10月第3週 路地の2−谷中に露伴の五重塔跡を訪ねる
               (谷中の藍染川は隅田川へ)


「アートリンク上野−谷中」という芸術関係のお祭りが毎年秋にあって、上野から谷中あたりにある美術館や画廊がたくさん参加して、いろいろな展示やイベントがある。
ほとんど毎年欠かさず見ているけれど、近ごろ幸田露伴に興味をもったので、あらためて露伴の小説のモデルの五重塔跡を見がてら今年も出かけた。

■ 天王寺五重塔跡

日暮里駅を降り、御殿坂を少し上がって「初音のまち」に左折すると、まもなく台東区立朝倉彫塑館がある。幸田露伴は、この隣に住んでいた。新聞連載の原稿を投函する途中、毎日、五重塔を眺めていて、小説を着想したという。
谷中墓地に入り、桜並木の交番の近くに五重塔跡がある。まだ露伴の『五重塔』を読んでいないときには、古くさい小説に何か関わりがあるところとしてしか意識していなかった。寄居に紀行したことがある有名な人の作品として、最近ようやく読んでみたのだったが、構成のおもしろさ、文章のリズム感、最後にえんえんと描写される嵐のすさじまじさなど、退屈を予想していたのが、みごとに裏切られ、堪能した。

塔のかたちに礎石が残っている。小説のダイナミックな印象からすると小さいくらいに感じられる。 天王寺五重塔跡

1791年に建った塔は、関東大震災にも戦争の空襲にも無事だったのに、1957年、心中事件のトバッチリで放火されて燃え落ちてしまった。露伴の娘、幸田文は、見知らぬ人から電話で知らされ、塔の最期を目撃した。

 のちに消防署の人に逢ったが、その時こういわれた−そういっちゃなんですが、あんな珍しい、そしてきれいな火事はめったにありませんな、と。そのとおり私もそう思った。(中略)
火がまるで手品のようで、横にはい、斜に吹き上げ、下へと吹きおろし、上へと剣に立って、世の常の「燃える」ということとはおよそ違って、なにか夢のような美しさがあった。
(『上野谷中』 幸田文全集第15巻 岩波書店 1996)

■ アートリンク上野−谷中2006

東京国立博物館、国立科学博物館のような大きなミュージアムから、小さなギャラリーまで、秋の期間中に上野、谷中周辺を歩くと、あちこちで楽しいみものがある。

□ 時夢草庵「混沌人 ジム・ハサウェイ墨絵新作展
(台東区谷中4-1-16 )

路地の奥にある民家にアメリカから来たアーティスト、ジム・ハッサウェイが住んでいる。
ふだんはアトリエに使っているところに、この期間だけギャラリーにして作品を並べている。

(数年前、やはりこのイベント中に妻と来たことがある。妻がこの人の作品を気に入り、1点買った。
なぜか「3 Dragon Foot」というタイトルだが、墨で描かれているのは仏足石の図柄だった。僕ひとりだったら、こういうのは買わない。どこがいいの?と思うのだけど、たまにはこういう買い方をすると偏らなくていい。たいてい玄関の沓脱ぎベンチの上に置いている。)

玄関に絵をかけてある

□ スカイ ザ バスハウス「ジェニー・ホルツァー展」
(台東区谷中 6-1-23 柏湯跡 tel. 03-3821-1144 )
http://www.scaithebathhouse.com/

アート関係では有名なギャラリーで、TBS「時間ですよ」のモデルでもあった古い銭湯をギャラリーに転用している。

ジェニー・ホルツァーは、文字を書いたり、彫ったり、ディスプレーで見せたりする表現をするアーティストで、今回は、高い壁面にたくさん並べた小さな画面上を、文字が電光ニュースのようにつながって動いていく作品を作ってあった。
銭湯の大きな浴場・脱衣室はギャラリーに転用してもつかえる。
銭湯をギャラリーにかえた スカイ ザ バスハウス

□ 僕はロビンです お腹をこわしています

歩いていると、どこだったかのお寺で、本堂の前の柵に、こういう犬がつながれていた。
後ろの貼り紙には、
「僕はロビンです
お腹をこわしています
のでお菓子等は遠慮いたします
よろしくネ」 
犬のロビンはおなかをこわして元気がない


