11月第1週 別所沼のヒアシンスハウス、建築的幸福な人生 


荒川の中流、秋ケ瀬橋から浦和駅方向に向かっていくと、別所沼がある。
細長い沼で、周囲を遊歩道がめぐり、公園になっている。

立原道造 (1914-1939) は、東京帝国大学工学部建築科卒の建築家であり、詩人でもあった。
別所沼の周囲には、立原道造の友人の芸術家−詩人の神保光太郎、画家の須田剋太里見明正など−が暮らしていて、立原は自分もそこに小さな小屋を建てて住むことを憧れていた。ヒアシンスハウスと名づけた小屋の設計図をかき、そこに住んだら使うつもりの名刺まで用意していた。
その夢は実現しないまま立原は若くて死んだが、その夢を叶えようという人たちが集まり、2004年に別所沼の西畔にヒアシンスハウスが建った。

15uの小さな建物で、大学の同期生には丹下健三(1913- 2005)がいるが、その残したいくつもの大建築に比べ、いかにもささやかだが、またかえって心ひかれるところがある。
ここに来ると、ル・コルビュジェのカプ・マルタンの休暇小屋を思い出したり、『方丈記』を思い出したりもするが、瀟洒なデザインはいかにも立原的に際立っている。

立原が大学の建築科に入学した1934年には、東京大学でブルーノ・タウトの講演があり、立原もきいて内容をメモしている。(立原道造記念館にそのノートが収蔵されている。)
立原の卒業設計は『浅間山麓に位する芸術家コロニーの建築群』だった。
タウトはアルプス建築を構想し、ナチスのドイツから逃れてきた日本での庇護者、井上房一郎の構想により『少林山建築工芸学校案』を作り、大阪電気軌道株式会社からの依頼で『生駒山頂小都市計画案』も作っている。
立原の卒業制作や別所沼のヒアシンスハウスには、タウトの影響もあったように僕には思える。

またそうした計画的住宅・都市のほかに、小さな住まいへの愛好も2人に共通するようだ。
井上房一郎の世話でタウトが暮らした高崎郊外の洗心亭は簡素な田舎暮らしのための小住宅だが、タウトは気に入っていた。
立原道造の夢の家はもっと小さい。
でもその小さな家への憧れが、今生きている人たちに夢を与えている。

          ◇          ◇

建築や文学や美術や、いろいろな芸術分野の人たちが、21世紀に入ってたちあがったヒアシンスハウスを機縁に活動している。
その年の最大のお祭りが秋にあって、第3回「ヒアシンスハウス夢まつり」にいった。

1.インスタレーション公開製作 堀部宏二 今井伸治
2.公開製作+即興演奏 泉邦宏(サックス) 熊谷太輔(パーカッション)
バッキー&ジャンベまさ
3.「沼のほとり文芸賞」表彰式
4.講演 立原道造とヒアシンスハウス 飯島正治
5.朗読 立原道造「鮎の歌」
6.合唱 浦和女声合唱団 「さふらん」詩・立原道造 曲・松下耕


セブンイレブンで弁当と野菜サラダを買っていき、ヒアシンスハウス前のベンチで食べた。日射しがちょっと暑いくらい。
ヒアシンスハウスを建てた推進者のひとり、坂本哲男さんに声をかけられた。昔の博物館関係での縁だが、近頃は、この集まりのときだけお会いする。
午前中、美術家と支援者が、サーカス小屋をイメージして作った作品が設置されている。白い布はテント、原色の組み合わせは積み木。

午後の最初のプログラム、「2.公開製作+即興演奏」が始まる。
サックスの泉邦宏さんは額から汗を噴き、熊谷太輔さんは上を向いて、恍惚としたようにアフリカの太鼓を叩く。
アドリブの演奏で、サックスの流れに、太鼓の叩きがリズムを刻む。練習を重ねてきて、そのとおりに演奏しているのではない、その場、その時に音を作っていく緊張感がいい。
いつもの秋より少し暑い日射し。
青い空。
風が軽く吹いて白い布がそよぐ。
ここにいればまた立原道造が詩を書きそうだ。

演奏風景:泉邦宏(サックス)+熊谷太輔(パーカッション) 堀部宏二・今井伸治が演奏風景を段ボールにえがく

堀部宏二さんと今井伸治さんが、演奏者をナイフでスケッチしていく。大きな段ボール紙を三脚に立て、ひとりがカッターナイフで線を描き、もう一人が表面の紙を剥がしていく。段ボールの表面の薄紙が剥がれて縞模様が現れてくる。

演奏が終わったあと、4人のアーティストにサインをもらった。
音楽家は、ときにはアドリブがうまくのらないときもあるという。今日はいいノリで、2人とも晴れ晴れとした顔だった。

太鼓の熊谷太輔さんのサイン。
前に群馬音楽センターで群馬交響楽団のチェリスト、ファニー・プザルグさんにサインしてもらったときも絵文字だった。→[5月第3週 八高線に乗って高崎へ
こういう音楽家のサインって楽しい。かえって美術家はキャンバスにかくような文字だけのになるようだ。
熊谷太輔さんのサインは太鼓を演奏する絵文字

