10月第1週 自転車で荒川下り 


寄居の中心部よりやや下流にある川の博物館に通勤していた頃、秩父線の駅から自転車で十数分走って通勤していた。
小川町にある小川げんきプラザに転勤してからは、標高264mの低い山とはいえ、駅から急な坂を上がらなくてはならない。自動車通勤は僕には無理で、しかたなく軽自動車を買い、自転車は駅の駐輪場に置いたままにしてあった。
自転車もときには使うこともあるかと思ったのだが、そんな機会はなかなかないので、家まで乗って持ち帰ることにした。

およそ30km、荒川に沿って下れば着く。
地形的には、寄居より僕の家のほうが低いから、全体としては緩い下りになる。
ようやく猛暑のなごりもおさまってきたし、天気情報では弱い北風−つまり追い風になるので、楽に走れるだろう。
今までに記録してきたところを、ひと走り、通しで過ぎていくことになる。すんなり走れば2時間ほどだが、寄居付近を自転車で走るのは久しぶりなので寄り道しながら走った。

2006年8月第4週 氷屋捜し
新花氷店に寄った。このホームページを始めた頃は、町の人に話をきくことがあってもそれきりだった。うっかりすると名前も知らないままになってしまう。それで、思いついて、話を伺うたびにサインをいただくことを始めた。
この氷店に伺ったのは初めの頃で、まだサインをいただいてなかったので、久しぶりにお会いして新井晶子さんからサインをしてもらった。

2007年3月第1週 岩井昇山ツアー
柴崎猛さんの住まいに寄って、ちょうど頼まれていた資料をお届けした。

2006年7月第2週 露伴の宿
長善寺に寄ってみたが、あいにく不在だった。
まもなく関越自動車道をくぐる。

2006年10月第5週 6つの堰をまとめて1つにする
堰に着く前、少し上流部、川に沿った細い道に「不動の滝」という案内板があった。
遊歩道を降りていくと、大きな木の根元がむきだしに現れていて、水が滴り落ちている 岩や根が厚い苔で覆われている。
不動明王の霊験があるといわれていたと案内板にあったが、たしかに霊的な気配が濃い。山中なら不思議ではないが、荒川の流れに面した崖にこんなふうに奥深い空気をかかえこんでいる場があることに驚いた。沖縄なら御嶽になるところだ。
不動の滝の上の木

明戸築堤工事の脇を通る。
荒川を左岸から右岸にくぐって用水を通していたサイホンが、荒川の底が流れで削られて地表にでてきてしまった。流れをさえぎることになるので、その改修工事をしている。

できるだけ川岸に近い道を行こうとしているうちに、舗装路が途切れて、草の間の細い農道のような道に入ってしまった。でも国道140号の旧道と、荒川の間をいけば、大きく道を外れてしまうことはない。
人だかりが見えてきて、近づいてみると野鳥観察のグループだった。リュックを背負い、双眼鏡をもっている。
左手に土手が現れていて、土手の上の道に上がる。

押切橋をくぐる。
土手と川のあいだの河川敷がゴルフ場になっている。大麻生野鳥の森を間にはさんで2つあって、自転車で走ってもちょっとした時間がかかるほどゴルフ場が長く占めている。
このあたりは[ 2007年2月第1週(1) カワラナデシコのための野焼き! ]で来たところだ。

土手の上の道を南下する。
天気情報では北のち南の風ということだったが、そのとおりに風が向かい風になってきている。北からの追い風のうちに着いてしまいたいと思っていたのに、間に合わなかった。

今日は僕の息子も自転車で南に向かって走っている。
僕のところでは、家族3人なのに、寄居に置き放しだった自転車を持ち帰ると4台になり、1台余る。川口に引っ越した姉が必要だというので、1台譲ることにして、息子がこちらも乗って走って届けることになっていた。
はじめは僕が行こうと思っていた。寄居に置いてあった自転車を鴻巣まで運び、鴻巣からは別な自転車で川口まで行けば、埼玉県内の荒川平野部をほとんど走ったことになる。
余力があれば、川口からさらに都内を下って荒川河口まで行ってみようか、などと目論んでいたのだが、家族から無理だ、やめなさい!と却下されてしまった。

市街が見えてきて、昼が近い。
熊谷駅に向かう道に土手を降りる。
どこかで食事にしようと走っていて、ときたま行くケーキ屋さんにうどん屋もあわせている店があり、うどんのほうは試したことがないので行ってみることにした。

