6月第1週 
さいたまゴールド・シアター『95kgと97kgのあいだ』  


詩人・尾崎喜八とその妻實子(みつこ)の生涯をえがいた評伝が、それぞれ1冊の本として出版されている。世間に知られた芸術家の評伝というものはよくあることとして、とくに自身も芸術家というわけではないその妻の生涯も別に1冊にするということは、僕の知るかぎりではほかにはない。
その著者、重本恵津子さんは、尾崎喜八研究会の集まりには和服で来られる。
穏やかな口ぶり、しぐさなどは、いかにも詩人の妻の、女としての生き方に関心を寄せるやさしい心のもちようをしのばせるのだし、ものを書く領域で高いところに到達している人という気持ちも当然あったから、その重本さんが、蜷川幸雄さんが起こした高齢者の劇団に加わったときいたときには驚いた。
しかもメンバーのなかで最高齢ということもあって、とくに注目度が高く、その後しばしば新聞やテレビで劇団での様子を目にすることになった。
かつて体を使って演技すること、表現することが憧れだった、それは叶わないこと、すんだことだったが、蜷川さんの劇団のことをきいて、また火がともったのだといわれる。
これまでの公演ではずっとチケットをとりそこねていたのだが、ようやく見にいくことができた。

■ 彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場
埼玉県さいたま市中央区上峰3-15-1  tel. 048-858-5500
http://www.saf.or.jp/index.html
さいたまゴールド・シアター『95kgと97kgのあいだ』
作:清水邦夫 演出:蜷川幸雄 
出演:横田栄司、さいたまゴールド・シアター、NINAGAWA STUDIO


『95kgと97kgのあいだ』というタイトルから、だったら答は96kg−かと思っていたら、そういうことではなかった。
若者の演劇集団が行列の芝居の稽古をしているところに高齢者の集団がなだれこんで稽古を始めるという、2つの群が絡みあう構造になっている。
砂袋をかつぐ演技をして、100kgをかつげれば最高だが難しい。
せめて97kg。
でも95kgはできるのに、あとたった2kgを加えられずに倒れてしまう。
2kgの違いを表現するための高齢者群の練習に、若者群が加わったり、入れ替わったりしながら、練習は繰り返されていく。

仮想の坂道を上がっていく練習もあった。高齢者群が右から左に一列に歩いていく。
腰をかがめ、大きく手をふって、ゆっくり、1歩1歩踏みしめながら歩いていく。ただそれだけなのに、もともとの体つきに加えて、体の動き、表情、わずかの姿勢の違い、手の振り方、足の出し方、などから個性がでてくる。40人ほどがただ歩いていく場面がしばらく続くのだが、見ていて飽きなかった。
砂袋の重さの違いではなくて、坂道の傾斜が急になっていくのを表現する、という想定にして、「95度と97度のあいだ」でもよかったのではないか、と思うほどだが...無理か。オーバーハングしてしまう。

高齢者群にはほとんどせりふがない。坂道をのぼり、砂袋を負う、体の動きだけの演技で、はじめのうちは重本さんの声が聞こえなくて残念だなと思いながら見ていた。
でもせりふがない厳しさがしだいにわかってきた。
川が近い、川の匂いがする−のを感じたり、花が咲いている、でも直接に見るな、かぐな、摘むな、感じるんだ−とか、体だけで表現する。

なかなか仕掛けにみちた芝居で、仮想の演技のこと、世代のこと、老いと若さのこと、暴力のこと、初演時と今の時代の相違のこと、とくに自分のこととして切実なのは、僕もこれから生きているうちにあと2kgを加えられるかどうか...など、いろんなことを惑い想いながら見た。

最後にストレートに圧倒されることがあった。
劇を終えて、いったん姿を消した役者たちが観客の拍手にこたえて現れ、笑顔であいさつする。
僕がこれまで見た芝居やコンサートでは、舞台の人は晴れがましくほほえんでいた。賞賛の拍手をいわばとうぜんのこととしてお受けします、といっているような。
でも、この芝居では、ひとつの芝居をやり遂げたという自分の内側の満ち足りた思いから、ひとりでに笑顔がこみあげてくるふうの、すがすがしい笑顔だった。
大稽古場の階段席は役者たちの演じる場にとても近く、しかも僕は前のほう、低い位置の席にいたので、役者たちの顔がほとんど同じ高さにある。
ゴールド・シアターのメンバーも、若い役者たちも、同じように素な笑顔でこちらに向いて並んでいるのを、僕は右に左に眺めていきながら、この顔も、この顔も、と目を見張ってしまった。

廊下にでると重本さんにいきあった。
ついさっきの、芝居がすんだ直後の満ち足りたのとはちょっと違う顔になっていて、まだ明日の公演もある、まだ途中、という緊張感が、もうよみがえっているように思えた。
うっすらと汗をかき、運動のあとの熱っぽい、上気した顔がとても若々しい。ヨーズフ・ボイスのレモンや蜜蝋の作品が突然、思い出された。ボイスについてはここ数年作品を見たことも名前も見かけたこともないのに、なかに熱や生命を宿している、という連想がはたらいたのかもしれない。

しばらく前のこと、山本好志さんがさいたま芸術劇場にいたときにお世話になって、やまもとのりこさんが講師をする発声の訓練の様子を見せていただいたことがある。
このときは順にせりふをしゃべって、ほかの団員が感想を言う、講師も意見を言うという仕方で練習をしていた。
なるほどこんなふうに基礎から作り上げていくのか...
貴重な機会を作ってもらったことがありがたかった。
練習が一区切りついて休憩時間になったとき、階段席に腰かけて重本さんと少しの間話しをする時間があった。
新河岸川と江戸の間の舟運をテーマにした小説を構想して、荒川をさかのぼって歩いたことがあるとそのときお聞きしたのだったが、舞台に集中している今の様子からすると、その小説のほうはとうぶん完成することがなさそうだ。

          ◇          ◇

芝居を見てから、前に買ったままになっていた『蜷川幸雄と「さいたまゴールド・シアター」の500日 平均年齢67歳の挑戦』を読んだ。
これも多様な内容をそなえたおもしろい本だった。

40人を超える高齢者の団員を相手にすることは蜷川幸雄さんにも未経験で、このままやってたら死んじゃうよとつぶやくほどに苦労を重ねている。
劇団員のほうは、自分のけがや病気や家族の介護など、それぞれの困難をかかえながらも芝居をすることに大きな充足感を味わっている。
そんなことを読んでいると、北川フラムさんが「越後妻有アートトリエンナーレ」をプロデュースしていて、「美談ならいくらでもある」と話していたことを思いだし、重なってきた。
その言葉のあとには、それだけではすまないんだという思いがある。
越後の広い農山村地域に大勢の現代美術のアーティストを呼んで製作させる。作品にかけるアーティストのいわば「わがまま」、財源のこと、行政や住民との調整のことなど、こちらも果てしないような困難が続く。でもその困難を乗り越える過程で、住民の支援や、ボランティアの熱心な活動や、アーティストのがんばりが結びつくところに、感動的なこと、美談はいくつも起きる。それは当事者にはかけがえのない経験になる。
でもプロデュースする立場では美談でとどまっているわけにはいかない。そうしたことを総合して、アートの水準を高め、アートを根づかせ、人とアートを結ばなくてはならない。

北川さんは越後について、こんなふうにも言っていた。
地域に住むおじいちゃん、おばあちゃんは、すっかり自信をなくしていた。若者は地域を捨てて都会へ行ってしまう。うち捨てられたような山村に暮らして、あとは残った者が生きているうちだけのこと、と思っていた。
でもトリエンナーレを見に都会からやってくる人たちは、広大な地域に作られたアート作品を見てまわるうちに、自然の美しさにもとらわれ、発見することになる。生きるハリをなくしていた人たちが、ここは素晴らしいところですね、景色はいいし、食べるものはおいしいし、住む人の心持ちもやさしいし、とたくさんの人にほめられ、認められる。そうしてあらためて自分の住む場所の美しさ、自分たちの人生の豊かさに気がつきもする、そのことがとても大事なのだと。
新聞の文化面だけではなく、社会面にも取り上げられることの意味を蜷川さんは語ったと本にあったが、ともに高齢化社会をどう生きるかという課題を背景にもってもいる。

重本恵津子さんの2冊の本と公演チケット 『花咲ける孤独』 装丁:田村義也
『夏の最後の薔薇』 装丁:堀淵伸治


参考: