9月第5週(1) 星川と元荒川が合う


8月に、熊谷の星渓園の隣の寺でパフォーマンスの集まりがあるのを見に行った。[8月第1週(1)
星渓園は、荒川の氾濫跡から水が湧いたのを庭園にしたもので、今は水が枯れて荒川からひいている。
そこを出発点にして星川が流れ、熊谷の中央部を横断している。熊谷の高校に通っていたので、その頃から星川の眺めにはなじんでいたのだが、その流れがどこにいくのか、考えたことはなかった。
ようやく気になって、熊谷市役所に友人の浜島君がいるので尋ねてみた。
さすがに地元の専門家で、河川を担当する課にある地図を広げてみて、地図上の位置はすぐにわかった。
熊谷から行田にかけてもう1つ星川という川があって紛らわしいのだが、星渓園発の星川は、忍川と名を変えて、行田市内を流れ、鴻巣市で終わる
いくつかの地点で、あれが星川なのかと思い当たるところがある。
そう長い距離ではないから、始めから終わりまで、通しで見てみようと、また自転車ででかけてみた。

■ 熊谷市

星渓園から駅通りまでは、遊歩道が整備され、彫刻がいくつも置かれている。
駅通りから東は、一時、川にふたをして、道を広げる計画があったが、市民の反対があって、逆に遊歩道に整備することとなって、その工事が始まっていた。
ラオックスのあたりでいったん暗渠になって道をくぐるが、また地表にでて、新しくできた大きなマンションなどの脇をいく。


この彫刻は圓鍔勝三(えんつばかつぞう)の『花園の歌』
暗渠のうねった道に沿って、入口が手の形をした不思議なビルがある

国道17号をくぐると、それまでコンクリートの川だったのに、草と土の川に一変する。田畑の中に住宅もまじるような一帯を、右に左にゆるやかにくねりながら細い流れが下っていく。
左岸を行ったら行き止まりで、戻って右岸に橋を渡る−というようなことが、こういう川だとある。
古そうな橋を渡って、また左岸を行く。

東京ガスの大きなタンクがあるあたりで、2つの流れに分岐する。その2つの流れに挟まれた細長い土地に八幡神社がある。上流側に社殿があり、下流に向かって参道が伸びている。
(写真の向こうが上流。左に用水路、右に忍川が、こちらに向かって流れている)


■ 行田市

国道17号熊谷バイパスをくぐる。国道125号と立体交差する付近を車で走るとラブホテルの自由の女神が国道側を向いて灯りを掲げているのだが、川のほうからは斜め後ろの姿が見えた。
秩父鉄道の持田駅付近からは、並行している秩父鉄道の線路がずっと近づいている。
翔栄橋という、行田市駅北側の広場のつづきのような広い橋を渡る。
左から酒巻導水路が合流してくる。


秩父線の橋が架かる。
線路だけなので、強風や地震があるとすぐ車両が落ちそうな気がする。

国道125号をくぐると、右岸の角に大長寺(だいちょうじ)がある。ここは母方の家の菩提寺で、何度か法事にきている。ああ、この脇を流れているのが星川=忍川だったのかと思い入る。
右岸を走って、行田警察、行田養護学校が左にある。
利根川の水の一部を荒川に流す武蔵水路に並行して南下する。すっかり田園地帯になっている。
さきたま古墳のあたりでは、武蔵水路ととても近づいて、丸墓山古墳を左に眺めて下っていく。
川に沿った道がなくなって右にそれていくと、行田市文化センターみらいの脇を通った。ここは、先日、宮脇昭さんの講演会を聞きにきたところだ。[8月第2週]
流れは、国道17号熊谷バイパスをくぐり、1590年に石田三成が忍城を水攻めにするために築いた石田堤をいく。

■ 鴻巣市

新幹線が高架を走る下を抜けると、すぐ先で、星川=忍川は元荒川に合流する。武蔵水路の側道から合流点がよく見えた。3角形の地形の上は田んぼになって、緑に稔っている。

左が元荒川、右が星川。向こうからこちらに流れている。
写真をとっている位置のうしろを、右から左へ武蔵水路が流れていて、合流した元荒川の下をくぐる。

道の反対側に渡ると、合流した元荒川の下を武蔵水路がくぐっているところを眺められる。
断片的だった風景がひとつにつながって、おもしろい行程だった。
出発点から最終点まで、昼食を含めて4時間ほどだった。