12月第3週 日だまりハイク、展望温泉、波久礼で一杯 


寄居町は、荒川が秩父山地から関東平野に流れ出す地点にあり、山、平地、川、段丘などが入り交じって、人の顔みたいな言い方をすると、彫りが深く、陰影に富む。
それでハイキング向きの道がいくつもあるが、僕の知る範囲で、これこそが寄居のハイキングの王道、ハイライト・コースというのがここ。
長くも厳しくもない適度な山道を登って、山頂からの展望を楽しむ。
山からおりたら、丘の上にある、これも展望のいい大浴場で、温泉にひたる。
丘の真下の秩父鉄道の波久礼(はぐれ)駅まで下ると、すぐ駅前に、小さな小屋と大きな倉庫が、おいしい酒を用意して待ってくれていて、どちらかで一杯。

●洋食つばき
埼玉県大里郡寄居町大字桜沢499-8  tel. 048-581-1361

寄居駅を町役場側に出て、右に線路づたいの道を行くと図書館の脇を通る。高架の下をくぐって左に進む。
鐘撞堂山には、まっすぐ行けばいいのだが、まず昼ご飯を食べることにする。
山歩きにでるのは朝早いのがふつうだが、ここでは夕方の楽しみにあわせて、怠惰に昼ころ歩き出す。そこでまずランチをとらなくては。
高架脇の道を進んで、最初の信号を右に曲がる。
JR八高線の踏切あたりから、2階の壁に「洋食つばき」と書いたのが見えてくる。踏切の近くには看板などに規制があって、ピカピカチカチカするようなのは使えないので、明快に文字だけを壁に大きく書いてある。
熊谷方面から寄居に向かって電車で来ると、寄居駅の手前でこの文字が見えて、前から気になっていた。でも寄居の中心地から離れているし、旧街道沿いでもない、やや奥まったところにあるものだから、なかなか来そびれていた。
一度行ってみたら気持ちのいいところで、もっと早く行ってみるのだった。

「つ」「ば」「き」の右遠くにスカイラインが見えているのが鐘撞堂山。
2階の壁の「洋食つばき」はこの写真の右側になる。
洋食のつばきの店の向こうには鐘撞堂山が見える

この日は、通常の印刷メニューにはない、手書きで貼り紙してある季節限定の牡蠣フライを注文した。今頃は洋食系の店に入って牡蠣フライがあると、ついこれにしてしまう。でもなかなかおいしいのに出会わない。牡蠣をおいしく食べるためにフライにするのに、フライの衣を食べてるような感じになるのが、けっこう多い。
でもここのはおいしかった。大きめの牡蠣がふっくらしてるのが、サクっとした衣のなかに潜んでいて、牡蠣フライはこうでなくては、とうれしくなりながらいただいた。
この店では串カツも僕の好みにあっている。牡蠣フライ同様、がちがちと分厚いコロモに埋もれているのが多くて、カツを中心にしたチェーン店でも、日本橋の有名店でも、そんなことがあった。でもここでは、サクっと軽いコロモにくるまれて、しっかりした厚みのある肉のおいしさを味わえる。

元は高田馬場で店をしていて、30数年前に寄居に戻って店を開いたという方が主。当時、このあたりでは洋食になじみがなくて、カニクリームコロッケをだしたら腐ってると通報されて保健所が検査にきたとか、カウンターがあってアヤシイものをだしてるので食堂ではなくてバーの営業許可をとらされたとか、今では考えられないような昔ばなしもおもしろい。

■ 鐘撞堂山

踏切を渡って元の道に戻り、北に向かう。
国道140号を横切り、さらに進むと大正池にでる。

ずいぶん前になるが、子どもが小さかったころ、鐘撞堂山に連れてきたことがあった。歩きなれないし、自分が好きで山にきてしんどいのぼり道を行くわけではないから、可能なところは省略しようと、寄居駅からここまではタクシーに乗ってきた。 大正池

大正池から先が山道になる。
まもなく竹炭の窯がある。竹林に囲まれていて、ドラム缶を伏せたような窯から 煙がでている。

たいした歩行時間ではなく、山頂に着く。

鐘撞堂山は標高330m。戦国時代、鉢形城の防衛施設の1つで、非常事態が起きると鐘をついて知らせた。 鐘撞堂山の山頂には展望台がある

前より展望が広くなった気がする。ほとんど360度見渡せる。
遠くには赤城や筑波の山。
足下には、寄居の役場、寄居の地酒「白扇」の大きな工場。
川の博物館の水車や、その前の河原に白い点が集まっているのはコハクチョウ。
今日はしっかり双眼鏡を忘れずに持ってきていて、のぞいてみると、熊谷の陸上競技場のドーム、さいたま新都心に平べったい屋根が見えるのはスーパーアリーナ、新宿の高層ビル群も見えた。

