協力をえた作業で、農家のような、砦のような、寺院のような建築物を作った。前のが土の壁だったとすると、さらに厚みをまし、ごつくなり、土の柱のようになった。
円形の回廊があり、回廊の内側は白い石ころがゴロゴロしている中庭で、中心に細い背の高い木が立っている。回廊の壁の上には、廃屋の板材をつかった屋根をのせている。
その上に青空が抜けて見えて、風の音がする。
回廊をゆっくり巡ると、中近東の遺跡のようでもあり、ヨーロッパの城や寺院のようでもあり、壁に葉のついた枝をさしてあるのが、日本の神社のようでもある。特定の時代や地域や宗教に関わらない、祈る心のはじまりが形になっているようだ。心の奥のほうに小さく潜んでいる、いろんな記憶や連想を目覚めさせられる。

内部に入ってくる人たちのほとんどが、声をあげていた。
すてき。おもしろい。これは何だ。わー。
小さな子どもから、老年まで、連れのある人はほとんど例外なく何かしら感嘆の声をだす。
現代美術ではめずらしいことだと思う。
一方で、まだ小学校入学前かと思える女の子が、親に、「瞑想するといいよ」と言ってるのにも驚かされた。実際に、ベンチがわりに置かれた板に腰かけてしばらくじっとしている人もある。
たかぶる気持ちと、ひっそり沈もうとする気持ちが、両立する。昂揚と沈潜をともに誘う。

泥でできているので、日があたるところは乾いているが、あたらないところは水分をじっとり含んで湿っている。
光と影、暑と涼の強いコントラスト。
古郡弘の土の造形作品

■ 守屋行彬〈荒川に流れ込む赤平川沿い、埼玉県小鹿野町に住むアーティスト〉

会場のピュアランドは冬の雪祭りのための場所で、そこで夏祭りをしようという。
雪の重みから樹木などを支えるのに使う雪囲いの木材を組んで、布を張る。訪れた人が、花でも虫でも雲でも、それぞれに自然から題材をとった絵をかいて、作品に仕立てていく。
中央に細い鉄板を曲げてマチスの絵から立体化した人物が踊っている。レンズ状に窪んだ芝の広場なので暑いのだが、祝祭的雰囲気が漂っている。最後の晩には、ここに絵をかいた人が集まって火を焚いてぐるぐるめぐったりしたら素敵だ。

守屋行彬のワークショップ

● まえじま〈1日目に晩餐をした日本料理屋〉
(tel.025-752-3433)

守屋行彬さん夫妻とは旧知で、ピュアランドではなく、市街の日本料理屋さんに場所を移して晩餐にした。
ほかに加わったのは、松代の住人で、このホームページのデザインをしてもらった池田さん。
池田さん宅に泊まっている野副さん。野副さんは、このトリエンナーレに参加している別の作家の展覧会を開催する準備に関わっている縁で訪ねてきている。

僕だけ約束の時間に遅れていった。トリエンナーレの案内所でもらった十日町の市街図に、まえじまは別な位置に表示してあった。元の店が地震で壊れ、移転して開業したのだったが、案内図が直してないのだった。市街図が作り直してくれてあれば遅れずにすんだのだが、逆にそのために地震の被害の1つを知ることとなった。

暑い日だったのでまず生ビール。この一瞬のために1日があったような気がするほどの、のどごしの快感!
そのあとは地酒の天神囃子。
アートの話や、この地域の話や、とても楽しい晩餐になった。

● 旅館清水屋
(新潟県十日町市昭和町4丁目 tel. 025-752-2477)
http://www.ryokan-shimizuya.com/

駅から近い旅館。料理がおいしそうなのだが、夕飯は別にすませてしまった。でも朝食のご飯がとてもおいしかった。さすが魚沼のお米。

          ◇          ◇
第2日

● 越後松之山「森の学校」キョロロ
(新潟県十日町市松之山松口712-2 tel. 025-595-8311)
http://www.matsunoyama.com/kyororo/

2003年に建ったトリエンナーレの拠点施設の1つ。
手塚貴晴+由比が設計し、鉄さびに覆われた蛇のようなユニークさ。
冬には雪の中の潜水艦(潜雪艦か)になっていた。
このレストランで棚田定食を食べた。
近くのいくつかの棚田の形を模して作った器に盛られている。
地元の野菜とお米(米も野菜か..)による料理で、質素でおいしい。

塔の最上部には大きなガラス。潜望鏡が空をのぞいてるみたい。
そこまで階段を上がるので、息が切れる。
キョロロの全景写真

■ オル・オギュイペ〈東京に電力を送る信濃川〉

清津川が信濃川に合流するあたり、取水ダムがあって、数キロ下流には発電所がある。この電力は東京に送られ、山手線を動かしているという。そのために信濃川の水量は減って、生き物が住みにくくなっている。
また、この地域には図書館がないことにもアーティストは感慨を受ける。
そこで作られた作品は、電柱を立て、地元の高校生から公募して、詩人・大岡信が選んだ、川についての短歌や詩の一節を刻む。
また建築家・小嶋一浩を加えて、板を組んだ簡素な椅子と書架を作り、仮設の図書館にする。

これは2000年の作品で、図書館としての作品は、会期が終了後には地元の小学校の屋内に移設されることになっていた。
それで今は電柱だけが立っている。
信濃川を背景にしたオル・オギュイペの作品

■ 霜鳥健二〈信濃川の河畔に地元の人の姿を印す〉

国道117号を南下して、津南町の足滝で信濃川をこえる。
ここに住む人たちの姿を黒いシルエットに作った板が、川のそばの空き地に並んでいる。
信濃川の河畔の土手におかれた作品

■ カサグランデ&リンターラ建築事務所〈釜川の土手の瞑想空間〉

旧中里村に釜川という細い川がある。やがて清津川・信濃川と合流する。
釜川橋という橋の近くに、2000年にフィンランドの建築家グループによって作品がひとつ作られた。
作品というより、ある程度の広さがある公園のような場で、制作費も河川の土手を整備する補助金を利用したようにきいた。
鉄と石と樹木を組み合わせて、とても静かで、リラックスできる場ができた。ここにくると立ち去る決心をするのがつらいくらい、長い時間いたくなる。
カサグランデ&リンターラの作品は瞑想を誘う

● 小嶋屋 和(なごみ)亭
(新潟県十日町市下島寅乙407-11 tel. 0257-57-1513)

今回は都合で1泊2日きり余裕がなくて、こころゆくまで見るわけにいかなかったが、ひとまず十日町まで戻った。トリエンナーレをきっかけにして、このあたりには数回来たが、まだ名物のへぎそばというものを食べたことがないので、夕飯までのつなぎに食べてみた。小嶋屋は十日町のへぎそばの老舗で、和亭は本店とは駅の反対側にあり、内装もセンスがよくて落ち着ける。

そばを打つときのつなぎに布海苔(ふのり)という海草をつかっている。ふのりというと接着材を連想してしまうので、へぎそばの説明を聞いたときは、そういうのもありかと、とまどった。
へぎそばは盛りつけが1口ずつUの字形

*およそ2006年の行程にそって書きましたが、川と水と荒川にしぼって、いくらか組み替えたました。

参考:

  •  『崩れ』 幸田文 講談社文庫 1994
  •  『百年の孤独』 G・ガルシア・マルケス 鼓直訳 新潮社 1972
  •  『国文学の発生 まれびとの意義』 折口信夫全集第1巻 中央公論社 1965