6月第3週 多摩川・矢口の渡しから隅田川・かちどき橋 (寄居-生駒の2)


都心の国会図書館と国立劇場に行った。ところが四ッ谷駅から乗ったバスが「晴海埠頭」行きだったものだから、気持ちが水に向かってしまって、都心の用がすんだところで水辺に行った。

■ 国立国会図書館 
東京都千代田区永田町1-10-1 tel. 03-3581-2331
http://www.ndl.go.jp/


数年前から高崎の実業家・井上房一郎を契機にして、ブルーノ・タウトの足跡をたどっている。
また埼玉県立川の博物館にいたころから、その博物館の所在地の寄居町を出発点にして、荒川めぐりを続けてこのホームページに記している。
それは別々のことがらだったのだが、タウトが滞日中に生駒山に住宅群の設計案を作り、また寄居町に別宅を建てた作曲家・佐々紅華(1886-1961)は生駒山の生駒劇場でミュージカルを上演していたことがあるということから、2つのことが生駒山で結びついてしまった。
それで生駒山は、僕にとっていつか必ず行くべき所になったのだが、手に入りやすい本をポツリポツリとあたるくらいで、つい先延ばしにしていた。
国立劇場に歌舞伎を見に行くのにあわせて、すぐ近くの国会図書館でもう少し調べてみようと向かった。

タウトに設計を委託した大軌電鉄が1940年に社史を出版しているので、まずそこからみることにした。
・端末機で本を検索して閲覧を申し込む
・しばらく待って、本館「図書カウンター」で本を受け取る。
 ただし、受け取った社史は現物ではなく、マイクロフィッシュにおさめてあった。
・それで別室の「マイクロ資料閲覧室」に行き、専用機で中味を見る。
マイクロフィルムはトイレットペーパーのようにロールに連続しているのだが、マイクロフィッシュは1ページずつの断片で、A4サイズくらいの透明なファイルに数枚ずつおさめてあるのを透過装置で見ていく。
・社史には写真索引がついていたが、該当ページに写真が見あたらない。確かめるには現物にあたらなくてはで、3階に上がり、「図書課第一別室」に行って説明し、現物の社史を見せてもらう。係の人もマイクロフィッシュにするときオチがあったかもしれないといわれるが、索引とページのふり方の関係がわかってみれば、おちてはいなくて、目的の写真はマイクロフィッシュの中にも見つかった。
・何カ所かコピーが欲しいので、「マイクロ複写カウンター」で申込み、しばらく待って受け取る。

新館の吹き抜けの高い壁面には、池田満寿夫がコラージュで作ったタペストリー「天の岩戸」があって、館内をあちらこちらと移動していると何度も目に入る。
図書館に「天の岩戸」というのは、秘密の扉を開くというメッセージかもしれないが、そうとうエロチックに感じられる図像を堂々とすえる国会図書館の大胆さに拍手!

この日の成果は、モノとしては8枚のコピー。これだけのために何カ所も歩き、行く先々で待ったが、もちろん貴重な情報を手にいれることができた。
その頃生駒山周辺では、鉄道の開発や、観光開発、宅地開発が活発に動き始めている。

■ 国立劇場 『神霊矢口渡 頓兵衛住家の場』
東京都千代田区隼町4-1  tel. 03-3265-7411
http://www.ntj.jac.go.jp/kokuritsu/index.html


昼間の歌舞伎公演を見る。
舞台は、相模国と武蔵国の境、六郷川をこえる「矢口の渡し」。
渡し守頓兵衛(片岡市蔵)は、娘(片岡孝太郎)と暮らしているが、かつて新田義興を乗せた舟を沈めて殺し、褒美の金を得ていた。
後日、義興の弟・新田義峯(坂東亀寿)が恋人(澤村宗之助を伴っておちのびてきたのをまた殺そうとするが、義興の亡霊が現れ、放たれた矢で息絶えるという話。
作者は、このときは福内鬼外(ふくうちきがい)という、節分をもじったおかしな筆名をつかった平賀源内(1728-79)で、秩父の鉱山開発や荒川の舟運にも関わった多才な人。
リモコン仕掛けなのか、するすると滑っていく大道具の船や、蜘蛛手蛸足(くもでたこあし)という特徴ある動きなど、楽しんだ。

谷口吉郎設計による華やかで端正なロビー。 帝国劇場のロビーの広い吹き抜け

● 月よし
東京都中央区勝どき4-11-9  tel. 03-3531-5786

本の匂いより水の匂いにひかれてというのか、三宅坂バス停から晴海埠頭行きのバスに乗った。銀座、築地をとおり、勝どき橋を渡ったところでバスを降り、豊海水産埠頭の先端まで歩く。
どこかしらでかけたしめくくりには、なんとなし川へ、海へでると落ち着く。

4月に童謡『春の小川』のイメージのもととなった河骨川〜渋谷川〜古川に沿って歩いて東京湾にでたのだが、そのときの先端だった竹芝埠頭が400mほど対岸にある。日が傾きかけていて、芝浦や汐留あたりのビル群が逆光のなかに並んでいる。
こちらの岸壁には草が生えている。
(写真は隅田川河口のかちどき橋付近を見返す。)
隅田川の終点、かちどき橋付近の眺め

どうやって戻ろうかと晴海通りのほうにプラプラしていくと、オレンジ色の看板に「お食事処 月よし」と書いたのが見えてきた。
空き地をはさんで2棟、同じ店らしいのが並んでいる。
入ってみると、片方にだけ調理場があり、注文できるようになっている。そこで食べてもいいし、もう1つのほうは食べる席ばかりで、そちらに行っていいのだった。銀むつに野菜をとって、ついでにビールも1本添えた。
月よしは似た建物が2つ並んでいる

少し酔って帰りの道のりがあまり苦にならなくなる。
バスで有楽町にでた。

参考:

  • 『大阪電気軌道株式会社30年史』 1940