1月第4週 今度こそ地下宮殿−首都圏外郭放水路・龍Q館  


■ 首都圏外郭放水路庄和排水機場内 龍Q館地底探検ミュージアム
埼玉県春日部市上金崎720 tel. 048-747-0281
http://www.g-cans.jp/ryuukyuu/index.html

洪水を防ぐための大きな地下施設が埼玉県東部にあって、地下宮殿にたとえられている。日常の感覚をこえるような、どでかいもの−となると、ついひかれるところがあり、昨年9月に見学予約をして見に行った。ところがその数日前に大量の雨が降った。洪水を避けるための施設だから、地下宮殿には水がためられ、地表の施設きり見ることができなかった。
地下宮殿に水が入るのは年数回だけというのに、運悪くあたってしまった。(宝くじはあたったことがないのに...)
1月に川の博物館のボランティアの人たちが、そこに研修にでかけるというので、[10月第5週]に行った荒川中流の六堰に続いて、また同行させてもらった。

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埼玉県東部は、鍋の底のような低地帯で、雨が降ると水が集まり、住宅などが水につかってしまうことが多かった。
このあたりには、大落古利根川−幸松川−倉松川−中川−18号水路−江戸川といった川や水路が並んで、北から南に流れている。
それを東西に横切って国道16号が走っている。
そこで(都会なら国道の地下に地下鉄が走るところだが)、ここでは地下水路を作ってしまった。大落古利根川から18号水路までの細い流れがあふれそうになると、立坑を通じて地下水路に水を落とし、余裕がある大きな江戸川まで横流しして放水する。

地下宮殿は、江戸川直前にある。
いったん大きな水槽に水をため、機械の力で水を江戸川水面より高くまで汲みあげて、江戸川に放水できるようにしている、その水槽部分が地下宮殿にたとえられている。
地表には、そうした仕組みを説明するための龍Q館というミュージアムがある。

数字がすごい。
・地下水路は、直径10m、地下50m、総延長6.3q。
複線の地下鉄トンネルの直径が8〜10mというから、地下鉄が走れる大きさがある。
・巨大な水槽は、78m×177m。高さ18m。
サンシャイン1本分の水を蓄える。
・重量500トンの柱が59本もそびえる。
水を流すための施設だから、流れの勢いを妨げる柱はないほうがいいが、天井を支えることと、地下水からの浮力を抑えるために必要になる。
・毎秒200tの水を排水する14000馬力タービン。
毎秒200tというのは、小学校のプール1個ぶんくらいを1秒ごとに排水するということで、ガスタービンエンジンは、130人乗りの小型ジェット機(ボーイング737)のエンジンを改良したもの。

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地表のミュージアムでひととおりの説明を聞く。動く模型などわかりやすくて、僕みたいな、のみ込みの悪い者でも仕組みなどすっと理解できた。(と思う)
いよいよ地下へ。
水槽の上がサッカーグランドになっているのを横切って、地表にとびでている出入り口から階段を下りていく。階段の曲がり角ごとに「ここでは撮影禁止」の表示がある。宮殿にもたとえられる水槽を上から見下ろす眺めは高度感たっぷりで、つい写真をとりたくなるところ。団体見学の参加者が思い思いに立ち止まっては写真をとっていたら、下になかなか着かないことだろう。

降りきってみると、大感動を期待していたのだが、「宮殿」というたとえに引きずられて、やや期待しすぎたかという感じだった。
地下の土木施設だから、全体のプロポーションの美しさとか、細部のデザインとかは考えられていない。
泥を含む水が流れるので、排水したあとでも柱や床に乾いた土がはりついてカサカサして埃っぽい。神秘的だとか、奥深い感じをそいでしまっている。

でも人の大きさと比べると、やはりどでかい(ど深い、あるいは、ど高い)。
人の大きさと比べてみて「すごい」感じになるのは、[12月第4週]に行った奈良の大仏殿と同じだ。

それにしてもこんな眺めは他にないから、『ウルトラマン』や『鉄人28号』の撮影に使われているという。

■ 千葉県立関宿城博物館
千葉県野田市関宿三軒家143-4 tel. 04-7196-1400
http://www.chiba-muse.or.jp/SEKIYADO/

龍Q館に2度目に行き、地下宮殿に入れた日は、そのあと別なところに向かったのだが、1度目のとき、龍Q館から北に向かって千葉県立関宿城博物館を見た。

千葉県の最北端、利根川と江戸川の分流点のスーパー堤防上にある。
かつては荒川くんも利根川くんも東京湾に注いでいた。このため下流域で洪水が多いので、「利根川くんはあっちに行ってね」と、江戸時代初期に銚子のはずれのほうに向きをかえられた。東京湾経由でなく、太平洋に直接注ぐ。
1594年、会の川締め切りから始まり、流路の締め切りや開削を繰り返して順次東へ向きをかえさせ、1654年に太平洋路線が完了した。

利根川は、関宿で、利根川と、旧利根川である江戸川に分かれるが、その分かれたあと、2つの流れにはさまれている土地の先端にこの博物館が立地している。

ここで別れた江戸川では、1919年に河口部に江戸川放水路が開削された。放水路が本流となり、もとの流れは旧江戸川とされたが、このあたりは荒川放水路=荒川と、隅田川との関係に似ている。
旧江戸川は市川市行徳で東京湾に流れ込む。ディズニーランドのすぐ脇で、東なぎさ−西なぎさを経てすぐ荒川河口があり、距離はわずか1キロくらい。

関宿城博物館の展示解説でおもしろかったのは、利根川が太平洋に流れることで、北海道や東北の物資を江戸の町に運ぶ際の短縮ルートができたということ。房総半島を回るより近道で、おかげで関宿は栄えたという。

関宿城博物館の周囲には、1927年に作られた関宿水閘門(すいこうもん)、「棒出し」といって流量を調節するために使われた石など、川関係のみものがいくつもあった。
利根川と江戸川の分岐点の先端に行ってみようと草原の間の道を歩いてみたのだが、草に阻まれて先端には行き着けなかった。