5月第2週 五十鈴川を渡る 


■ 敦賀港
新日本海フェリー株式会社:http://www.snf.co.jp/index2.html

ブルーノ・タウトは敦賀に入港した日は京都に泊まり、翌日桂離宮に行った。とても感激し、ちょうど53歳の誕生日だったので、生涯最良の誕生日だったと日記に記している。
NHKテレビ『わたしの旅』の撮影でも桂離宮に行きたかったのだが、管理する宮内庁から撮影が許可されなかった。『わたしの旅』のいいだしっぺが首相で、旅の企画の公募事業を実施したのが文化庁で、放送がNHKでもダメなのだった。
何かしらの旅なり企画なりの一部ではダメで、桂離宮だけを目的として、記録の保存としても役立つようなのでないと許可されないらしい。
タウトがほれこんだもう1つの日本建築、伊勢神宮からは許可がでた。
タウトが旅した敦賀湾→桂離宮ではなく、敦賀湾→伊勢神宮のコースをたどることになった。

夕方に新潟港を出た船は、敦賀港に早朝着。しかも風向きや潮流やのおかげで、予定より早く着いてしまい、早起きの心づもりはしていたが、さらに早く起きることになった。
夜明け前の薄暗い時間、寒い風に吹かれながら敦賀港に着くところを撮影した。
(テレビ放送では、いかにも眠そうな顔をしていた。)

タウトが着いた頃はひなびた港だったろうが、新しい港が埋め立てて作られ、近代的な施設が水面にせり出していた。僕らが乗るフェリーも当時よりたぶん大きなもので、ビルのような高さから見おろす。

フェリー会社に駅までの車を手配していただいてあって、JR敦賀駅に着く。
ただ、電車が出るまでには2時間近く待たなくてはならない。駅が開いたばかりの時間に着いたあとは、しだいに店があき、ポツポツと人がやってくるのをぼんやりと眺めるしかない。

退屈なので駅の近くを散歩した。
主のいない、ムックリとした犬が僕と同じように駅前の広場をフラフラとうろついていた。

朝食は駅弁。キオスクがあいたので買おうとしたら、スタッフからちょっと待つようにいわれる。カメラを用意してから、弁当を選び、買うところを撮影した。
このあと車内で食べるところも撮影し、あと外の景色を眺めているところも撮影した。
(放送では、弁当を買うところも食べるところもつかわれなくて、ぼんやり外を眺めているところがちょっとだけ映った。)

名古屋駅で電車を降り、手配してあったジャンボタクシーに乗り換える。
いい天気になってきた。高速道路に入り、途中のサービスエリアで休んだときは、日射しが暑いくらいになってきた。

■ 伊勢神宮外宮

宇治山田駅近くのファミレスで食事をしてから、外宮(げくう)の駐車場に車を置いて機材をおろした。
式年遷宮の準備が始まっていて、のぼりがたくさん立っている。

神社の撮影には神社の方が2人加わった。説明してもらうのではなくて、撮影が順調に行われるように(一方では撮影禁止のところをとらないようにチェックするために)一緒に歩いていく。
僕と畠山アナが話しながら歩いていくのだが、ディレクター、カメラ、照明、音声、神宮の人2人の6人を随えることになる。玉砂利が敷かれた道をいくので、うしろからジャリジャリジャリジャリ、たくさんの足音がついてくる。
カメラを向けられて動き、話すのは、慣れないことだから相当のプレッシャーなのだが、ここではさらに人数が増えたうえに、騒がしいくらいに足音が迫いかけてくるので、これはたまらない!という感じになった。
歩きながら話すところもずっと撮影して声をとっているのだが、こんなに玉砂利を踏む足音がして、はっきり言葉が聞き取れるように録音できるのだろうかと気になるが、音声の人がずっとヘッドフォンで音を確かめているから大丈夫なのだろう。
(すれ違った観光客の声が入ってしまい、同じ話を繰り返したこともある。放送では、このあたりを歩きながらとった長い会話はすっかりカットされた。)

細い流れに一枚岩を渡して橋にしてある。形が似ているので「亀石」といわれる。よく見るとポットホールがいくつもあるので驚いた。ポットホールは、岩の窪みに入った小石が流水で回転して、長い年月をかけて円形の穴になったもの。
伊勢神宮には前にも来たことがあるが、これは気がつかなかった。
五十鈴川のものだろうか、伊勢湾だろうか。