別所沼に歩いてくる道で、下向きのことをあれこれ思っていた。
昼前、埼玉県立近代美術館に寄ってきたのだが、その設計者、黒川紀章は先月亡くなった。大きな達成をした建築家でも、まだやり残して満たされない思いがあったようだ。
それから連想がつながって...
前日、イタリア文化会館で93歳の建築家グリエルモ-モッツォーニがインタビューに答えるビデオを見たのだが、最後に望むものは何かという質問に、ちょっといたずらっぽい笑顔で「40歳に戻ること」と語っていた。40歳なら、まだやれることがある...
最近見たNHKテレビの番組『知るとたのしみむ この人この世界』では、編集者・見城徹さんが、死を意識するようになり、「70歳まで生きることに決めた」と語っていた。あのようにタフな人が70歳...。
僕もよくて70歳まで生きられるとしても、あとどれだけのものを見ること、読むこと、味わうことができるだろう?
先行きのことを考えてたよりなく、寂しく、元気をなくしかけていたのだが、演奏のあと歩いていて、気持ちが明るくなっていることに気がついた。
秋にしては強い日射しと軽やかな風の中でいい演奏をきいて、とにかく生きているのはいいことだという熱をもらったようだ。

別所沼会館に移って、立原の詩の朗読や、立原の詩による合唱をきいたりした。
旧知の人にお会いしたり、楽しい時間になった。

■ 埼玉県立近代美術館 開館25周年記念展『田園讃歌』

別所沼に行く前、埼玉県立近代美術館に寄った。
開館25周年の記念展『田園讃歌』を開催中だった。
主要な所蔵作品の1つ、モネの『ジヴェルニーの積みわら、夕日』にからめた企画だった。

美術館がある北浦和公園に入ると、木立の間にかかしが立っている。
さらに先に行くと、積みわらがあって、そのまわりでスケッチをする人たちがいる。
学芸員の中村誠さんに思いがけず会った。ヒアシンスハウスにも関わっているので今日はそちらに行っているものと思っていたのだが、25周年記念展を担当して多忙で、今年はヒアシンスハウスは坂本さんにおまかせということだった。無理もない。

積みわらは、今日のスケッチ会が終わると撤去するという。火をつけられる心配があるので、夜も警備員がついているということだから、惜しいけれどしかたがない。

積みわらをスケッチする人たち 島根県太田市の積みわら、ヨズクハデ

かわった形の積みわらもあって、これは美術館のすることだから、アーティストが作った造形作品かと思ったら、実際にこんなのがあるのだった。島根県太田市の 「ヨズクハデ」と呼ばれれもので、わらは近くから調達したが、製作は現地の人が来てしたのだという。

かわった形の積みわらより、モネの絵のとおりの形の積みわらにスケッチの人は集中していた。

埼玉県立近代美術館は、先月亡くなった黒川紀章設計の美術館。
2000年8月には、ここで黒川紀章回顧展を開催し、開会の集まりには黒川紀章ご本人ももちろん来られていた。
若尾文子さんはそのときはいらしてなかったと思う。
週刊朝日(2007.11.9号)にのった、若尾文子さんが語る『かくも愉しき天才・黒川紀章との日々』は、いい記事だった。黒川紀章の私生活については、成功して女優と結婚した建築家−くらいにしかわからなかったのだが、ただ華やかなだけではない、いいつながりの夫婦だったのだと納得した。
池の水面に映る埼玉県立近代美術館

僕はこの黒川紀章設計の美術館で数年を過ごした。
その後、前川國男設計の埼玉県立自然史博物館でも仕事をしたのだし、自宅は難波和彦さんの設計で、いずれもいい空間のなかで過ごしているという充足感があったし、ある。
アントニン・レーモンドブルーノ・タウトを巡る旅の企画は文化庁の賞をもらい、NHKのテレビ番組にもしてもらった。
立原道造はヒアシンスハウスに暮らすことは叶わなかったのだが、僕は建築的には恵まれた人生だ、と思い至った。

参考:

  • ヒアシンスハウス
    埼玉県さいたま市南区 別所沼公園内
    http://haus-hyazinth.hp.infoseek.co.jp/page00-menu.htm
  • 立原道造記念館
    東京都文京区弥生2-4-5 tel. 03-5684-8780
    http://www.tachihara.jp/
    タウト講演会を記録した立原道造の「タウトノート」(立原道造記念館所蔵)
  • 埼玉県立近代美術館
    埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1 tel. 048-824-0111
    http://www.momas.jp/1.htm
  • 『知るを楽しむ 人生の歩き方 見城徹−常識との闘い』 日本放送出版協会 2007 
  • 『かくも愉しき天才・黒川紀章との日々』 週刊朝日 2007.11.9号
  • 『箱の家 エコハウスをめざして』 難波和彦+界工作舎 NTT出版 2006