5月第4週(1) 
ふたたび『春の小川』からガウディへ 〜代々木から青山 


4月に、文部省唱歌『春の小川』の発想のもとという都内の川を、小田急線の代々木八幡駅から竹芝桟橋までたどってみた。
その後、小川町の「有機野菜食堂わらしべ」の山下由美子さんから手紙が届き、手書き原稿によるチラシが同封されていた。
山下さんがパンづくりを修業した店がイラストつきで紹介されていたので(下にその写真)、地図を調べてみると、なんと代々木八幡駅からすぐ近くなのだった。
山下さんが修業したパン屋さんといったらおいしいに違いない。
すごろくでいえば「ふりだしにもどる」という感じになりながら、また新宿から小田急線に乗った。

■ 渋谷はるのおがわプレーパーク
東京都渋谷区代々木5-68-1 代々木小公園北地区内  tel.03-3481-9661
http://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/park_yoyogismall.html

前にも行った『春の小川』の歌碑のすぐ近く、細い道を隔てた公園内に渋谷はるのおがわプレーパークというのがあった。
これもあとでこんな場があると知ったので寄ってみた。
1歩中に入ってみると、周囲の都会的密集感とは、はっきり異質な、野性的な空気が漂っていた。公園の一部とはいっても、きれいに作られ、とりすました公園ではない。子どもが体を動かして遊べるようにしてあって、ふつうなら禁止になりそうな泥や水や火もOK。
それでも、小屋があっておとなが詰めているから、無人の公園より安心して遊べそう。

中央にけやきが立っている。葉がすかすかになるくらい弱っているので、みんなでたいせつにしましょうと気づかうべきことが根元に書いてあった。 公園の中央にケヤキの木

● ルヴァン 富ヶ谷店(Levain)
東京都渋谷区富ケ谷2-43-13  tel.03-3468-9669

代々木八幡駅方面に戻って、井の頭通りにあるルヴァンに行った。
あと少し西に足をのばせば、去年、東京歌劇座公演『アーティスト・ライフ』を見た古賀政男音楽博物館けやきホールがあり、東京ジャーミイ・トルコ文化センターがある、という位置になる。
わらしべの山下さんが修業したように、今も修行中らしい数人の若者が店内でミーティング?のようだった。
隣にあるカフェでパンや簡単な食事ができるのだが、あいにく店先の席きりあいてない。陽があたって暑そう。小田急線でもう10分も乗って成城学園まで行けば、うちのお寺があって、春秋の彼岸には墓参りにきているから、次の秋の彼岸にでも家族と寄ってみようと、今日は諦めた。
ルヴァンという店名は、はじめLe Vent=風なのかと思ったら、Levain=酵母のことだった。

(よもぎ入りの食パンを量り売りで1/2くらいと、レーズン入りのまるいパンを買って帰った。がしっとした手ざわりで、テーブルに置くときコンと音がする。手ごろな酸味があっておいしかった。) 山下由美子さんがかいたルヴァンの店先

■ ときの忘れもの 細江英公写真展―ガウディへの讃歌Part2
東京都港区南青山3-3-3 青山CUBE 1階 tel. 03-3470-2631
http://www.tokinowasuremono.com

今日は川を下らないで、代々木公園・明治神宮を東に横切った南青山にあるギャラリー「ときの忘れもの」に行った。
写真家の細江英公さんがガウディの建築を撮影した写真展を開催していて、この夜、ギャラリー・トークがあった。

ギャラリーは僕が好きな建築関係の扱いも多いし、画廊主の綿貫不二夫さんは群馬県の高崎高校卒で、前から井上房一郎の話も伺ったりしている。
先週コンサートに行ったクリストファー遙盟さんに会うまでのいきさつを説明し、井上房一郎が支援したという話をした。
綿貫さんは、クリストファー遙盟さんを井上房一郎が支援していたことはご存じではなかったようだが、
「井上さんならいかにもしそうなこと。関心をもったらあれこれ迷ったりしてないで、とにかく直接会いに行ってしまう人だった。
クリストファー遙盟とは私も旧知で、今日おいでの細江さんも加わった集まりで尺八を吹いてもらってもいる。」
二十二夜塔から尺八につながりが伸びていったのだが、さらに長く伸びてしまった。
もう1つ加えれば、僕が埼玉県立自然の博物館にいたころ、細江英公さんが館長をされている清里フォトアートミュージアムから写真をお借りして、西村豊さんのヤマネの写真展を開催したこともある。