他に、結界に囲まれた、特別な地を示す「三つ石」もある。伊勢は木の神社と思っていたが、石も重要なのだと、撮影でおぼれかけながらも、あらぬことを考える余裕がいくらかはあった。

ひととおり歩き、しゃべり、撮影し終えて、駐車場に戻る。
カメラは、きっちり撮るために、もうひと回り同じ道をたどって撮り直す。移動しながら話しているところを撮ったので、キメの映像になる重要な場所は、別に丁寧に撮影しなおしておく。
高崎や軽井沢では、僕と畠山アナが歩いたところを撮影したあと、もう1日スタッフは泊まって翌日撮り直していたのだが、伊勢は遠いから今日のうちに撮り直してしまう。
その間、僕と畠山さんは待つことになる。
僕は神宮の外にでて、式年遷宮を準備する資材置き場になっている公園を見たり、僕なりに外宮をもう一週して、写真をとったりした。

■ 麻吉旅館 (あさきち)
三重県伊勢市中之町109 tel. 0596-22-4101
http://members.at.infoseek.co.jp/asakichi_/

かつて伊勢参りには外宮から内宮(ないぐう)へ回るのが正しい順序とされていて、その2つの宮を結ぶ道の途中に間(あい)の山があり、そこの古市という街には旅館が多数あり、大歓楽街でもあった。
今では山が崩されて住宅が並び、面影は薄れているが、往事のままの姿を残して営業している麻吉旅館に泊まった。
ここは一度は泊まってみたいと願っていたあこがれの宿で、ロケで泊まらせてもらえるのはとてもうれしいことだった。

峠道にあるので、かわったふうに建っている。
一見ふつうの2階建てのようなのだが、道を階段で降りていくのにつれて建物も下に伸びている。
中を見せてもらうと、当然、中もそのとおりで、階段を降りながら、つぎつぎに部屋が現れる。かつて宿で使われたもの、歴代の主が収集したものなどが置かれていて、博物館のようでもあった。

麻吉の前の道は、昔、外宮と内宮を結ぶ道だった。 麻吉の飼い犬、jirou。
おとなしくて吠えない。

撮影は「こんにちわ」と声をかけて入るところから始めて、中の様子を眺めながら入っていくところなどをとった。

夕食は2階の広間。
立派な床の間を背にして座ると、目線の先には朝熊山(あさまやま)がある。
金屏風が立ち、少し離れて膳と座布団が1対置かれ、僕と畠山アナが向かい合って座る。
伊勢を象徴する山を眺めながら、山海の珍味を並べて豪遊する、かつての伊勢参りを復元するようなしつらえになっていた。

たいへんなごちそうで、あわびにさざえの壺焼き。まるごとの焼いた鯛に鯛の刺身。もちろん大きな伊勢えびも。
伊勢湾からあがる魚貝を並べ尽くしたかのようだった。

ここで、よくある旅番組なら、気楽に食べてうまい!と言ってればすむところだろうけれど、この番組では「どんな人がどんな思いをこめてこういう旅を企画したか」ということを見せるのが1つの重点になっているから、簡単にこたえにくいようなことも話さなくてはならない。
しかもあっさりコメントがすめばそれでおしまいではない。
僕などの感じでは、さらっとひととおり言うべきことは言った、もうおしまい−と思っても、その先がまだまだ長い。アナウンサーは、同じようなことについて少し言い方、見方をかえて、質問を続ける。
ロケのあいだ幾度かこういうことがあった。さっき話したじゃないかと内心では思いつつ、カメラを向けられていると、なにか話さなくてはという気になる。こんなふうに続けていくことで、本音がでたり、思いがけない事実が明かされたりすることがあるのかもしれない。
筋書きを用意して話しているのではないから、幾通りかとっておけば、いいしゃべり方、適度な時間におさまるしゃべり方を選べるという効果もあるかもしれない。

撮影を始めたのはまだ明るい時間だったのだが、話しているうちに暗くなってきた。
古い宿での食事の雰囲気をだすために、ろうそくをつけた。
撮影には厳しい明るさだが、撮影可能か幾度かためしてから、いけそうということになり、撮影を続けた。

出迎えてくれたときにはラフな服だった女将が、夕食のよきは和服に着替えていらした。かわったものを運んだときには、これはどんな食べ物だとか、伊勢参りが盛んだったころはどんなだったようだとか、話していただいた。

