5月第3週 日生劇場の壁紙+少女歌劇


■ 杉野記念館『モードの遺産展』
http://www.sugino.ac.jp/gakuen/facility/facility2.html

寄居に気になる建築があり、最近ようやく少しだけ話をお聞きすることができた。今は閉校しているが、もと洋裁学校で、その経営者は目黒で洋裁を学んだという。
で、目黒に行った機会にあらためて見直せば、目黒駅近くに杉野学園の学園街があった。中央の道はドレメ通り。通ったことがないわけではないが、今まで目に入っていなかった。
杉野学園創始者、杉野繁一が設計して1938年に建てた自邸が記念館になっていて、ちょうと企画展示をしていたので中に入って見学した。
アメリカに留学して学んだという人で、洋風のしっかりした外観、内装になっている。

■ 目黒区美術館『上野伊三郎+リチ コレクション展 山領まり講演 日生劇場壁紙の修復』
http://www.mmat.jp/

京都国立近代美術館から巡回してきた展覧会で、京都にも行って見たのだが、講演会にあわせてこちらも見た。
日生劇場は1963年に竣工したが、設計者、村野藤吾の依頼で、レストラン「アクトレス」の壁画は上野リチが制作した。
1995年にレストランの改修にあたり、壁紙(または壁画)の保存が山領絵画修復工房に委ねられた。

講演では、そのときの様子が語られた。
とても興味深い話で、僕が理解した概要は、およそ以下のとおり。
・アルミ箔の上に水溶性の絵の具で彩色している。
 壁とアルミ箔の間に、下貼りの紙がある。
 紙と、アルミ箔の間のすき間にヘラをいれて剥がせると判断した。
・地は金色に見えているが、元は銀色で、料理やたばこで変色していた。
・1枚は180×90cm。全体では300枚を超える。
 番地をつけておけば、剥がしたあと、元に復元できる。
・作業は8/9に開始し、8/14に引き渡す。
 つまり他の職人さんのお盆休みの間にすませるようにという扱いだった。
・10名ずつ3組で作業した。
 1枚ごとのまわりにだけ糊がついていたので、予想どおりに剥がせていけた。
 ただし、壁と天井が直角ではなく、弧になっていて、その部分は剥がせないところもあった。
・新レストランには記念室が作られ、剥がした壁紙の一部を額装して置かれていたが、記念室もなくなり、今は日本生命の本社のどこかにかかっている。

美術館の展示では、レストランの一部が再現されていた。
下部の、何か置かれていたかして元の色が残っているところは確かに銀色をしている。汚れたふうではなく、きれいな金色に変わったのが不思議だ。
リチさんの絵は、色といい、線といい、配置といい、とても鮮やかで軽やかで、目と心を喜ばせてくれる。

■ カトリック目黒教会 聖アンセルモ教会
http://www.catholicmeguro.org/

ドレメ通りに戻って教会に寄る。
上野伊三郎−井上房一郎からつながるアントニン・レーモンドの設計で1954年に完成した。
正面の大胆な立体造形と、壁面の大きな5つの円が、とても迫力がある。

● とんき
東京都目黒区下目黒1-1-2 tel. 03-3491-9928

芝居見物の都合があるので、少し早いけれど夕飯にする。
ヒレかつ定食が1800円。かつだけにしては高価だが、上質でうまい。
カウンターに囲まれた広い調理場をかなりな人数がてきぱきと動いているが、かなり長身、高齢の人が最終工程をひとりで仕切っていて、かっこいい。

■ Bunkamuraシアターコクーン『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/index.html

清水邦夫作、蜷川幸雄演出の1982年初演の芝居の再演。
日本海沿いの街のデパートが興行していた少女歌劇の復活を目論む、かつてファンだった男たちがいる。当時のスターだった三田和代(風吹景子)と、かつての相手役の鳳蘭(弥生俊)を待っているが、ようやく現れたら盲目だった−という話。
鳳蘭が盲目の旧スターという設定なのだが、階段をゆっくり上り、降り、するだけで、ぴったり決まっていて、それだけのことに大感動してしまった。時間がたったあとになっても、克明にその姿を思い浮かべられる。

大勢のジュリエットたちが動き回るシーンでは、背後に争乱の音が流される。
さいたまゴールド・シアター『95kgと97kgのあいだ』でもそうだが、このところ蜷川が70年代の騒がしかった社会をリバイバルさせたがっている意図がわからない。
眠っているものを目覚めさせたいということか...
初演のときは、加茂さくらがキング・クリムゾンの「エピタフ」を宝塚風に歌ったらしい。混乱こそが僕の墓碑銘!

中川安奈(加納夏子)は、かつての旧ファンたちが役者としての練習をする指導を引き受けるモダンダンサーという役だった。旧宝塚の出演者たちが、宝塚ふうの演技をするのに比べ、なまなましい印象を受ける。
蜷川演出の舞台に宝塚という取り合わせがおもしろかった。