10月第5週 6つの堰をまとめて1つにする


寄居中心部から6キロほど下流に六堰(ろくせき)がある。
およそ400年前の江戸時代、1602年から十数年の間に、荒川左岸に4つ、右岸に2つの堰が作られた。
1939年には、それらをまとめて1つの堰にする工事が10年がかりで完成し、六堰ができた。
左岸に取水口があり、右岸へは川底をとおる道をつくって(これをサイホンという)渡す。
その後、堰の周辺の砂利は下流に流され、一方、上流には玉淀ダムができて、あらたな砂利は補充されなくなってしまった。
このためサイホンが露出し、六堰の機能も低下したので、2003年に新しい六堰が完成した。
3820haの水田に農業用水を送ることと、下流に流れる水の量を調節する機能がある。この堰がないと、田んぼに水が足りなくなったり、下流の一部区間で流れる水がなくなる「瀬切れ」が起きたりする。

川の博物館には「荒川大模型173」というものがある。荒川の源流(甲武信岳)から河口(東京湾)まで173kmの1000分の1立体的模型を屋外に作ってある。
ボランティアの人たちがその解説をされているが、本などを読んだだけの知識では話にふくらみがない、説得力がないということで、173kmのあちこちの地点を実際に見に行って勉強されている。
六堰に行く機会があり、加えてもらって同行した。
国道140号の旧道を、寄居から熊谷方面に向かうと、右側、道から少しさがっただけの位置に駐車場があり、管理用の建物があった。何度も走ったことがある道なのに、うかつで気がつかなかった。岩淵水門[5月第1週]でもそうだった。気がついてみれば、なぜこれを見逃していられたのだろうと不思議になるくらい。

六堰の風景。上は道路になっている。 コンピュータの操作台

6つの柱が立ち、間に5つの可動堰がある。ダムのように水をためるのではなく、とめるのだという。
上部は道路=橋になっていて、対岸の川本にいた武将、畠山重忠から名を借りて重忠橋という。
右の写真は管理棟の内部。下流にどれだけの水を流し、用水にどれだけの水を取り込むか、ここで管理する。こう写真を並べると、空調のきいた部屋で端末を操作する穏やかな仕事にみえるが、ごみが流れてくる、草取りをした草が流れてくる、藻が大量に発生する、というときに、人力で取り除くたいへんな作業もある。
また、すでに新たな砂が堆積しつつあって、それを浚うことも課題だという。それは人力ではなく、大がかりな機械的工事になるが、経費も大きい。

左岸寄りの様子。柱とコンクリートの壁の間、陰になっているあたりが、魚が通過できるようにした階段式魚道。赤い部分は取水口の柵。 川でよく見かけるこういう施設のデザインがすてきだと思う。とくに上の箱状部分の比例、構成がいい。静止した直線の箱の外には、円を描き運動をはらんだらせん階段が取りつく。

こういう堰や取水口や管理用施設を含めた総称を「頭首工」(とうしゅこう)という。英語ではhead works。用水路の頭首部に設けられるという理由によるとのことだが、土木用語として奇妙な語感がある。上の写真に限っていえば、形そのものが頭と首に見えなくもない。

8月第1週(1)]に、熊谷市内にある庭園、星渓園の水源が枯れ、荒川から取水していると書いたが、その取水点がここなのだった。星渓園から流れ出た水は、熊谷市内の星川から忍川に名をかえ、元荒川に合流する。その流れに沿って自転車で走ってみたのだが[9月第5週(1)]、これですべてのつながりがわかったことになる。
元荒川は、やがて利根川に合流するから、荒川に水の一部が利根川に向かっていることになる。利根川からは武蔵水路によって一部が荒川に導かれているから、いったりきたりという感じだ。

4km下流に明戸サイホンがある。これも左岸で取水した水を、地下を抜けて右岸に渡すサイホンなのだが、六堰が機能していて不要だし、旧六堰と同様、河床が低下して川の流れを妨げているので、撤去されることになっている。
今ならまだ見ることができるはずということで、そちらも見にいくことになった。
移動の途中で島田屋[7月第2週]の脇を通る。
秩父鉄道の明戸駅に近くで荒川にでると、むきだしになったサイホンがあった。

● 麦客庵
(深谷市瀬山443 tel. 048-583-4475 )

明戸サイホンから北に向かうと、国道140号の旧道と現国道の間に農家の蕎麦屋さんがある。
農業優先なので農繁期はお休み。(それで、勧められてから実際に食べる機会を得るまでに2度空振りをしてしまった...)

奥の建物を改修して店にしているが、内部のデザインなど、いかにも商売ふうに作りすぎてかしましくなっていないところがいい。ふつうに暮らしている農家で、何かの集まりがあってお客さんをお迎えする日−のような感じ。簡潔なしつらえに安心してくつろげる

天ぷら蕎麦をおいしくいただいて、あとゆで卵が1つついていた。蛋白質の補給にもなり、満腹感もあり、いい心配りだと思う。
「麦客」は麦の収穫期に農具(昔は鎌、今ではコンバイン!)を持って日雇いで賃金を稼ぐ流しの農民のことをいうらしい。