和光から来た人、深谷から週に何回も登っているという人が、次々に上がってきて、長時間、展望を楽しみながら話し込んでしまった。
深谷の人はこのあたりの山をよく歩いていて、山の名前にも詳しいし、地域の事情にも詳しい。
展望がよくなったのは、木を切り、ツツジを植えて、観光開発をするためで、すぐ下の道もその関連で2、3日前にできたばかりだという。
今日は風が強いが、そのぶん見晴らしがよくて、こんなにあれこれ見ることができるのは久しぶりとのことで、いい日に上がってきた。

しだいに日が傾いてきかけて、ようやく別れて降りた。
円良田湖(つぶらだこ)の脇から、羅漢山の小さなふくらみに上がり、五百羅漢のさまざまなスタイルと表情を楽しみながら降りて、波久礼駅の裏手にでた。

■ かんぽの宿寄居
埼玉県大里郡寄居町末野2267 tel.048-581-1165
http://www.kanponoyado.japanpost.jp/shisetsu/yado1/2122yorii/

そこから急坂を上がった丘に「かんぽの宿寄居」がある。
日帰り温泉に入る。800円。
大浴場は、高い段丘上の建物の、さらに最上階にあるので、大きなガラスの向こうに高度感抜群の展望が広がっている。
ゆったり湯につかって、荒川を挟んで向こう側の山並みに日が沈んでいくのを眺める。沈みきっても、山の上に浮かぶ雲に下から日がさしてあかね色に輝く。
窓に近づいて近くを見下ろすと、底には闇が先にきていて、これから行くつもりの店の灯りが招くように明るく際だってくる。

波久礼駅前に2軒の対照的な店が並んでいる。
左に小さな小屋。右に大きな倉庫。どちらも「金太郎」という店。
倉庫は、すぐ前の国道140号から見ると、壁がはがれかけた、廃屋のような建物で、なかにおいしいレストランがあるなんて、とても思えない。
大きな倉庫の奥のほうをおしゃれな店に改造してあるが、手前はがらんどうで、車が入ってしまえる。
右下隅に屋根が見えているのが波久礼駅。
大浴場からみおろした波久礼駅前。大小2つの金太郎がある。

料理はおいしいし、倉庫の大空間のインパクトも強烈。長瀞の「自然の博物館」にいたころ、大事な来客と食事をするときには、ここまで案内して、はずれたことがない。

● 金太郎
埼玉県大里郡寄居町末野80-1 tel. 048-581-2469

小屋も倉庫も同じ所有者らしく、イタリアンとか、居酒屋とか、料理の種類が大と小とで入れ替わったりすることがある。
小屋に行って味噌ダレ串刺し焼き豚にしようと楽しみにしていたのだが、それは倉庫に移っていて、今日は定休日とのこと。
小屋にはお好み焼き、もんじゃ焼きと看板がでている。1人ではどうかと、ためらいながら入ったのだが、他のメニューもあった。
今日のおすすめが黒板に書いてあるなかから、ほっけ焼きと湯豆腐と油揚げ焼きを注文した。
冬の山里の夜には焼酎のお湯割り。
若くて元気できれいな女性店主が、シュシュシュシュと大根おろしを作って、まず、ほっけ焼きができてくる。これはまあふつうにおいしかった。
湯豆腐にずいぶん時間がかかるなあと思っていたら、豆腐をただ温めてネギをのせるだけではなくて、野菜がたっぷりで、とても豊かな感じがしておいしい。
油揚げ焼きも、丁寧に作られていて、2段に重ねた油揚げに野菜がたっぷりのっている。添えられた生姜の黄色い山がとてもきれい。
やはりここに来てはずれることはない。

道を横切ってすぐ前が波久礼駅なのも一杯飲んで帰るのにとても都合がいい。
寄居町内に秩父鉄道の駅は、熊谷から秩父に向かって、桜沢、寄居、波久礼と3つある。
桜沢駅はほとんど平地の駅。すぐ前に寄居中学校、反対側には寄居高校なんかがある。
寄居駅は、町の中心にあるが、まっすぐ歩いていくとまもなく荒川をこえる正喜橋にでるし、右側には崖上に鉢形城趾と京亭が向き合っているような、立体的な地形になってくる。
波久礼駅は山に挟まれ、荒川の流れが近く、秩父の領域に入りかけている。この先、秩父線は荒川の渓谷を真下に見下ろしながら秩父盆地に向かっていく。
長瀞の「自然の博物館」に通っていたころ、波久礼付近で気候がかわるのがよくわかった。
寒い時期、熊谷から秩父に向かっていて、波久礼駅に着いて電車のドアが開くと、それまでよりはっきり冷たいとわかる空気がどっと入ってくるとか。
波久礼まで雨、その先にいったらやんでいた、とか。

山と平地の境の谷あいの駅前にこんなすてきな味わいのある店が用意されているのが、映画的というか、小説的というか、できすぎた話のような気がするほど。
さらっと飲んで、ほろ酔いで人生の幸福を味わって、帰りの電車に波久礼駅から乗ったのは、僕ひとり。

(*小屋のほうの店は2008.2.29で閉店しました。倉庫の店は営業しています。)