細江英公さんは、1977年に初めてガウディに出会って感嘆し、1978年から1984年にかけて数度撮影に行かれた。
当時のヴィンテージ・プリント20点を展示してある会場でギャラリー・トークがあり、まさに時間を忘れてという感じで聞いたのだが、とくに興味深かったこと−

・ 「ガウディは建築ではない、巨大な人体なんだ。」
(細江さんはおもに人間をとっているのに、なぜガウディをとったのかという質問があり、まさにいい質問だという勢いで。)
「目があり、手があり、内蔵があり、性器もあり.....」

・ 「すべての四季を見ないとわからない」
(何度も繰り返し行ったのはなぜかという質問に)
「建築の背景に、壁に映る影として、木があって、葉の茂り方で見え方がかわる。
光もかわるし、空もかわる。」
一瞬を切り取る写真家の口からこういう言葉をきくのは意外だった。
もちろん季節を選ぶ、日を選ぶ、時間を選ぶ−ということは当然あるだろう。
でもほれこんだ対象を納得できるまで撮影するには、「すべての四季を見ないと」なのだという。
僕はこの言葉には思い入れがある。
2000年の夏に越後妻有アートトリエンナーレに行ってすばらしい風景とアートの出会いに感激した。でも冬には雪深い地域だから、夏だけ見てるのはどうかな?とチラと気にかかっていた。
で、幸田文の文章を読んで、とどめをさされた。
自然を見るには、どうしても最低で一年四季は見ておかなくてはうまくない。
それで秋にも冬にも行くことにしたのだったが、また写真家から同じ言葉をきくことになるとは思いがけなかった。
それにしても、建築の写真をとるために、スペインまで四季それぞれに行くものかと感嘆した。

・ 魂のこと
「掌(てのひら)の中央に眼が開いている彫刻があって、写真にとった。
600ミリのレンズでとったが、ぶれている。2度目にとったのもぶれている。ほかの写真ではこんなことはなかった。
それでようやく気がついた。これは魂のことだと。
建築をとることばかり考えていて、ここが教会だということをうっかりしていた。
眼は心であり、精神でもある。お祈りをしてからとったら、3度目にはきちんととれた。」

・ 焼夷弾のこと
写真の保存についての話になった。
細江英公さんは、日本の写真の保存にも努力を尽くしてこられたし、館長をつとめる清里フォトア−トミュ−ジアムではヤング・ポートフォリオ展を開催して入選作品を購入することで、若手を育て、今の写真を未来に残し伝えていくことも実行されている。
「かつて日本では写真は報道のためのものという考え方があって、写真展ではベニヤに貼りつけて展示し、終わると捨てるようなことが行われていた。
戦争でも失われた。空襲があって、焼夷弾が落とされた。爆発して石やコンクリートを破壊するのではなく、火のついた油が散って、木の建物を焼き尽くす。」
そうした日本の木造建築に有効な焼夷弾の開発に貢献したのは、戦前の日本で設計の仕事をしていたアントニン・レーモンドだった。
そのレーモンドと格別親しかった日本人が井上房一郎であって、ギャラリーのなかで人のつながりがぐるっと一回りするかのようだった。

ギャラリー・トークは、講演会などと違って少ない人数なので、とても親密な雰囲気だった。最後にみんなそろって記念撮影までして、楽しい充ちた時間だった。 細江英公さんが中央で話す

荒川サイン帳にサインをいただいた。クリストファー遙盟さんのイラストつきサインの次のページになる。細江英公さんがお名前の前に添えたのは
 写真は写心なり
という言葉で、長く深い写真歴の重みがある。

参考: