12月第1週 牡蠣の2−江戸前の牡蠣 


■ 西なぎさ
荒川は最後に東京湾に流れこむのだが、左岸の末端に葛西臨海公園がある。そこから橋が伸びて、「西なぎさ」という人工の渚にでる。あっけらかんとした風情が気にいって、今年は3回も行ってしまった。
アルファベットのUの字のような形をしていて、海に向かう2つの先端は、石積みの細い堤防が延びているのだが、先っぽの少し手前で、これ以上進まないように柵がある。

西なぎさから見る荒川の河口 西なぎさの先端には、牡蠣を捨てないよう注意書きがある
西なぎさからの荒川河口の眺め 石の間には牡蠣の殻
向こうは太平洋

不思議なことに、そのあたりでは牡蠣の殻が石の間に散乱していて、先に行くほど密度が高くなる。そして柵には注意書きの標示がかかっている。

ポイ捨て×  注意!
カキの殻は、放置せずに必ずお持ち帰りください。
此処厳禁放置牡蠣殻 請一定要随自帯回去。多謝合作!
   葛西海浜公園 管理係

( 3行目は中国の簡体字で書かれているのを、見当で日本の漢字に改めた)

初めてここで牡蠣の殻を見たときには、びっくりした。どうしてここに牡蠣が?
その後、あれこれ本を読んだりしていて、今さらわかったのは、東京湾は牡蠣の名産地なのだった。
寄居の京亭にほれこんだ作家、池波正太郎の関連本には、牡蠣は江戸の名産品で、「深川の牡蠣」は文化文政の江戸名物だったとある。大正時代以降になっても、東京が牡蠣生産量日本一になったことが2度あるとも。(『鬼平舌つづみ』文藝春秋編 2004)

前回ふれた気仙沼の牡蠣業の畠山重篤さん(現・京都大学フィールド科学研究センター教授)も、木更津の水産仲買業者から、木更津の海でとれる牡蠣が商売にならないか相談を受けたことを記している。

はちきれんばかりの丸々とした身が入っている。私も牡蠣を扱ってウン十年だが、滅多にお目にかかれない牡蠣だ。
食べてみると、わが貝浜漁場から水揚げしたものと遜色のない味である。天然モノだけに貝柱も大きい。さすがは江戸前、と感心した。
(『日本<汽水>紀行』 畠山重篤 文藝春秋 2003)

ただし、またさすがに東京湾なのだが、大腸菌の数が基準値を数倍超えていて、とても食用にできない。1個の牡蠣は1日に約200リットルの海水を体内に取り込むので大腸菌を蓄積してしまう。逆にきれいな海水に置けば細菌が抜けるし、さらにオゾン殺菌水槽で24時間飼育して出荷できたというのだが、それだけの手間をかけなくてはならない。

三番瀬というところには、牡蠣が堆積して、珊瑚礁みたいに牡蠣礁まであるという。
東京湾には、いくつもの川が流れ込むので海を豊かにしている。
西なぎさの注意書きは、東京湾の牡蠣を採って食べた人が殻を残していくからだろうか?おいしいとしてもこわいことだ。

● グランドセントラルオイスターバー
東京都港区港南2-18-1 アトレ品川4F tel. 03-6717-0932
http://www.oysterbartokyo.com/

安全な牡蠣を食べたいので、品川に回って牡蠣の店に入った。ニューヨークのグランド・セントラル駅にある『グランド・セントラル・オイスター・バー&レストラン』が出店していて、本家は駅と同じ1913年創業という歴史がある。
かつて刺身など生の魚貝類を食べなかった欧米の食文化のなかで、牡蠣は例外的に生で食べられていた。生ばかりではないだろうが、オイスターバーというものが、鉄道の開業と同時に駅に店を構えるほど、牡蠣にはなじみがあったことになる。
まだワールド・トレード・センターがあった頃、ニューヨークに行き、グランド・セントラル駅の中も歩き、街歩きの途中にも、何度か見かけた。まだ牡蠣のおいしさに目覚める前のことで、本家の店には寄らずにきてしまった。惜しいことをした。

駅舎の設計はワレン&ウェットモア。優雅な大空間で、旅の始まりでもあり、終わりでもある特別な場所を作り上げている。特別な場所というのは、これくらいの意気で作られなくては、と思う。
後ろにそびえているのは、50年後の1963年に建ったメットライフビル。いくつもの映画でパンナムビルとしてさっそうと立っている姿を見てなじんでいたが、駅とこういう位置関係にあるのは気づかなかった。
ニューヨークのグランド・セントラル駅

妻と2人で注文したのが、生牡蠣のおすすめ盛り合わせ8個、宇和島産真鯛のタリアテッレ、牡蠣フライ、サラダに、白ワインをグラスで。
生牡蠣のおすすめ盛り合わせ8個は、アメリカ、ニュージーランド、北海道、三重産各2個なので、それぞれ1つずつ食べた。ニュージーランドのものは目立って小型。僕も妻も、日本産の北海道、三重がおいしかったねで一致した。やはり日本の味になじむということなのか、遠距離を運ばれると味がかわるのか、たまたまか。牡蠣は好きだけれど、通ではないので、わからない。
牡蠣フライもいい揚がり具合でおいしかった。衣がパリっとして、厚すぎない。牡蠣の持ち味をころさず、閉じこめてしまった感じがない。軽く腹におさまった。
今日のおすすめTODAY'S CATCHにあった宇和島産真鯛のタリアテッレは、さっぱりと焼いてあり、牡蠣のあとに味も調理もかわって、いい選択だった。
店内は広くてたくさんのテーブルがあるのだが、間遠にならずに次の料理が届く。運んでくれる人が適度な親しみがあり、またいろんな顔立ちの人がいてニューヨークっぽいのもいい感じだった。

参考:

  • 『鬼平舌つづみ』 文藝春秋編 2004
  • 『日本<汽水>紀行』 畠山重篤 文藝春秋 2003