12月第5週 タホ川にかかるオリオンの3つ星 


いつかはガウディを見たいとしばらく前から思っていた。
家族でひさしぶりに(もしかしたら一緒では最後になるかもしれない)海外旅行に行こうということになり、サッカーファンの息子が、だったらスペインがいいと言うので、あっさり実現してしまった。

ジャン・ヌベル:アグバールタワー フランク・O・ゲーリの魚

サグラダファミリア教会にエレベータで高いところまで上がってクラクラと陶酔したり、 それを参照したジャン・ヌベルのアグバールタワーに呆れ(写真左)、近代建築のさきがけのミースのバルセロナ・パビリオンに当時の衝撃を思い、フランク・O・ゲーリのグッゲンハイム美術館があるビルバオには行けなかったけれど、そのゲーリーが地中海の浜辺に作った巨大魚は眺め(写真右)、ギネスブックで世界最古と認定されているレストランBotinでヘミングウエイも好んだという子豚の丸焼きを食べたりして(写真下)、初めてのスペインでたくさんのものを見た。

ボティンの子豚の丸焼き 1/3 ボティンの子豚の丸焼き 1/3 ボティンの子豚の丸焼き 1/3
子豚を3人分に切り分けてサーブされた。薄いパリパリの皮がついている。

          ◇          ◇

マドリッドとバルセロナで数日ずつ過ごしたのだが、その間にトレドに行って1泊した。
トレドの旧市街は下向きのホタテ貝のような形の塊で、北をのぞいた3方向を川がぐるっと囲んでいる。
だから、南の対岸に立つと、川に囲まれたトレドの街を一望することになる。
スペインでは、国の観光政策で古い建築を生かしたパラドールという宿が各地につくられていて、トレドではその対岸に立地している。
旅行の案内書には、ぜひ川に面した部屋を確保するといいと書いてあるが、連絡をとってみると、今、川に面した部屋は改修工事中だという。
でも、少し高くなるけどサロンつきの部屋なら1室だけあるという。
僕らはちょうど家族での旅行だからサロンつきの部屋なら好都合だし、差額は数千円程度なので、やったねという感じで予約した。

それで、いつかはガウディ!ももちろんだが、このトレドの宿の眺めも、僕にとってはこの旅のピークの1つだった。
部屋に案内されると、たしかに窓からトレドの市街がまるごと一望できる!
案内してくれた人も、「どうです!」というニュアンスで、家族ひとりひとりと握手していった。

トレドの街がひとつの小山のように川からせり上がっている。
ここにくるまでに見てきた教会の尖塔や壁が見えて、大きな建物は判別できる。
U字形にタホ川が流れる。
グレコがまさにこう見えるトレド市街を描いている。
秋野不矩が天竜川にこのように囲まれた天竜を描いた風景画も思い起こされる。
Parador de Toredoから眺めるトレド旧市街−左側 Parador de Toredoから眺めるトレド旧市街−右側

夜になると、ひとつひとつの家は見えにくくなって、スカイラインが闇に浮かび、ゆるいらせん状の道に沿った街路灯が浮かんできた。
企業の広告ネオンだとか、日本の街でのような直接目を刺してくるような白色光はない。
空気がいくらか霞んで、全体としてうっすらと土の色をおびたような上品な色調のなかに、柔らかい光がともっている。
対岸からの眺めを意識して照明を配置しているのかと思えるほどだ。
少しだけかじった歴史の知識によれば、トレドではいくつもの戦いがあって、たくさんの人の血が流れ、たくさんのむごい死があった。それがこのように美しい夢のような夜景をみせる都市として結果していることに、謎と感銘を覚える。

パラドールは古い邸宅を改造してホテルにしてあるのだが、改造は超モダン。
すっきしりしたインテリアのデザイン。
大きな壁かけテレビ。
バスタブから噴き出す泡に旅に疲れた体がよみがえる思いだし、ガラス壁で仕切ったシャワールームもあって、とても快適だった。