● うどん・ど・りっち 
カフェ・ド・リッチ:
熊谷市河原町2-196 tel. 048-525-3617


入ってみると、うどんの店だが、本体のカフェのイメージのインテリア。
ここまで荒川に沿って自転車で走ってきて野外的、雑草的、運動的な気分になっていたのだが、椅子に座って店内を眺めたときに、ちょっと違ってしまったかなと思った。
そして確かにここに入ったところから1日の後半の様相が変わってしまったのだった。

注文したのは、さわらの煮つけ定食で950円。少量のうどんもついている。
運ばれてきたのを見たとき、色どりが鮮やかなのにハッとするほどだった。ふつうの定食屋とはちょっと違う、さすがにケーキ屋さんの感性が行き届いている。

うどん・ど・りっち うどんがついた定食

上品な味つけで、おいしく、いい昼になったと、ひとり嬉しくなりながら食べていたら、声をかけられた。奥に2人連れの男がいたのは気がついていたのだが、うちのひとりが清水信二さんった。僕の友人の画家、浜島義雄さんの絵の師で、そのグループ、朱麦会の展覧会でよくお会いしている。
すぐ近くのギャラリーで朱麦会の小展をしていて、昼を食べに出てきていたところだといわれる。すぐ近くなので寄って見ていくことにする。

清水さんにもサインをお願いしたら僕の肖像を書き加えてやろうといわれる。
定食にはコーヒーもついていて−さすがにカフェだから、これもおいしい−コーヒーを味わいながらモデルをした。
書き終えて「似てなかったかな」といわれるが、僕としてはそっくりでなくてかえってありがたかった。
僕の肖像画

■ 熊谷市民ギャラリー 熊谷市文化祭参加朱麦会展
埼玉県熊谷市筑波2-115 (熊谷市立文化センター・文化会館内)
tel. 0485-25-4553


熊谷駅南口から土手に向かう道が伸びているが、駅から近くに市の複合施設がある。図書館や多目的ホールが入っていて、最近に市民ギャラリーも入った。
朱麦会というのは熊谷を中心に埼玉県北の美術家の集まりで、清水さんや浜島さんが指導的立場にいる。1919年に発足した坂東洋画会というのが県内の最初の美術団体だったが、その流れを継いで地域に根ざしている。
今日の展示はこじんまりしたものだったが、馴染みの人たちの作品を見ながら昼食後のひと休みになった。


■ 熊谷市立文化センター プラネタリウム館 

ところでこの複合施設にはプラネタリウムも入っていて、まだ見たことがない。
ちょうど午後の投影時間が近づいていて、ではここにも寄っていこうと、いよいよ野外的、運動的、昼間的、日光的なのから遠ざかって、真っ暗闇で星空を眺めるようなことにまでなってしまった。
この施設の屋上から眺められる星空の解説があって楽しめた。

          ◇          ◇

また日射しのなかにでて、熊谷駅から家まで、もう少し荒川土手を南下する。
JR行田駅付近に1947年9月のカスリーン台風で土手が決壊したことを記す碑が立っている。利根川からあふれた水と合流して都内の河口域までに洪水が広がったという。縄文時代はあたたかで、海が内陸まで伸びていたいう、そのころのような景色だったろうか。
2007年4月第2週 河川敷のゴーストタウンで春のランチ ] もこのあたり。

決壊の碑

家が近づき、コスモスが植えられているあたりで土手を降りる。
早咲きの赤と白のコスモスが風に揺らいでいる。
10年ほど前、母親が亡くなったころのことを不意に思い出した。
体調が悪い日が続いて、入退院を繰り返していた。疲れもするし、やつれた姿で人前に出たくないということもあって、家からほとんど出なくなっていた。
亡くなる半年ほど前、ここなら近くで花が見られるからと、家族でコスモスの花ざかりを見にきた。花のあいだをゆっくりとめぐって、母も珍しく和むふうだった。
病院に向かうときのほかに外を歩いている姿を見たのは、それが最後だった。

コスモスが咲く

のどかに3時間ほど自転車で走るつもりだったのが、さらに3時間、屋内の楽しみを加えて、思いがけず最後に少ししんみりした気分まで味わった。
ささやかだけれど満ち足りた日になった。