□ 東京国立博物館「仏像 一木にこめられた祈り」
(台東区上野公園13-9 tel. 03-3822-1111 )
http://www.tnm.jp/jp/

1本の木を彫って作った、一木彫(いちぼくちょう)の仏像が並ぶ。
そういうテーマで集めてあるといわれなければ気がつかないような、すごい技にもひかれるが、僕は鉈(なた)で彫った荒削りの彫像に魅かれた。

[10月第1週]に見た前川國男は、パリから帰ってまず東京帝室博物館のコンペに応募して敗れたのだが、そのとき実現したのが渡辺仁設計のこの博物館。 前川國男設計の東京国立博物館の正面の眺め

というようなのを見て回る間に、はらごしらえ関係には、こんなところに寄った。

● 食堂かめや 
(文京区根津2-18-2 tel. 03-3821-0861 )

よみせ通りを歩いていたら、「宮城県広田湾産の牡蠣 入荷」という貼り紙にひかれた。秋になって牡蠣の文字を見ると、ついフラフラ寄っていってしまう。秋は牡蠣と柿に弱い。
かきフライ定食、900円。大きめで、ふっくらして、おいしかった。
外の看板に「東京都指定食堂 かめや」とある。終戦直後に外食券食堂に指定されていた名残りという。
この通りは、もとは川で、大雨になるとよく水があふれたので、埋められて道路になった。
紺の染物屋が多かったので藍染川といい、逢初川という粋な表記をされることもあり、かつてはきれいな水が流れ、蛍川とか、蜆(しじみ)川とかもいわれていたという。
川だったころは、不忍池を経て忍(しのぶ)川となり、蔵前橋あたりで隅田川に注いでいた。

もとは隅田川に流れ込んでいた藍染川が、今はよみせ通り。
右のくすんだ緑色の日よけが「かめや」。店の前に立ててある赤と白の看板に「東京都指定食堂 かめや」とある。
こみせ通りに面したかめやの店先


● 根の津 
(文京区根津1-23-16 tel. 03-3822-9015 )

東京でさぬきうどんを食べるならここ!と、いくつかあげられるうちの1つ。
ぶっかけうどんの冷たいのを食べて満ち足りた。600円。

さぬきうどんの店、根の津のおしゃれな入口 根の津の建物の全体を見るとふつうの古い店
表の、からし色ののれんが風にはたはたする風情や、店内のデザイン感覚も、とても素敵なのだが、 下がってみれば、もとは築3、40年かという月並みな、たぶん店舗付き住宅。

● ふるほん結構人ミルクホール
(文京区千駄木2-48-16 http://kekkojin.heya.jp/ )

谷中の話のはずなのに、谷根千といわれるうちの根(津)や千(駄木)ばかりになってしまった。
谷中にもそそるカフェがいくつかあるけれど、ここには行ったことがなくて、どんなところか興味があった。
インターネットで印刷した地図をたよりにいくと、狭い路地に面した入口を見つけた。あまりに狭いので、入口の写真を正面からとれないくらい。
ひとりでいる人が居心地悪くないように、というコンセプトで作ったようだ。
中の椅子や卓の配置や、お願い書きに、そういう姿勢が示されている。
何人かできて盛り上がってもらったほうが営業的にはいいのだろうが、こういう店があるのが都会の路地的でいい。

左側、ポッと灯りがついてるところが店の入口。ここもふつうの住宅の一部をカフェにデザインしなおしている。 住宅を改造したカフェが狭い路地にある

■ 路地、井戸

谷中では、数軒の家に囲まれた狭い土地にある井戸も見かけたことがあるが、玉林寺の脇を行くとこんな井戸があった。小さな崖下にあり、崖のあたりは木と草で藪のようになっている。古い街並みが残る谷中のなかでも際だって現代ばなれ、都会ばなれしている。

左の柱に「野田家専用」の札。
汲み上げられた水がでる先端には布をかぶせてある。水を含んでタポタポした重みをもった感覚を思い出して懐かしい。
低い崖の斜面下にある井戸

寄居では、目を上げれば低くても近くの山並みがあり、すぐ近くに川が流れ、森がある。谷中では、これくらいの量の緑でも目立ってみえるほどに、都会には緑が少ない。
寄居の路地で、多くの家が植木や花を飾らないのを不思議に感じたのだが、都会の路地で渇きをいやすように緑のものを育てようとするのとは事情が違うかもしれない。

参考:

  • 『上野谷中』 幸田文全集第15巻 岩波書店 1996
  • 『谷中スケッチブック』 森まゆみ ちくま文庫 1994