夕食にイベリコ豚を食べた。
茶色い塊が数個。
緑色の小粒のソラマメと、赤いピーマンを添えてある。
肉そのものに味がしみていて、ソースはあるかなきかに皿の底に垂れているくらい。
ほろほろとして柔らかく、といってあやふやではなく、これが豚肉だろうかといぶかしくなるような、新鮮な味覚をしている。
パンに赤ワイン。
うるうると酔いがまわってくる。
デザートに僕は果物のヨーグルト添え、妻と子はトレド名産の菓子の盛り合わせ、アイスクリームを選んだ。どれも大きな皿に、彩りあざやかに、ミロの絵を思わせるような盛りつけをしてあった。
たっぷりと満ち足りた思いにひたった。

夜中、目覚めるたびに、旧市街を眺め、窓から首をだして空を見上げた。
どの時間だったかには北斗七星が見え、ある時間にはオリオンの3つ星が水平に並んでいた。
星見の超初心者の僕には、今見ていた星座でも自分が体の向きを変えただけで見失ってしまうほどのたよりなさなのだが、異国でネボケマナコでも星座を認められたのが何だかうれしい。

トレドに来る前に、マドリッドでプラネタリウムを見ては来たのだけれど... マドリッドのプラネタリウム

明け方になると川霧がかかって、旧市街はおぼろにかすんでいた。霧が流れてきてほとんど至近距離きり見えなくなることさえある。
長瀞の自然史博物館に通っていた頃、冬の朝、秩父線の車内から、荒川に川霧がたちゆらいでいるのをよく眺めたものだった。
波久礼駅を出てから樋口駅までのあたりで、左の車窓に荒川が並行している。
そうだった、あのあたりでは荒川もU字形に流れているのだったと思い当たる。

          ◇          ◇

寄居町で亡くなった画家・岩井昇山の作品を、寄居町内に住むコレクター、柴崎猛さんのお宅に、埼玉県立近代美術館の学芸員、大越久子さんと見せていただきに伺ったことがある。
その大越さんに、用事があってメールを送ったときに、暮れにスペインに行くと付記したら、私もその頃、友達と一緒にバルセロナとビルバオ行きを予定していた!と返事がきた。

僕らがマドリッド、トレドを経て、バルセロナに着いて数日後、TAPATAPAという店で家族と夕食をしているとき、大越さんから「今ホテルに着いた」と携帯に連絡がはいった。店まではホテルから近いので、夕食に誘った。
大越さんは生け花の雑誌の編集者といっしょだった。

編集者は美術も建築も考察対象なのだが、熱いサッカー・フリークでもあって、今回はバルサの公開練習がいちばんの目的なのだという。
もともとサッカーを主目的にしていた息子と妻も同行させてもらって、翌日、大晦日に、3人はカンプ・ノウに向かった。
(あとで夕飯にまたみんながそろったときに様子をきいた。2軍の練習かと思ったら、1軍のそうそうたるメンバーがそろっていて、ロナウジーニョがいる!○○がいる!△△がいる!と大興奮。3人には、この日あってのこのスペイン旅行!になったのだった。)

大越さんと僕は、大越さんたちの泊まっているホテル・コンデスで待ち合わせ、すぐ近くのカサ・ミラ、カサ・バトリョと、広い通りを海方向に向かいながらガウディ・ツアーにした。
ガウディの造形に魅惑され、圧倒されるが、その形を発生させる理由に論理的に説得もされ、うなずかされる。
グエル邸が改修工事中だったのは残念だが、そこから東に小路をはいって、グリル・ルームGrill Roomで昼食にした。

19世紀の共同住宅の左下隅の一角をレストランが占めている。
今あるデザインで装飾されたのは1902年で、ほぼその当時のまま残っているらしい。
僕らが案内されたのは窯のすぐ前の席で、焼く人、窯の中が見える。
大きな赤いピーマンがいくつも並べられて、ずいぶん焦げて、一部は炭のようになってしまっているのは、どう食べるのだろう、などと興味をもっていたのだが、自分たちの料理が運ばれると夢中になってしまって、焦げた巨大赤ピーマンの行方はわからなくなってしまった。
窯での料理が中心の、まさにグリル・ルームらしいのだが、英語の名前なのが不思議。

僕らが注文したのは、パエリャと、「たらのような」魚(だと大越さんが説明してくれた)、赤ワイン。
魚は胴体を輪切りにしたスタイルで、あとじゃがいもの1/2に割ったのがつく。
したがって皿には、円形2つと楕円形2つ。
魚の白い身にも、じゃがいもにも、焦げ目がついて、緑色の葉がまぶしてあり、レモンを添えてある。ソースはここでもわずかに皿の底に垂れている程度。素材を焼いて、シンプルな味付けをして食べる。手を加えすぎないおいしさ。

料理はおいしいし、インテリアはいいし、ワインはまわってくるし、ここでの食事もつい笑顔が浮かんでくるひとときになった

Grill Roomの正面 Grill Roomの窯 Grill Roomでランチ:タラのような魚とじゃがいも+レモン

その後、大越さんと編集者はサグラダファミリアに行き、僕ら家族はそれぞれ思い思いのところにでかけた。
そして夕食に待ち合わせて、またみんなそろった。
大晦日の夜で開いてみる店は多くなくて、たまたまリセウ劇場前にあるCafe de l'operaという店に入ってみると、外からはいっぱいに見えたが、2階の席はすいていた。
芝居のポスターがたくさん貼ってあり、劇場関係者に縁が深いらしいレストランのようだった。
まずビールを飲み、スペイン名物というサングリアも追加し、あれこれ注文して、にぎやかに楽しかった

零時の30分くらい前にカタルーニャ広場に向かうと、ぞくぞくと集まってくる人たちを警官がチェックしていて、慣れない観光客としては不安になる。それでもとくに集中している一帯から少しそれるとゆったりしていた。
舗道の端の石に腰かけて小さな花火で遊ぶ老人たち。
大きなプラスチックのカップに入れたビールをもち、体をよせあっている男女。

零時を過ぎると、花火がとびかい、広場の反対側で炎が上がった。
拍手や歓声が起きる。
よかったね!という感じで新年のあいさつをして、大越さん、編集者と別れた。

バルセロナのカタルーニャ広場で2008年を迎える

僕は国外で新年を迎えたのはずいぶん前に行ったパリ以来だ。
パントマイムのマルセル・マルソーの大晦日公演を、やはりたまたま同じ時期にパリに来ていた友人たちと見た。
そこそこ立派なホテルに泊まっている友人たちと別れて、僕は安宿に人通りのほとんどない道を帰った。
そのマルセル・マルソーはつい最近、2007年の9月に亡くなった。
ともかく僕は生きて遠いバルセロナなんかまで来て2007年を終え、2008年を迎えることができた。
あと何回、新しい年を迎えられるか、わからない。

          ◇          ◇

元日には屋内的見どころは全滅状態なので、グエル公園に行った。
地下鉄の駅から歩いていくと、もう見終えて坂を下りてくる大越さんと編集者に出会った。
わあっ!ていう感じ。
大越さんたちは午後には空路ビルバオに向かってゲーリーのグッゲンハイムを見に行く。
僕らは明日の午前中の便で帰国する。
さすがにもうスペインで会うことはないだろうが、ほんとうに旅は道連れで愉快なことだった。

夜、スペインの最後の晩餐をどこでしようかということになって、まだ行ってみたいレストランもなくはないけれど、おととい行ったTAPATAPAにもう一度!ということで家族の意見がすぐまとまった。
写真つきの紙がテーブルに置かれ、日本語のメニューがあるから、それぞれにふられた番号で対照するとまちがいないものを注文できる。
外国でこれほど安心して、確実な注文をできたことは、僕には前例がない。
そして手頃な値段で、おいしいし、メニューも豊富。店員さんの対応もキビキビして気持ちがいい。ほとんど日本の居酒屋の気楽さで楽しめる。
元旦の夜に営業してるかどうかが心配だったが、開いていた。
しかも店内は広いのに、あいていたのは前とすっかり同じ席で、同じ男がサーブしてくれて、顔を覚えてくれていた。
僕にはエビとアンコウの串焼きがいちばんうまかった。
ほかに前に食べそこねて心残りだったのをあれこれ頼んで、最後の夜を楽しんだ。

参考: