1月第5週 深谷の「傘」、寄居の「ヴォイス」


■ シネティアラ21 『傘』

熊谷駅直結!の映画館に、深谷でロケした映画『傘』を見に行った。傘を持参して1000円に割り引き。

いきなり秩父鉄道永田駅のシーン。ミス深谷がネギを持って笑顔をこちらに向けているポスターが貼ってある。ミスに選ばれたのは、ヒロインの深谷第2高校(ロケ地は深谷第1高校)の女子生徒で、改札口から出てくるところから始まる。
青春の不安や照れや自意識の揺れなどがよく描かれている。
ヒロインが脳の病気で難しい手術を受けなくてはならない−という展開になってきたあたりでは、よくある盛り上げ方だなと冷めてきたが、そこに深入りしすぎなくてうまくおさめてあった。ときどき泣かされもして、いい映画だった。

深谷の農村風景が準主役になっている。「この変わらない風景のなかでずっと暮らしていくんだ!」というメッセージがこめられる。
映画では遠景でそこそこきれいな農村風景に写していた。でも、近郊農村を実際に歩いてみると、たいていは僕には美しい風景とは思えない。破れかけたビニールハウスがヒラヒラしていたり、トタン板の粗末な小屋が傾いていたりする。
ヨーロッパの都市に比べて日本の都市が雑然として美しくないことがいわれるが、農村も同じ。たとえばロンドンから列車に乗ると、すぐに郊外は北海道のようなみごとな田園風景になる。単に人口密度の問題だけでなく、日常の美の意識が違うと思う。単純に「この風景のなかで」とはいえない気がしてひっかかった。

監督/たかひろや 公開年:2008年
主な出演者:佐藤勇真/寉岡瑞希/森谷勇太


● きみしま
埼玉県熊谷市 万平郵便局前 tel. 048-523-5024

この店に初めて行ったのは、どこでだったか貰ったチラシを見てから。
「医食同源 今どきの外食産業に渇!」
「毎日の健康は母の手作り栄養管理から」
こんな言葉が散りばめられていた。その姿勢はまったく同感なのだが、過激な表現がチラっと気になり、ウットウしいかもしれないと危惧しながら入った。
でも、とてもやさしい女性が料理を作ってくれて、あたたかくおいしかった。過激でもウットウしくもなく、リラックスできた。
それからおりあるごとに寄っている。たいてい肉か魚をメインにして、どちらか選べるランチが800円。
この日も第1回の上映を見たあと、昼を食べに行った。

■ フジテレビ『ヴォイス 第3話 15年前の母の死因は』

夜は9時からフジテレビの『ヴォイス』を見た。
久保秋佳奈子(石原さとみ)の母は15年前に亡くなり、心不全ということだったが、死因に疑問をもっていた。
郷里の街で謎を追い、亡くなったときの事情に関わりがあるらしい男が今は駄菓子屋を経営しているのを訪れる。

ここでロケに使われたのが、埼玉新聞の『寄居日和』連載第5回に書いた稲葉菓子店。
何度も行っているところだが、掲載のための写真撮影に行ったとき、店がロケに使われることをきいていた。
掲載後に、掲載紙を届けに伺い、ロケの様子をきいた。
バス3台、役者やスタッフあわせて45人も来たという。
朝6時に準備を始め、昼ころには終わった。
加地大己(瑛太)と久保秋佳奈子(石原さとみ)のセリフがわずかなところでかみあわなくて、5回も6回も撮り直し。
瑛太はあんこ玉を8個、ラムネを3本飲んだという。
実際の放送では、駄菓子屋のシーンは2分か3分くらいだったか。たいへんなことだ。
駄菓子屋の座敷での会話シーンもあるのだが、それはここで撮ったものではないとのことだった。
瑛太が食べたあんこ玉を食べたいと思ったが、スタッフが用意してきたもので、ふだん店には置いてないのだという。賞味期限の短いものはおけないとのことで、残念。

ほかにも、寄居フィルムコミッションが協力して、寄居各地で撮影された。
何度も伺っている寄居町商工会館は「東秩父警察署」になってしまったのが惜しい。
石原さとみが通った小学校は、元は寄居小学校の風布(ふっぷ)分校だったところだろうか。今は生涯学習施設になっているが、分校として現役だったころに僻地の調査で行ったことがある。

『ヴォイス』は、今回も、人が死に、残された者がなにかしら痛みを覚えているのをすくいとるという物語で、よかった。
時任三郎が教授役をしているのに感慨を覚える。
かつて藤田敏八監督の『海燕ジョーの奇跡』でさっそうと無頼な若者を演じていた。沖縄から島づたいに西へ西へ逃れていき、やがて国境を越えてフィリピンまで行ってしまう。
僕にとって日本映画の1本といったらこれを挙げたいほど。
それが今では医学部の教授になっている。若々しい教授とはいえ、年月の経過を感じる。

余談だが、稲葉菓子店の吉澤富美さんから、新聞に掲載後のことを聞いた。
今まで来たことがなかったお客さんが来てくれる。
とくに思いがけなかったのは、かつて神楽坂で同じ日に空襲にあったという人が現れたこと。自分は小さくてよく覚えていないけれど、今度、もっと記憶しているはずの年上の身内を連れてまた来るという。
なにかしら新たなつながりにもなっていくといいと思う。