8月第1週 深川へ−不運が続いたあと、最後に幸運が訪れる


隅田川の下流を散歩した。両国にある江戸東京博物館から歩きだして、南東に向かって東京都現代美術館まで行った。暑い日だが、途中でいくつか寄り道するアテがあり、次々につないでいけば簡単だろうと思っていたのだが、その途中の目的地が全滅で、不運を嘆くことになった。でも最後の東京都現代美術館で思いがけない幸運があって、1日をよくしめくくることができた。
(以下の文中、×印はこの日不運だったという意味での×です。

■○ 江戸東京博物館
東京都墨田区横網1-4-1 tel.03-3626-9974
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/


『後藤新平展−近代日本をデザインした先駆者』を見に行った。
後藤新平(1857-1929)は東京改造計画を作って「大風呂敷」といわれたが、はからずもその計画が関東大震災の復興に役立ったのだった。でもその計画は予算の都合でどんどん小さくなり、建築家・伊東忠太(1867-1954)の漫画つき日記では、辛辣に風刺されてもいた。
江戸東京博物館は菊竹清訓設計の大胆な外観

■× 桐屋田中・桐の博物館
東京都墨田区両国4-1-8 株式会社タナカ tel.03-3632-0341
http://kiriyatanaka.co.jp/


熊谷に住む絵描きの友人からすてきなうちわをいただいた。(→[7月第4週(1)] )
僕は桐の名刺入れを使っていて、四角くてやや厚いけれど、桐だからとても軽くて、持った感じもとてもいい。
その友人が、前に僕が持っているのを目にして気に入っていたようなので、うちわのささやかなお礼に、近くに行ったら寄って買おうと考えていた。
江戸博からは南に歩いて数分。首都高7号線近くの店に寄った。
ところが、名刺入れを今は作ってなくて、このあとの制作予定もとくにないとのこと。高価でも大きくもないのだから、いくつか買っておくのだった...
桐屋:両国にある桐の専門店

●× 深川めしの老舗
さらに南に歩いて、森下に深川めしの名店があるときいたところに向かった。
11:30開店なのに、11:20ころに着いてしまった。時間つぶしに隅田川の土手に上がってみた。下流に清洲橋が見えた。
11:30を少し過ぎて店に行ってみると、まだあいていない。軽自動車が玄関前に駐車していて、後ろの窓にカレンダーが貼ってあり、今日から4日間に×をかいてある。お盆前なのに連続休業だった。暑いのに時間調整までしてきたのに!
隅田川 すぐ下流に清洲橋が見える
(それで深川資料館通りまで行き、別な店で深川めしを食べた。
しかたなく行ったことになるので、店名は省略。
あさりの入ったたきこみご飯に海苔とねぎがかかっている。味も香りもよくて、あとでこうして書いていてもまた食べたくなってくるが、1000円をこえる値は高い気がする。)

■× 深川いっぷく
東京都江東区白河3-2-15
http://www.fukagawa-ippuku.jp/


深川の街おこしの拠点で、アート活動などもしている。前にも一度行きかけて、所在が見つからなかったことがある。今日はしっかり地図を用意してきて、見つかったのだが、小さい緑板に「レインボウタウンFMにprにいってます 12時30分ころ戻ります 展示を見にきた方は、2軒隣の和菓子のイチコクで鍵を借りてください」とかかいてあって、留守。暑さとハズレ続きにめげて、あえて鍵を借りにいくのもおっくうになってあえて入らなかった。
見たかった博物館と美術館を結んで寄り道しながら歩いていく、なかなか気のきいたコースを考えたつもりだったのに、間はほとんど全滅になってしまった。
こういう日もあるか...
深川いっぷく:元は大竹薬局で、看板がそのまま残る

前に薬局だった看板がまだ残っている。

■ 東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1 tel. 03-5245-4111
http://www.mot-art-museum.jp/


□ 男鹿和雄展 ジブリの絵職人
「チケットを買うまで0分 入場まで10分」と掲示がでている。数字のところは入れ替えるように作ってあって、僕が着いたときは混雑が少ない時間のようだったが、それでも10分並んで入った。(見終えて出てきたときには、行列がずっと長くなって60分待ちになっていた。)

『となりのトトロ』や『紅の豚』や『もののけ姫』など、ジブリの映画の背景画を描いた人の展覧会。
どの絵もいいが、止まっているのを眺めるより、ストーリーがあって絵が生きているという感じがあって、映画を見たくなってしまう。
ジブリの仕事とは別に、平和への思いをこめた吉永小百合が朗読するCDにかいた絵が、最後のほうで展示してあった。
海と青い空と緑の草。ニライカナイ。思い悩むことがなく、穏やかな気持ちでいられるあの世。

