9月第4週 金勝山から十五夜の月


十五夜の月を、荒川か隅田川で眺めてみようか、どこがいいだろうかと、ときおり悩んでは楽しみにしていたのだが、数日前から曇りという天気情報で、今年は諦めていた。
その朝、雲が厚くて、やっぱりだめかと思っていたら、昼前から晴れてきた。でも諦めていたのでどこに行くとも考えを決めていなかったし、プラネタリウムの修理の予定が入ってしまってもいた。
その修理も予定より手間取って夕方になり、修理後の確認の投影を見ている間に月の出の時刻の16時19分になったので、抜け出して屋上にでてみた。まだ日が沈んでいなくて明るい。
月があるはずの東の地平線あたりには雲が横に広がっていて、月は見えなかった。

プラネタリウムの修理のことがすっかりすんだあと、また屋上にでて眺めると、満月の2日前の、ほぼ円に近い月が森の上に上がっていた。
空にはまだ明るさが残っているが、北側、寄居から深谷、熊谷にかけての街の灯りがあざやかに輝きだしている。
金勝山の月の出

帰り道、車で山の中の曲がりくねった道をくるくる回りながら降りていくあいだ、秋の虫の声がしていた。車で走っていて、よく不思議に思うのは、車の速さなら1匹の虫からはすぐ通り過ぎてしまいそうなものなのに、同じ1匹の虫の声がとぎれずに聞こえてくるように思える。

山道を降りきったあとは、ゆるい起伏のある丘と田畑の間の道を走る。
月明かりがあるので、空は真っ黒ではなくて、濃い藍色をしている。
開けた風景のすみからすみまで月の光が射しているし、僕もずっと月の光を受けて走っている。
アンセル・アダムス(1902-1984)の『月の出, ヘルナンデス, ニューメキシコ州, 1941』という、僕の大好きな写真がある。アメリカ南西部の広い原野に、小さな集落があり、遠くには低い山並みがあって、そのうえに月がかかっている。山並みの上には雲がたなびいていて、月の光を受けて白く輝いている。
今夜は、比企丘陵の風景がニューメキシコの写真を思い出させるような、いい月夜になった。
ニューメキシコを車で走っていて、ちらりとその光景を目にした写真家は、急ブレーキで車をとめ、カメラを取り出して撮ったのだった。
短いシャッターチャンスに、露出を決め、構図を決め、すばらしい写真が人類の文化遺産として残ったのだが、一方、僕のほうは、たまたまいくつか店が集中している交差点で信号待ちで停まったとき、マクドナルドの特徴あるMの上に月がかかっているのを、怠惰に運転席に座ったまま撮っただけだった。
マクドナルドの上に十五夜の月

そのマクドナルドでは、今の時期、月見バーガーというのを販売している。卵焼きをはさんであって、白身の中に黄身があるのを月に見立てている。簡単なものだけど発想になるほどと思った。去年食べてみたが、残念ながら黄身の円が崩れていたのが惜しかった。

家に帰ると、庭に面したところにすすきをさしてあった。
先日、熱海に行き、ブルーノ・タウトが日本に唯一残した建築的実作、旧日向別邸を妻と見てきた。そのとき、日向邸が今のように保存されるそもそものきっかけをつくられた枡田豊美さんにお会いしたのだが、熱海のお菓子屋さんでかわいいのがあったから妻にといただいた月の菓子を食べた。妻が月、僕は白うさぎ。和三宝糖がすっと溶けて、気持ちがやさしくなってくるような上品な甘さが口に残った。

熱海の間瀬の和菓子、月にうさぎ