3月第3週 秩父で映画『オリヲン座からの招待状』 


このところ映画に関心を集中してウロウロしている。
映画館を題材にした映画『オリヲン座からの招待状』を見に行きたかったところだし、ちょうどかつての古い映画館の建物が残っている秩父で上映されるというので、まとめて見てみようと出かけた。
ここしばらく荒川を下ることが多かったけれど、久しぶりにさかのぼる。

■ 上石建材(旧秩父国際劇場)
埼玉県秩父市宮側町18-7

秩父鉄道秩父駅から数分、みやのかわ商店街にある。
もとは1902年に建った芝居小屋で、1950年に建物正面を浅草の国際劇場を模して改築された。
山に囲まれた秩父盆地内に、最盛時には映画館が5館もあったが、テレビが普及して衰退し、次々に閉館した。
国際劇場も、上石石灰企業組合が経営して存続に尽くしてきたが、1983年に閉館した。
今、建物はその組合の店舗兼建材の倉庫に転用されている。
独特の表情をした正面はそのまま残っていて、上部には「松竹 秩父国際劇場」と記されている。
秩父の国際劇場の正面

余談になるが、浅草の国際劇場にはちょっとした特別な思いがある。
浅草の国際劇場は、1937年から1982年まであった劇場で、基本的には松竹歌劇団(SKD)のレビューを上演し、ほかに大衆歌謡・演劇の興行場所でもあった。
僕が一度だけこの劇場に行ったのは1981年12月、キング・クリムゾンのコンサートのときだった。
プログレッシブ・ロックを象徴するようなバンドの待望の来日公演だからおおいに期待したのだが、なぜそれが浅草の大衆劇場なのだろうといぶかんだ。まあ、ちょっとずれているというより、これだけ思いっきりずれれば、いっそサバサバとおもしろくもあった。
劇場については、すでに取り壊しが決まるか噂されるかしていたと思う。
コンサートに行って、これがこの劇場に来るのは最初で最後だろうからと、なかを歩き回った。エイリアン系SF映画のような、暗い異様な内部で、隅のほうにはもう半ば死んだ建物のようなすさんだ空気が漂っていた。
僕はキング・クリムゾンを友人の池亀芳彦にすすめられて知った。
『クリムゾン・キングの宮殿』を最初に聞いたときのことをいまだに覚えている。
横浜・麦田町の、2階に8畳間が1つだけある家でだったが、たたみの部屋に置いたステレオ装置の周辺に、黒い闇がたちのぼってくるかのようだった。
その後「プログレ」にいれこむことになり、キング・クリムゾンを教えてくれた友人には、人生の宝を1つもらったと感謝している。
友人はクモ膜下出血で急死し、その後まもなく、残された妻が女の子を産んだ。
僕の息子が生まれたのと同じ年のことで、わが子の成長を見ながら、友人のことをしばしば思い出す。
浅草国際劇場のコンサートは、友人が亡くなった翌年のことで、生きていれば、当然いっしょに行くところだった。
劇場の闇は、横浜麦田町の黒いもやもやを思い出させ、池亀芳彦のことを思い出させたのだが、今、秩父の国際劇場の正面を眺めると、またそうしたことをひっくるめて思い出すことになった。

秩父の国際劇場は、今は建材の倉庫に使われているので平日なら作業をしている内部を見ることができるというのだが、あいにく日曜に来てしまった。
特徴のある正面の造型の下に、はりだし部分があり、シャッターが数枚おりていて、秩父の写真家、清水武甲の写真を印刷してある。

■ 『オリヲン座からの招待状』
監督:三枝健起 原作:浅田次郎 116分
出演:宇崎竜童−宮沢りえ−加瀬亮 中原ひとみ−原田芳雄 樋口可南子−田口トモロヲ 
会場:歴史文化伝承館ホール (埼玉県秩父市熊木町8-15  tel.0494-22-0420
)

秩父の国際劇場では、特別なイベントとして映画の上映会が開催されたこともあったが、今日の映画は秩父市役所の隣にある歴史文化伝承館のホールで見た。
深谷シネマを運営するNPO法人シアターエフと主に秩父のボランティアの人たちが企画した。
映写機や古い映画のポスターも展示してあった。