□◎ 磯辺行久 SUMMER HAPPENING
今日の最後、磯辺行久展は3つも続いた×を大逆転する、見ごたえのある展示だった。

初めて磯辺さんの作品を見たのは、僕は埼玉県立近代美術館にいた頃の1994年のことで、平野到さんが企画した『矩形の森−思考するグリッド』だった。1960年代前半の、ワッペンをいくつも並べた半立体作品や、そこから発展して、古い箪笥に日本的イメージが描かれている作品が展示された。

2度目に見たのは、1996年、前橋の北関東造形美術館で開かれた『エコロジカル・コンテキストU展』で、このときあわせて開催された講演会で、初めて磯辺さんご自身の話もおききした。
アメリカで環境について学び、仕事をし、美術の世界からいえば、いったん美術から違う世界に往ってしまったが、1990年代半ばに、また美術にいわば帰ってきた 頃だった。

3度目に見たのは、越後妻有アート・トリエンナーレだった。
第1回、2000年には、『川はどこにいった』というタイトルで、信濃川の流路が移っていくことを、水田の中にかつて流れていた跡に旗を並べることで示したものだった。美術だとか環境だとか、領域を限定しないで仕事をされていく、表現をされていくことが、大地という大きなスケールで示されていた。

第2回、2003年には、『信濃川はかつて現在より25メートル高い位置を流れていた−天空に浮かぶ信濃川の航跡』。
前回が横の変化なら、今回は縦、垂直方向の変化で、川が大地を削って低いところに移っていくことを示した。越後妻有地域は、みごとな河岸段丘の地形が広がるところで、その地域の特性を工事現場の足場を組むようにして、かつて流れていた高い位置を表現した。
25メートルと抽象的にいえば実感がわかないが、実際にその高さまで組まれた足場を上がっていくと、高所が苦手な人なら十分に恐怖を覚えるだろうほどの高さだった。

第3回、2006年には、『農舞楽回廊』。
信濃川にながれこむ渋海川では、U字形に蛇行するところで川を直線に流れるように変え、残った舌の形の土地に田を拓いてきた。
その曲線部分を大きな円形回廊に見立てて、やぐらをあぜ道に配して円形劇場をつくり、太鼓や笛を使った野外コンサートを開いた。

3回の越後妻有アートトリエンナーレを一連のものとしてまとめて3度目として数えることとして、4度目がこの磯辺行久展だった。

磯辺さんが達成されていることは多様なのに、僕はこんなふうに断片的に見てきただけだったが、この展覧会で総体的に見通すことができた。
理屈ぬきの美術至上主義とか、自分だけの枠におさまっている制作態度とかには、僕は違和感を覚えることがよくある。磯辺さんは環境を視野にいれ、他の人も制作にまきこんでいられる。
また、環境のことについても、とかく汚さないとか、燃やさないとか、壊さないとか、否定の姿勢で見がちだけれど、資源というものに注目して、資源との関わりでどのようにして生活を作っていくかいう方向性をもっていられる。
このところ関わっていられる信濃川は、甲武信岳に源流があり、それは荒川の源流点から至近距離にある。

東京都現代美術館では、『東京ゼロメートル』という作品が、中庭に面したガラス窓に記されて作られていた。
東京湾で予想される最大の海面水位がいちばん高いところに示され、東京湾の平均の水面の高さに基準線が引かれ、さらに低い位置に人が住む地域があることが示される。(写真右が磯辺行久さん)
磯辺行久展:東京都現代美術館では中庭に面したガラス窓に、東京湾の海水面の高さを表示した

壁面には、こんなことが記されている。
T.P.+5.36~6.86 大潮の高潮時に津波あるいは強い南風を想定した場合の予想される海面水位
T.P.+3.076 大正6年10月 10月1日台風 関東地方の過去最高潮位
T.P.+0.904 現在の東京都現代美術館周辺(木場公園)の標高
T.P.±0   東京湾平均潮位面(ゼロメートル)
T.P.-2.432 現在ゼロメートル以下の地表面の標高(南砂7-14)
T.P.-5.060 現在のサンクン・ガーデン(東京都現代美術館掘り込み中庭)の標高

何かと僕が関心があることに接点あり、見て思うことが多い作家の包括的な個展だから、とても見がいがあったのだが、わからないこともいくつかあった。
ところが、知らずにきたのだが、ひととおり見終えた頃、案内放送が聞こえてきて、3時から作家本人の解説があるというのだった。
作家本人から話がきけるというのは、とても説得力があるもので、多様な変化についての流れがわかった。あとになって振り返るから本人としても整理していえるので、そのときどきは、そう一筋に流れが見えていたのではなくて、悩んだり、迷ったりされたのだろうけれど、お話をきいて、僕が一人で見ていて感じた疑問はほとんど解かれた。
おまけに一緒に説明をきいていらした方のなかに、美術と環境に関心を寄せていられることで名前は知っていた関智子さんがいらして声をかけられ、磯辺さんと、この企画を担当された学芸員の関直子さんにも紹介していただいた。
暑いのに×つづきで、不運な日だと思っていたが、最後に大きな幸運があって、いい日になった。

参考: