5月第2週 小川の二十二夜塔から滑川のギャラリーとチェンバロ工房へ、驚きの縁つづき 


■ 二十二夜塔(小川町腰越)

珍しい形の二十二夜塔を友人の天文民俗学者、茨木孝雄さんと見に行った。
かつて月待ち信仰の風俗があって、十三夜、十五夜、十六夜など、特定の月齢の夜、お勤めや飲食をともにして月の出を待ったのだが、その場所のしるしとして石塔が建てられた。

二十二夜塔は、如意輪観音像か、文字だけを刻んだものがふつうだが、ここでは文字を刻んだ立方体の左に半円がせりだしている。
半円は二十二夜の月の形の、ほぼ半月をかたどっている。
たまたまここを通りかかったときにとった写真を友人の天文民俗学者に送ったら、とても珍しい形のものだと驚かれた。唯一のものかどうかは定かではないが、天体と民俗行事の関わりを専門にする友人でも初めて見る形のものだという。
それで友人を案内してあらためて見に来たのだった。
大きな重そうな石で迫力がある。
左に半月の半円がせりだした二十二夜塔

 松岡醸造梶@(帝松) 
埼玉県比企郡小川町下古寺7-2 tel. 0493-72-1234
http://www.mikadomatsu.com/

もう1つ上古寺という集落にある二十二夜塔も見た。
こちらは如意輪観音像がやさしい目でほほえんでいる。
茨木孝雄さんは前にも小川に来てくれたことがあって、そのとき小川にある3つの造り酒屋のうち2つにはすでに行ったことがある。
目的の二十二夜塔2つを見て、今日は残る1つの造り酒屋、帝松(みかどまつ)ブランドの松岡酒造に、さあ行くぞ!と車で走りだしたら、1分ほどで目的地だった。地理の見当がはずれていた。
茨木さんは試飲を楽しんでから、そばと粕と純米酒を買う。
僕は今朝、二十二夜塔の場所を確かめに寄った教育委員会でお会いした関根教育長からすすめられていた柚子焼酎を買う。

■ ART214
埼玉県比企郡小川町大塚214

小川の市街地に戻って、旧知のアーティスト、伊東孝志さんのアトリエに寄った。伊東さんと茨木さんは、元荒川の花見ですでに会っている。
伊東さんがいれてくれたコーヒーを飲みながらの会話−
伊東さん:滑川(なめがわ)町に、古民家を改修した新しいギャラリーができたから、機会があればぜひ行ってみるといい。
茨木さん:滑川といえば、前に家庭教師で教えた女性が、チェンバロ製作者と結婚して住んでいる。
伊東さん:そのギャラリーのオープニングに行ったとき、ギャラリーの主があいさつして、チェンバロ製作者夫妻にとても世話になったと話していた。
!?!?!?!? 
−思いがけない縁が結びついてしまったのだった。
ギャラリーは週末だけ開くので、その日は休みだったが、連絡をとってみるとOKがでて、昼食後に伺うことになった。

● 有機野菜食堂わらしべ
埼玉県比企郡小川町大字小川110-1 tel. 0493-74-3013

伊東さんのアトリエから近いわらしべに、転勤後、初めて行った。
ほんらいは野菜、パン、パスタ、ピザが中心のメニューなのだが、昼の定食は遊び心も加えてか、きつねうどんとか、オムライスとか、無国籍になる。
今日は豆腐チャンプル。スープにサラダがつき、あとからにんじんジュースを追加して、親しい友人と一緒だし、とてもおいしく楽しいランチになった。

■ 古民家ギャラリーかぐや
埼玉県比企郡滑川町福田1560 tel.0493-63-0012
http://g-kaguya.com/


伊東さんのバイクに先導されて着いてみたら、僕が小川げんきプラザにいた頃、毎日車での通勤に通っていた道からほんの少しだけ入ったところだった
古い民家の後ろには丈高い竹林が迫っていて、抱きかかえられるようにしてある。
古民家を改修したギャラリー

古い民家にほれこんだ井上正さん夫妻や支援する方たちが、たいへんな量のほこりを始末して改修したというが、すてきなデザインにできている。かまどの上の通風口を横長の窓にしたところからは竹が見えるし、時間によっては月の光りが射し込むという。