古い映写機や映画のポスターを展示してあった

映画は、長年続けた映画館を無念に思いながら閉める−という物語だから、おおよその基本線は想像がついてしまう。あとは、どういう設定、どういう筋で、どんな役者で、どんな映像で見せるか、にかかってくる。

映画館を経営する夫婦が宇崎竜童と宮沢りえで、前半はその日常が描かれる。
朝、住まいの縁側で、たばこをくわえて宇崎が鰹節を鉋で削る。
シュッコッ、シュッコッという規則正しいリズム。
朝の穏やかな光。
でも宇崎はたばこを吸うと咳き込むことがあって、重い病を抱えている。
ある日、その縁側から庭の花を夫婦で眺めている。
妻が
「好きですなあ、タチアオイ」
というと、夫は、
「タチアオイゆうたら、てっぺん咲いたらしまいよるさかいなあ」
とこたえる。
左に宇崎、右に宮沢りえが庭のタチアオイを眺めるところを後ろから映す映像が数秒間続く。死を予感させる後ろ姿がきまっていて、ただ庭を眺めている場面にジンとした。

ところが映画はそこまでがピークで、後半は失速し、墜落した。
夫が亡くなったあとの展開は、あまりにありきたりで、通俗的で、もともと基本線は想像がつく内容を、こんな陳腐な話で見せられてはたまらない。
映画的魅力というより、凡庸な脚本で演じている舞台作品を見ているようで、しかも116分という長さだから、近くで居眠りしている客がいて無理もないと思ったくらいだった。

● 水戸屋本店 ちちぶ餅 380/3個
埼玉県秩父市本町1-22 tel.0494-22-1237

ちちぶ餅はうまいという評判を最近きいて、国際劇場に戻る道を歩いて水戸屋に寄った。
透明なビニール袋に2個入りや3個入りのが並んでいる。
持ってみると、意外な持ち重りがする。
みやげに買って帰ったのだが、平たくやや長いので、持つとしっとりと重い餅がしなる。
柔らかく上品な甘さ。
もちとあんこの組み合わせという平凡なようで、独特の味わいがあり、次に秩父に行ったらまた買って帰ろうと思った。

■ 埼玉県立自然の博物館
埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1417-1 tel. 0494-66-0404
http://www.shizen.spec.ed.jp/

秩父線で上長瀞駅で降り、かつて働いていた自然の博物館に寄った。
内部を改装して展示面積を増やしたというので、どんなかと思ったら、あちこちきれいになったが、もともと絶対的な容量が小さいので、目立って増えたというほどではなかった。
埼玉県立自然の博物館:巨大なサメ、カルカロドン・メガロドンが迎える

荒川の川原に降りて、石畳を長瀞駅まで歩いた。かつても何度も歩いたルートで、懐かしい。

荒川、長瀞、石畳

● 金太郎 
埼玉県大里郡寄居町末野80-1 tel. 048-581-2469

こんどは波久礼駅で下車。
休日に発売される「秩父路遊々フリーきっぷ」という1日乗り放題のきっぷを買ってあるので、今日みたいに何度も乗り降りするととてもトクした気分になる。

駅前に大きな倉庫と小さな小屋の店があるのだが、小屋のほうは2月末で閉店したと張り紙があった。熊谷−寄居の間は何度も往復しているのに、寄居から1駅遠くへはつい行きそびれていた。もう何回か行っておくのだった。

倉庫の店に寄る。
ここ1週間ほどすっかり暖かくなったし、まず生ビール。
かしらや、ねぎ串や、ささみや、つくねを食べながら、あと寄居の地酒「白扇」を追加。
寄居駅前の金太郎もそうなのだが、ここの若い店員さんたちは、材料にも、自分の調理にも誇りをもち、向上心、探求心をもっている。
うまいはずだと思う。
波久礼駅前の金太郎は大きな倉庫の中にある

今日は少しずつハズレが重なった。
国際劇場は閉まっていたし、映画は後半失速したし、小屋は閉店していた。
でも最後にいい酒といい料理で気持ちよくほろ酔いになった。
店を出ると、まだかなり明るい。
日の長い季節はいい。

波久礼駅から電車に乗る。
ようやくホームの灯りがぼっと目立ちはじめたくらいの夕暮れの時間に、家に帰る電車に乗る。
気持ちに余裕がある。
夕暮れの波久礼駅ホーム