ディレクターから、ではこれでという声がかかって、長い食事時間の撮影が終わった。ようやく心おきなくごちそうを味わえる。
早朝の船から始まり、玉砂利を踏む足音におびやかされ、ごちそうを前にした長い撮影と、なかなかハードな日だった。
僕にしては酒の量が多くなったようだ。
こんなに山盛りのごちそうはとても食べ切れないのではと思っていたのに、これもうまい、これもうまいと食べているうちに、気がついたらすっかりきれいにしてしまっていた。
夜、寝る部屋はそれぞれに割り当てられた。
僕は「桃の間」。ここに泊まると願いがかなうのだという。
広い部屋でゆっくりやすんだ。

翌朝、ふだんと同じように朝早く起きて散歩に出た。階段をおりて下から見上げると、屋根が幾重にも重なる姿がみごとで、しばらく見とれてしまった。
伊勢まいりが盛んだったことろとは社会が変わり、近くを自動車道が通って地形まで変わるほどに時が移っている。そのなかで、この古い大きな建物を維持するのは苦労でもあるだろうけれど、誇りでもあるだろう。長く残していってほしいと思う。

■ 伊勢神宮内宮

伊勢での2日目は内宮を撮影する。
外宮では入口前にたくさんののぼりが立っていたのに、こちらは1本きり。
ディレクターから「編集の都合で、外宮と内宮を見た順序を入れ替えるかもしれないので、外宮を見てきたような言い方とか、きのうはとか言わないように気をつけて」と指示があった。
まずおかげ横丁のほうから五十鈴川にかかる宇治橋のほうに歩いていくところから始める。さっそく、「こちらは(外宮と違って)のぼりが少ないですね」とか言いそうになる。
五十鈴川は俗界と聖界を隔てる川とされ、宇治橋を渡ることは聖なる区域に渡ることになる。

手水舎(てみずしゃ)で手を洗う。きのう外宮で手を洗う手順を話しながらしたのだが、今日が最初になるかもしれないので、また同じ話しを繰り返して手を洗う。
第一鳥居をくぐって御手洗場(みたらし)にでる。
ここで五十鈴川の水で手を洗うシーンを撮影した。浅い、澄んだ水が流れていく。
伊勢では手水舎で手を洗うのは簡易版で、この川の流れで身を清めるのが本来のやり方とされている。

古殿地(こでんち)から回り込んで内宮の正殿(しょうでん)を眺める。
ちょうど鰹木(かつおぎ)に日が射し、金色にキラキラ輝いている。
カメラはあとでまた取り直しに1周する予定だが、ここの光の具合は今収めておこうということで、やや時間をかけて撮影をすませた。
御稲御倉(みしねのみくら)−正殿には近づけないが、構造がこれと同じということで、さっき通りかかったのに避けておいて、正殿を見たあとに寄る。
タウトが伊勢の何に感動したのかといえば、材料をいかすこと、明確な構造といったことか。
タウトは桂離宮については精緻な文章を残しているが、伊勢神宮については、桂離宮より先に見るべきだったかもしれないとまでいいながら、桂離宮ほどに言葉を残していない。
撮影では、タウトがここを見たことを、このあと行く予定の熱海の日向邸の設計にどういかしたかにかなり強引にもっていこうとするので、やや飽いてしまった。

ひととおり回りおえて戻ったところで、宇治橋を渡るところを遠くの川岸から見上げるアングルでとることになる。
橋からかなり離れた川岸にカメラマンが降りる。服の中に隠してあるマイクから話しかけると、カメラマンと一緒にいる音声担当者に声が届き、両腕をあげて○の合図がかえってくると、僕と畠山アナが話しながら歩きだす。こういうときは話の中身は関係ないので、なごやかそうに勝手なことを話していればいい。

今日もカメラはもう一周しなおして、きれいな映像を収めてくる。
その間、ジャンボタクシーに乗って畠山さんと倉田山に行った。式年遷宮記念神宮美術館、神宮徴古館、神宮農業館がある。

■ おかげ横丁

もう昼どきを十分に過ぎているのだが、おかげ横町をのんびり冷やかしながら歩く−ところを撮影した。
よくある旅番組で、スターが食べ歩いているふう。カメラマンや長いマイクを持った人がついていくから、好きなところを好きなように歩くようにといわれる。僕なんかがこんなことしていていいの、とおもはゆいけど、悪い気分じゃない。

店先で牡蠣を焼いている。1つ買って口に入れると、海を食べているようで、ビールを飲みたくなった。
赤福の店先にツバメが巣を作っていた。飛び込んでいくツバメに誘われるようにして入っていったところで、そのまま赤福を店内で食べるところを撮影しようということになり、ディレクターが交渉に行った。
他のお客さんが画面に入ってしまうこともありうるから、本部の許可をとらなくてはならない。本来、事前申請をルールにしているようだが、便宜をはかって電話で照会してもらえたが、結論はダメだった。
NHKは店の名前をだしてもらえないし、というのも理由のうちにあるようだった。

店先の椅子に猫が座っている店があった。
生きた招き猫。
店主に誘われて僕がかつお節を親指と人差し指でつまんで持つと、猫は椅子から立ち上がり、僕の手につかまって食べる。ふわっとした体重が一瞬かかってきて可愛い。

● 伊勢うどん・岡田屋
三重県伊勢市宇治今在家町31  tel. 0596-22-4554

おかげ横丁で昼にするなら伊勢うどんというものを食べてみたいと思っていた。
ガイドブックにある岡田屋を目標にしたのだが、おかげ横丁の南にあるのに、わざわざ北側に車で移動して、寄り道しながら歩いてきて、ようやくたどり着いた。
カメラやマイクなどが連なって6人、さあ入るぞという感じで入る。
かなり広い赤福でダメだったのだし、こちらはこじんまりした店なので、この一団がかなりの存在感になってしまう。
どうなることかかと思ったが、拒否でもなく、テレビがきて一大事でもなく、ごくふつうのように迎えいれられる。

畠山さんと向かい合いに座る。
メニューはいろいろあるが、シンプルな伊勢うどんを注文した。420円。
やや待ってだされたのを一口食べる。
カメラが構えている。グルメ番組みたいに感想をいわなくてはという状況になって、おかしいような、月並みなことをいっては気恥ずかしいような。
伊勢うどんは黒いのが特徴だとガイドブックにあったが、実はうどんも特徴たっぷりで、とてもやわらかい。力なくやわらかいうどんというのではなく、耳たぶみたいとでもいったらいいのか、はっきり柔らかいうどんを作っている。独特の食感でおいしいもので、素直に「やわらかくておいしい」と言えた(のだったが、放送では伊勢うどんはカットで、招き猫がつかわれたのだった。)

撮影時間が終わると、他の人たちも注文して食事の時間になった。
畠山さんはもう一杯おかわりを注文したうえ、ヤワでやわらかいのではなく確信犯的にやわらかなうどんを、どう作っているのか、厨房に見に行った。
ゆでる鍋が重い鉄製で、これでないと独特のやわらかみが損なわれるのだということだった。
(これは撮影がすんでからのんびりもうひと歩きしたときにとった。ちょうど猫もひと休み。)

2日間の伊勢の撮影が終わって、ジャンボタクシーで名古屋駅に戻り、新幹線で熱海に向かった。
熱海で泊まったビジネスホテルの部屋は、麻吉旅館での大判振る舞いを埋め合わせるかのように狭かった。
夜は駅の近くの居酒屋でとった。
ここでのドライバーは、この顔ぶれで何度も仕事をされてきたらしいなじみの人。
敦賀から伊勢にかけてのロケには同行していなかったサブの女性ディレクターも加わって、にぎやかになった。
なにかしら作りあげていく仕事は楽しい。
こんなふうにチームを組んではおもしろいテーマに挑んでいく仕事をうらやましいと思った。
明日の熱海でこういう旅が終わってしまうのが寂しくなる。

参考:

  • 『日本美の再発見』 ブルーノ・タウト 篠田英雄訳 岩波新書 1939
  • 『サライ 伊勢に参ろう』 2007.5.3号 小学館
  • 『知るを楽しむ・歴史に好奇心 お伊勢参りニッポン観光事始め』 NHK2007.10.4-10.25の4回。テキストは日本放送出版協会刊 2007。
    麻吉での長い収録は、放送ではいっさい使われなかった。
    他にもこの番組に出られたかたで、あんなに長時間協力したのに放送ではあれっきり、と言われる方もあったのだが、写ればまだしも、編集過程でまったく消えてしまうのもあるのだった。惜しくもあり、胸がいたむようでもあった。
    半年ほどあとのこの番組では、僕らが夕食をとった同じ広間で伊勢音頭を舞う場面などが放送されていた。
  • NHKテレビ プレミアム10『ザ・ロード わたしの旅』については、
    5月第1週 信濃川−またまた雨の河口ウォッチング
    [5月第2週 五十鈴川を渡る]
    5月第3週 八高線に乗って高崎へ] 
    山を歩いて美術館へ ]