最初の企画は横尾龍彦展。
横尾さんは秩父とドイツのアトリエを往復しながら旺盛な制作をされている。
僕が埼玉県立近代美術館にいてアーティスト・レジデンスのアトリエ探しに関わっていたころ、ドイツに行って不在にする間、秩父のアトリエをつかっていいと申し出をいただいたことがある。(でも残念ながら他の条件が不調で、他の場所で実施することになった。)
いろいろな偶然が重なる。

いくつも贈られた花が古材の建物を華やかに飾っていた。
こどもの手のひらにもおさまるほどの小さなガラス瓶をいくつも吊して花を活けたのはギャラリーの主の娘さん。目が気づいてみると、透明な水とガラスが、ひなびた古民家のなかでみずみずしく鮮やか。
小さなガラズ瓶にさした花

■ 横田ハープシコード工房
埼玉県比企郡滑川町
http://www.h4.dion.ne.jp/~y-cemb/index.html

今度は井上正さんの車に先導されて滑川のチェンバロ製作者の工房にむかった。
着いてみれば、こちらも小川げんきプラザの通勤の道から少しそれただけのところにあった。森林公園の近く、木々が豊富にある丘陵のなか。
茨木さんと、教え子だった横田まゆみさんとは、懐かしそうに久しぶりの対面。
夫の横田誠三さんからは、僕にとってはもちろん、多くの人にとって馴染みがないだろうチェンバロの製作のことをお聞きした。「ふつうというのがない」といわれるとおり、ほとんど1台ごとに設計図をかき、それにかなった材料を揃えて、製作を始めるものらしい。ものを作ることが好きな人にとっては、かえって楽しいことだろうと思う。

井上さんと横田さんが、これからの音楽関係のイベントの話などされている。
次の企画はアメリカ出身の尺八奏者、クリストファー遙盟さん。
僕のテレビ出演のことも話題になり、井上房一郎がテーマだというと、井上正さんが、おや?という表情をする。
「クリストファー遙盟さんの本を読んでいると、たしか井上さんという支援者のことがでてきた。コンサート会場に黒塗りの車で現れ、以後、いろいろ支援してくれた人だと。」
そんなことありだろうか?
今日は妙な縁つながりで動いていたのだが、驚き疲れて、ぼんやりと聞き流してしまった。

あとで調べたら、本当にそのとおりで、少し鳥肌立ってしまった。
1976年、20代前半のクリストファー遙盟さんは小平市民会館でコンサートを開いた。尺八の腕が上がったからではなく、「公の場で自己の在り方を明らかにしておくべき」だと考えたのだった。
たまたま朝日新聞が小さいながら写真入りで催し案内に取り上げてくれた。
 コンサートのお客は当然のことながら、友達がほとんどだった。が、開幕直前、黒塗りのキャデラックが横づけされ、グッと際立った風情の年配の紳士が、助手と思しき若者数人を連れて降り立ち、チケットを買って中に入り、客席に座った。終演後、彼らは楽屋にやって来て、年配の紳士が名乗った−高崎の井上房一郎です−。(中略)氏は僕に、高崎に来て彼の「哲学堂」でやっているイベント・シリーズで演奏してほしい、と言った。かくして、断然に素晴らしく、かつ心強い支援のあるお付き合いが始まり、その後何年か続くことになった。
(『尺八オデッセイ 天の音色に魅せられて』 クリストファー遙盟 河出書房新社 2003)
井上房一郎を知ってからその跡をたどることで、いろんなことを知ることになり、世界が広がった、人生を豊がにしてもらったという思いがこれまでもあったのだが、まだまだ未知のことがあった。
それにしてもこのところ人生に偶然なんてないと思わせられることがいくつも起きる。
思いがけないつながりが見つかって、まだ僕の人生は広がっていくのだろうか。
それとも、推理小説の終盤のように、無関係にみえたことが次々につながって関係が明らかになり、物語がまもなく完結するのだろうか。
どちらにしても10日後の尺八のコンサートが楽しみだ。

参考: