1月第1週
荒川の初日の出、寄居の初詣、まれびとのむろほぎ 


■ 荒川の初日の出

荒川の初日の出を見ようと早起きした。
川から日が昇るのがいいと思って日の出の角度を調べると、僕の住むあたりでは北を0度として右回りに118度とあった。真東より南に寄っている。
地図で118度に流れていくところを探してみて、熊谷駅の南あたりに見当をつけた。
土手を上がって流れに近づいていくと、日の出を見にきたらしい人がチラホラいる。恋人関係ふうや、同性友人関係、家族関係ふうなど、さまざまだが、意外に若い人が多い。
残念ながら、川からではなく、土手にかかってしまった。でも、雲に邪魔されたりしないで、丸い赤い太陽があがってくるのを見ることができた。

向こうの土手から初日の出が昇る。 荒川に初日が昇る

戻る途中、ラグビーの練習グラウンドから。 熊谷の荒川河川敷のラグビー・グラウンドにも初日がさす

● 寿司勝
埼玉県大里郡寄居町寄居1227-4  tel. 048-581-0940

家に戻って雑煮を食べてのんびりしてから、電車に乗って寄居に初詣に行った。
元旦に来るのは初めて。昼どきになっていて、どこかで昼にしようと自転車でひと回りしてみたけれど、まちなかの店は全滅状態。駅前のスーパーマーケット「ライフ」も休み。

駅の真正面の寿司勝があいていたので入った。
といって仕方なくということではなく、この店も鮭のかま焼き定食650円など、安くておいしいランチがあって前から愛用している。
今日は平日みたいなランチがなくて、ちょっと高くなってしまったけれど、正月くらいちょっとぜいたくしてもいいか。
寄居駅前の寿司勝

■ 寄居の初詣

そのあと宗像神社(むなかたじんじゃ)に初詣に行った。町中は静かで人が歩いているのにあまり出会わなかったが、ここには途切れずに参拝の人が現れる。 宗像神社に参拝する初詣の人たち

宗像神社は、福岡県宗像市にあるのが総本社で、全国に六千あり、この神社も701年にできたと伝わる古い歴史がある。
昨年暮れに小熊が現れ、2日がかりだったかで捕獲騒ぎがあった。その後、大宮公園の小動物園で飼われているのを見かけたが、鉄の檻の前を何度も行ったり来たりしていて、哀れだった。

JRの線路にまたがる橋を渡って極楽寺にも寄った。
寄居七福神というものがあって、ここには毘沙門天と弁財天が祀られてある。
弁財天はまず丁寧に作られているが、毘沙門天はコンクリート製にペンキ塗り。いかにもつくりもので、おまいりして願いが叶うかどうか、心許ない気がする。
七福神巡りというものが、もともと隅田川あたりで遊び心で始まったらしいが、遊ぶにしろ、信じるにしろ、ひと工夫あってよさそうに思う。

□ 寄居の七福神
 恵比寿  常楽寺 寄居町赤浜860 048-582-0303
 大黒天  常光寺 寄居町折原605 058-581-2038
 毘沙門天 極楽寺 寄居町藤田249 048-581-0528
 弁財天  極楽寺 寄居町藤田249 048-581-0528
 布袋尊  蓮光寺 寄居町用土798 048-584-2676
 福禄寿  蓮光寺 寄居町用土798 048-584-2676
 寿老人  長昌寺 寄居町牟礼383 048-582-0711

■ まれびとのむろほぎ

僕は寄居から荒川の20キロほど下流に住んでいる。(家のすぐ前を元荒川が流れているが、元祖・荒川なのに、今この川は荒川とはつながっていない。)
たまたま寄居に職場があり、この町はおもしろいと思って、去年の4月から寄居を主題にして、しかし寄居にとどまらず、いろいろなところを見てきた。
それはとても楽しいことだった。
でもよそ者がある町について何かいって役に立つことでもあるだろうか−ということに関して、折口信夫(おりくちしのぶ 1887-1953)という人が、「まれびとのむろほぎ」ということをいっている。

てつとりばやく、私の考えるまれびとの原の姿を言へば、神であつた。第一義に於ては古代の村々に、海のあなたから時あつて来り臨んで、其村人どもの生活を幸福にして還る霊物を意味して居た。(中略)
村を祝福し、家の堅固を祝福し、家人の健康を祝福し、生産を祝福し、今年行ふべき様々の注意教訓を与へたものであらう。
( 「 国文学の発生 まれびとの意義 」 折口信夫全集第1巻 中央公論社 1965 )

もう少し現代ふうにいうとこうもいえる。

よそものが街にきて、彼の眼と判断から人びとに客観性をもって自己や自分たちの街を見る術を与える。どの国や場所に行っても、その地元の人びとがあまりにも精通しているがゆえに鈍感な部分に、来訪者はしばしばその場所がもつ独特の「ニュアンス」に気づく、ということである。
( 「感性の試行 」トム・ヘネガン 高橋知之訳 新建築1993年11月 )

神のお言葉など、もとよりとんでもないことだが、よそ者の強みというのはやはりあるもので、町の人と話していて、町のことについて、「そんなこと知らなかった」ということがあり、「私も気になってたけど、今さら町の人どうしじゃきけないしね」なんていうこともあった。いくらか役立つこともあるのだろう。

          ◇          ◇

寄居・荒川めぐりで楽しませてもらっているお礼の気持ちもこめて、新年にあたり、「むろ(室=家)ほぎ」ふうに寄居の「町ほぎ」をしてみる。

1 独特な町並みの魅力
初めに僕が寄居の町の不思議な魅力にひかれたのは、夜、秩父線の電車を待つ間、駅付近の細い通りを歩いたときだった。路地は細くうねっていて、先に何が現れるかわからないときめきがある。
柱や屋根や壁に、ちょっとした意匠のアクセントをつけている家なんかがあって、素敵な人が住んでいそうな予感がした。
→[10月第2週 路地の1−寄居の洗濯船

2 おいしい店、おいしい酒、おいしい水、いい宿
いくつか記録してきたが、まだいろいろありそう。探す楽しみ、食べる楽しみ。

3 簡単に登れて住んでいる町を一望できる山
鐘撞堂山や、中間平(ちゅうげんだいら)。
とくに山登りの支度をしなくても、遅くまで朝寝をしていても、電車や車に長い時間乗らなくても、簡単に登って、春の花を味わったり、夏の涼風を浴びたり、秋の紅葉を愛でたり、冬の展望を楽しんだりできる。
ほかにすぐ思いつくところでは、桐生には吾妻山があって大川美術館があり、足利には名草の山々があって足利市立美術館がある。気軽に家から山道に散歩に行けて、ついでに美術鑑賞もできる町ってほんとうにうらやましい。

4 荒川が流れている
荒川が悠々と流れているし、そこに流れ込む細い川がいくつもある。

5 土地に起伏がある
前2つと重なるけれど、秩父山地と関東平野の境にあって、土地が複雑に起伏している。
山があり、平地があり、川が流れていて、段丘もある。
だから移動すると景色が立体的に変化する。高い目標物が思いがけない方向に見える。川をはさんだ対岸の家々が望める。
住んでいると当たり前の眺めかもしれないが、寄居より平野側の、ほとんど一面平べったい土地が、なんだか退屈に思えてくる。

6 物語・由緒・歴史がある
鉢形城の歴史。宮沢賢治や幸田露伴が旅をして残した文章。安井曾太郎や岩井昇山が残した絵画。
また、人々の日々の暮らしに関わっても、氷屋さん、銭湯、映画館、渡し船、吊り橋など、昔を懐かしく語るさまざまなことがある。

7 広い展望が開けるきっかけがたくさんある
荒川は、ここより上流ではどんなふう?どこで海に入るの?
鉢形城の殿様は誰?
ソースかつ丼って、他の町にはないの?
というふうに、寄居に関心を持つと、広い探求心を刺激される。
こういうきっかけがたくさんあることは、町の魅力のうちでも大きな意味があることだ。

8 すてきな人たち
ウチで作るすまんじゅうに誇りをもつ菓子屋のおばあちゃんがいれば、毎日暮らしている住まいのすぐ下の川原のカワセミのすばらしい瞬間の写真を撮り続ける人もいれば、人間国宝の陶芸家もいれば、寄居をよくしようとさまざまなグループを作って動く人たちもいる。

9 よい図書館がある
人が育つには環境がだいじで、なかでも図書館の役割は大きい。
寄居の中心部、駅からもすぐ近い位置に、知的好奇心をみたすのにふさわしい空間があり、蔵書があり、支える人がいる。

10 適度な大きさ
あまり広くてわけのわからない人がたくさんいたら、「わが町」という感じが薄れる。

     ◇     ◇

ここしばらく寄居のことを考えていて、その魅力を説明できる言葉を探していた。そして「正統であり、一流であり、心がこもっている」という定義をたててみた。

・土地のユニークさや、歴史・由緒からくる正統さ。
 とくに荒川は重要で、荒川・隅田川の河口付近の歴史・文化とシンクロしている。隅田川に関心をもつ人は多くていろんな本が書かれたりしている。寄居については乏しいが、時代を同じように反映してきているという意味でも正統であるといっていい。そんな思いもあって、できるだけ中流と下流を同じテーマで並べてみるようにしてきた。

・すまんじゅうやかつ丼や写真や陶芸や町並みの景観の一流であること。
(これは「一流」であることが大切で、「一番」を意識すると、数字だけ追ったり、競争したり、ムダなことをして道を外す。)

・もうひとつ、「心がこもっている」ことが必要だと思うけれど、これが少したよりない。
寄居町の人が自分の住む町に自信をもっていなくて、「寄居ってところはどうも...」というような言い方をよくきいた。
路地の姿に魅力があるのに、花を飾るでもなく、そっけない。家が道に面している側は表なのだろうけれど、なんだか裏みたいな雰囲気がある。

僕は旅行も好きだけれど、引っ越しも好きで、いろんな町に暮らした。
仕事で通った町というのも、滞在時間が長くなり、何かとみえてくることがあるので、それも加えて並べてみると、
 埼玉県:長瀞町、深谷市、熊谷市、鴻巣市、さいたま市、所沢市
 東京都:立川市、武蔵野市吉祥寺、北区田端、葛飾区堀切
 神奈川県:横浜市中区、横須賀市
このなかで街歩きに行こうという気をそそる重層的な魅力があるということで寄居に匹敵するのは横浜くらい。
これほどのおもしろい材料をもっていたら、もっと町が輝いていていいはずだと歯がゆい気持ちになる。「田舎の町だから、そこそこでいい」と自足してしまわずに、一流の誇りをもって、もっとすてきな町になるように−というのが、まれびとの願い(よそ者の余計なおせっかい?)だ。